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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第三章 邪竜神教編
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第三章 5 最初に声、次に顔、最後に思い出。



昔から人の多い所は苦手だった。

立っているだけでぶつかる肩も、あらゆる所から聞こえる忙しない声も、そのすべてが煩わしく…そして妬ましかった。

まるで同じ目的を持って行動しているかのような人たちを目の前にして、疎外感を感じていたのかもしれない。

視覚という本来備わっているはずの機能を持たない僕には、未知の世界のように思えて仕方なかったんだ。

だから僕は人の多く集まる場所を避け、隠れるように暮らしていた。


それもここ数年でがらりと変わってしまったけれど。

最初に出会ったのはもう二年くらい前だろうか?

人の少ない時間を見計らって買い物に出ていた時に声を掛けられて、少しだけ…話をした。

確か僕が買ったばかりの薬草を落としたとかで、それを拾ってくれたのがきっかけだったと思う。

僕は礼をしてさっさと帰ろうと思ったんだけど、この街に来たばかりで道が分からず迷子になっていると笑うその声に何となく興味が湧いてそのまま道案内をしたんだ。

帰り際に礼がしたいと言われたが、僕はそれを丁重にお断りして帰宅した。

一時の気の迷いで親切にしただけだったし、二度と会う事もないだろうと思っていたからその日の内にすっかり忘れて例の召喚魔法の研究に没頭していたんだ。


それから数日経ったある日、その声の持ち主が僕の店を訪れて来るとは夢にも思わなかった。

最初こそ薬が効きづらい体質の事を相談されたり、勤め先の病院で見かけた呪いについて教えを請われたりと業務的に対応するだけで良かったのだが、次第に世間話だけをして帰っていったり焼き菓子なんかを作って持ってきたりするようになり、仕舞いには弟子にして欲しいとまで言ってきたのだ。

あの時は悪い冗談かと思って流していたが、結局しつこいくらいに頼まれ続け渋々了承したのだった。

あぁ、そうだ。

最初は鬱陶しいと思っていたんだった。

毎日のようにやって来ては他愛もない話をして楽しそうに笑い、そうして満足したら『またね』と言って帰っていく。

ただその繰り返しにいったい何の意味があるのか、どうして僕の側に寄ってくるのかが分からなくてそれを不気味にすら思っていた。

一時は僕を懐柔して、美人局でもするつもりなんじゃないかと警戒していた事もあったっけ…。

まったく、馬鹿げた話だ。

あれだけ警戒していた癖に結局は絆されて、僕の方が離れがたくなってしまったんだから。

それでいて傷つけるだけ傷つけて永遠に失っていては笑い話にもならないよね。

…本当に馬鹿な男なんだよ、僕は。


あの子に触れたのは一度だけ。

去年の収穫祭に誘われ一緒に行った際、人混みで逸れてしまいそうになった僕の手を彼女が握ったあの時だけだ。

僕の手にすっぽりと収まりそうなほど小さなそれに、あの時の僕はなぜだか救われたような錯覚を起こしていた。

まるで僕もこの騒がしく楽しげな場所に居てもいいと言われたような。

僕という存在が世界に容認されたような。

大げさかもしれないけど、あの時から僕の中に”光”というものが生まれたような気がする。

壊してしまいそうで握り返すことはできなかったけど、確かにあの時の僕は初めて誰からも奪うことなく幸福を感じていた。


あぁ、忘れてないよ。

僕から君に触れた事もあったよね。

あの時の君は力なく横たわっていて、その体はひどく冷え切っていた。

あんなにも熱を帯びていたはずの手もまるで氷のように冷たくて、どんなに握ってもその温もりを取り戻すことはできなかった。

皮肉なものだよね。

君が触れてくれた時はあんなにも幸福を実感していたのに、僕から触れた時には絶望しか感じなかったんだから。

この時ほど僕は僕の宿業を呪った事はなかった。

何と引き換えにしても守りたいと思っていたのに、それを自分の手で台無しにしてしまったんだから。


僕は少しずつ少しずつ君から幸せを奪う遅効性の毒だった。

だからやっぱり、君を殺したのは僕で間違いないだろう。

それはもう…絶望的なまでに事実だと思う。


でも、考えを改めた事もあるんだ。

あれは僕が犯した最大の過ちだったから。


何かを守るためにはその側を離れていちゃいけなかった。

いざという時に側に居られないんじゃ、誰も何も守れないんだと思い知った。

確かに僕のせいで君を不幸にして死を招き寄せてしまったけれど、それでも僕はそれを跳ね除けるくらいの気持ちで側に居なくちゃいけなかったんだ。

少なくともあの日のあの時に、僕が君の側にいたのなら君が奴に攫われることもその結果死んでしまう事も無かっただろう。


あるいはこれは問題の先送りなのかもしれない。

例えあの場で君を守れたとしても、その先で別の形の死が待っていたのかもしれない。

それでも君を守りたいと思ったのなら、僕は側を離れるべきではなかったんだ。

何度でも何度でも、僕が力尽きるまでは君を守るべきだったんだ。

今更それに気が付いたところで、もう何もかもが手遅れなんだろうけど。

でも、僕は君を失った事で痛感したから。

だからもう迷わないはしない。

必ず君の目を取り返して、そしてそれを持って君に会いに行くよ。

今はまだ向き合うことが怖いけれど、それでも必ず会いに行くから。

だからその時は、僕の話を聞いてくれないか?

