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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第三章 邪竜神教編
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第三章 4 モルガンの動向



飲食店の扉を開けると、中で食事をしていた冒険者たちが一斉に俺たちへと視線を向けた。

その様子がまるでカウボーイ映画のワンシーンみたいで、俺は少し頬を緩ませてしまう。

それを挑発と受け取られてしまったのかどうかはわからないが、冒険者たちはこちらに鋭い睨みを利かせてくる。

うわぁ、コンビニに屯してるヤンキーみたーい!

しかしそんなヤンキー…もとい冒険者たちも、側にメアリアンが居る事に気が付くとすぐに食事を再開した。

さっきも思ったけど、メアリアンって何者?

これじゃまるでスケ番みたいじゃないか。


「さぁ、遠慮なく召し上がってくださいましね?ここのお代は全てあたくしが持ちますので。」


「ありがとうございます、遠慮なく頂きます。」


注文を聞きに来た女の子に適当にお勧めをお願いすると、初めて見る肉料理がどんどん運ばれてきた。

どれもとても美味そうなんだが、いかんせん量が半端ない。

よく見ると他のテーブルにも同じくらいの量が運ばれているので、普通の冒険者ならこのくらいが標準なのかもしれない。

恐るべき冒険者たちの胃袋…。


「さぁさ、まずはお召し上がりくださいな。ここの料理は絶品ですので、きっと皆さまのお口にも合うと思いますわ。」


そう言いながらメアリアンは手際よく大皿から料理を取り分けていく。

おぉ、これが噂に聞くところの”女子力”という奴か。

苦手なものの有無を聞きながらも器用に取り皿へと分けていく。

そうして盛り付けられた料理を口にしながら、メアリアンと他愛もない話をする。


ちなみに俺は警戒も兼ねてメアリアンから一番遠い席に陣取った。

メアリアンの横にレーヴ、正面にヴィヴィが座る形だ。

小さなテーブルなのであまり意味は無いかもしれないが、対角線上に座ってしまえば観察しやすいし誤魔化しやすいと思ったのだ。

何か変な動作があればすぐに対処できるだろう。


「まぁ、そういえばあたくし、レーヴさんにお聞きしたい事がありましたの。もしかしたらご気分を害してしまうかもしれないのですが…。」


「構いませんよ、なんでしょうか?」


「えぇ、実はずっと気になっていましたの。レーヴさん、貴方のその目は見えておりませんのよね?それでも正確にグリムを捕え構えていらした…アレはどういった技なのでしょうか?」


「技だなんてとんでもない。あれはただ相手の魔力を感知しているだけの、いわば悪あがきの延長線上です。現に彼の素早い動きに感知が追いつかず、貴女が出てきてくださらなければ危ない所でしたよ。」


嘘である。

レーヴは魔力感知と闇魔法を同時に使い、相手のどんな動きにも確実に対処できるよう訓練していた。

あの槍使いの動きは確かに早かったが、あの程度なら造作もなくいなせたはずだ。

手合せをしていた俺が言うんだから間違いない。

だからレーヴは嘘を吐いている。

おそらくレーヴもメアリアンを警戒しているという事なのだろう。


「まぁ、ご謙遜を。この鍛えられた体を見ればわかりますわ、貴方はとてもお強い武道家でいらっしゃるのでしょう?盲目の武道家…憧れますわ。」


そう言いながらメアリアンはレーヴの胸に手を置き、それをゆっくりと撫でるように下へ滑らせていく。

いつの間にかメアリアンの体はピタリと寄せられていて、その豊満な胸は惜しげもなくレーヴの腕へと押し付けられていた。

あまりに艶めかしいその動きに思わず目を奪われていると、太ももに差しかかろうとしていたメアリアンの手をレーヴが掴み引きはがした。


「お戯れを。こういった事を子供の前でするのは、あまり褒められた行為だとは言えませんね。」


「まぁ、その通りですわね。あたくしもただの子供(・・・・・)の前でしたら致しませんでしたわ。」


「だとしても、貴女の品性を疑われてしまいかねないのは確かでしょうね。」


「あら、こういうことはお嫌いですの?」


「生憎と僕には操を立てている人がいますので。」


「まぁ、それは意外ですわ。てっきり火遊びにも慣れた素敵な殿方かと思いましたのに。」


「…ご期待に添えなかったようで。」


「いいえ、むしろ好感が持てます。貴方に愛される女性はさぞ幸せでしょうね?」


「………。」


「うふふ、寡黙な方もあたくしは好きですわ。…さて、お食事もお済なようですのでそろそろ本題に入りましょうか。どうやら皆様は信頼に足る人物であるようですし、冒険者ギルドを代表してあたくしが」


