第一章 1 ラスボス後
鬼のようにテンション高まってたんだな、俺。
結局のところ渦中に居る間は気づけないもんだってことか…気を付けよう。
ひと眠りしたおかげか頭の中が妙にクリアだ、清々しいといっても過言ではないかもしれないな。
…そのおかげで過去の俺の言動が恥ずかしいものであったと言う事に気が付いてしまったのだけれど。
まぁいい、過去の事は悔やんでも仕方がないのだ!
それよりも今は俺の置かれている状況について整理しようじゃないか。
重たい体と瞼のせいで未だによく掴めていないのだが…振り切れたテンションと蓄積された疲労、そして買い食いにより胃袋が満たされたことで急速な眠気に襲われ思わず爆睡。
俺の推理ではこんな感じかなと思うんだが…どうだろうか?
依然として背中には固く冷たい石のような感触があり、体を動かすのも辛いと思うほどの疲労が溜まっているという感覚もある。
うん、これは間違いなく家にたどり着く前にその辺で寝てしまったって事で間違いないだろう。
よかったよかった、事件は無事解決だ。
問題があるとすれば、ここが一体どのあたりなのかという事だ。
会社と自宅の中間地点であるコンビニは通過していたのだから、どちらかと言えば自宅付近なのだろうけど…。
ここで新たな事案発生だ。
もし俺が限りなく自宅に近い、それこそマンションのゴミ捨て場とかで寝ててみろ。
明日からご近所さんに噂されまくること間違いなしだ!
『ちょっと奥様聞きまして?そこのマンションにする男性がゴミ置き場で寝てたんですって!』
『まぁそれは本当ザマスか?そんな人を住まわせているだなんて管理人は何を考えているんザマショ!地域の平和はアタクシたちで守らなくてはいけませんわ、さっそく署名活動を行ってその人を追い出しましょ!』
『えぇ、それがいいですわ!ではわたくしは近所のお友達に声を掛けてきます!』
『アータクシは自治体に報告してくるザマス!さぁ頑張って平和を取り戻しましょ!』
なんてことになっちゃうー!?
まずい、それは極めてまずいぞ…!
せっかく最近お隣さんとも話が出来るようになったっていうのに追い出されてしまったら…いや、まぁ寝に帰ってるだけって感じではあるんだけど。
それでも会社から近いこのマンションを追い出されるのは嫌だ!!
くっ、極限状態からの奇行…ってことでこの野宿(仮)事件をどうにか治まられないだろうか。
この目の下にできた濃い隈を見て何とか納得してもらえれば、ワンチャン俺にもまだ救いが残されているはずだ…。
いや、とにかく今は何より先に起きるべきだろう。
体が重いだのなんだのと言っている時期はもうとっくに過ぎているのだ、いい加減にしないと通報されてしまいかねん。
そんでもって周囲を確認してから今後の身の振り方を改めて考えよう…。
そう思って体を起こそうと力を込めるが上手くいかない。
あれ、全然力が入らないぞ?
何なら瞼も開けられないんだが…。
え?何これどういう状況?
金縛り、みたいな?
…いやいやいやいや、まずいでしょそれ!
俺の記憶が途切れたのが、肉まん食った辺りまでってことはですよ?
ここが道路のど真ん中だって可能性も無きにしも非ずなわけで…。
やばーい!
いくら近所の道が車通りの少ないところだからって、こんな風に無防備に寝てたら遠くないうちに死ぬー!
そうでなくとも限りなく思考過程が混沌・悪寄りの人が来たら間違いなく獲物にされちゃう!
俺の人生これから盛り上がって行くはずなのにこんな所で詰みたくないよー!
頼む、動け筋肉!開け俺の曇り切った眼!!
「…っしゃーおらぁ!動いたぜこらぁ!!」
「え…、」
「…え?」
え?何?
