第一章 20 早起きは三文の徳と言いますが、あながちウソでも無いようです。
※誤字報告ありがとうございます、改変しました!
ちょっと気持ち悪い言い方をさせたかったのですが、マイナー過ぎたみたいなので修正、修正…
早朝。
俺がこの世界にきて七日目、目覚めてから三日目の朝だ。
昨日はふわふわした心持ちでベッドに入って、いつの間にか眠ってしまっていた。
だいぶ早い時間に眠ってしまったせいで、こんな日もまだ出ていない早朝に目が覚めてしまったのだ。
ふむ、どうしたものか。
完全に目が覚めてしまったから、二度寝という選択肢はないし。
昨日書庫に行ったときに何冊か本を借りておけば良かったかもしれないが、今となっては後の祭りだ。
俺は仲良くなれたとはいえ要観察対象を解除されたわけではないので、一人で外をうろつくわけにもいかない。
おや、八方ふさがりかな?
「んー、さすがのクロエでもこんな早朝じゃまだ起きてないだろうしどうしたもんかなー?」
基本的に出歩くときは複数で。それが最初の約束だ。
多少仲良くなったからといって、いやむしろ仲良くなったからこそ、ここは一人で行動するべきではないだろうと思う。
でもなー
「手持無沙汰の極み!」
無意味なポージングを決めて腹から声を出してみたが、わかっていた通り特に何も起こりはしない。
虚しい…
冷めきった部屋の空気を入れ替えるべく窓を開けてみると、中庭で動く人影を見つけた。
こんな時間に起きているなんて仕事熱心な社畜なのか、ただのお年寄りなのか…。
前者でクロエ、後者でノアヴィスだと踏んで覗いていたが、垣根から出てきた人物はどちらでもなかった。
桜色の長い髪を風になびかせて、肩に掛けたカーディガンを片手で押えながら朝露に濡れた花を慈しむように弾いている。
ノエルだ。
うわー、絵になるなぁ。
朝靄のかかった庭園で優雅にお散歩している姿がこんなにも似合う人はそうは居まい。
ここだけ二次元ですって言われても納得の美しさを誇ってるぜ。
あぁいつまでだって見ていられるぅ。
そう思って頬杖ついて眺めていたら俺の熱い視線に気が付いたのか、ノエルがはにかみながら手を振ってくれた。
というわけで飛び降りた、二階の窓から躊躇なく。
ノエルはずいぶん驚いていたようだったけど、だって一度一階に降りてから中庭に向かってたらノエルたそをお待たせしちゃうかもじゃん?
一分一秒でも早く会いたかったし、仕方ないね!
「ナユタ!大丈夫?怪我してない?なんで窓から飛び降りたりしたの…」
心配気に駆け寄ってくるノエルに満面の笑みで答える。
お、さすが最強といわれる勇者の体、二階から飛び降りるくらいどうって事ないみたいだな。
何度か屈伸運動をしてみるが特に痛むところはない。
「おはよう、ノエル。良い朝だな!」
「もう…。おはよう、ナユタ。早起きなのね?」
「いやー、昨日少し早寝し過ぎたみたいでこんな時間に目が覚めちゃったぜ。ノエルはどうした?」
「私は。うん…、ちょっと考え事したくて散歩してた。」
少し困ったような顔をしたノエルはそのまま踵を返して中庭に戻っていく。
おや、もしかしてお邪魔しちゃったんかな?
着いて行ってもいいものかと考えあぐねていると、振り向いたノエルが笑顔で手招きする。
どうやら同行してもいいようだ。
「すーはー。うーん、すごい靄だな。」
「そうなの。この辺りは大きな川沿いの町だからあちこちに運河があって、朝方はこんな風に川から霧が発生する事が多いの。でも、ほら。」
そう言ってノエルが指差した方向から朝日が顔をだすと、一斉に靄が晴れ辺りが色を変えた。
「すげー…」
「素敵でしょう?この辺りは風もあるから霧が晴れるのも早くて、これが見れるのは運が良い事なのよ?」
「運河だけに?」
「?」
あ、やべ。滑ったわ。
せっかくノエルがきれいな景色を見せてくれたっていうのに俺のバカ野郎…。
慌ててフォローしようとしたが、当のノエルがまったく気にしていないように歩き始めたので大人しくそれに着いて行くことにした。
「ナユタ、体調はどう?変わったことはない?」
「おう、至って健康そのものだぜ。どこも痛くないし、元気元気!」
両手をぶんぶん振り回しながら俺の元気具合を表現してみた。
というか本当に有り余ってるんだよな、元気。
いや、ムスコ的な話じゃなくてね?
