第三章 6 対盗賊戦
「ふぐっ!!」
腹に激痛が走り目が覚めた。
霞がかかったような頭でとりあえず時間を確認しようと首だけ動かし窓の外を見てみる。
空がうっすらと白み始めている…どうやらそろそろ朝日が顔を出す時間帯らしい。
俺は一つ大きなあくびをしてから上半身だけ起こした。
すると俺の腹の上には我が物顔で鎮座するグリムの足があったのだった。
くそ、さっきの衝撃はコイツの仕業だったか。
とんだモーニングコールだと悪態を吐きながら足をどかすと、頭を掻きながら部屋の中を見回した。
あぁそうだ、昨日グリムと話をしている内に寝こけてしまったんだった。
固い床で横になってたせいか体中が痛んで仕方ない。
まったく、せっかくベッドで寝るチャンスだったっていうのに…。
しかしグリムと話しが出来た事は良かった思う。
冒険者としてのシャルルの話を聞けたのもそうだが、何よりグリムという人間の事を良く知ることが出来たからだ。
最初こそただのヤンキー冒険者としか思わなかった俺だったが、語らってみるとその印象もだいぶ変わった。
コイツはあれだ、学校内外問わず有名な不良少年だけど雨の日に捨て犬と遭遇したら絶対に傘をさしてあげちゃう典型的なタイプだ。
悪ぶってはいるが根は素直で善人、情に厚く涙もろいのでなんだかんだと年上から可愛がってもらえる奴だろう。
不器用ながらもちゃんと気遣いも出来るので、昨夜話をしている時も俺の境遇を慮ってくれる場面が多くあった。
その都度俺の胸が痛んだのは言うまでもないが…。
ともかく、懐に入ってしまえばなかなかいい奴だという事が分かったのでコイツと和解できたことは嬉しく思う。
普通にいい友達になれたんじゃないだろうか。
「んがっ!…んー、あ?なんだ、朝か?」
「おう、すっかり朝だ。わりぃな、結局お邪魔しっぱなしだったわ。」
「いーんだよ、んなこたぁ。ふぁ~…、お前らメシくらいは食ってからでるんだろ?俺も今日の依頼書見に食堂まで行くし、ついでに奢ってやるよ。」
「お、いいのかよ?」
「ただし、お前とあのちっこいガキだけな。デカブツはてめぇで勝手に食ってりゃいいんだ。」
「ずいぶん嫌ってんなぁ、お前が思ってるほど悪い奴でもないんだぜ?」
「はぁ?ネチネチと嫌味を言うような奴のどこが悪くねぇってんだよ!その上妙な魔法も使いやがるし…、信用なんねぇな。まぁババアはいやに気に入ってるみてぇだが、アイツは男の趣味がクソわりぃからむしろ当然の結果だな。」
「…そういえば、お前とメアリアンってどんな関係なんだ?ずいぶん目を掛けられてるみたいだけど。」
「別に何の関係でもねぇよ。ただ冒険者になる前の俺に稽古つけてたのがあのババアだったってだけだ。もう一人前になったってのに、いつまでもガキ扱いしやがって…!」
「なるほど、師弟関係みたいなもんか。」
「んないいもんじゃねぇ!アイツの稽古は小便漏らすくらい厳しくてな、あれじゃまるで奴隷と主人…いや、家畜と肉屋みたいなもんだ。いつか捌かれるんじゃないかとヒヤヒヤしながら鍛えたもんだぜ。」
「そうなんだ…意外とドSなんだな、メアリアンって。」
「どえす?」
「いや…なんでも。そんじゃメシに行きますか。っと、その前に一回部屋に戻らねえと。」
「そうか、なら俺は先に食堂に行ってるぜ。受付には言っといてやるから、降りてきたら声かけろ。」
「あぁ、ありがとな。」
「いちいち礼なんか言わなくたっていいんだよ!」
「なんだ、照れてんのか?」
「うるせー!!」
グリムを一通りからかってから、俺はヴィヴィの居る部屋に戻る。
おそらくレーヴは隣の部屋で休んでいるだろうから、ヴィヴィもぐっすり眠れたことだろう。
なんだかんだ言ってこの二人は未だにお互いを警戒していると思う。
職業柄というか性格上というか…まぁ暗殺者と暗殺者まがい、お互いに一線を引いた距離感の方が落ち着くのかもしれないな。
「ヴィヴィー、グッドモーニーン。おーい、起きてるかー?…入るぞ?」
部屋のドアをノックしながら声を掛けたのだが、返事がない。
昨日はこのくらいの時間には自分で起きていたから、てっきり今日ももう起きてると思ったんだけど…思惑が外れたな。
…ははーん、さてはベッドの寝心地が良すぎて寝坊したな?
