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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第一章 始まりの出会い
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第一章 15 書庫deデート①



朝だ。

どんなに辛い時でもちゃんと朝は来る。

それが嬉しい時もあれば嫌な時もあるが…まぁ、俺の場合は後者の方が圧倒的に多かったな。

例えば今も…


俺がここに来てからは、起きていた時間より寝ていた時間の方が圧倒的に長いはずだ。

それだというのに、俺の体は万全とは程遠くどんどん重くなるばかりで動かすのも億劫だ。

四日も寝ていれば体が鈍っていても仕方がないんだろうけど…たぶん俺の場合はそれが一番の理由ではないんだろうなぁ…。


昨夜は、気が付いた時にはベッドで横になっていて、頭からすっぽりと毛布を被っては早く眠ってしまおうと必死に目を閉じていた。

まぁ…結局一睡もできずに朝を迎えたんですけどね。


何も考えないようにしようと頑張ってはいたんだが、あのアンリって奴に言われた言葉が頭の中で勝手に再生されて、その度に心臓がうるさく跳ねて寝るどころじゃなかった。


はぁ…俺はどうすりゃいいんだっつーの。

だってあれだろ?

シャルルの顔で、声で、姿で過ごすのならシャルルのように行動しろって言いたいワケだろ?

そんなん無理だろ、俺シャルル知らねーんだから。

害を及ぼすとか言われても結局それはそっちの都合で、俺自身には何の関係もない事じゃん。

大体さ、俺が無理矢理シャルルの真似をしたとしても、その違和感や違いに一番気が付いてしまうのはどうしたって身内のアイツらのはずだろ?

それなのにあんな言い方しやがって…


「…俺だって好きで他人の体に居るんじゃねーっつーの!!」


「ナユタ様、お目覚めでしょうか?」


はいはい、相変わらずのタイミングご苦労様です。

大体いまの怒鳴り声は絶対に聞こえてたはずだし、お目覚めでしょうかーだなんていちいち聞く必要ないだろ。

あぁ、面倒だ…

返事一つ返すのも億劫なほど俺の気分は絶不調だったけど、それでもここで黙ってしまってはクロエの仕事を邪魔する結果になる。

俺の機嫌が悪いからと言ってクロエに八つ当たりするようなことはしたくない。

そう一通り葛藤してから、俺はだいぶ遅れて返事をする。

いつもよりトーンが低めなのは勘弁してほしい。


「失礼いたします。……おはようございます、ナユタ様。朝食のお時間ですが、ご気分が優れないようでしたらこちらにお持ちいたしますが、いかがなさいますか?」


俺のトーンの低い返事のせいか、はたまたお疲れムードを隠していないせいか、クロエは部屋に入って来るなり俺に逃げ道を作ってくれた。

さすが一流のメイド(俺調べ)だな、気の利き方が神掛かってる。

正直な話、今の俺はあの二人の顔を思い出すだけでキリキリと胃が痛み始め、最悪の場合は食事中にリバースしてしまい兼ねないくらいの心持なのだ。

もちろんクロエの仕事を増やしてしまうという事にも抵抗はあったのだが、大衆の面前で思い切りやらかすよりはマシだろうという結論に至り、お言葉に甘えさせてもらうことにした。


それに対してクロエは嫌な顔一つせず、すぐに食事を持ってくると言って部屋を出て行った。

や、優しい…

もし彼女が居たらこんな感じかなー?なんて思ったが、完全に風邪を引いた時のオカンの行動と一致したので考えるのをやめた。

あんなかわいい子がオカンなのは辛い、いろんな意味で。


そんなくだらないことを考える事で脳内正常化を図っていると、朝食を乗せたワゴンを伴ってクロエが戻ってきた。

それにしても早い。

ここ二階なんだけど、この屋敷にはエレベーターでも着いてるの?

そんなワゴンを持って階段を上ってたらこんなに早く戻って来れるわけないもんね。


…ね、本当に時間止めてない?絶対に?お嬢様に誓って?