少し長くなるかもしれないけど、頑張って言葉にしてみるから。

君に惹かれていた馬鹿な男の話を君に聞いてもらいたいんだ。

だから、約束しよう。



「こんばんわ、レーヴさん。お隣よろしいかしら?」


「…こんばんわ。僕の隣で良ければ、どうぞ。」


騒がしい食堂で一人考え事をしながら食事をしていると、聞き覚えのある艶やかな声が耳に届く。

それが誰のものなのか考えるまでもなかったのでそのまま了承すると、すぐに僕の左側に暖かいものが寄り添ってきた。

このメアリアンという冒険者の管理をしている女性は、何の間違いか僕という男に興味があるようだ。

盲目の旅人に対する好奇心か、はたまた僕の考えが及ばないような理由があるのか…。

何にしてもこうして体を寄せ付けてくる以上、そういう関係を望んでいるのは明白だろう。

というか、すでに何度か誘われその都度断わったんだけど…なぜ彼女はこんなにも頑なに迫ってくるんだろうか?

その理由に心当たりがなさ過ぎて、どんなに理由をつけて断ってもどれも彼女が諦める為の決定打にはなっていないようだ。

さて、次はなんて言って断ればいいんだろう。


「あら、お食事はそれだけですの?レーヴさんはとても体の大きな方ですから、もっとたくさんお召し上がりになるのだと思っていましたわ。」


「僕は基本的にものぐさなので、食事もすぐに済ませてしまいたい質なんですよ。特に夜は寝るだけですから、空腹を感じない程度に満たされれば問題ありません。」


「まぁ、夜だからこそたくさん食べて体力をつけておかなくてはいけませんわ。特にレーヴさんを求める方も多そうですもの、途中でへばらないようにも食べておいた方がいいのではありませんこと?」


「……メアリアンさん、何度も言ってますが僕は…」


「…まぁ、そういえばあたくし気になっていたことがありますの。こうしてレーヴさんに寄り添った時に気が付いたのですけれど、貴方はなんだか不思議な香りが致しますのね。どこかで嗅いだことのあるような、それでもあまり嗅いだことのないような…何の香りでございましょうか?」


「…それはおそらく薬の匂いでしょう。僕は薬師でもありますので、体に染みついてしまっているんでしょうね。」


「まぁ!レーヴさんは薬にも明るいのですね、尊敬してしまいますわ。お強い上に知識や技術も持っているだなんて、本当に素敵な方。…ねぇ、レーヴさん?もしモルガンを捕まえることが出来ましたら、あたくしとこの村で一緒に暮らしませんか?もちろん冒険者になれと言う意味ではありませんわ、ただあたくしの側であたくしと一緒に暮らして頂けたらどんなに幸せだろうと思うのです。」


そう言いながら僕の腕に絡みつくようにしがみついて、僕の手を彼女の内ももへと誘導してくる。

どうやら彼女は切れ込みの入った服を着ていたようで、布と一緒に直に肌の感触が伝わってきた。

…こんな人の多い所でよくやる。

確かに端の席に座らせてもらったから、この騒ぎの中じゃ誰も僕らの会話なんて聞いていないのだろうけど。

だけど村のギルドを束ねる管理者の女性が、こんな知り合いばかりの場所で恥ずかしげもなく男に迫るというのは如何なものだろうか?

それともこれは、冒険者からしたら日常的な普段からよく見る光景なんだろうか?

いや、もしそうならこの女性がこんなにも男女問わず好かれているはずはないだろう。

どんな人格者でも、こんな事ばかりしていたら少なからず反感を持つ人間が出てくるはずだ。

しかし昼間に遭遇した周囲の反応からは、彼女に対する純粋な畏敬の念しか感じ取れなかった。

あれは誰彼かまわず股を開いているような女性が受ける評価ではないだろう。


…まぁ、この女性がどんな人間であるか何て関係のない話か。

本気だろうと火遊びだろうと、僕がその誘いに乗るような事はないんだから。

よって早々にその腕を解かせてもらう。


「まぁ、つれませんのね。そんなにあたくしの事がお嫌いですの?」


「そういう話ではありませんよ。昼間も申し上げたでしょう、僕には操を…」


「でもその方、もう亡くなられておられるのでしょう?」


「っ!!」


「あら、やはりそうなのですね?そうなんじゃないかと思っていましたの。モルガンの情報を話した時の必死な態度もそうでしたが、何よりも貴方から女の匂いがしませんでしたから。女を知らないというわけでもなさそうでしたし…、それであたくしピンときましたの。あぁ、この方はモルガンに愛しい人を殺されて復讐に身を焼いているのだ…と。」


「………。」


「だから、あたくし思ったのです。貴方のその傷をあたくしが癒して差し上げたい、と。…ね、一人で過ごす夜はお寂しいでしょう?女を忘れるには女を抱くのが一番だと、あたくしは思いますの。大丈夫、安心してくださいまし。あたくしが貴方の全て受け止めて差し上げますわ。…もしお望みならば、あたくしをその方だと思ってくださっても構いませんのよ?」


「っ!………生憎と、僕はあの子を忘れるつもりはない。だから君の期待には応えられないし、応えようとも思わない。悪いけど他を当たってくれるかい?君のような女なら、欲しがる男も多いだろう。一人寝が寂しいというのなら、そこらで適当な男でも見繕えばいい。」


「まぁまぁ、怒った顔も素敵ですわ。それが本当の貴方なのね、やっとみせてくれた…。貴方ずっとあたくしを警戒して距離を置いていらしたでしょう?それがあたくしは寂しくて寂しくて…、だから嬉しいです。もっと、色んな貴方を知りたい…。」


