第一章 22 強くなりたい強い人
それにしても二人がそんなに以前から知り合いだったなんてな。
確かにジークの態度は一国の姫様に対するそれとしちゃだいぶユルいし、それなりに仲は良いんだろうと思っていたけど。
何しろあのジークだ。
出会ってまだ3日の俺にすらこの馴れ馴れしい態度なのだ、ノエルとジークの会話を聞いただけじゃどれだけ付き合いが長いのかなんて分かるわけがない。
先週知り合いましたって言われても納得するね。
それにしても若かりし頃のジーク、ねぇ…
もしかしたらノエルに出会って間もない頃のジークは、ちゃんと敬語も使えるまじめな騎士だったかもしれないのか?
………うん、ないな!
あの軽薄さは絶対生まれ持ってものだろ、間違いないね。
「…っとまぁそんな感じでナユタは姫さんに興味津々なんだとよ。俺もその辺詳しく聞いてなかったけど、なんであん時急に訓練所に入り浸り始めたんだ?」
「入り浸るって…。た、確かに勉強もそこそこに時間さえあれば訓練所に居ましたが、入り浸るという、ほど…では…」
語尾がどんどん小さくなるところを見るに多少なりとも自覚はしているようだ。
当時の事はわからないが、この感じは結構居座ったみたいだな。
しっかし、11歳の姫様が騎士の訓練所に入り浸るって周りはどんな気持ちだったんだろうな?
気まずい?心配?
うーん、たぶん全部だな。
怪我させるわけにもいかないし、でも鍛えろって言うし…。
当時の騎士団の人たちの心中をお察しするぜ。
つか、国王は何で止めなかったんだか。
大事な娘に何かあったらって思わんかったんかね?
「と、とにかく!私はただ出来ることが多いに越したことはないと思い至って、魔法以外の事にも手を出してみただけです。特別な理由だとか誰かに影響されただとか、そういう事は一切まったくありませんでしたから!」
「ほほーう、特別感化された誰かさんが居たってわけだ。ま、それは聞かなくてもわかる事だが、なぁんで姫さんが剣術だったんだよ。そこは弓とかでいいだろ?魔法だって後方支援型の術が多いんだし、弓の方が応用も利かせやすかったんじゃないのか?」
「なっ、何の話です!?そんな人いませんでしたですよ?」
すごい動揺してる。
こりゃ図星だったんだろう。
え、てか剣術やってたの?訓練所って一概に肉体強化だけじゃないと思ってたから魔法の特訓してたんだと思ってたんだけど…
あの細腕で剣を振り回してるのとか想像できんな。
案外細マッチョだったりするんだろうか…。
あ、でもビキニアーマー姿は見てみたいです。
サイズがちょっと合ってなくてぴっちり目でもぶかぶかでもおいしいです。
おっといけない、また卑猥な想像をするところだったぜ。
えーっと、ノエルが影響受ける人…ねぇ?
ま、俺はこの世界の有名人なんてまったく知らないしわかるわけないんだけどな。
「そこはもういいって、隠しきれてねぇから。で?なんで剣だった?あいつに影響されたって言っても、あいつ弓も上手かっただろ?つか、何やらせても人並み以上にできてたから何の参考にもならんだろ、あれ。」
「うぅ。そ、それは…。」
「それは?」
「三国間平和祈念式典の時の催しで年齢不問の模擬戦があって、そこに私と変わらない年頃の男の子が出て、しかも勝ち進んでいると聞いて見に行ったことがあったんです。その男の子は自分より一回りも大きい大人相手に軽やかに戦っていて、苦しい局面だってあったのに笑顔を絶やさなくて。それに勝った時のすごく嬉しそうな笑顔が本当に!…羨ましくて。ずっとその光景が瞼に焼き付いて離れてくれなかったんです。それでどうしたらいいのか考えた末に…。」
「居ても立っても居られなくて、さながら道場破りのように訓練所…だっけ?に乗り込んだと。へぇ、ずいぶんやんちゃだったんだなーノエルは。」
「うっ!そこまでじゃないの…よ?」
上目使いで言われても可愛いとしか思わないよ?
そしてその可愛さをもってしてもやんちゃって事実は消せないよ?
んー、模擬戦を見に行く時点でお姫様としてはだいぶ変わってると思うけど、さらに感化されて鍛える為に騎士団の戸を叩いちゃいますか。
それってどこの主人公?
これをやんちゃの一言で片づけていいのかすら怪しいわ。
それともその男の子って何者だったんだろうな?
