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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第三章 邪竜神教編
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第三章 7 最初の被害



「………ん?あれ、なんか…」


「どうかしたのかい、ナユタさん?」


近づいてくる集団はその全員の身なりが妙に小奇麗で、目の前で気を失っている盗賊たちとは全く違う雰囲気を醸し出していた。

馬に装着されている鞍にも美しい装飾が施されているし、全体的にどことなく上品な印象を与えられる。

そして何より、その集団の先頭を掛けてくる大きな黒毛の馬とそれに跨る人間には見覚えがあった。

もうここまで近づいてしまえば確信を持てる、あれは間違いなく…!


「リュカ!!」


「知り合いかい?」


「あぁ!知り合いっつーか身内だ、おーい!!」


「っ、ナユタか!?こんな所で何を…その者達は!」


俺の姿に気が付いたリュカは驚いたように馬を止めて問うてきたが、俺の傍らで縛られている盗賊たちを見てすべてを察してくれたようだった。

共に行動していた私兵…なのだろうか?その内の一人に声を掛けると、気絶している親分の顔を確認し始めた。

何やら手に持っている紙と照らし合わせているようだが、あれは手配書か何かかな?


「間違いありません、盗賊ウェルダンとその手下たちです。」


「そうか…一時は騎士団にその名を連ねた者が、よもやここまで地に落ちようとは。…悲しい話だが情けは無用、連れて行け。」


「はっ!!」


リュカの指示で親分とその手下たちは一人ずつ拘束され、そのままリュカ達が来た方へと引きずられていったのだった。

盗賊ウェルダン…どうやら有名な奴だったみたいだけど、それよりもちょっと気になるワードが聞こえたな。

親分、元騎士だったのか。

となるとジークの部下…いや、どの時期に所属したのか分からないし年も結構差がありそうだから被ってない可能性もあるか。

なんにしても、ジークやエトワールたちのような誰かを守るために命を賭けて戦ってたような人間が、今や人の命を奪って生きているだなんて…リュカの言った通り悲しい話だな。

そう思って小さくなっていくウェルダンを見送っていると、馬から降りたリュカが俺の側までやってきた。


「ひさしぶりだな、ナユタ。まさか我が領地で会う日が来るとは、こんなに嬉しい事はない。」


「俺も会えてうれしいぜ。というか、いつの間にかブリュムド領に入ってたんだな、俺たち。特に境界線とかがある訳でもなかったから気が付かなかったぜ。」


「はは、まぁナユタは初めてきたんだろうし、気が付かなくても無理はない。それにしても、あの盗賊ウェルダンを捕まえているとはな。手ごわかっただろう?」


「いや、あれをやったのはレーヴ…そっちに居る俺の仲間なんだ。レーヴ、紹介するよ。俺がこの世界に来た時に集まったうちの一人で、俺を従弟として迎えてくれたユエル家の次期当主でもあるリュカだ。」


「お初にお目にかかる、レーヴ殿と仰ったか。ナユタが世話になっているようで…兄貴分としても礼を言わせてもらおう。」


「いいえ、僕は大したことはしていませんよ。それにしても…まさかユエル家次期当主様とこんな所で会う事になるとは。…こちらへはどうして?」


「あ、それは俺も気になってたんだ。リュカが動いてるってただ事じゃないだろ?次期当主自らこんな所まで来るなんて…何かあったのか?」


「はは、そんなにおかしなことでもないさ。私は日頃から領内を見回るようにしているからな。ただ今回はこの辺りに盗賊たちが潜伏しているという話を聞いて、その確認のつもりで出てきていたんだ。まさかその盗賊がナユタとその仲間を襲っているとは思いもしなかったけれど。」


そう言ってリュカは俺の肩に手を置き嬉しそうに笑う。

先ほど馬で掛けてきたときの緊張感とは全く別の、至極和やかな雰囲気を纏っている。

今は次期当主としてではなくて、一人の家族として接してくれている感じだ。

こんなにも積極的に責務を全うしている人間が、俺の事を家族として扱ってくれていることがとても嬉しい…反面、少し気恥ずかしい。


「そう言えば、最近ナユタの噂を耳にしたぞ。何でも陛下から導使節の名を頂いて活躍しているそうじゃないか。ついこの間も粛清者とかいう殺人鬼を捕まえたとかで…母上もそれを聞いてとてもお喜びになっていたぞ。私も兄貴分として鼻が高い。」