まぁいいさ、そういう事なら寝かせておいてやろう。
寝坊と遅刻は子供の内に経験しておいた方がいいってじっちゃが言ってたような気がするし。
俺は静かにドアを開けると足音を殺すように静かに部屋へと入っていった。
「っ!?…がっ、うぐっ!!」
「んー?あ、こらこらぁ。おにーさんだよぉ、殺しちゃだめぇ。」
「くっ…ごほっごほっ!」
「だいじょーぶぅ?大丈夫だよねぇ?よかったよかった、でもおにーさんも悪いんだよぉ?コソコソと部屋に入ってきたりしたらぁ、敵かと思って攻撃しちゃうでしょぉ?」
「っ、はぁ…声かけても返事しないから、寝てるのかと思ったんだよ。」
「あれぇ、そうだったのぉ?きっしし、ごめんごめん。ぜぇんぜん気が付かなかったよぉ。」
「…さっきのは何だったんだ、誰かに声かけてたよな?」
「えぇー、そうだったぁ?ただの警戒用魔法みたいなものだよぉ。そんなことよりぃ、おにーさん今帰ってきたのぉ?朝帰りぃ…ってことはぁ、昨夜はお楽しみでしたねぇ…みたいなぁ?」
「どこで覚えてくるんだ、そんな台詞!だいたいそんなめくるめく夢のような世界にお邪魔したこともないわ!」
「そーなのぉ?それはご愁傷さまぁ。あ、じゃあこのセリフはおじさんに言ってあげればいいのかなぁ?なんか昨日の夜にもあのおばさんが部屋まで来てたみたいだしぃ。」
「え、マジで?そんな展開起こっちゃったの?うわ、どうしよう…これから起こしに行こうかと思ってたんだけど、気まずいな。ここは大人として気を使うべきか?それとも問答無用で突撃☆隣の晩御飯(意味深)した方がいいのかな?」
「僕、子供だからわかんなーい。」
「くそ、こういう時だけ無知なフリしやがって!お前が耳年増だってことは百も承知なんだぞ!……こうなったら、二人で日常を装って何気なく声を掛けて様子を窺ってみよう。もしかしたら夜の内に解散しているかもしれないし、その可能性に賭けてみてもいいかもしれない…!!」
「何を考えているのか知らないけど、君たちが思っていたような事態には陥ってないから安心してくれていいよ。」
「うわ!…なんだレーヴ、起きてたのか。」
突然掛けられた声に振り返ると、そこには部屋の入り口で呆れ顔を惜しげもなく披露しているレーヴの姿があった。
レーヴは既に身支度もすませていたようで、その姿はいつでも出発できるように完璧に整えられていた。
それにしても、昨晩はお楽しみじゃなかったのか…。
「えぇー、つまんないのぉ。でも昨日の夜にあのおばさんが来てたのは本当でしょー?おじさんの声も聞こえたしぃ、その後妙に静かだったしぃ。だから僕はてっきり…、なぁんだー。」
「はぁ、まったく何を期待していたんだか。確かに彼女は部屋まで来てたけど、入り口で少し話しただけですぐに帰ってもらったんだよ。部屋が静かだったのだって当然だ、僕はその後ぐっすり眠っていたんだからね。」
「ちぇー。それじゃ何の後腐れも未練もなくぅ出発できるってことぉ?」
「少なくとも僕はそうだよ。ナユタさんこそ、朝帰りみたいだけど昨夜は…」
「その流れはさっきやったからもういいよ!!ほら、仕度できてるんなら食堂行くぞ。飯食ってさっさと出発しよう。」
「それには賛成だけど、わざわざここの食堂を利用する必要はないんじゃないのかい?昨日の夕食だって部屋で済ませたんだろう?」
「あぁ、それなんだがな。グリムが俺とヴィヴィに飯を奢ってくれるって言うから、ご相伴に預かろうかと思って。」
「え、あの槍のおにーさんが奢ってくれるのぉ?わーい、タダ飯なら行くよぉ。あのおばさんともケリがついたみたいだしぃ、何の憂いもなく食べられるよねぇ。」
「ナユタさんとヴィヴィさんに、ね。まぁ分かりやすいほど単純な青年だったし、こうなる事は予想できてたけどね。それじゃ、食堂に移動しようか。僕も一緒に行けば少なくとも嫌がらせになりそうだし。」