そんな淡い期待に胸躍らせる俺を余所に、クロエは淡々と食事の用意をしてくれている。


そうして目の前に用意された朝食も実に美味そうだったのだが、残念な事にそのほとんどを残す結果となってしまった。

本当に申し訳ない…


―――


食事を済ませた後、俺はクロエと一緒に書庫に来ていた。

この世界の事をもう少し知っておかないと動きづらくてしょうがないからだ。

一応俺は要観察対象であるので、必然的に読書中もクロエに居てもらわなくてはならない。

そのことをクロエに詫びると、いつも通り「仕事ですのでお気になさらず」と言われた。

分かってたことだけど、何だが寂しい俺が居る。


でもまぁ、せっかくクロエが一緒に居てくれるんだから質問でもしながら勉強しようかな。


「なぁ、クロエ。邪竜と人の争いの歴史を知りたいんだけど、何かおすすめとかある?」


「歴史、ですか。そうですね、レッドベリル著の【人族奮闘記~邪竜との激闘編~】などが読みやすいかと思います。あとは淡々とした歴史のみをお知りになりたいのでしたら、エレーメージェ著【邪竜と人族】がよろしいかと思います。これと、これですね。」


クロエはどこに何の本があるのか全て把握しているかのような淀みない動きでそれぞれの本がある棚に向かうと、その二冊手に取り俺に差し出した。

俺は少し面喰ってしまったが、礼を言ってその二冊を受け取った。

ここの本がいったい何冊あるのか分からないが、小学校の図書室くらいの大きさの部屋にぎっちりと本棚を敷き詰めてあるので結構な数はあると思う。

これらを全て正確に記憶しているのだとしたら、このメイド…本当にただ者じゃない!!

というかそんな事ができるならメイドなんてしなくても、もっと割のいい仕事がありそうな気もするけど…って他人の仕事に対して失礼か。


俺はぐるりと部屋の中を見回して、入り口の突き当りにあるイスに腰掛けた。

この部屋には一つだけ大きな窓があるのだが、それに隣接するようにして二人掛け用の机とイスが設置されているのだ。

こんなに広い書庫なのに読むスペース少なすぎだろうと思ったが、そもそもここは個人宅であるのでこのくらいで十分なのだろうと理解した。

この屋敷を個人宅と表現するのには些か抵抗があったのだが…是非もなし。


とにかく俺はその机の、向かって左の席に座ることにした。

そしてクロエには俺の正面の席へ座ってもらう。

完璧な布陣だ。


もちろんこれは、分からない事があったらすぐに教えてもらうための配置だ。

疾しい事など何もありはしない。

…まぁ、あえて言うのなら?放課後に図書室で一緒にテスト勉強をしている学生気分になれるんじゃないかという下心が少しはあったかもしれないけど?


そしてもちろん言うまでもないことかもしれないのだが、俺の学生時代にそんな甘酸っぱい青春の一ページなんてものは一切なかった。

一切だ。

…どうした、笑えよ。



「お、この人族奮闘記ってやつ面白いな。熱い展開を交えた物語形式なのか。」


「えぇ、そうなんです。この方は情景を頭に浮かべやすい表現を使っているので、どの作品もとても読みやすいのです。もう一冊の方は、この本の補足として読んでいただけると理解しやすいかと思います。」


確かに。

クロエの言った通り、この本は面白い。

少年漫画さながらの手に汗握る熱い展開が多くて、あっという間にのめり込んで躓くことなく読めてしまった。

そう、読めてし(・・・・)まった(・・・)のだ。


言っておくとこの本は、もちろん日本語で書かれているわけではない。

少なからず俺の知るどの国のそれとも違う、知らない文字だ。

しかし俺は少しも悩むことなく、まるで日本語の本を読んでいるのと同じようにスラスラと読む事ができてしまった。

それは何故なのか?