「あー、うん。たまたま…な。」


「………。」


その粛清者が滅茶苦茶隣に居るんだけど、当の本人が肩をすくめるに留まっているので俺もこれ以上は何も言わないでおこう。

最初から話すと長くなるしね。


「また謙遜を。お前のその慎ましさは美徳だが、度が過ぎると自信の無さを窺わせてしまうぞ。たまには胸を張ってみるといい、きっと誰もお前を咎めはしないだろう。」


「はは、そうだな。たまには頑張って威張ってみるよ。」


「うむ、ナユタはそのくらいで丁度いいかもしれないな。…それで、お前たちこそこんな所までどうしたんだ?まさか私に会いに来たわけでもないのだろう?旅の理由を聞かせてくれ。」


「あぁ、それなんだけど…。」


俺はリュカに邪竜神教のモルガンを追っていることを話し、目撃情報か魔物が活性化している地域がないかを尋ねることにした。

領内を頻繁に見回っているリュカなら何か気が付くことがあるかもしれないからな。

そうしてしばらく悩んでいたリュカは、部下たちに何か伝え先に帰らせると真剣な表情で口を開いた。

どうやら何か心当たりがあるようだ。


「詳しい話は出来ないが、確かに昨晩、何者かが我が領地に侵入し姿をくらませたようだ。それに関して領主からも注意を促されていたので、こうして見回りを強化していたんだが…まさかそれにナユタも関わっていたとはな。まったく、わざわざ旅に出ずとも騎士に任せていれば良かったんじゃ…いや、優しさが過ぎるナユタの事だ、また誰かの為に動いているんだな?」


「いやいや、リュカは買い被りすぎだって。俺はただ俺の中でどうしても許せない事があったから、それを解消するためにこうして旅に出ただけなんだ。それは誰の為でもない、俺がそうしたいからやってることなんだよ。」


「まったく…相変わらずなようで安心したような、むしろ心配事が増えたような。…レーヴ殿、聞いた通りナユタはこういう奴なのでどうか私の分まで見張っていてやって欲しい。変な所で頑固なんだがなにぶん泣き虫でな、誰かが側に付いていてくれれば私も安心できるんだ。」


「ちょ、泣き虫ではないですけど!?」


「泣き虫だろう?アンリと謝罪しに行った時もそうだが、姫様の話では他にも…。」


「あーあー、そういう事言わんでいいから!レーヴ君も、今聞いたことは忘れるように!」


「へぇ…となると僕の目が見えないのを良い事に、今までも隠れて泣いていたのかな?いや、気づいてあげられなくてすまなかったね。今度からもう少し気を使えるように注意しておくよ。」


「やめろぉ、そんな気遣いはいらん!くそぉ…リュカのせいで俺の威厳に陰りが見え始めちゃったぞ!」


「はは、それはすまなかったな。しかし涙を流せる事は人としての美徳だ、恥じることではないさ。…さて、ナユタの話ではそのモルガンという男は、騎士の手が薄くなった地域から村を襲っていくつもりだという事だったな。ふむ、残念だが既に周囲の支部からも騎士たちが王都を目指して出立してしまっている。すぐに連絡を取ってみるが…間に合わないかもしれないな。」


「そんな!それじゃ、モルガンはこの近くの村を襲うかもしれないのか!?」


「可能性は高いだろうな。奴は既にこの領地内に居り、そして思惑通り騎士の手が薄くなっている。そのラヴォルモスとかいう魔物の強化も早いに越したことはないというのなら、ここで襲うのが一番効率的だろう。」


確かに、モルガンにとっては最高の条件が揃っていると言ってもいい状況だろう。

ならばリュカの言う通り、この領土内で村を襲っていく可能性は極めて高い。

こうしちゃいられない、急いで魔物の活動が活発になっている場所を探しださないと…!