「大人げないぞ、レーヴ。ま、全員で食事、全員で出発が旅の基本だからな。グリムには悪いけどこのまま食堂へ向かおうか。」
グリムの嫌そうな顔が目に浮かぶが、そこはそれ…我慢してもらおう。
ほら、同じ飯を食えばレーヴとも仲良くなれるかもしれないじゃないか!たぶん、きっと…恐らく。
そういうわけで俺たちはそのまま出発できるように身支度を整えてから、一階にあるという食堂へ向かった。
思えば昨日はレーヴを呼びに立ち寄っただけだったから、どんな料理が出てくるのかちゃんと見れてないんだよな。
メアリアンに奢ってもらったギルドが経営しているという店の飯も美味かったし…うん、楽しみだ。
―――
「…おい、なんでデカブツまで一緒に来てんだよ。ナユタとガキには奢ってやると言ったが、そいつには一銭だって出すつもりねぇぞ!」
食堂についた俺たちは受付のお姉さんに声を掛けグリムの居るテーブルに案内してもらった。
そこには既に何品かの料理が並べられて、グリムはそれらをつまみながら俺たちの事を待っていてくれたようだ。
俺が声を掛けるとグリムは人懐っこい笑顔を浮かべそれに応え、それと同時に俺の後ろに居たレーヴを見てその表情を一変させた。
うーん、わかりやすい。
「やれやれ、開口一番にそれとは…君は挨拶というものを知らないのかな?それに僕だって君にごちそうになるつもりは無いよ、旅の仲間と食事に来ただけさ。だいたい君にそこまでの経済力があるとは思っていないさ。大丈夫、心配しなくてもちゃんと分かってるから安心すると良い。」
「は…はぁ!?ふざけんなよてめぇ、俺がどれだけ稼いでるかも知らないくせに勝手な事言うんじゃねぇよ!おい、このデカブツにも何か持ってこい!俺が全部奢ってやる!!」
「おや、いいのかい?あまり無理をすると今後泣きを見ることになると思うけど。」
「無理なんかしてねぇ、余裕だわ!おら、お前らも遠慮してねぇでたっぷり食え!」
「お、おう…。」
「わーい、いっただっきまぁす。」
「なんだか悪いね、では遠慮なく。」
こうして良いように言いくるめられたグリムによって俺たちは朝食をごちそうになる事となった。
次々と運ばれてくる料理にグリムは自慢げな様子だ。
本人が良いと言っているのだから水を差すべきではないんだろうけど、こうもあっさりと流される様を見せられると些か心配になってくる。
騙す方も騙す方だが、騙される方も騙される方なんだぞ?
いつかこんな風に挑発された結果、膨大な借金を背負う事になるんじゃないかと不安になってきた。
もしメアリアンに会ったらその辺の事を注意するように言っておこう。
「と、そういえばメアリアンはまだ起きて来てないのか?」
「あぁ?ババアはあれでここの責任者だからな、朝からいろいろやってんだよ。こっちには滅多に来ねぇが…なんだ、なんか用事か?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。」
良かった、レーヴにフラれたせいで出てこれないとかじゃなくて。
まぁメアリアンもいい大人だし、たかだかフラれた位で引き籠るだなんてガキみたいな事はしないよな。
本人も火遊びって言ってたし、ダメだとわかったら簡単に割り切ることが出来るのだろう。
俺はホッと胸を撫で下ろして食事を再開した。
「そういや、お前らこれからどこに向かうんだ?つか、なんでこんな野郎と旅なんかしてんだよ。」
「あぁそうか、その話をしてたのはグリムが気絶してた時だったな。俺たちは邪竜神教のモルガンという男を追って旅をしてるんだ。メアリアンの話だとここから南西に行った場所で奴を見たという情報があるらしいから、俺たちもこれからそこへ向かうつもりなんだ。」