「残念だけど、僕が君に使う時間にこれ以上はない。明日になったら僕らはこの村を出て行くし、もう二度と来ることもない。だから君は僕の事を…」


「魔物だ、魔物が出たぞ!壁を破壊して侵入してきたんだ!」


騒がしかった食堂に一際大きな声を上げて一人の冒険者が転がり込んできた。

その人が放った言葉に室内にいた人間は一瞬沈黙したが、すぐに各々の武器を持つと外へと飛び出して行ったようだ。

僕の隣にいたはずのメアリアンもいつの間にか居なくなっていて、気が付いた時には食堂に居るのは僕だけとなっていた。

先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていて、なんだか耳がジンと痛む。

僕は耳に手を当てて落ち着くのを待ちながら、先ほどまでの自分の言動にため息を零した。


あんなに警戒していたというのに、エルの事を指摘されただけであっさりと崩してしまった。

それに勘付かれたきっかけも僕だったって言うんだから自分の爪の甘さにほとほと嫌気がさす。

失態に失態を重ねるなんて、今後偉そうにナユタさんを叱責できないじゃないか。

昔ならもっと上手くあしらえてたんだろうけど…。

いや、こればっかりは昔の方が良かったとは一概に言えないな。


僕がこんな風になるのはエルと出会ってエルと過ごした時間があるからだ。

そのせいで弱くなった部分もあるのは確かだけど、それとは逆に強くなったところも確かにある。

だから…そうだな、総合的に見るなら昔より今の方がちょっとはマシな人間には成れていると思う。

本当に少しは、だけどね。


「……ヴ、……ーヴ、………おい、レーヴ!!」


「っ、驚いた。ナユタさんか…、どうかしたのかい?」


「どうかしたじゃねぇーよ!ったく、いくら声かけても返事しねぇんだから…。気分でも悪いのか?」


「いいや、少し考え事をね。それで、ナユタさんは何をしているんだい?食事なら見ての通り誰も居ないから無理だと思うけど。」


「知ってるわ!魔物が侵入してきて全員出てるんだろ?だからほら、いくぞ!」


「行く?行くってまさか…」


「もちろん魔物退治だ!村の危機に何もしないでのうのうと寝てられるわけねぇだろ。お前は一宿一飯の恩はわんこも忘れないって言葉を知らんのか!」


「いや、そんな言葉は初めて聞くけど。…でもまぁ、何を言っても君は行くつもりなんだろ?それなら面倒だけど少しだけ付き合ってあげるよ。」


「わー、めずらしー。僕はてっきり反対するかと思ってたのにぃ。というかぁ、説得してくれるのを期待してたところあるんだけどなぁ。なんでおじさんまで乗る気になっちゃってんのかなぁ。」


「それはご期待に添えずに申し訳ないね。そうだな…あえて理由を付けるとしたら、憂さ晴らし、かな。」


「うわーこわーい。大人しく食堂に行ったからてっきりおじさんもその気があったのかと思ってたのにぃ、もしかして全然だったぁ?実は内心イライラしてたのぉ?」


「え、そうなの?実は結構キレそうだった?」


「さぁ、どうだろうね。そんなことより、長話をしている暇があるのかな?」


「おっといけね、こうしちゃいられない。それじゃ訓練も兼ねて魔物退治と行きますか!」


「やれやれ、訓練じゃなくて実践だろう?」


「そういう問題かなぁ?は~あ、僕らが着くころには全部終わってればいいなぁ。」


ナユタさんに促されるように立ち上がると、杖を持って後ろに続く。

いつの間にか耳の痛みも治まっていて、どうやら今の僕なら十全に戦えそうだ。


僕の前を行くナユタさんとヴィヴィさんがまだ何か揉めているようだけど、僕はその様子を耳にしながらこっそりと小さく笑う。

まったく、うるさい人たちだ。

妙な事に首を突っ込むし、変な所で気を使うし…。

だけどまぁ、気分を害するほどではないかな。

喧噪の渦中に自ら乗り込んで行く二人に呆れながらも、僕もその中に足を踏みいれるのだった。


―――


外へ出るとあちこちから悲鳴と怒声が飛び交っていた。

よくよく耳を澄ませてみると、どうやらそれらは村の入り口方面から多く聞こえるようだった。

壁を破壊されたという話だったが、この様子ではそれもほんの一部であるようだ。

まぁ破損が軽微だからといって、魔物の数も少ないとは限らないんだけど。


「村の入り口方面から逃げてくる人が多いな、ひとまずそっちに行ってみるか?」


「ほんとに行くのぉ?ほんとにぃ?僕は放っておいても大丈夫だと思うけどなぁ。」


「ぐだぐだ言わない、ほら駆け足!」


「うへぇ~。」


そう言って走り出すナユタさんの闇を頼りに僕もその後を着いて走る。

それと同時に魔力感知を行い近くに魔物が居ないか確認しながら進んでいくと、民家の裏から見覚えのある闇の形がこちらに向かって歩いてくる事に気が付いた。

あれはおそらく昼間の槍使いだろう。

このまま行くとナユタさんと衝突する、か…仕方ない。


「ナユタさん、止まった方がいいよ。」


「うお!…な、なんだ?魔物でも居るのか?」


「もしかしたら魔物より面倒な奴が出てくる。」


「は?魔物より面倒って……あ。」


「ん?あ、てめぇはシャルルの偽物!昼間はよくも…って言ってる場合じゃねぇか。おら、こっから先には行くなよ。旅の途中なんだろ?こんな所でおっ死にたくなけりゃ大人しく今来た道を戻れ、この阿呆どもめ。」


「いやいや、俺たちも手を貸そうかと思って出てきたんだけど。」


「あぁ?んだてめぇ舐めてんのか?てめぇみてぇな偽物の手なんか借りなくても、俺たちで十分戦えてんだよ!余計な事考えてねぇでベッドに潜ってメソメソ泣いてろ、クソがっ!!」


「なんだよ、手は多いにこしたことないだろ!それに、人の厚意は素直に受け取っとくもんなんだぞ?」


「あ~?………」


不機嫌そうな声を上げた槍使いは、のそのそと不安定な足音を立てながらナユタさんに近づいていく。

どこまで近づく気なのかと思って注意していたその瞬間、何か固いものがぶつかり合う様な鈍い音が周囲に響いたのだった。

それは例えるなら部屋の壁に肘をぶつけた時の様な…。

何をやったんだ?