何て言うか…、体を動かしたくて仕方ないって感じだ。
「そう、良かった。もし体がおかしいなと感じたらすぐに教えてほしいの。特に今日は…。」
お願いね、と念をおすとノエルは再び歩き始めた。
今日…?
はて、何かあっただろうか?
まったく身に覚えがないんだが、ノエルが言うのだから気を付けておいた方がいいのだろうな。
朝日に照らされて霧が晴れてた庭はまさに宝石のように輝いていて、世の中にはこんなに美しいものがあるのかと強い衝撃を受けた。
ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んで伸びをすると、なんだか自分まで一新されたような気分になるな。
んー、気持ちいい!
「ナユタ、あのね…。」
「ん?なぁにノエルー?」
「…ごめんなさい、忘れてしまったわ。」
そう言うとノエルはガゼボの方に駆けていく。
花園を駆けていく姿はまるで妖精のように軽やかで、おもわずしばらく見惚れてしまった。
いかんいかん、蕩けるところだったぜ。
頭を何度か振って、ノエルの後を追う。
「ね、ナユタ。花は好き?」
「ん、好きだな。名前とかはよく知らないけど、桜とか咲いてる時期に散歩に出かけたりする程度には好きだよ。」
「さくら?それはどんな花なの?」
んー、としばらく考える。
何て伝えたらいいものか…
「木に咲く花で、俺の居た国では春といったら桜を連想する人が多いな。葉を付けずに花だけ咲くからたくさん植えてあるところは一面ピンク色になるんだぜ。そうだ、丁度ノエルの髪の色が桜色だな。」
そう言うとノエルは自分の髪を一房手に取ってまじまじと見る。
サラサラで艶のあるその髪は、光に照らされると色彩が少し変化するように見えてなんだか神秘的だ。
絹みたいな髪ってこういうのを言うんだろうなぁ。
「さくらって少し淡い色をしているのね。私の髪は母様譲りなのだけれど、私は少し色が薄いの。そのせいで悩んだこともあったのだけれど、そっか…。ナユタの好きな花の色だと思えばこの髪も好きになれそうだわ。」
優しく笑うノエルはまさしく花が咲いたような笑顔だった。
そんなこと言われたら惚れてまうやろー!!
天然だ、この娘は天然タラシなんや!
「どうしたのナユタ?顔が真っ赤だわ、熱でもあるのかしら?」
真っ赤になって動けない俺の額にノエルはそっと手を添える。
きゃーやめてー!これ以上は俺のキャパオーバーだからー!
女の子にそんなところ触られた事ないからー!
「うーん、少し熱いかしら?気分はどう?気持ち悪いとかない?」
「はぁ、はぁ。気分?最高です。」
通報しました。
いや待ってほしい。
確かに鼻の穴を広げて息を荒げてはいるが、怪しいものではありません!
ノエルたやのしなやかなおててがが、おでこに、おで、おでこ…
「きゃ!ナユタ、鼻から血がでてるわ!」
俺の鼻をつまむノエル。
キャパオーバーです。
「むぎゅう…」
「ナユタ!?ど、どうしたの!?」
わぁ、天使が見えるぅ。
まってぇー、俺もそっちに連れて行ってよぉ。
「しっかりしてナユタ!」
左頬に強い衝撃を受けて一気に意識が戻ってくる。
あれ、俺ってばどうしたんだっけ?
うわ、鼻血!痛っ、左頬いったー!?
あ、そうだ思い出した。
あまりに色々起こりすぎたせいでキャパオーバーしたんだ。
ふー、危ない所だった。
もう少しで天国への階段を上るところだったぜ。
「大丈夫?気をしっかり持って!」
あるぇー?まだ目の前に天使が居るぞぉ?
ここはまだ天国への道中なのかなー?
いや違う、この天使は天使だけどそういう天使とは違う天使なんや!
