第一章 21 B・B・B ―撲殺煩悩ボーイー
ハッピーハロウィーン!
あの後突然しゃがんだ俺を心配したノエルに付き添われ部屋へと戻った。
高ぶった気持ちを抑えてから身支度を整えていると、いつも通りクロエが迎えにきてくれた。
何となくクロエの顔を直視できず、ギクシャクしたまま食堂に着くと既に全員がそろった状態だった。
「よぉ、おはようさん。何だよ坊主、朝から姫さんと中庭に居たらしいじゃねーか。声かけろよ、起きてたんだぜ?」
知らねーよ。
つか呼ばねーよ、貴重な二人きりタイムを邪魔しようとすんな!
「だから、私たちも約束してたわけじゃないって言ってるじゃないですか。それに、ジークさんは訓練していたのでしょう?ならお邪魔するわけにはいきません、騎士たる者の責務ですから。」
「お堅いねー。坊主が居たんなら一緒に訓練したってよかったじゃねぇか。姫さんだってたまには全力で体動かしたいだろ?」
「うず。」
え、そこでうずうずするの!?
マジか、ノエルって意外とアクティブなんだな。
騎士の訓練とか絶対キツそうなのに苦しさより楽しさが先行するって、ノエルが特殊なのか訓練内容が軽いのか…。
うん、正直どっちでもちょっと気になる。
活発に動く美少女なら見てみたいし、軽めの訓練なら受けてみたい。
なんか最近妙に体を動かしたい衝動に襲われるんだよねー。
「ははは、姫様も相変わらずの様ですね。それはそうとナユタ殿、本日の体調はいかがでしょうかな?何か気になることなどございませんか?」
「ん?いや、特にないですけど…。」
「それは何よりです。さて、では全員揃いましたので頂きましょうか。」
シュヴァリエの一声で朝食が始まった。
そういえばノエルにも体調の事聞かれたっけ?
今日に限ってなんで体調を聞いてくるんだろうな?
まさか抜き打ち健康診断とかする気か…?
朝食を済ませた後、俺は昨日と同様に書庫に行こうとするとノエルに声をかけられ同行してもらうことになった。
う、何とも言えない罪悪感が那由他を襲う!
「どうしたの、ナユタ?何か分からない事でもあった?」
書庫に着いて昨日読んでいた本の続きを読もうと開いたのはいいんだが、そばにノエルが居る嬉しさと今朝のアレが脳裏を過ぎって一ページも読む事ができない。
どうするこの空気。
当のノエルは何も知らず無邪気に俺の顔を覗き込んでくるが、その無邪気さが俺に更なる罪悪感を植え付ける。
うおー、いっそ殺せぇ!
全部俺の不甲斐なさがいけないんだ!
消えろ邪念、失せろ煩悩!
命の恩人に下劣な感情抱いてんじゃねー!
すまねぇ机、お前に恨みはないがこの阿呆の目を覚まさせるために一役買ってもらうぜ。
大丈夫、俺の頭よりお前の方が固いはずだ。
「どっせい!!」
「ちょっと、何をやっているの!?頭から血が出ているわ!」
ノエルは慌てて俺の頭に治癒魔法をかける。
あぁなんて優しい…。
それに比べて俺ときたら、至近距離にノエルが来たからってニヤニヤしやがって!
何も反省していないじゃない、これだから男ってやつはサイテーよ!ぷんぷん!
「お、どうした坊主。頭ぶつけたんか?」
治癒をしている最中にジークがずかずかと入室してくる。
だからお前、ノックしろって。
「いや、ちょっと、煩悩をな…」
言葉を濁し目を反らす俺を見たジークは、ははぁんと何かを察したように笑うとノエルに治療をやめるよう言った。
戸惑うノエルを余所に大丈夫を連呼して無理矢理止めさせる。
「姫さんには分からないだろうけど、男は時に痛みを必要とする瞬間があるんだよ。こいつにとっては今がそれだ。大丈夫だからそんな心配すんなって。」
ノエルはまだ納得いっていないようだったが、俺からも大丈夫だと伝えるとあんまり無茶しないようにと少し怒った様子で言うにとどまった。
怒ってるノエルたやもかわええのぉ。
「おい、坊主。これ、一個貸しだからな。」
ノエルが本棚の方へ行ったのを見計らってジークが小さな声で笑う。
くそ、ムカつくが確かにジークが来てくれたことで場の空気はだいぶ変わった。
少なくともこいつの前で変なそんな想像しようなんて微塵も思えないから良い抑止力にはなってると言ってもいいだろう。
まことに不本意ながらですがね!