「いっっっってーなぁ!!いきなり頭突くたぁ何事だこらぁ!」


「うるせぇ、てめぇがごちゃごちゃ抜かすからだろうが!シャルルでもねぇ、冒険者でもねぇ!何者でもねぇてめぇらなんざお呼びじゃねぇんだよ!!これでも分からねぇってんなら力ずくで…」


「何をやっていますの、グリム?」


「げぇ!!」


「まぁひどい反応ですこと。迷子になっているのかと思って迎えに来て差し上げたというのにその反応はあんまりで………何をしてましたの?」


「か、勘違いすんなよ!?こいつらが部外者の癖にでしゃばろうとしていやがったから、追い返そうとしてただけだ!別に喧嘩を吹っかけてたわけじゃねぇんだから、放っておけよ!」


「まぁまぁ、レーヴさんたちも力を貸してくださいますの?それは頼もしい限りではありませんか、ぜひ手伝って頂きましょう。」


「はぁ!?こんな奴ら居なくても余裕だろ!なんでわざわざ…」


「それが予想外の事態が起こっておりますのよ。今はまだ均衡していますが…いえ、見てもらった方が早いですわね。」


そういうと彼女は村の入り口方面へ走っていった。

それに次いで槍使いも走り出したので僕らも後を追うように駆けだしていく。

声の緊張感からして面倒な事が起こっているのは間違いないだろうが、さて…何が起きているのやら。


「こりゃ…まさか!」


「えぇ、侵入してきたゴブリンは一掃しましたわ。けれどこれが…ゴーレムが防御態勢に入ったまま崩れた壁の前に陣取ってしまいましたの。これでは近づく事はおろか壁を塞ぐこともできませんわ。」


「くそ!なんでこんな所にゴーレムなんかいんだよ、アイツ等は迷宮に潜んでるもんなんじゃねぇのかよ!」


「ここに出現した理由は不明ですわ。いま数人を外へやって周囲を調べさせてますが…おそらく何もないでしょうね。しばらくは交代で結界を張り崩れた壁の代用としますが、それもゴーレムが起き上がるまでの間だけですわ。もし起き上がったらそっちに人数を裂かないと…。」


「あー、話の腰を折って悪いんだけど…ゴーレムって?」


「はぁ!?んな事も知らずに出てきやがったのか、これだからのうのうと旅なんかしてる野郎は…」


「まぁ、グリムだってまだゴーレムとの戦闘経験はないでしょう?説明できないからと言って相手を蔑むのはおよしなさいな?」


「なっ、戦った事が無くても説明位できるわ!いいか、ゴーレムは穢れを受けた岩石が魔物となったやつで、物理攻撃が通らねぇほど固ぇ。魔法なら有効だが今みたいに防御姿勢の時に攻撃を加えるとヤバい。どうだ、ちゃんと説明出来ただろーが!!」


「偉いですわ、グリム。後半曖昧なのは良く知らないからなのよね?」


「うるせぇ!!」


「防御状態のゴーレムを攻撃するとその力を溜めこまれてしまい、解除した際に一気に放出されてしまうのですわ。少し攻撃を加えただけでも放出される力は凄まじいものとなりますので、こうなってしまったら大人しく待つしか他にありませんの。だから先走って攻撃してはダメよ、グリム?」


「わかってるっつーの!ちっ、てめぇらのせいで出遅れちまったじゃねぇか!!」


ドカリという音と共に槍使いの闇の位置が低くなる、おそらく地面に座ったのだろう。

しかし厄介な魔物も居たものだな。

普段は迷宮という場所に居るようだが、こんな村までやってくるというのはやはりモルガンの影響が強く出ていると考えていいのだろうが…。


それにしても実践だなんだと勢いよく出てきたというのに出鼻を挫かれる結果になってしまったな。

まぁそれだけここの冒険者が有能という事なのだろうけれど。


「えっと、それじゃ俺たちはマジで必要ない感じか?」


「いいえ、皆様にもお力をお借りしたく思いますわ。本当に大変なのはこの後ですので。」


「この後?ゴーレムが防御態勢を解除したら一斉攻撃で倒すんだろ?他に魔物も居ないみたいだし、ここに居る冒険者が全員で掛かるなら余裕なんじゃないのか?」


「いいえ、それがそんな簡単な話ではないのです。このゴーレムという魔物はその防御力もさることながら、耐久力にも一線を画すものがございますの。つまり半端な攻撃を与えたところで倒せるものではないのですわ。ですので防御態勢を解除したら、また次の防御態勢になるまでの間になんとか倒しきらねばならないのです。幸いゴーレムの動きは遅いので、単純に火力があれば問題ないのですが…」


「なるほど、その火力がここに居る冒険者たちだけだと心許無い…って事か。」


「お察しが良くて助かりますわ。この村に集う冒険者は下等級から中等級の者ばかり、せめて上等級以上の冒険者が一人でもいれば違ったのでしょうが…居ない方の話をしても仕方がありませんわね。今はなんとか我々だけで倒せるよう頑張るしかありませんわ。」


声音が少し落ちた。

これは悲しみか、それとも憂いか…まぁどちらでも関係ないか。

要は人手が足りないからその時になったら力を貸せというだけの話だ。

そこに人情だとか感情だとか、そんな無駄な話を挟む必要はないだろう。

とは言っても、四大魔法も三神魔法も使えない僕に出来ることはあまりないだろうな。

それはおそらくヴィヴィさんも同じ…いや、霧魔法なら他の魔法を邪魔せずに使用できるのかな?