さっきまで何も聞こえなかったからてっきり一人で寝てるんだと思ってたのに、ものすごく近くで俺のものじゃないか細い声が聞こえたんだが。
疲れているのか寝起きだからなのか分からないが、目が霞んでよく見えない。
俺は目を細めてどうにか近くに居るであろうそれにピントを合わせようと頑張ってみる。
………いた。
鼻先15㎝のところ、大きな目にたっぷりと涙を溜めた美少女がいる。
すげー、本当に美少女だー。
ただでさえ大きな目をこれでもかとおもいっきり見開いて、まさに驚いていますって表情をしている。
そんなに開いたら目玉が零れちゃうんじゃないかと心配になるほどかっ開いているのに、その造形はまったく崩れていない。
うむ、間違い無く美少女であるな。
やはり整った顔というのはちょっとやそっとでは崩れないのだなぁ。
しみじみしちゃうぜ。
おっと、あんまり不躾に人の顔をジロジロ見るもんじゃないな、育ちを疑われてしまう。
こういう時は大人の余裕で華麗にご挨拶が基本だ。
しかしこの手の美人はちやほやされる事に慣れてるだろうからな、ここは敢えてクールに構え如何にも人の見てくれなんかで態度を変えたりしませんよーという体で行こう。
そうだな…やはり寡黙に、しかし威厳が出るよう厳かに。
俺の本気、見せちゃいますよ?
「お、はようっ」
しまった、声が裏返ってしまった!
加えて一瞬吃った気もするし!
…でもまぁうん、及第点ってことで。
だってほら。
その証拠に、目の前の美少女ときたら両手を口に当てて溜まっていた涙をぽろぽろと落としている。
感動しているのだ、俺のクールな男らしさに。
無理もない、何せ儚げでどこか哀愁漂う笑顔まで添えたのだ。
多少頬が引き攣っていたとしても問題なかっただろう。
涙というフィルターでだいぶ補正が入るからな。
ましてや目の前に居る美少女は見た限り男に夢見る華の10代。
俺の男の色気に心擽られてしまってもなんら不思議はないのだ。
ふっ…我ながら罪な男だぜっ!
「あ、あの…本当に?」
「はっ、はいぃ!?すみませんごめんなさいなんでございましょうかっ!?」
すみません調子に乗りました、ちょっとした出来心ってやつで箍を外しましたごめんなさい。
本当はその辺の葉っぱの下に居るダンゴ虫ですごめんなさい。
大人の色気?ちょっとレベルが足りなくて使えないです。
俺から出るのはせいぜい鼻汁か埃くらいですのでどうか罵らないでくださいっ!
「あ、あぁ!我らが守護者ツェリア様!お守りくださり感謝します!」
美少女は胸の前で手を組み祈るようにそう言うと、さらに涙を流し始める。
ツェリア様?え、誰?なんか怖い。
もしかしてこれって新手の宗教勧誘?
俺、宗教とかあんまり興味ないんだけどな。
美少女には興味あるっちゃあるけど、結構年下っぽいしなぁ…。
変に関わっておまわりさんのお世話になるのは御免こうむりたいんだが。
うん、ご近所の目とかも気になるしここらで退散させてもらっちゃおうかな。
「えーっとぉ、すみません。俺はこの辺で失礼させて頂こうかと…」
そう言って立ち上がろうとしたのは良いが、体にうまく力が入らないのを忘れてて顔から盛大に転んだ。
くっそいってぇ…
「いけません、まだ動いては…!傷は癒えておりませんし、それに魔力だって底をついたままなのですよ!?」
…なんて?
え?魔力?今魔力って言ったの?
何だろ、美女レベルが高いと反動で夢見がちEXとかになったりするのかな?
いや、そりゃ夢見る10代とは言ったけどね?限度ってものがあるじゃん?
