第一章 19 暖かい場所
夕食の時間。
クロエは配膳の準備があると言うので扉の前で別れ、俺は一人で食堂へと入った。
よく考えたら一人でここに入るのは初めての事だ。
初日は二回ともクロエに連れてってもらったし、昨日はジークとノエルを含めて4人だったし。
なんだか急に心細くなってちょっとキョドりながら中に入ると、ノエルとノアヴィス、そしてリュカとアンリが既に席について歓談していた。
「まぁ、ナユタ!具合が悪いと聞いていたけれどもう大丈夫なの?」
真っ先に声をかけてくれるノエルたやマジ天使。
それに礼と詫びを伝えて席に座る。
「でも安心したわ。昨日のナユタはとても顔色が悪くてクロエと一緒に心配していたのよ?」
おや?意外とノエルとクロエは仲良くなってる?
二人が揃って手を取り合い俺の心配をする…。
もしかして俺、図らずしもいい仕事したんじゃね!?
キマシタワ―!
「何を言っても反応しないし、食事も手をつけなくて…。昨日どうやって部屋に帰ったか覚えてる?クロエに手を引いてもらってやっと歩いていたのだから。ちゃんとお礼を言っておかなとだめよ?」
なん…だと…!?
女の子に手を引いてもらうなんて小学校低学年以来なかったことなのに!?
くそっ、なんで覚えてないんだ俺!
夢のようなひと時を棒に振るなんて本当に馬鹿!お馬鹿さん!!
ん、ちょっと待てよ?
手を引いて部屋まで送ってくれたのがクロエだっていうのなら、そんな状態の俺を着替えさせたのも…?
いやーん、うそでしょー!?もうお婿に行けないわっ!
「赤くなったり青くなったりまったく忙しい人ですね。慌てふためくのが嫌なら初めからしゃんとしていれば良かったんですよ。」
ふー、やれやれといった感じに突っかかってくるツンデレボーイ・アンリ。
お前は俺に呆れ顔だがな、リュカはお前に呆れ顔してるんだぜ?
灯台下暗し、意外と自分に対する周りの反応は分からなかったりするもんだ。
ま、アンリの場合はあえてのスルーである可能性の方が高いんだけど。
「あなたはまた…!」
「勘弁しろよアンリ、俺の心はガラスの様に綺麗で繊細なんだって思い知ったばっかりだろ?」
ノエルの言葉を遮るように大げさなジェスチャーを付けてアンリに言い放つ。
ニヤリと笑った俺を見てアンリは再度ため息をついた。
「確かに脆いという意味ではガラスに酷似していますが、自分で綺麗とかいう人間に碌な奴はいませんよ?言ってて恥ずかしくないんですか?ないんですねそうですか。」
「何言ってんだよお前も見ただろ?俺の瞳から溢れる綺麗な雫たちを。そこらの宝石を集めたって引けを取らないほど輝きまくってたじゃねーか。」
「あの汚い涙のどこに宝石要素があったっていうんですか。それならまだ道端に転がる小石の方が愛嬌ありますよ。」
「なにおーぅ!どこが汚いっていうんだ、一ミリだって穢れてねーぞ!なんならハーブの香りを醸し出してるかもしれないくらいだぞぉ!」
そう言っておもむろにポケットから白いハンカチを取り出す。
そう、アンリからもらって涙を拭いたあのハンカチだ。
そいつを鼻先へ持って行くと俺は思い切り匂いを嗅いだ。
すんすんすん!