「あぁそれとな、姫さんに何かしようなんて考えない方が身のためだぜ?」
「当たり前だ。だいたい俺が女の子に乱暴するような外道に見えるのか?いままでyes女の子noタッチを実践してきた男だぞ?それに、俺はノエルに泣かれるのは嫌だ。できるならずっと笑っていてほしいと思ってる。」
今朝の事を思い出して胸が締め付けられるように苦しい。
あの寂しそうに目をそらしたノエルを見たとき、俺は何としても助けなければと思った。
出来れば今後一切ノエルを泣かせるようなことはしたくないし、させるような奴はぶっとばしてやりたいと我ながら似合わないことさえ思ってるくらいだ。
出来ることなら、あの子の助けになりたい。
だから俺がノエルに何かするなんて事は絶対にありえない。
童貞なめんなよ?
「いや、むしろ泣くことになるのはお前の方だって言いたかったんだが。何しろ姫さんは強ぇぞ?そこらの新米騎士よりもずっと腕が立つ。まぁ、それが難点でもあるんだが…。とにかくあの姫さんを泣かせられるやつが居たらそりゃ相当な奴だぜ。」
俺は今朝泣かしちゃったけど、そういう話ではないんだろうから黙っておく。
それにしてもやっぱりノエルは戦える姫様なんだな。
いや、話の節々から感じ取っては居たんだけどね?
なにぶんノエルの見た目が可憐なお姫様だから、いまいちピンとこないっていうかさ。
さすがに剣を振り回すってわけじゃないんだろうけど、魔法の強さって見た目じゃ分からないじゃん?
だからどうしても普通の可愛い女の子として認識しちゃうんだよな。
「なぁ、ノエルは何でそんなに強いんだ?」
「ん?そうだなぁ…、ガキの頃はそんな事なかったんだけどな。泣きこそしなかったが、魔法も召喚も剣術もどれをとっても平均以下だったし。俺のとこに来ては鍛えてくれーってしつこかったが、それでも勉強の合間に来る程度だったはずだし…。ん?いつ頃からだったっけかな、姫さんが訓練所に入り浸るようになったのは?」
「6年前、私が11の時ですよ。もう、何の話をしているのかと思えば…。」
いつの間にか戻ってきたノエルが呆れ顔で補足した。
照れてるのか少し顔が赤い。
えっと6年前に11歳って事は、ノエルは今17歳って事か。
ひえー、若いねー。
この体も18だからそんなに変わらないんだけど、体感としてね?
「そーだったけか?いやぁ年を取るはずだぜ、もうそんなに前のことなのか。姫さんも大きくなったなぁ、いろいろ。」
「もう!そういう事言うからお嫁さんが来ないんですよ?自覚して治してください。」
「おいおい、そんな風に言ったらまるで俺がモテないみたいじゃねぇか。俺は好きで独り身なんだぜ?引く手は数多なんだぜ?」
「確かにそうですね。果物屋のおば様に武具屋のおばあちゃん、魔具師のおばあ様にお肉屋さんのおばちゃま。…あら?」
「ぐっ、やめてくれ。俺が悪かったって。」
両手を上げて降参するジークをノエルは満足げに見ている。
なるほどこりゃ確かにモテモテですな、騎士団長殿は。
「で?なぜ私の話になったんです?」
「あー、そりゃな…」
ジークがノエルにざっくりと話の経緯を説明する。
もちろん最初の下品な件辺りは省略だ。
俺の煩悩の話まで話しやがったらたとえ騎士団長が相手でも絞める、絶対にだ。




