第一章 14 厳然とした事実
あれからジークに引きずられるように部屋を出て、夕食の席へと向かった。
階段に差し掛かってもそのまま引きずろうとするので、さすがに全力で抵抗して何とか難を逃れた。
ジークは「おっ、意外と力あるじゃねぇか」と笑っていたが、俺にとっては冷や汗ものの状況だっただけに笑って流すことは出来なかった。
よって蹴りをお見舞いしてからノエル達と共にそそくさと移動することにした。
こんなに可愛い女の子が居るのに、どうして野郎と一緒に歩かにゃならんのじゃ!
まぁ、結局後ろからすごい力で肩を組まれてジークの横を歩かされることになったんだが…。
しかし全然振りほどけないな…これが騎士団長の実力って奴か!!
―――
俺たちが食堂へ着いた時、既に席に着いていた面々は分かりやすいほど目を丸くしてキョトンとしていた。
俺とジークが肩を組んで現れたこと(誤解がないように言っておくが、肩を組まれていただけで俺の腕は定位置に収まっていた)、そして俺と一緒にノルンとクロエが続いて入ってきたことに驚いていたようだ。
”ハトが豆鉄砲くらったような顔”というものを、俺はこの時初めて見たのだった。
図らずしも注目を集めていた為か、ジークは俺から距離を取ると先ほどの話をするように促した。
俺は緊張から頭が真っ白になってしまったのだが、ノエルが小さく「頑張って」と言ってくれたのを耳にし何とか奮起する。
かなりしどろもどろではあったが、それでもニュアンスは伝えられたと思う。
ノアヴィスが何度も頷いていたのでそれは間違いないだろう。
さて、折角こうして俺の話を聞いてくれるような雰囲気になっているし、ついでと言っては何だけど俺のお願いを聞いてもらおうかしら。
いや、ほんとに何だけど。
「あのー…今日俺を襲ったあれが何なのか、きっと皆調べるんですよね?それ、俺にも手伝わせてもらう事ってできませんか?役に立てるかどうかは…わからないけど、出来る限りは頑張りますから。知りたいんです!俺がどうしてここに来てしまったのか、どうすれば帰れるのか…。それを突き止める為にも、あの竜の事を知る必要があると思うんです!だからどうかお願いします、俺に力を貸して下さい!」
精一杯の誠意を見せる為、俺は深く頭を下げた。
さすがに土下座まではしなかったが、必要なのであればそれも辞さない気構えだ。
なんてったってここは異世界、文字通り右も左も分からない未知の領域だ。
こんな所に放り出されてしまったら、間違いなく数日と持たないだろう。
今の俺が生きていくには人とのつながりが必要なはずだ。
帰る方法を探すにしても、まずは生きていかなきゃ話にならない。
生きて、生き抜いて、それから知識と知恵を求めるのが正しい順序だろう。
だからその第一歩をここで踏み外すわけにはいかない。
生きて帰るという目標の為にも、まずは足元を固めるところからだ。
「…ふーん。ま、俺たちにはお前を放置するって選択肢はないから、手伝いたいなら勝手にやればいいんじゃねぇか?」
「……………え?」
「いやいや、え?じゃねーだろ。ちょっと考えれば分かるだろうに、お前は何を言ってるんだ。今回の一件、どう考えても鍵はお前だ。邪竜討伐後の騒動も、昼間のもどき襲撃にしても、全部お前の持ち込みネタじゃねーか。そんな要注意人物を、だ。ここに居る曲がりなりにもそこそこ権力を持った人間たちが、無責任にバカみたく野放しにすると思ったか?自覚しろよ、お前はまさしく正体不明で出自不明の不審者なんだぜ?」
た、確かにー!!
言われてみればそうだった、俺は他人の体に乗り移ってる自称異世界から来た怪しさ純度100%の黒幕第一党なんだったー!!
それなのに捨てないでーとか言い出して、新しいパターンのヒモ男か、俺は!
捨てられるわけないだろ、怖すぎて!
今だって何を画策してるか分からないような不審者なんだから、むしろ拘束して地下牢行きでもおかしくないんじゃないですか、やだー。
って、あれ?
現段階で監禁されていないってことは、実はかなり優遇されてる…?
めちゃくちゃ気を使って頂いている!?
うわー、それなのに恩情の上に胡坐をかいて、さらに重ねて要求するとか厚かましいにも程があるだろ!
あぁ、恥ずかしい…。穴があったら入りたい。
「もう、ジークさん!どうして貴方はそうナユタをいじめるんですか。神殿も件も今回の件もナユタが糸を引いているとは思えない、だから監視は付けるにしても疑うようなことはしない。話し合いの結果そう結論付けたじゃないですか。それなのに貴方ときたら…!」
「っ、ふ…、くく。すまねぇな姫さん。なんせこいつの反応がいちいち面白くて…、ついな。坊主も許せよ、ちょっとした出来心ってやつだ。反省はしてないし次もやるけど、許せよ?」
…………………ふわぁー!?
何なのコイツ、マジで何なの!?
謝ってるけど誠意ZEROじゃん!
反省もしない上に犯行予告までしっかり出すなんて、ここまで来るといっそ清々しいわ!