「な!ちょっと!匂いを嗅ぐなって言ったじゃないですか。一度言われても理解できないなんてアホなんですかアホでしたね!とにかくやめてください気持ちの悪い!」
「返すか?」
「いりませんよ!!」
お、顔が真っ赤だ。
何だよちょっとかわいいじゃねーか。
さっきの一件でなんだかんだ押しに弱いって事が分かったからちょっとからかってやるつもりだったんだけど…、あらやだ癖になりそう。
まるで女の子みたいに真っ赤になっちゃって、もー可愛いわねー。
いらないならオジサンどんどん嗅いじゃうぞぉ。
とってもいい匂いだぞぉ。
「やれやれ、ナユタ殿。アンリいじりが楽しいのは分かるがその辺りにしてやってくれ。アンリも、変な絡み方をするから返り討ちに合うんだ。普通に話しに混ざりたかったんなら素直にそう言えばいいだろう?」
「んな!それはひどい勘違いですね。私はただ…、ただ間抜けな顔をさらしているぞと警告したかっただけです。むしろ話になんて混ぜないで貰いたいですね、心底興味ないんで迷惑ですし。」
「まったく、アンリは本当にシャルルの顔が好きだなぁ。」
「な ん で そ う な る ん で す か !?いつ、だれがシャルル様の話をしましたか?確かにシャルル様のお顔は美しく整っていらっしゃると思いますし、それを台無しにしているあの人にはいくつか言いたいことはありますけどね!今はその話まったく関係ないですよね?そんな話してませんでしたよね!?」
思わず立ち上がるアンリをリュカが宥めて座らせる。
何と言うマッチポンプ。
アンリも座ったのはいいが、いまだに顔は赤いし息は上がっている。
なんだ意外とリュカも言う奴なんだなぁ。
心配だった二人の主従関係も案外リュカがしっかり手綱を握っているようで一安心だ。
「えっと。いつの間にか仲良くなったのね、ナユタ?」
「ん、あぁ。おかげさまで仲直りしたよ。」
「そっか、ナユタってすごいのね。」
すごいのは謝りに来てくれたリュカ達だし、尽力してくれたのはジークとクロエだ。
俺はただ一人でいじけてただけで何もできなかったという話をすると、それでもすごいよ、と笑ってくれた。
思わずにやける頬を引き締めようと力を込めていたらまたしてもアンリに気持ち悪いと言われてしまう。
なんだ、リュカとの言い合いはひと段落したのか?
とりあえず出来るだけキリッとなるように笑顔を作ってみたら氷魔法が飛んできた。
ちょ、あぶなっ!こんなことに魔法を使うのは卑怯だろ!と俺を含めた若輩メンバーで言い合いが始まる。
そんな俺たちを、孫でも見ているかのようにノアヴィス爺さんが眺めてる。
何だこれ、空気が軽くて暖かい。
すげー楽しい。
昨夜とは正反対の和やかな空気が流れる中、ジークとシュヴァリエ辺境伯が食堂に入ってきた。
二人は最初こそこの場の雰囲気に面食らっていたようだが、それが悪いものではないと分かると二人の頬も自然と緩んだようだ。
「これはこれは、ずいぶんと賑やかですね。」
「おーおー、ずいぶん楽しそうじゃねぇか。妬けるねー、俺のいないところで仲良くされるのは。」
「そう言うなって。俺の居ないところで活躍するどこかの色男のおかげで仲良くなれたんだからさ。」
「ほーう、そいつは飛び切りいい男に違いねぇだろうな。きっと頭も顔もいい有能な男だろう。な、お前もそう思うだろ坊主?」
お互いニヤリと笑い合う。
アンリが「別に仲良くないです!」と突っかかって来るが、この状況では全く説得力がない。
ジークにもそれが伝わっているようで、ニヤニヤとアンリをからかい始めた。
さすがコミュ力お化け、もうアンリとの距離感をつかんだようだ。
それにしてもジークという男は本当にむかつく位良い奴だ。
絡みがしつこくてくどい所もあるが、それも間違いなくこいつの長所だ。
たぶんこいつとはなんだかんだありつつ、良い悪友になれるだろう。
かつてないほど穏やかな空気の中、夕餉が始まる。
この日の夕食は今まで食べたどの料理よりもおいしいと思った。