何にしても僕のように他の魔法が(・・・・・)邪魔(・・)して使えないわけではないだろうから、少しは役に立てるのだろう。

ならば僕は大人しく見守ることに徹しよう。


「ところで皆様はどんな魔法がお得意かしら?お互いの魔法が干渉しあわないようある程度属性によって位置を変えるつもりですの、良ければ何が得意かあたくしに教えて頂けませんで…」


「姉御!動くぞ!!」


「っ、残念。時間切れの様ですわね。それでは皆様はここからで構いませんので、あたくしが合図したらお願いしますわ。」


「…おいてめぇら、邪魔だけはするんじゃねぇぞ!特にそこのでかい奴!!武道家だか何だか知らねぇが、どうせ魔法のひとつも使えねぇから仕方なしにやってんだろ?てめぇみてぇのは居るだけで邪魔だからさっさと宿に戻ってメソメソ…」


「グリム…?」


「っ、だぁもう!黙ってやりゃーいいんだろ、わかってんよ!」


「いい子ですわ。…結界を一時解除、みなさん魔法の準備をお願いしますわ!各自打ち合わせ通りの位置へ着き次第、合図をお待ちくださいまし!」


唸るような轟音を響かせながら動き出すゴーレム。

そしてそれに負けないくらいの大声で、メアリアンは周囲に集まる冒険者に次々と指示を出していく。

さすがはここのギルドを任された管理者だ、こういった場面でも焦っている様子は感じられない。

彼女の闇はとても静かに、しかし確実にその深さを強めていっている。

これは人が何かの命を奪う時によく起こる現象だ。

その者の命を奪おうと覚悟を決めると、人は穢れその闇を深めていく…のだと思う。

なにぶんこの現象を確認できるのが僕だけしかいないので、どうしたって証明しようがないのだ。

ただ統計として、命を奪おうとする際の人間は闇を深めているのは間違いない。


その彼女の闇がわずかに揺らめきをみせる。

おそらくゴーレムが完全に防御態勢を解除したのだろう。

流石の彼女も攻撃の瞬間は緊張するのか、その揺らぎから微かな戸惑いを読み取ることが出来る。


「今ですわ!全員、一斉攻撃!!」


メアリアンの合図を受けて冒険者たちは一斉に魔力を練りゴーレムに向かって魔法を放つ。

地響きのような唸り声を上げている辺り効果はあるのだろうが、どうも冒険者たちの消耗の方が激しいようだ。

特にゴブリンを相手にし、加えて結界まで張っていた面々は魔法の威力が落ちつつある。

こんな小さな村では魔鉱石なんて貴重品を蓄えてはいないだろうし、回復することも出来ないまま魔力切れを起こしかけているといったところだろう。

しかしそうなってくると問題なのが火力だ。

確かに現段階でも攻撃は通っているようだし、確実に体力を削る事は出来ているだろう。

だがこのままで削りきれるかと言うと…


「っ、みなさんもうひと踏ん張りですわ!お辛いでしょうけど、もう少しだけ頑張ってくださいまし!」


「す、すまねぇ姉御…俺ぁもう…」


「えぇ、お疲れ様でしたわ!あとの事はあたくし達に任せてしっかり休んでくださいまし!」


「ねぇさん、アタシももう…。ごめ…ん」


「大丈夫、目が覚める頃にはすべて終わっておりますわ!限界まで酷使させて申し訳ございませんでしたわね、ゆっくり休んで…」


「まずい、防御態勢に入るつもりだぞ!」


「させるな、押せ押せぇ!!」


「く、このままじゃダメだ…!」


ゴーレムも馬鹿ではないようで、このままではまずいと思ったのか一度体勢を立て直すつもりのようだ。

人の魔力の回復速度と魔物の体力のそれがどのくらい違うのかは不明だが、ここで攻撃を中断させられるのはまずいだろう。

また次も同じように攻撃が出来るとは限らないだろうからね。

しかしそうなると何としてでもここで倒しておかなくてはいけないんだろうけど…どうもそれは難しそうだ。

また何人かの冒険者が魔力切れを起こしてその場に倒れている。

少なくなった人数で先ほど以上の火力を出すのはまさに不可能と言えるだろう。

さて、どうするつもりかな?


「っ、グリム!魔槍(まそう)にすべての魔力を込めて穿ちなさい!!これを逃すと活躍の場がなくなりますわよ!!」


「あぁ!?くそっ、無茶苦茶言いやがって!残りの魔力突っ込んでも通るかどうか微妙だぞ!!」


「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃありませんわ!早くしないと完全に防御態勢に入られてしまいますわよ!」


「ちっ、あーくそっ!どうにでもなりやがれ!!」


魔槍…か。

珍しい武器を持っているようだけど、果たしてそれは間に合うのかな?