答えは至極簡単だ。

それはこの体が、間違いなくこの世界で生きて来たからだ。

間違いなくこの世界で生まれ、ついこの間まで生き続けていたからだ。


数年自転車に乗らなくても漕ぎ方を覚えているように、この体はこの世界で生きていたことを覚えているんだ。

言葉も文字も…歩き方を知っているのと同じように、この体の奥底に深く刻み込まれているのだ。

だから読み書きも特に不自由することなく難なく行えてしまうのだろう。

しかし、ならばこの世界の知識や常識も持ってのかと言われればそれは…。

まぁ、そこまでイージーモードにはしてくれていないようで、この世界の事は依然としてよく分からないままだ。


当然この本にあるような歴史もまったく覚えがない。

ただの冒険ファンタジーを読んでいる気分だ。

つまりあれだ、どの世界に行ってもう人間は勉強あるのみと言う事だろう。

…がっかり。



ちなみにこの本の内容を要約すると、邪竜と人との戦いが始まったのは3000年以上も前で、それより以前の記録は何一つ残されていないらしい。

邪竜が人族を襲う理由は不明で、ただ人族だけを正確に判断して襲っていることから邪竜にはレトワルを感知する能力があるのかもしれないのだという。


邪竜との戦いで一番古い記録は、東の辺境地に住む一人の少女が竜の封印に成功したというものだった。

だがその少女の封印も数年としない内に破られ、あまつさえ少女は錯乱し邪竜を庇護するようになってしまったのだという。

邪竜の人を誑かす行為はこの頃からあったようだ。


そして一番最近で封印に成功したのは約150年前、これまた一人の少女によって行われたそうだ。

その時も数年の内に封印は破れてしまい、邪竜は復活を遂げたのだと言う。

少女自身はその際に亡くなったんだそうだ。


こうしてみると当然だが、邪竜に勝ったという話は一切出てこないんだな。

それだけ邪竜という存在が強大であるということなのだろうが…何とも虚しい話だ。

たった一匹の竜とこれだけ長い間、戦い続けている。

それは俺が考えるよりずっと、途方もないほどずっと続く苦痛の日々だと思う。


数百年に一度だけ、それもたった数年しか封印できないような存在と、よく今ままで戦い続けて来れたものだ。

俺なら間違いなく心折れてると思うぜ?

それかヤケクソになってるか。


そしてそれらを知ったうえで改めて思うのが、シャルルの起こした奇跡のような偉業だ。

封印ではなく討伐の道を選んだ上に、実質一人で戦ったんだろ?

3000年以上、封印以外の有力な対処法がなかったっていうのに、それ以上の事をたった一人で成し遂げてしまうなんて…


今ならわかるぞ、最強と言われた勇者の異常さが。

およそ人ひとりの力とは思えない、天才の一言ではもはや収まらない強さ。

それがシャルルという男だったのだろう。


そんなゴジラ対キングギドラみたいな戦いに、誰も手を出せる訳ないよな。

足手まといか、最悪何もできずに犬死って所が関の山だ。


…でも、ノエルはそこに乗り込んでいったんだよな。

たった一人で戦うシャルルを想って…。

それってつまりそういう事なのかな?

いや、俺がそんな事気にしても仕方ないんだけど。


ま、なんにしても世界は平和へと歩み始めましたって事なんだろう。

…昨日の邪竜もどきが現れなければ、だけどな。

つーか、考えれば考えるほど俺がこの世界に引っ張られた理由ってのがアイツにあるような気がするんだが!

なんで大人しくやられてくれなかったのかなぁ!!

そうすれば俺はこんな目に合わずに済んだじゃないんですかー!?

なぁ、竜さんよぉ!

だいたいシャルルもシャルルだぜ?

一回退治したっていうんなら油断せずに畳掛けろや、完膚なきまでに粉砕しとけ!

なーに復活(仮)させとんねん!

最後まで面倒見れないなら討伐なんてするんじゃありません!!


「んがー!もう本当に、理不尽にも程があるだろーがっ!世界規模で俺を巻き込むんじゃねー!」


「ナユタ様…大丈夫、ではなさそうですが大丈夫ですか?」


おっといかん、今はクロエと一緒に図書室デートしてるんだった。

お怒りメータ急上昇させてる場合じゃねぇぜ!

うふふ。お兄さんったらついフィーバーしちゃったわぁ、ごめんなさいねぇ?


「少しお疲れのご様子ですのでお茶を淹れて参ります。少々お待ちください」


俺が全力てへぺろ体制を整えてたら、クロエはスッと立ち上がって部屋を出て行ってしまう。

寂しい…いや、虚しい。

俺は頭に当てていた拳と突き出したケツ大人しく戻して座り直した。

ふ、これが疎外感って奴か…。


ん、あれ?俺一人になっちゃうけど大丈夫なのか?

要監視対象…だよな、俺。

そわそわと気持ちが落ち着かなくなるが、別に悪い事をしてるわけでもないんだから大丈夫…だよね?

とりあえず大人しくしていようと、俺は再び本に視線を落とした。


しっかしクロエも大変だよな、俺の監視しながらお世話までしなきゃいけないんだから。

何かお手伝い…なんて出来る訳もないだろうし、俺は出来るだけ迷惑かけないように気を付け…


「お待たせいたしました」


早いなぁ!

ここから厨房まで結構あるはずなのに、たった302文字で戻ってきちゃうのか。

そりゃ俺の監視しつつ他の仕事もできるわねー。


「ハーブティーをご用意いたしましたが、よろしかったでしょうか?」


「うん、飲んだことないけど頂きますよ。」


クロエはその言葉にひとつ頷くと、茶器を温め始める。

俺はその様子を、ただひたすら眺める事にした。


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