「リュカ、ここから近い村を全部教えてくれ!」


「落ち着けナユタ、そんな手当たり次第に動いていては追いつけるものも逃してしまうぞ。」


「でも、じゃあどうすればいいんだ…」


「簡単な事だ。我が屋敷に来ると良い、きっと現当主が力を貸してくれるはずだ。」


「え、それって…ユエル家の屋敷に行くってことか!?」


「あぁ、そうだ。邪竜神教だがなんだか知らないが、我が領地内で好き勝手出来ると思ってもらっては困るからな…きっちり落とし前をつけてもらおう。」


おぉ、リュカのこんな怖い笑顔は初めて見たな。

俺との初対面の時は不機嫌そうなおっかない顔をしていたけど、今はなんていうか…獲物を見つけた狩人みたいな捕食者のような顔をしている。

なんだか台詞も相まって、ヤのつくお仕事の方に見えてしょうがない。

黒スーツとか似合いそうだな…


そんなリュカの新たな一面を垣間見たところで、何かがこちらに走ってくるのが見えた。

それはどこかで見たことのあるような、それでいて初めて見るような気にさせるもので、すごいスピードで一直線にこちらへ近づいてくる。


「な、なんだあれ?」


「ん?あぁ、来たみたいだな。先に帰らせた部下に近くで待機していたアイツに伝言を頼んだんだ、『ナユタが来たから迎えにくるように』とな。」


「アイツ?」


「そういえばナユタも会いたがっていたな。ふむ、丁度良かったみたいだ。」


そう言って優しい表情を浮かべたリュカの隣に、透き通る馬に引かれた馬車が停止した。

それはシュヴァリエ辺境伯の屋敷から王都へ行く時に乗った馬車にも似ているが、あれを引いていたのは馬の姿をとったイフリートだったはずだから少し違う。

いま目の前にいる馬は燃えているわけではないので、恐らく別の精霊を使役して引かせているのだろう。

ではこの透明で流れるようなたてがみを持ったこれは何なのかという話になるが…


「久しぶりに会ったというのに挨拶も無しですか!貴方の失礼さは変わらないのですね、変わらないでしょうとも!」


「え…あ、アンリ!!」


「今気が付いたんですか!本当に失礼な…こんな人、迎えに来なくても良かったでしょうに!」


透明な馬に夢中で気が付くのが遅れてしまったが、御者の位置に座っていたのはリュカの従者であり俺の数少ない友人の一人であるアンリだった。

今日も今日とてツン率の高い態度で怒っているようだが、それでも帰らずにこうして待っているという事は本心は別にあるという事だろう。

まったく、相変わらずなのはどっちなんだか…ん?