「邪竜神教か…また面倒な奴らに手を出してるな。俺はやりあった事ねぇんだけど、前に一緒になった冒険者が仲間を全員殺されたって言ってたぞ。とにかくヤバい奴らだってのは聞いてるが、お前らはそいつを追ってどうするつもりなんだ?」
「結果的には奴を捕まえるつもりだけど、最大の目的は…」
「君には関係のない話だろ、それ以上聞いてどうするというんだい?」
「あぁ?俺は今ナユタと話をしてんだよ、デカブツには聞いてねぇ!」
「生憎と僕も同じ目的で旅をしているんでね、他人ごとではないんだよ。ナユタさんも、部外者にあれこれ話すのは感心しないな。どこで誰が聞いているかも分からないんだ、無闇矢鱈に口にするものじゃないよ。」
「…わりぃ。」
「んだよ、ナユタまで…そんなに話したくないようなことなのかよ!」
「君には関係のない話だと言っただろう?…さ、食事はこの辺りにしてそろそろ出発しよう。早くしないと逃がしてしまうかもしれないからね。」
「ちっ、胸糞わりぃ。やっぱ俺はお前は嫌いだぞ、デカブツ!」
「そうかい、別に好かれたいとも思ってないからご勝手に。食事、ごちそう様。」
「…くそ、なんだってんだよ。」
レーヴは食事もそこそこに立ち上がると、一足先に食堂から出て行ってしまう。
そんなレーヴの様子に悪態を吐いたグリムだったが、切り替えるように頭を振ると目の前の料理を一気に平らげ始めた。
どうやら憤りを食欲にシフトさせたようで、次から次へと空になった皿が積み上げられていく。
すげぇ、若さって感じ。
…それにしても、レーヴの奴は何かあったのか?
確かに他人にべらべらと話すような内容ではないだろうけど、あんな風に頑なに話したがらないのも珍しい気がする。
まぁ目玉の話をするという事は必然的にエルちゃんの話をすることになるから、それを嫌がっているだけなのかもしれないけど。
あ、そうか。
グリムの性格上、エルちゃんの話をしたら絶対に昨日の俺に向けたような反応を返してくるだろう。
おそらくレーヴはそれを嫌って話したがらなかったのだ。
うん、それなら納得だ。
同情や共感なんてされたくないタイプだろうからな、アイツ。
「悪いなグリム、俺たちもそろそろ行くわ。ごちそうさん。」
「うー、お腹いっぱいだぁ。ごちそう様ぁ、ありがとね槍のおにーさん。」
「おう…、村の外までは見送ってやるよ。」
「あぁ、ありがとな。」
「だから、いちいち礼なんか言わなくていいっつーの!」
グリムは顔を赤らめながら勢いよく立ち上がると、槍を片手で抱え足早に食堂から出ていった。
礼を言われ慣れていないのか恥ずかしがり屋なのかは知らないが、実にいじりがいのある反応だ。
そうして残された俺とヴィヴィは顔を見合わせ肩をすくめると、後を追うように冒険者ギルドを後にした。
ギルドの外に出るとそのすぐ目の前でグリムがレーヴに突っかかっていた。
レーヴは至極面倒くさそうに対応していたが、俺たちが来たことに気が付くとグリムを無視してこちらに話しかけてきた。
その態度にグリムがさらにヒートアップしたが、レーヴは完全無視を決め込むつもりのようだ。
大人気ないですねぇ…まったく。
「どうやら今日も晴れているみたいだね、これなら距離も稼げるだろう。もしかしたら、もう雨季も終わりかもしれないね。」
「無視してんじゃねぇ!」
「あー、うん。それじゃ行こうか。」
「そうだね、この村は五月蠅すぎるからさっさと出てしまおう。」
「それは俺の事言ってんだな?あぁ?」
グリムがどんなに声を荒げようとレーヴは涼しい顔でそれをやり過ごしている。
うん、たぶんレーヴがそういう態度をとっているから増々五月蠅くなってるんだと思うよ?