そりゃ俺にだって心当たりのひとつやふたつあるよ。
そう、あれは中二だった頃の淡い記憶…
懐かし思い出に浸ろうと視線を少し上げたところで俺の思考はストップした。
急停止…なうろーでぃんぐ。
あぁだめだ、目の前の光景に頭が混乱してうまく働かない。
俺の目に映るそれは、まるでゲームの中にあるような石造りの壁と柱。
それらは苔むして埃っぽく、あちこちが崩れていて…。
そしてまるで何かが戦っていたかのように焦げていたり、凍っていたりしている。
安易に言葉にしてしまうと、すげーファンタジーしてる。
もしかして何かのセットかと思い、軋んで悲鳴を上げる首を何とか動かして辺りを見渡すがどこをどう見ても現実だ。
はは、リアルにファンタジーとか支離滅裂すぎて笑える。
もうここにドラゴンとか居てもなんも不思議じゃない雰囲気だな。
「つか本当にいるぅ!?デカすぎて逆に気付かなかったー!!」
俺が横たわっていた場所から2、3mも離れてないところに真っ黒い竜が力なく横たわってる。
それはずっと俺の視界の端に入っていたはずなのに、あまりにも大きすぎたせいで全く認識する事ができなかったようだ。
…というか、倒壊した建物の一部か何かだと思ってた。
改めてその竜を観察してみると、そこら中に裂けたり抉れたりといったグロめの傷があり、開かれたままのその目には光が宿っていない。
どうやらすでに息絶えているようだ…。
しかし、もう動くことはないのだと分かっているのにどうしてか皮膚が粟立つ。
見ているだけで不安や恐怖という負の感情が駆り立てられるようで、まるで落ち着けない。
本当に息絶えているのかと疑いたくなるほどの禍々しいオーラだ。
だけど…怖いはずなのに、見ていたくないはずなのに。
どうしてか、こいつから目を離してはいけないという変な義務感がふつふつと湧いてくるのだ。
痛いはずの体に、力が入る。
無意識に歯を食いしばってしまう。
コイツは一体…。
「原初の竜の成れの果て、我らが宿敵ファブファリア…ついに討ち果たされましたね。」
その声が呪縛を解くように、ドラゴンから目を離せずにいた俺を動かす。
そうしてゆっくりと振り返ると、そこに居る美少女が俺をじっと見つめていた。
美しい…。
外見もさることながらこの声の綺麗な事。
透き通る水を連想させるような澄んだ声だ。
優しくて、でも芯は通っているような。
強く慈愛に溢れる、そんな声。
「彼の者の呪いもその身に降りかかってしまったはずなのに、こうして生きてくださっている。女神ツェリアに愛される貴方だからこそ成し遂げられた偉業と言えましょう。」
そう言ってほほ笑んだ美少女は俺の手を両手でそっと包む。
なんて柔らかくて暖かいんだ…。
じんわりと体の痛みが無くなっていくような気さえする。
…え、いや気のせいじゃない!?
体中にあったかすり傷がどんどん治っていく!
おいおいマジかよ。
マジでファンタジーなの?
痛みも温度も分かる夢を見ている…って落ちではないのか?
「あ、あの…。先ほどから様子がおかしいように見受けられますが、ご気分でも優れませんか?シャルル様。」
「へ…?シャ、ルル?」
この子今なんて言った?
シャルル様?
まるで俺に向かって言っているような口ぶりだけど、どういうことだ?
さっきのツェリア様とかっていう名前を口にした時とは雰囲気がまるで違う。
それは間違いなく目の前にいる俺に向けて言っているような口ぶりだ。
勘違い…そうか、この子は人違いをしてるのか。
ふむ、それならこの子の口にする名前に身に覚えが無くても納得がいくな!
身に覚えのない場所だし謎の傷はあるけども!
心なしか体が若く逞しくなってるような気もするけども!
それでも断固として譲れない、この子は人違いをしているのだ。
なぜなら俺は間違いなく疑いようもなく、シャルルなんて名前じゃないから!!
うんうん、間違いは誰にだってあるよね。
でも落ち着いて考えれば分かるはずだぞ?
さぁ一緒に深呼吸しよう、そうすれば少しずつ落ち着けるはずだ。
スーハー、スーハー…。
よし、だいぶ落ち着いた…俺が。
それじゃ誤解を解くという意味も兼ねて、ずっと気になってたことを聞いてみるとしましょうか。
いやぁ、気になることしかなくてどれにしようかかなり悩んだけど、やっぱり一番最初に尋ねるべきことはこれだろう。
こういう時の常套句だ。
日常においてもそうそう使うことがない常套句ではあるけれど、ひとまずそれは置いといて。
この一言がすべてを知る第一歩だ。
出来るだけ威圧感をださないように、しかしふざけた様子も出さないように…
「あのさ…君は、だれ?」