いや、全然よくねぇけども!!
だいたい、俺の心は現在絶賛虫の息なんだから無駄にストレス与えてんじゃねーっつの!
良いのか?目の前で大の男がわんわん泣いちゃっても。
言っておくがこれは脅しじゃないんだぞ?
「ふぉふぉふぉ、だいぶ打ち解けられたようですなナユタ殿。良きかな、良きかな。…さて、先ほどの申し出ですがの、こちらとしてもありがたい申し出ですじゃ。儂らの利害も一致しておるし、断る理由も見当たらない…ふむ、ということはじゃ。この縁もまだ続くという事でしょうなぁ。のう、ナユタ殿?」
「じいちゃんっ…!」
「ちょっと待ってナユタ、それは打ち解け過ぎ…」
ノエルは止めたが、当のノアヴィスは嬉しそうにふぉふぉふぉしているのでじいちゃん呼びでも問題なさそうだ。
あぁ、それにしても何ていい爺さんなんだ!
ジークの後だと尚更この優しさが心に沁みる。
地獄に仏ってまさにこの事だな、何かそれっぽい見た目してるし。
なんだか心なしか、じいちゃんに後光が差してるような気がしてくる…!
サンキューじいちゃん、あんたの事は出来る限り忘れないぜ!
その時、ガタンッと大きな音がして全員の注目がそちらに移る。
俺たちが音の出所に視線を向けると、先ほどまで静かに食事を摂っていたリュカがその場に立ち上がっていた。
強く握りしめられた両手はわずかに震えているようで、誰がどう見ても怒っているのが伝わってくる。
…ちょっとうるさくしすぎちゃったかしら?
「…すまないが、私は部屋に下がらせてもらいます。とても気分が悪い。」
そう言い放ち一瞬俺を睨むと、すぐに身をひるがえしてドアへと向かった。
やだー、急になにぃ?こわーい
「…おい、何をしてる。行くぞアンリ。」
「私はまだ食事が済んでませんので、部屋へ戻りたければ坊ちゃんだけでどうぞ。」
冷たくそう言い放つアンリにリュカは眉間の皺をさらに深めてた。
しかしそれを咎めるようなことはせず、一つ大きなため息をつくとそのままドアの向こうへ消えていったのだった。
あれ?アンリって人はリュカの従者なんじゃなかったっけ?
何かあからさまに反抗的な態度をとられてるけど、もしかしてリュカの奴バッジが足りてないんじゃないか?
ちゃんとジムに行ってリーダーを倒さないと言うこと聞かせられないんだぞ?
「はぁ…。我が主の無礼をお詫びいたします。シャルル様のお話を聞いてから、主は少し不安定でございますして…、あのような失礼を働いてしまいました。深くお詫び申し上げます。」
リュカが出て行って数秒と経たない内にすっと立ち上がったアンリは、深く頭を下げそう言った。
どうやらこのために残ったようだ。
主の尻拭いもするなんて従者も大変なんだな。
そうしてしばらく頭を下げていたかと思うと、居住まいを正して再度俺たちに向き直る。
正確にはノエルや辺境伯の方へ…だが。
「しかしこれも一重にシャルル様を想っての事、どうかそれだけはご理解いただきたく…」
「もちろんです。リュカ殿にはゆっくりとご静養なさいますようお伝えてください。」
「お心遣い感謝いたします、辺境伯。必ずお伝えいたします。」
それと、とアンリは言葉を続けて真っ直ぐ俺を見る。
少し機嫌が悪いように見えるその三白眼は、しっかり俺の姿を捉えると軽蔑するように細められた。
な、なんだよ…
「そちらの方、どうかお願いします。シャルル様のお顔で、シャルル様の声で、シャルル様のお姿で、あまり妙な言動をとらないで頂けませんか?その体はまさしくユエル家の血を引く高貴なもの。当家の名に恥じぬ言動を…とまでは言いませんが、せめて泥を塗ることのないようにお願いします。見ている者がどう感じているのか、少しはお考えになった方がよろしかと。…それでは、私もこれにて下がらせていただきます。」
アンリは再び深く頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。
残された俺はというと、さっきの比じゃない位にひどく打ちひしがれていたのだった。
きっつー…
でもあいつだって、ただ俺が嫌いであんなことを言ったんじゃないってことは理解しているつもりだ。
単純に迷惑を被るからやめてほしいと、俺が俺として振る舞うことで周囲に害を及ぼしかねないんだと忠告したんだ。
これが俺の体じゃないから。
俺がシャルルじゃないから…。
「…………。」
「ふむ…これは何かしら手を打たねばなりませぬな」
じいちゃんが何か言ったような気がするが、今の俺にはその言葉の意味が理解できなかった。
耳鳴りがひどい。
手が冷たい。
俺のじゃないくせに、心臓がうるさい。
あとは何だ?…なんだっけ?
何か考えなきゃいけなかったはずだったよな?
あー、でも無理かなぁ。だってほら、考えられないし…考えたくない…
その後どうやって部屋に帰ったのかも、いつの間に寝間着に着替えたのかも覚えていない。
ただ俺は、ベッドに潜ってひたすらに目を閉じる事しかできなかった。