分かってて言ってるんだろうけど。
結局二人ともムキになっていたようで、村の出口に着くまでずっとこんな感じが続いていた。
最後は警備をしていた冒険者にグリムが怒られて、その大人げないやり取りは終了した。
やり取りつーかグリムの一方通行だったような気がするけど…。
とにかく、これで俺たちは無事に村を出発することが出来そうだ。
「それじゃ、いろいろと世話になったな。」
「おう、また来いよ。お前とチビガキくらいなら歓迎してやる。いいか、くれぐれもデカブツは連れてくんなよ。絶対だぞ?」
「はは、そうさせてもらうよ。じゃあもう行くわ、メアリアンによろしくな。」
「あぁ、またな!」
そうしてグリムに別れを告げると、俺たちはディミル村を後にした。
目指すは南西方向、ブリュムド領。
魔物の動きに注意しながら向かうとしよう。
―――
「…行きましたの?」
「あぁ。つーか、居たなら顔出しゃあいいじゃねぇか。」
「大人には色々ありますのよ、グリムにもいずれ分かりますわ。」
「だからガキ扱いすんじゃねぇって!…なんだ、そりゃ。」
「これですか?依頼書ですわ、あたくしから皆さんへの。」
「依頼書?ババアが依頼を出すなんて珍しいじゃねぇか…、どんな内容なんだよ。」
「うふふ、それは後のお楽しみですわ。」
押してダメなら何とやら、ですわ。
あたくしがどれだけ諦めの悪い女なのか、あたくしの持てる全てを使って証明して差し上げます。
待っていてくださいましね、愛しのレーヴさん。
―――
ディミル村を出て二時間ほど歩いていたところ、たまたま通りかかった行商をしているという馬車に乗せてもらい俺たちは荷台に揺られながらブリュムド領を目指していた。
なにぶん道はあるが舗装されていないので、幌の中は凄まじく揺れている。
それでも歩いているよりは断然早いのでレーヴの機嫌は良いようだった。
だがそれとは対照的に不機嫌なのが、この蹲って唸り声を上げているヴィヴィ君である。
以前にも馬車に対して良い印象を持ていないような事を言っていたが、別段恨みやトラウマがあるとか言う話ではなく単純に酔ってしまうからだったようだ。
馬車の車輪が石を乗り越えるたびにヴィヴィの口から言葉にならない声が漏れ出す。
だいぶ辛そうだな。
「なぁレーヴ、酔い止めの薬とか持ってないのか?」
「いいや、残念ながら。材料があれば作れるけど…そのノーキとかいう袋には入ってるのかい?」
「うーん、鍋ならまだしも薬の材料となると…。ごめんな、ヴィヴィ。」
「薬…きらい…」
話すのもしんどいようで、擦れた声で返ってくるのは拒絶を意味する単語だけだった。
これはそろそろ降ろしてやった方がいいのかもしれないな。
いくら移動速度が速いからといっても、ここまで具合が悪くなってしまうのなら考え物だ。
特にヴィヴィは俺たちの中でも戦闘経験が群を抜いている。
いざという時に頼るためにも、いつでも万全の状態で在って欲しいというのが本音だ。
レーヴもなんだかんだで心配しているようだし、馬車を降りるといっても了承してくれるだろう。
そう思って口を開こうと思っていた矢先に、突然馬が嘶き馬車が急停止した。
俺たちは体勢を崩しながらもなんとか幌から顔を出すと外の様子を窺った。
「…なんだ?魔物、か?」
「ちが、う…これは…盗賊、だよぉ。」
「盗賊…!」
ヴィヴィの言った通り、しばらくすると岩陰や木の影からぞろぞろと武装した男たちが姿を現した。
どうやら既に取り囲まれているようで、男たちはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら徐々に近づいてくる。
このままでは馬車はもちろん俺たち危ないな。
特にヴィヴィは女の子だし、なにより車酔いで満足に戦う事も出来ない。
ここで捕まってしまったら人質にされる可能性が非常に高いだろう。
俺は御者に荷台へ隠れるように言うと、レーヴと共に外へ出る。
ざっと見て二十人いないくらいだろうか?