なんだろう、なんか以前と雰囲気が少し違う様な…。


「アンリ、髪切った?」


「はぁ!?貴方の目は節穴ですか?それともまるっきり逆の事を言って気を引こうとしてるんですか、してるんですね?まったく…どうして貴方はいつもそう…。」


アンリは次第に声を小さくしていき、顔を背けるとぶつぶつと文句を言い続けている。

後半は何を言っているのか全く聞き取れなかったが、顔を背けたことによりアンリの後頭部が見えるようになったので怒っている理由はすぐに理解できた。

どうやらアンリの髪が短くなっているように見えたのは、切ったからではなくむしろ伸びた髪を一つにまとめていたからだったようだ。

なるほど、それで逆だのなんだのと怒っているのか。

まったく、こんな事で怒るなんてアンリの怒りっぽさも相変わらずだな。

それにしても、たったひと月ほどでよくここまで髪を伸ばせるものだなぁ。

伸ばした髪もきちんと整えられているようだから、切るのが面倒で放置しているわけではないのだろうけど。

細身のアンリが髪を伸ばしてると、中性的な容姿も相まってより女の子っぽく見えてしまうな。

まぁ、こんな事を言ったら余計に怒られるだろうから絶対に口にしないけど。


「それにしても久しぶりだな、アンリ。リュカとはパーティーで会えたけど、お前と会うのはシュヴァリエ辺境伯の屋敷で別れて以来か…元気だったか?」


「………ちっ。」


「突然の舌打ち!?そんなに怒ることないだろ、髪を伸ばしてるのには気が付いたからさー。」


「………それだけですか?」


「は、何が?」


「ちっ。貴方に期待した私が馬鹿でした、馬鹿でしたとも!!さぁ、もうさっさと出発してしまいましょう!貴方と話しをしても時間の無駄なので!!」


「なんでそんなに怒ってるんだよ…リュカー、アンリが理不尽激怒するぅ。」


「あー…すまない、ナユタ。これに関してはお前が悪い。」


「なんですって!?俺が何をしたって言うんだ…。」


「よく分からないけど、とりあえず紹介してもらってもいいかな?御者の人とも知り合いなんだろう?」


「あぁ。レーヴ、このツン強しな彼はアンリだ。リュカの従者で俺の友人、そして現在とても怒っていて、それはどうも俺が原因らしい。」


「彼…?はて、おかしいな。この感じは女性の…」


「はじめまして、レーヴさん。私はリュカ坊ちゃんの従者のアンリと言います。そこの鈍い男とは残念ながら友人に近い関係を築いていますので、どうぞよろしくお願いします。」


「あぁ、なるほど。…ナユタさん、やっぱり君が悪いようだね。」


「なん…だと…!?レーヴにまでそんな事言われたら俺は…!!」


なぜかすべてを察したように一度だけ頷いたレーヴは、俺に向き直るとそんな事を言いだしたのだった。

まさかレーヴにもアンリの怒っている本当の理由が分かるというのか!?

そんな馬鹿な、出会ってまだ数分だぞ!

しかしこの表情…嘘を言っている感じてはない。

リュカやレーヴは分かって俺には分からない、この差とは一体何なんだ…。

はっ!

もしかして:経験値


「泣きそう…。」


「ちょっとぉ、僕の居ないところで何か話すすめてなぁい?仲間外れにされてる感じがひしひしと伝わってくるんだけどぉ。」


「おや、もう一人仲間がいたのか。君もナユタに同行してくれているのかい、小さな旅人さん。」


「まぁねぇ、いろいろお世話してあげてるよぉ。ねぇ、おにーさん?」


「いろいろ…?貴方まさかこんな小さな子に変な事してないですよね?」


「し、してる訳ねぇだろ!?ヴィヴィも変な言い方するなっての!現在俺は非常に弱い立場に置かれているんだから!」


「きっしし、ごめんごめーん。はじめましてぇ、ヴィヴィでぇす。おにーさんとは仕事上の付き合いなのでぇ、ご心配なくぅ。」


「これはご丁寧にどうもありがとう。私はリュカ・フォン・ユエル、こちらは従者のアンリだ。よろしく、ヴィヴィさん。」


「よろしくお願いします、ヴィヴィ君。」


「うんうん、よろしくねぇ。それでぇ、これからどこかに行くのぉ?」


「あぁ、これからユエル家の屋敷に向かう事になったんだ。そこで領主に協力を申し込む…らしい。」


「ふーん…てぇ、もしかしてまた馬車ぁ?あーあ、せっかく体調が戻って来たって言うのにぃまたあの揺れに耐えなきゃいけないのかぁ。」


「これは精霊の引く特別な馬車ですから、ほとんど揺れませんよ。まぁ、絶対とは言いませんが…。」


「ふーん、それならまだ乗ってみてもいいかもねぇ。もしダメそうだったらそっちのおにーさんの馬に乗せてもらえば良いわけだしぃ。」


「あぁ、もしもの時はそうするといい。私の馬は精霊に負けず劣らずの走りをする優秀な…おや、あの馬車はナユタが乗っていたものか?誰かこちらを見ているが。」


リュカに言われて振り返ると、少し離れたところで馬車の持ち主が大きく手を振っていた。

そういえば盗賊に襲われてから戦闘が終わるまで馬車の中で待っているように言っておいたんだった。

俺は持ち主に近づいて行き、盗賊を捕えた事とここから別行動をすることを伝え、礼と少しの金を渡し別れることにした。

馬車の持ち主は最初こそ守ってもらった上に金まで受け取れないと言っていたが、それでもここまで乗せてもらった礼はしたいと言うと最後にはきちんと受け取ってくれたのだった。