例え間に合ったとしてもそれで削りきれるかどうか、だ。

まぁ、お手並み拝見といこう。


「魔力…装填!!くらいやがれぇぇぇえええええええ!!!!!」


グリムは魔力を込めた魔槍を構えると、ゴーレムに向かい一直線に突っ込んで行った。

魔力を纏ったその槍は、まるで焼いた石に水を掛けた時のような音を発しながらゴーレムに確実な一撃をくわえたようだ。

何かにヒビが入ったような音がしてから悲鳴のような唸り声が辺り一帯に響き渡る。


「っしゃあ、やったか!?」


「お前それフラグ…!」


ナユタさんが槍使いに何か言ったのとほぼ同時に、まるで地面が揺れるかのような衝撃が襲いかかる。

その揺れは一定の間隔で連続していて、ゴーレムが暴れているのだろうという事が容易に想像できた。

どうやらトドメをさすことはできなかったようだ。


「くそ、まだ動きやがるのかよ!」


「まずいですわ、みなさん離れて!攻撃を中断しても構いません、今は倒れている人の救助を優先して…」


「あっ!あねさん、ゴーレムが!!」


「くそ、また防御態勢になるつもりか!」


どうやら冒険者たちが攻撃を止めて離れ始めたのに気が付いたゴーレムが、再度防御態勢をとろうとしているようだ。

動きの遅いゴーレムが完全に防御態勢になるにはまだもう少し時間が掛かるのだろうが、再度攻撃を始めてまた暴れはじめでもしたら周りで倒れている冒険者の中から死人が出るかもしれない。

おそらくそんな風に考えているから、彼女の闇は激しく揺らぎそして彼女自身何も言葉を発することが出来ずにいるのだろう。

槍使いは魔力が底を尽きかけていて動けないようだし、他の冒険者も救出を優先して攻撃に手が回らない。

…成す術無し、かな?


「…。ナユタさん、魔力に余裕は?」


「魔力は全然残ってるけど、俺の魔法じゃ弱すぎて大したダメージを与えられん!」


「魔力が残ってるならいいんだ。それじゃ今すぐこの辺りの明かり(・・・)を全て壊して来てくれるかい?」


「!!なるほどそういうことか、了解した!」


「なっ、お前ら何するつもりだ!?余計なことして被害でも出してみろ、てめぇら全員…」


「被害を出さないようにやればいいんだろう?分かってるさ、君たちが死人を出したくないと思ってることぐらい。」


「レーヴさん…?」


「おいレーヴ、もうすぐ終わるぞ!急げ!!」


「はぁ!?なんだよアイツのあの動き、あれじゃまるでシャルルの…」


「やれやれ、あんまり人前では使いたくはないんだけどね。………メメントモリ。」


周囲が完全に闇に包まれたのを確認してからメメントモリを出す。

闇を伝いゴーレムの足元に潜ませると、その体を這うようにしてどんどん締め上げていく。

そうして防御態勢になろうとする体を無理やり起き上がらせると、さらに闇を伸ばしてその全身を締め上げていく。

あぁ、この傷はさっきの槍でできた物かな?

締め上げれば締め上げるほどその傷は広がっていき、ついにはその体を崩壊させるに至る。


「どうやら終わりみたいだね。さようなら、僕と同じ闇の住人さん。」


メメントモリに締め付けられていたゴーレムは、けたたましい音を立てながらただの岩となって崩れ落ちていった。

魔力感知で確かめてみてもそれはただの無機物でしかなかったので、これは完全に倒したという事でいいのだろう。

まったく、隠密に特化しているメメントモリをこんな事に使う羽目になるなんて…ついてない。

それもこんな不特定多数の人間が見ている前で…やれやれ、面倒な事にならなきゃいいんだけど。

しかしまぁ、これ以外に手は思いつかなかったし、明日の為にもそろそろ休みたと思っていたところだったから仕方なかったと納得しておこう。

怪我人や壊れた壁に関しては冒険者たちに任せるとして…うん、もう帰っていいかな?


「それじゃ僕たちはそろそろ戻ろ…」


「レーヴお前!あれ、あの、メメントモリ!アイツあんなにデカくなんの!?てか気のせいじゃなければ、なんか前より強くなってませんかねぇ!?」


「あぁ、そうだろうね…あれは僕の持つ闇に応じて力が変動するから。今の僕はなかなか強いと思うよ?」


「闇に応じて?それって…。」


「……僕の中にあった一番大きな光は、もうなくなったからね。皮肉なものだろう、笑ってくれてもいいんだぜ?」


「レーヴ…。」


「ちなみに君と戦った時が一番弱かったと思うから、今なら瞬殺出来るかもね。試してみるかい?」


「…物騒な話だ、絶対やらないでくれ。」


そう言いながらもなぜか楽し気に笑い出す。

まったく、ナユタさんの闇は分かりやすい。

他の人間とその在り方が少し異なっているが、それでもその動きに大きな差ない。

幸福で薄まり怒りで増幅し悲しみで揺らぎ憎しみで深まる。

単純なその動きだけなら、むしろ他の人間よりも変化が読み取りやすいくらいだ。

それはおそらくナユタさんの感性とか人間性からくるもので、その在り方は関係ないんだろうと思うけど。

この男は良くも悪くも分かりやすく単純で、そして気持ち悪いほど純粋だ。

こんな僕の話一つで心を痛めるのも彼ならではなのだろう。

それが些か面倒で…少しだけ落ち着かなくなる。


「さて、と。それじゃ終わったみたいだし、俺たちは先に戻らせてもらっ…」


「ちょ、待てって!さっきのあの動きはなんだ、お前は本当にシャルルじゃないのか!?あんな高度な身体強化…シャルル以外に使える奴が居るとは思えねぇんだけど!」


「あたくしも気になりますわ。レーヴさんの魔法にも驚かされましたが…それよりもナユタさんのアレです。あの魔法はまさにシャルルそのもののように見えました。顔が似ているというだけならまだそういう事もかるかもしれないと納得しようがありますが、グリムの言う通りあれほどの身体強化魔法を使えるのはあたくしの知る限りシャルルだけでしたわ。教えてくださいませんか?ナユタさん、貴方は何者なんですの?」