単純計算で一人十人倒せばいいわけだけど…。
「レーヴ、どっちが多く倒せるか競争するか?」
「やれやれ、遊び感覚でいると怪我するよ?まぁ、僕の方が多く倒せると思うけどね。」
「へへ、じゃあ始めましょうかね。」
「なぁにごちゃごちゃ言ってんだ!この人数を相手するつもりか?げっへっへ、バカなこと考えてないでさっさと積み荷を寄越しな!そうすれば命だけは保障してやってもい…へぼはっ!!」
「話し長すぎだって、おっさん。そういうのいらないから、さっさと掛かってきなさいっての。」
「や、野郎!!」
べらべらとしゃべっていた男を拳で黙らせると、他の盗賊たちが一瞬戸惑ったのちに一斉に攻撃を仕掛けてきた。
全員が剣やこん棒を持っていて、それを振り上げながら走ってくる。
どうやら魔法使いはいないようなので、それには一安心だ。
いきなり馬車に火でもつけられてたら一気に劣勢に転じていただろうし、何より魔法による後方支援があると長期戦になる可能性が高い。
いくらこいつらがジークやノエルより弱いと言っても、数と時間を駆使されたら危なかったかもしれないからな。
「よい…しょぉ!!五人目ぇ!!」
「く、なんだこいつら滅茶苦茶つえぇぞ!」
「こいつらもしかして護衛か!?くそ…親分!手を貸してくだせい!!」
一人の盗賊が物陰に向かってそう叫ぶと、そこから大柄な男がのそりと姿を現した。
そいつは力自慢と言わんばかりの巨大なこん棒を肩に担いでいて、その見た目と相まって桃太郎に出で来る鬼のようだった。
縦にも横にもデカいせいでその威圧感が半端じゃない。
「ちっ、何手こずってんだ使えねぇ奴らだな!!」
「す、すいやせん…でもこいつら馬鹿みたいに強くて!!きっと俺たちを恐れて雇われた護衛だと思いますぜ!!」
「ほほう、俺たちもやっと名が知られてきやがったか!がっはっは、いいぞいいぞ。それじゃこいつらを殺してさらに箔を付けるとするか!!」
「へい、お願いしやす!!」
まさにボス戦といった空気を台無しにしてしまって申し訳ないが、台詞が完全に三下のそれです。
開幕三秒でやられる噛ませ犬みたいな事を言ってると、漏れなくそのフラグは回収されることになってしまいますぜ親分。
ほら、そうこうしている内にレーヴがつかつかと近づいて行って…
「お、なんだお前は。この俺と力自慢でもするつもりか?がっはっは、ガタイはまぁまぁだがその程度ではこの俺は…」
「うるさい、それと長すぎだ。」
「ぐぼあっ!!」
「お、おやぶーん!!」
満を持して登場した親分はレーヴの腰の入った右ストレートをモロに受けると、あっけなく意識がログアウトしました。
そしてそれを見ていた子分たちが薄情にも逃げていってしまい、気を失っている親分と他数人が取り残される結果となってしまった。
いとも簡単に裏切られてしまって、可哀想な親分たち。
このままにしておくのも可哀想だから素敵な装飾品を進呈するとしよう。
「てってれー、普通のロープぅ!」
「間の抜ける擬音だね、まじめにやってくれるかい?」
「いいんだよ、俺はこういうノリで生きてきたんだから。ほら、ぼさっとしてないでレーヴも手伝ってくれ。」
「はいはい。」
気絶している親分と子分を一か所にまとめるとロープでぐるぐる巻きにしていく。
せっかく残ってくれた子分達なんだ、いつでも一緒に居られるようにお手伝いしてやったらきっと喜んでくれるだろう。
うーん、なんというヤンデレ。
まさに死なば諸共、もしくは一蓮托生。
魔物が出た時はみんなで協力して逃げるんだぞ!
「おにーさーん。」
「お、大丈夫だったか、ヴィヴィ。こっちは見ての通り無事に終わったから、もう少し休んでてもいいんだぞ?」
「うん、そうさせてもらいたいんだけどぉ…誰か来るんだよねぇ。」
「え!?」
まさか、さっき逃げた子分たちが仲間を連れて戻ってきたのか?
いや、それにしては早すぎるような…。
という事は、また別の盗賊か?
まったく、治安悪すぎだろこの世界!
「レーヴ!」
「分かってる。」
ここで馬を走らせて逃げるのも手かもしれないが、既に向こうの姿が見え始めている段階でそれは余り良策ではないだろう。
まして迫ってくる集団は馬に乗っている。
であるのなら、どんなに急いだところで荷馬車では追いつかれてしまうだろう。
ならばここで迎え撃って撃退した方が幾分かマシだ。
ヴィヴィもしゃべれるまでには回復しているようだし、もう少し時間を置けば荷馬車を守るくらいは出来るはずだ。
だったら、ここは俺とレーヴの二人で出来るだけ時間を稼いで、あわよくば撃退してしまおう。
既に身構えるレーヴに倣うように剣を構えると、俺はだいぶ近くなった連中を睨みつける。