そうして馬車は近くの村に向かって走り出し、俺たちもアンリの操る馬車に乗り込んだ。

うん?そういえば…


「なぁ、この馬車を引いてるのって精霊…なんだよな?偉く透明だけど、もしかしてウンディーネか?」


「はぁ…これだから素人は。これは風の精霊・シルフですよ。見てわかりませんか、分からないんですね。」


「シルフ…そうか、ウンディーネじゃないのか。」


「む。そんなあからさまにがっかりされるいわれはないと思いますけど?なんなんです、喧嘩売ってるんですか?」


「いや、そういうわけじゃなくて…まだウンディーネには会ったことがないからもしかしてーって思ってさ。ほら、知り合っておいて損はないじゃん?」


「なんですか、そんな人と接するかのような言い方は…。それに知り合うも何も、召喚したいのなら神殿か教会へ行って契約すればいいだけじゃないですか。貴方に素養があるのかは知りませんが、わざわざ召喚された精霊を探すよりはずっと早いと思いますけど。」


「まぁ…それはそうなんだけど。」


とは言っても俺に召喚の素養はない。

それは精霊本人から言われた事だから間違いないだろう。

だからこそ偶然に頼って他の精霊とも友人関係を築けたらと思っているんだが…そう上手くはいかないらしい。

ま、この話をすると長くなるから今はしないけど。


「なんですか、その曖昧な返事は。…ふん、別にいいですけど、関係ないですし。それじゃ出発しますよ。」


「おう、頼むわ。」


「あんまり揺れないようにしてねぇ?」


「よろしくお願いするよ。」


不貞腐れた様子で手綱をしならせたアンリはそのまま馬車を走らせ始め、その横をリュカが黒毛の馬に跨り並走している。

ゆっくり進み始めたその馬車は先ほどまで乗っていたものとは全く別物と言えるほど揺れることなく快適に走っていく。

これにはヴィヴィもご満悦なようで、外を眺めながら鼻歌を歌う余裕さえ見せていた。

さっきまでは本当に真っ青な顔で辛そうにしていたから、それが少しでも軽減されたのなら何よりだ。

そうして安堵した俺は、ヴィヴィとは反対側の窓から外の様子を窺ってみる事にした。


どうやらこの馬車は結構な速度で走っているようで、いつの間にか外の景色が先ほどまで居た野原から森の中に変わっていた。

すごい速さで木々が後ろに置いていかれていくが…これって時速何キロ出てるんだ?

馬車の中ならともかく、御者の席は何かに覆われているわけじゃないから風圧で息が出来ないんじゃないかと思うんだが…。


「なぁアンリ、ずいぶん速度が出てるみたいだけどそっちは大丈夫なのか?」


「何がです?風の精霊ならこのくらい普通ですけど。」


「そうなのか。あー、そこに居て苦しいとか寒いとかはないか?」


「ないですよ、精霊を召喚している間はいかなる風も私を害しません。…いえ、私以上の術者が居れば話は別ですが。」


「ふーん、アンリ以上の…ねぇ。そういえば、アンリってどのくらい強いんだ?」


「少なくとも貴方よりは強いでしょうね。剣も魔法も、貴方のような素人以下に遅れはとりませんとも。なんなら魔法の指南でもして差し上げましょうか?もっとも、才能のない貴方では私の指導についてこれ無いかもしれませんが…」


「え、いいの!?やったぁ、それじゃ頼んじゃおうかな!とは言っても長期滞在するわけじゃないからほんの少しの間だけになっちゃうだろうけど、でもアンリなら上手い事教えてくれそうだし助かるわ!いやぁ、楽しみだなぁ!」


「……嫌味のつもりで言ったのに。」


「ん、ごめんよく聞こえなかった。なんだって?」


「何でもありませんよ、ありませんとも!こうなったら自棄(ヤケ)です、屋敷についたら覚悟しておくんですね!」


「おう、楽しみにしてる!…そういえば、屋敷までは後どのくらいかかるんだ?」


「ここまで来たらあと一時間くらいですかね。このまま進むとリヴァージュ村という村があり、そこを横切ってしばらく進むと屋敷のあるマレの街に着きます。そこまではこのような森と沼地が続きますから、降りようだなんて思わないで下さいね。絶対に靴を汚しますから。」


「沼地か、確かにこの辺りは霧が出てきてるな。これも森や沼地があるせいなのか?」


「えぇ、ブリュムド領は沼地の多い霧深い土地ですから。だいたいいつもこんな感じです。その霧に紛れて毎年雨季の前には魔物が大量に発生するのですが…今は落ち着いていますので安心してください。」