「あー…うん。黙ってて申し訳ねぇ、いろいろ複雑な事情があってな。まぁ簡単に言っちゃうと、俺はシャルルの生き別れた双子の弟なんだ。」


「「お、弟!?」」


「そう。でも育った環境が違うしシャルルのような才能も持ってないし、何より俺自身がシャルルの事を良く知らないから言いだしづらかったんだ。さっきだって見てただろ?俺は身体強化こそシャルル並みかもしれないけど、他の魔法はからきしなんだ。英雄と名高い兄と比べられるのが嫌であんまり名乗らないようにしてたんだが…だからその…なんだ、黙ってて悪かったな。」


沈黙が訪れる。

どうやら真偽を推し量っているようだ。

それもそうだろう。

この話は初めて聞くけど、おそらく上手く誤魔化すためについたとっさの嘘なのだから。

だから疑いを向けられてもおかしくないだろう。

でもまさかそのシャルルという人間の体を使っている異世界の人間だ、なんて言えるはずもないだろうからこの場合は当然の嘘と言えるだろう。

…果たしてこんなものにうまく騙されてくれるかどうかは置いておいて。

そもそも僕はよく知らないけれど、双子というのは全員まるで本人と見紛うほどに瓜二つなものなんだろうか?

もしそうならなかなか気持ちが悪いものがあるね、全く同じ人間が二人もいるだなんて。

そんなことを考えていると、どこからか鼻を啜るような音が聞こえ始める。

はて、なんだろうかこの音は?


「……………ぐぞぅ、ながぜるじゃねぇがっ!」


「グリム、鼻水が出てますわ。」


「うるぜいっ!…ふんっ、話は分かった!俺にも家を継いだ出来のいい兄貴が居るからお前の気持ちはよぉっく分かるぜ!比べられて嘲笑れるってのは辛いよな、でももう大丈夫だ!俺は全てを理解した!!だからもしお前の事をシャルルなんて呼ぶ奴が居たら必ず言えよ!そんな野郎はこの俺が…た、だだぎづぶじでやるがらっ!!」


「まぁまぁ。ほら、これでお拭きなさいな。まったく…仕方のない子ですわね。」


「チキショー!こんな話ってあるかよ!生き別れた兄貴は英雄と呼ばれる有名な人間だったのに、兄弟で過ごす時間さえ与えられずに会えなっちまうなんてよぉ!そんで居なくなったら居なくなったで兄貴と比べられてため息吐かれて…がーっ!こいつが何をしたっていうんだー!!」


「はいはい、もう分かりましたから。グリムも疲れたでしょうし、今日は戻っておやすみなさい?」


「くそ、ガキ扱いするんじゃねぇって言ってんだろうが!おい、ナユタっつったか?お前今から俺の部屋に来い、お前の知らないシャルルの話を聞かせてやるよ!」


「あ、いや俺は…」


「安心しろ!もうお前をシャルルなんて呼ばねぇし、比べたりもしねぇ!お前はお前として俺のダチになればいいんだ!!おら、行くぞ!!」


「え、ちょ、マジかよ。………しょうがねぇなぁ。」


どうやらナユタさんは槍使いに捕まったようで、諦めたように言葉を零すと大人しく引きずられているようだった。

まぁ彼らは意外と似た者同士みたいだし、なんだかんだで気が合うんじゃないかと思う。

その語らいの場に呼ばれなかったことに心底安心して僕もギルドに向かって足を踏みだす。


「それじゃあヴィヴィさん、僕らも戻ろうか。」


「そーだねぇ。無駄に疲れちゃったしぃおにーさんも連れて行かれちゃったしぃ、今日はもうさっさと寝ようかぁ。」


「あの、レーヴさん。」


「…僕らは明日も早いので先に戻らせて頂きます。あとの事は願いしますが、構いませんよね?」


「………えぇ、もちろんですわ。」


「では、おやすみなさい。」


「おやすみぃ、おばさぁん。」


おそらくまだ何か言いたげにこちらを見ているのだろうが、これ以上言葉を交わすことに何の意味も見いだせないので構わず帰路につかせてもらう。

久しぶりにメメントモリを使ったせいもあるのだろうが、今日はいろいろな意味で妙に疲れた。

さっさと帰って休みたい。

………とはいっても、最近はとある夢ばかり見てしまいあまり休めないのだけれど。


―――


冒険者ギルドに着き部屋の前でヴィヴィさんと別れてから僕は宛がわれた部屋に入りベッドに腰掛けた。

この建物内には共同の浴場があるという話を聞いていたが、今日はそんな気分にもならないのでこのまま休むことにしよう。

水差しからコップに水を注ぎ、それを一気に飲み干すとどかりとベッドに横たわる。

魔力の消費が想定していたよりもずっと少ないのは、メメントモリを維持するのに必要な魔力量が減ったせいなのだろう。


以前は闇の化身であるアレを維持するのにそれなりの力が必要だった。

粛清をしていた頃はなぜかどんどん力が弱まってしまい、アレに心臓を喰わせなければ到底維持などできなかったというのに、今では休まなくとも問題ない程に魔力を消費しなくなっている。

本当にどこまでも皮肉な話だ。

あの子の存在を近くに感じれば感じるほど僕自身の力は落ちてゆき、そうして守る事すらできずに怪我をさせてしまったというのに。

それを失った途端に力が増して、もはや守るすら造作もないほど強くなっているだなんて…。

どうやら僕は、つくづく他人と共に生きていくことの出来ない人間であるらしい。

もしもっと早くにその事に気がついていたら、あの子を失わずに済んだのだろうか?