天使のゲシュタルト崩壊起こしそうだ…。
とりあえず鼻は自分で摘まんでどうにか治まるのを待つ。
「悪い、いろいろ起こって混乱しちまった。今はもう大丈夫だ。心配かけた。」
「そう…。あまり無理はしないでね?辛い時は助けてって言っていいんだから…。」
どこか寂しそうに目を反らすノエルは、その言葉に何か特別な想いでもあるかのように下唇を噛んだ。
たかが鼻血を出してひっくり返っただけなのに、ずいぶん自分を責めているように見えるな。
いや、これは違うか。
ノエルは今、俺の事じゃない別の何かの事を想ってこんな顔をしているんだろう。
それがなんなのか俺には分からないけど、それがノエルにとってとても大切なものなのは伝わってくる。
過去に何かあったのかもしれない、でも俺にはそれがなんだったのかなんて分かりっこないんだ。
すげぇ歯がゆいな。
でも、だけど。
俺は今ここに居るから。
この子の傍に、俺はいるから。
だから俺は俺の想いを伝えるだけなんだ。
「ありがとう、ノエル。この屋敷にきて最初の日も俺の事外に連れ出してくれて、俺の話聞いてくれて、色んな事を教えてくれて。今もそうだ、一緒に散歩して綺麗な花とか景色とか見せてくれてさ…。俺、ノエルに言い尽くせないほど感謝してるんだ。ここに来てから何度も助けてもらってる。初めて会った時なんか俺、すっげー挙動不審の怪しい奴だったのに怖がらず嫌わず今も笑いかけてくれてる。それがどんなに俺を助けて…支えてくれてるかわかんねぇよ。だからさ、ありがとうなノエル。お前が傍で笑いかけてくれたおかげで俺も笑えてる!」
今、俺がここで笑って生きていられることはかなりの奇跡だと思う。
最初に会った時に殺されてたかもしれない、この屋敷で目が覚めてからだってその可能性は低くなかったはずだ。
例え殺されていなかったとしても、もしかしたら俺自身でこの命を…ってのもあったかもしれない。
でも、俺は生きてる。
それはクロエだったりジークだったり、きっと俺の知らないところでも誰かが俺を助けてくれたから今こうしていられるんだと思う。
その最初の一人はやっぱりノエルなんだ。
ノエルが居てくれたからだ。
つまりノエルは俺の命の恩人って事になるよな?
こりゃいかん!
ただちに迅速に且つ早急に恩返しをしなければならないな!永遠に!
「ってことでつきましては俺に出来ることが有ればなんなりとぉお!?」
泣いてる。
えぇ!?ノエルたその大きなおめめから雫が零れ落ちてるんですけど、これは宝石か何かですか!?
「え、うぉ、どうしたんだノエル!何で泣いて…!わー、泣かないでぇ?なんかごめんな、泣かせたかった訳じゃないんだマジで!ど、どうしよ。」
オロオロと周囲を見回すが人っ子ひとりいねぇ!
早朝ですもんね!寝てますよね!!
せめてヌコさんとか居ればまだ特技の腹話術でワンチャンあったかも知れないのに、どこ探しても尻尾の端すら見当たらねェ!
どうすればいいのぉ!?
急募:泣いてる女の子の笑わせ方
「ふ、く、ふふふ。ナユタ、ごめんね。困らせるつもりはなかったんだけどぷぷぷ。」
「えー、あれー?なんかノエルさん笑ってません?笑ってるでしょー?なんだよもーびっくりしたなー」
「うふふ、本当にごめんなさい。でも、ナユタが悪いのよ?あんなこと言われるなんて思わなかったんですもの。それにしたって絵に描いたようにオロオロしてたわね、ふふ。」
わーお、ノエルたやは意外とS気あったるするのぉ?
もー、それでも好き!
それにしても良かったぜー、笑ってくれたー。
ふ、君に涙は似合わないぜ☆なんつってー!!
「なんだかジークさんの気持ちが分かった気がするわ。ナユタって思ってることがすぐ顔に出るから見ていて楽しいんだもの。つい泣いてしまったけどナユタの事見てたら、ふふ、本当にごめんなさいね?」
「もー、焦ったんだぜ?俺みたいな大人の男を困らせるなんていけない子だ・ぞ!」
魅惑のポーズを決めてウィンクを飛ばす。
うっかり惚れてもおかしくない色気が出てしまったな、罪な男だぜオ・レ…!
「あら、年下の女の子を泣かせるのはもっといけない子だと思うわ。責任、とってね?」
そう言ってノエルは俺に倣ってウィンクを飛ばした。
はうあ!!
それだけでも俺の心臓は悲鳴を上げてるっていうのに、突然吹いた強風のせいでノエルのスカートが舞い上がって…
「きゃっ!びっくりしたね。この辺りはたまにあんな強い風が吹くことがあってね…。ナユタ、どうしたの?また顔が真っ赤だわ。」
「ご、ごっつぁんです。」
「?」
ノエルの為にもピンクのレースが着いた下着の事は黙っておこう。
俺は何も見ていない、いいな?
そう自分に言い聞かせてしばらくしゃがんで落ち着くのを待った。