「魔物が…大変なんだな、ブリュムド領は。」


「心配は無用です、この土地は領主様と坊ちゃんがきちんと治めていますので。まぁ貴方には関係のない話でしょうけれど。」


「関係ないわけないだろ、そんな寂しくなるような事言うなって。まったく、お前まだ怒ってるのか?」


「別に…。ほら、見えてきましたよ。あれがリヴァージュ村で……、坊ちゃん!!」


「っ、行くぞ!!」


「え、ちょ、何事!?」


「私たちの懸念が現実となったようだ。」


急な方向転換をした馬車は、体感できる程の揺れを伴って速度を増していく。

どうやら道を逸れて進んでいるようだが、一体何事なんだ。

リュカは懸念が現実になったとか言っていたけど…それって?


「おにーさん、目の前の村を見てみると良いよぉ。」


「目の前の…?」


ヴィヴィに促され、窓から馬車の進行方向にあるという村を覗き見る。

そこには何の変哲もない村があるように見えるが…いや、村の中に少し()が多いだろうか?

それに人の姿があまり見えないのはこの立ち込める霧のせいか…。


「分からないぃ?んーと、それじゃあそこの辺りを見てみたらいいんじゃないかなぁ?ほらぁ、村の入り口に絡みついてる()のあたりぃ。」


「……っ!?あれは、人…か?」


村の入り口にある門の様なものには植物の蔓が無数に絡みついていて、そこに埋もれるようにして村人らしき姿が確認できた。

よく見るとその蔓は村全体に広がっているようで、その中には人の手や足の様なものが覗いている。

飲み込まれている…のか?