トーナメント方式の戦いで大人にも勝つくらいなんだから相当な強さではあったんだろうけど。
ん、そういえば
「その男の子って結局どうなったんだ?勝ち進めてたみたいだけど、さすがに優勝はしなかったんだろ?」
俺の言葉に二人は顔を見合わせたかと思えばすぐに俺をじっと見て苦笑いしやがった。
何だよぉ…
「いやー、何て言うか…。別人だとは分かってるんだがな?お前の口からそう言われると不思議な気持ちになるもんだ。若干の苛立ちすら覚えるな。」
「は?なんでだよ。俺が何したって…」
あ、違う。
俺じゃなくてこっちか。
「そう、その男の子というのが当時12歳だったシャルル様なの。彼はそのまま勝ち残って…。」
「そんで決勝で俺と当たって見事に勝ちやがったんだよ、アイツ。今思い出しても腹立たしいぜ、あんなガキに負けるなんて…」
シャルル最強伝説はその頃から始まったのかよ。
でも納得だわ、あのチートボーイならやりかねん。
それにしても、ノエルがシャルルに心酔してる感じなのはあいつが勇者だからってだけじゃないんだな。
小さい頃からの憧れ…みたいな感じか。
………なーんかおもしろくねぇなー。
「その頃の私は、何もできない自分にどこか納得して諦めかけてしまっていて。だからシャルル様を見た時の衝撃は、今でも鮮明に思いだせるくらい凄まじいものだった。そして自分が恥ずかしくなったわ、諦めて投げ出そうとしていた自分を反省した。そしていつかシャルル様の隣に立てるくらい強い人になろうと思ったの。」
とんだ驕りよね?と恥ずかしそうに笑うノエルを目の前にして、俺はなんだか急に自分が恥ずかしくなってしまった。
この子はなんて強いんだろう。
自分の限界を悟って折れかけていた時にそんなものを見て、どうして自分を鼓舞できる?
自分にないものを持っている人を見てなぜ、嫉妬せずにいられるのだろう。
もし俺がその立場だったとして、同じように思えただろうか?
そんなの答えるまでもない。
俺には無理だ。
きっと嫉妬して不貞腐れて八つ当たりして…、ひどい醜態を見せていただろう。
11歳の子供ならきっと誰でもそうなるんじゃないか?
でもこの子は違うんだな…。
自分の弱さとちゃんと向き合って、少しでも強くなれるように努力をする。
もしこの子のように思えたら、俺も強くなれるんだろうか?
誰かに支えられてばかりじゃない、支え合えるような関係になれるだろうか?
もしそうなれるなら俺は…。
「…やっぱりノエルはすごいな。すごく強くて超カッコいいぜ。俺も少しでもそうなれたらいいなって思うよ。…うん。俺、ノエルを目標に頑張るから!超カッコいい男になるために頑張るから!」
「え、私が目標!?そんな…私、ナユタが思ってるほど強くないしカッコよくないよ?全然ダメで、空回りばっかりの足手まといで…」
「おいおいどうした姫さん、あんたらしくもない。今、目の前にあんたを目標に頑張るって言ってるやつが居るんだぜ?だったら言ってやる事は一つだろ?」
「………うん、そうですね。ナユタ、ありがとう。」
やっぱりノエルの笑顔は最高だ。
見た者を問答無用で幸福にする、これは一種の魔法なのかもしれないな。
俺もこんな風に、にっこり笑って誰かの不安を取り除けるような人間になりたいな。
「おいおい、違うだろ姫さん!全くこれだからお子様は。そこはな?…んん!『あなたなんかの目標になるくらいならドブ川で行水した方が幾分かマシだわ!まったく豚の分際で気安く言葉を話さないでくれるかしら!』位のご奉仕をしてやらないと満足しないんだぜ?特にナユタみたいな野郎はそう言うのでやる気のでる種類だからよ。」
風評被害も甚だしいな!
つかなんだよ今の裏声は、キモッ!
どこのオカマが現れたのかと肝を冷やしたぜ…。
まったくとんだ変態野郎じゃねーか、こいつの中の俺は。
でもまぁいい、この際スルーだ。
コイツに何て思われてようが痛くもかゆくもない、勝手に言ってろ。
でもノエルは違う。
今後のフラグの為にもこの誤解はいち早く解かなくてはいかんのだ!
「ノエル、あのな…」
「お茶をお持ちいたしました。」
「あ、ありがとうクロエ。」
タイミング!!
どういう事だクロエさん!?いつもはもっと絶妙なタイミングで声かけてくれるじゃんか!
どうしてこの空気の中、悠長にお茶をお出ししちゃうんだ!
分かっててやってるの!?
わざとなのぉ!?
俺のフラグは立つことすら許されないのか!?