そこまで考えて自嘲する。

そんな事あるはずがないじゃないか。

出会ってしまったのなら、どんなに抗ったってあの子を突き放すことなんかできなかっただろう。

もしあの子に出会わなかったのなら、そんなのはもう僕ではない。

ただ人を殺し続けて、そして処刑台に送られるだけの男になっていたはずだ。

だからこんな事を考えても何の意味はないのだ。

だから今の僕には、何の意味もないんだ。


そこで部屋のドアを叩くような微かな音が耳に届く。

僕は体を起こしベッドから降りるとドアの向こうに声を掛けた。

しかしそれに返事はなく、気のせいだったかともう一度ベッドに入ろうと思っていると再度ドアが叩かれる。

ナユタさんがふざけているのだろうか?

今度は確実に聞こえたので、不審に思いながらもドアを開けてそれに応える。


「はい。」


「あぁ、夜分遅くに申し訳ございません。仮ではありますが壁の修理が終わりましたので、ご安心いただくためにもお知らせしようと思い参りましたの…おやすみでしたかしら?」


「えぇ、まぁ。ですが、お知らせいただいた事には感謝します。ご苦労様でした、貴女もどうぞおやすみください。」


「………少しだけ、部屋に入れて頂く事は出来ませんか?」


「出来ると思いますか?僕はこう見えてまだ貴女に憤りを感じているのですよ。貴女の行動にとやかく言うつもりはありませんが、言葉には気を付けた方がいい。貴女は僕の逆鱗に触れたのですよ?」


「それは、申し訳ございませんでした。ですが!…あたくしは本気なのです。信じて頂けないかもしれませんが、あたくしはいつもこんな事をしているわけではないのですよ?むしろ旅の方には警戒してあまり近寄らないようにしているくらいで…だから、貴方はあたくしの特別なのです。この意味…分かって下さいますわよね?」


「…例えそうであったとしても、僕の答えは変わりません。貴女の気持ちには応えられない…申し訳ありませんが、お帰りを。」


「っ、そう…ですか。しかしこのままでは苦しすぎます…切なすぎます。ですからどうか…貴方を思い出にしてしまうためにも。今晩だけで構いません、あたくしをその腕に抱いて頂けませんか?一度だけで構いません、今だけの仮初の関係で構いません、それで諦めますので、どうか…。」


語尾が小さくなっていく。

多少なりとも後ろめたい気持ちがあるのだろうか?

彼女の闇は弱々しく揺らいでいて、それが本心である事を窺わせた。

しかし分からない。

どうして今日初めて会うような男にここまで想いを寄せられるのか。

この強い感情はどこから来るものなのか。

僕はその事に少しだけ興味を持ち、そっと彼女に手を伸ばす。


「…僕の事を思い出にする必要はないよ。」


「それでは…!」


「僕の事など、忘れてしまうと良い。初めから出会わなかったのと同じように、貴女の中から消し去ってしまえばそんな風に辛い思いをせずに済むはずだ。苦しい気持ちも切ない気持ちも共感はできる、でも僕から貴女に触れることは絶対にない。例えそれが一夜限りであったとしても…ね。」


そう言って伸ばした手を触れる前に降ろすと、おやすみといってドアを閉める。

拒絶された彼女はドアの前で何か言い続けているようだったが、それを無視するように鍵を閉めるとベッドに戻って腰かける。

そのまま投げ出すように仰向けに倒れると、僕は深く息を吐いた。

部屋の外から聞こえる声はその後もしばらく続いていたが、僕に出てくる気がないと理解したのかやがて諦め帰っていった。

最後に謝罪の言葉が聞こえたような気がしたけれど、それは僕の気のせいだったかも知れない。


…酷な事を言った自覚はある。

彼女が本当に僕の事を想っていたのなら、あれほど心を無視した身勝手な言葉もないだろう。

僕自身が一番恐れている言葉だっただけに、ほんの少しだけ彼女に同情してしまう。

もちろんそんな事を思う資格は僕にない事も承知しているけれど。

彼女だって突き放し傷つけた張本人に同情なんてされたくはないだろう。


どこまでも平行線である僕らからは何も始まりはしないのだ。

だから何もなかったことにして忘れてしまった方が傷も浅く済むだろう。

それが難しい事は分かっているが、それ以外の選択肢を僕には用意する事ができない。

それにどうせ明日がくれば否が応にも別れることになるのだから、彼女の傷は時間が何とかしてくれるだろう。

時間というものは良くも悪くも記憶を薄めていくものだから。


「僕はそれが、世界で一番恐ろしいのだけれどね…。」


僕にもいつかそんな日が訪れるのだろうか?

君の声を、君の香りを、君の温もりを…いつか忘れてしまう日が来るんだろうか?


記憶という不確かなものに頼らないと君の存在を僕の中に留めておけない事が口惜しい。

君の事を一生覚えていられるという確証が欲しくて仕方がない。

そんなこと不可能だって分かっているからこそ、僕は生きていくのが怖いんだ。

いつか君の声を思えだせなくなってそしてその事実に気が付いた時、僕は僕でいられるのだろうか?

本当の意味で君を失う時が来たら、その時僕は。


あぁ、もし願いが叶うのなら、僕はもう一度だけ君に…


「…あいたいよ。」


情けなく擦れる声を誤魔化すようにベッドに潜る。

今日はもう眠ってしまおう。

恐怖も悲しみも押し込めて、今は意識を手放してしまおう。

僕はポケットにあるリボン(それ)の感触を確かめるように指先で撫でると、安堵するように眠りに落ちた。



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