「ラヴォルモス…」


「っ、それならここに奴も居るかもしれないんだね。」


「このまま突入します。分かっているとは思いますが、かなり揺れるので適当に掴まっていてください!!」


「よし、突っ込めアンリ!!」


「言われなくとも!!」


馬車の揺れがより一層激しくなると、けたたましい音をたてて村の塀を乗り越えていく。

そのまま村の中央まで走っていくと後から着いて来ていたリュカと合流して俺たちは馬車から降りた。

そこに広がっていた景色は、あの日あの地下で見た光景によく似ていて…。


「っ、誰かいませんか!!誰か!!」


「とにかく一軒一軒見ていくしかないだろうな。私はこちらから見ていこう、アンリは向こうから…」


「坊ちゃん、危ない!」


「っ!!」


突然リュカの足元が盛り上がったかと思えば、そこから植物の根のようなものが飛び出しそのまま襲いかかってきた。

リュカはそれをすんでのところで切り伏せて距離を取ったが、どうやらその行為でここにご馳走(・・・)がある事を知られてしまったようだ。

まるで地面の中を何かが進んでくるかのような低い音が響いたかと思えば、突如として俺たちの目の前に巨大な根が姿を現した。

それに呼応しているのか、周囲の家に絡んでいた蔓もこちらに向かって手を伸ばすように近づいてくる。

残念ながら完全に囲まれてしまっているようだ。


「く、まるで意思があるかのような動きだな。」


「気を付けろよ、この植物は触れたり覆ったりした者の魔力を吸い上げる。出来るだけ距離を取って触らないように戦うんだ。」


「それは素敵な提案ですね。触れるどころか近寄る事すら危険な状態でどうやって戦うって言うんですか。」


「幸いコイツは火に弱い。火魔法で距離を取らせてからリュカがやったみたいに切っていくのが良いかもしれないな。」


「よりにもよって火魔法…私の苦手を突いて来るなんて貴方のようにいやらしい魔物ですね!」


「それは俺関係なくない!?こんなエロ同人で活躍してるようなモンスターと俺を一緒にしないでっ!!」


「また意味の分からない事を言いだしましたね、まったく。少し懐かしい気分になるのが腹立たしいです。」


「その怒りはこいつらに向けてくれ!…レーヴ、周囲に人は…モルガンは居るか?」


「残念ながら奴の闇の形を見たことがないから正確な判断は出来ないけれど、それらしい闇の深い人間はいないみたいだ。…生きている人も少ないよ。」


「そうか…。それじゃとりあえずこの根っこ共を何とかしようか。」


「なんとかってどーするのぉ?もう結構囲まれちゃってるけどぉ。」


「ちょっと試したい事があるんだ。リュカは火魔法を使えるのか?」


「あぁ。だが達人とまではいかないな、私は雷魔法の方が得意なんだ。」


「オッケー、火種さえあれば問題ない。それじゃリュカとアンリは、俺が合図したら魔法をよろしく!」


「わかった。」


「何するつもりですか。」


「実験っていうか検証だな。錬金術(・・・)ってのがどれほど有能なのか確認する的な意味で。」


そう言って這い寄ってくる根と距離を保ちながら、俺はノーキから何本か瓶を取りだす。

これは王都の商店街にひっそりと佇んでいた錬金術屋ってところで買った代物だ。

店主曰くどこのものより良質な一級品だそうだが…その効果はいかほどかしら。

それを今から検証してやろう、コイツらを使って!


「ピッチャー・ナユタ、大きく振りかぶってぇ…投げた!よし、見事なデッドボール!乱闘開始のゴングのようだ!!というわけでリュカとアンリ、後は頼む!!」


「あぁ、任せておけ。あそこを狙って放てばいいんだな?」


「何なんですか、もう!」


俺が投げた瓶は見事に命中し、中に入っていた液体は周囲の蔓を巻き込んでばら撒かれた。

それ自体には何の反応も示さなかったが、リュカとアンリが火魔法を放つことでその効果は最大限に発揮された。

小さな火種はその液体を伝うように広がっていき、あっという間に根を飲み込むほどの炎となった。

轟々と燃え上がる炎はその勢いを弱める事なく、やがて根から蔓へ燃え移っていった。


「な、何をしたんですか?」


「錬金術屋で買った燃える水…てっきりアルコールランプの強い版かと思ってたんだけど、もしかしてガソリンか何かだったのかな?」


「ねぇ、このままだと家まで燃えちゃうんじゃないのぉ?」


「やべっ!しょ、消火!!消火してアンリ!!」


「はぁ!?まったく、貴方はもう少し後先考えて行動してください!馬鹿なんですか、馬鹿でしたね!!」


悪態を吐きつつもしっかりと消火していくアンリ。

すっかり燃え落ちた根たちはまっ黒く焦げていて、軽く小突くとボロボロと崩れていった。

ふと周りを見回してみると、こちらに襲いかかってこなかった蔓たちも力なく垂れ下がっている。

もしかしてこの根を焼いたから繋がっていた蔓も力尽きたのかな?

少しやりすぎたかなとも思ったけど、これなら結果オーライとして片づけちゃっていいだろう。


「レーヴ、まだ息のある人の位置を教えてくれ。今ならまだ間に合うかもしれない。」


「………。」


「……レーヴ?」


「っ、あ、あぁ。すまない、何か言ったかい?」


「まだ息のある人の位置を教えてくれ、助けたい。」


「あぁ、分かった。…こっちだ。」


レーヴは一瞬呆けていたようだったが、もう一度頼むとしっかりとした足取りで生存者の場所まで案内してくれた。

俺はヴィヴィと共にその後に続いていき、蔓に絡みつかれた生存者を救助していく。

そうして広場に横たえた人は十人にも満たず、そのほとんどが昏睡状態で目を覚ます気配がない。


「アンリ、私はこの事を騎士団に伝えてくる。お前はその間この人たちの治療を試してみてくれ。」


「分かりました。しかし私の治癒魔法ではたいしたことはできませんよ。」


「構わない、少しでも回復出来ればそれで…。ナユタ、あとは頼む。」


「分かった。騎士団が来るまでには他の人たちも蔓から救出しておくよ。」


「そうしてやってくれ…。」


そう言って険しい表情で村の悲惨な状況を見回したリュカは、意を決したように馬に跨ると騎士団の支部へと向かって走り出した。

確か騎士団のほとんどが王都に近い村へと向かってしまっていて、支部には余り残っていないと言っていたが…それでも情報共有も兼ねて早めに報告するべきなのだろう。

小さくなっていくリュカから目を離し、俺は村中の蔓から村人の亡骸を集めて回った。



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