「こんな所にいやがったか!くそっ、呑気に飯なんか食いやがって。さっきはクソババアの邪魔が入ったが、今度こそテメェのスカした顔をボコボコにして…や、る……」


「グ・リ・ム…?」


「あっ」


この後黒いオーラを纏ったメアリアンに槍使いが連れて行かれたのは言うまでもないだろう。

どうやらあの往来の場で眠ったところで学習なんぞしなかったようだな。

自業自得というか、身から出た錆びというか…いや、たぶんただのバカなんだろうけど。


それからしばらくして、すまし顔のメアリアンともはや別人なんじゃないかと疑いたくなるほど顔が変形した槍使いが戻ってきたのだった。


「あたくしの監督不行き届きですわね、本当に申し訳ございませんでした。さ、グリム。あなたもお謝りなさい。」


「………っした。」


「まぁまぁ、まだ教育が足りなかったのかしら?」


「っ!すんませんっした!!これでいいだろ?ちっ、なんで俺がこんな野郎に…。」


「はい、よくできましたわね。よしよし。」


「ガキ扱いするんじゃねぇ、このクソバ…っ!」


「まったく、子供の様に駄々をこねておきながら何を言うのでしょう。愛の拳で冷静におなりなさい。」


「いってぇな!いい加減殴りすぎなんだよ!」


「悪い事をする貴方がいけないのですわ。言葉で窘めて理解できるのなら、あたくしとて殴りはしません。」


「馬鹿にしてんのか!」


「お馬鹿さんではありませんか。ふぅ…あら?申し訳ございません、一度ならず二度までも…お恥ずかしい限りですわ。これではいつまで経ってもお話しできませんわね。」


「お話だぁ?こいつらに何を話してやることがあるんだよ。それとも今更、シャルルにギルドのなんたるかでも説くつもりかよ?」


「まぁ、貴方はまだこの方がシャルルだと思っているのですか?まったく…仕方のない子ですね。この方はナユタさん、そして貴方が喧嘩を売ろうとした素敵な殿方がレーヴさんでこちらの可愛らしい子がヴィヴィ君ですわ。」


「…は?え、シャルルじゃない?……………いや、シャルルだろ。どっからどう見たってシャルルじゃねーか。おいおい、とうとうボケちまったのかババア?まぁ十五年も冒険者やってりゃガタが来てもおかしかねぇけどな!」


「折檻です。」


「ぐあっ!!」


メアリアンの見事な右ストレートが、辛うじて目で追えるスピードでグリムの顎に入る。

愛らしい言い方とは裏腹のえげつない一発だった。

あんなのを喰らえばきっとしばらく目が覚める事はないだろう。

…馬鹿よ、学習せよ。


「この子が居ると話が進みませんわね…コホン、それではお話を戻させて頂きますわ。この村の冒険者ギルドを管理するあたくしがあなた方の疑問にお答えいたしますわ。どうぞ遠慮なくお尋ねくださいましね?」


「管理?メアリアンはギルドの偉い人なのか?」


「まさか。あたくしはただの管理者、長年冒険者をしておりますので面倒事を押し付けられているだけなのですのよ?王都にある本部ならまだしも、こんな小さな村の管理者なんて大した意味もありませんわ。」


「まぁたそんな謙遜して!ねぇさんが居なかったら今頃この村は無法地帯になってたぜ?なぁ?」


「あぁ!ねぇさんが居るから馬鹿たちも大人しくしてんだぜ?もっと威張ってもいいってのに鼻にもかけねぇし、俺らはみんなねぇさんのこと尊敬してるんだぜ?」


周りのテーブルに居た冒険者たちが口々にメアリアンに声をかけ、誇らしげな顔で笑っている。

どうやらメアリアンはここの冒険者たちと良好な関係を築いているようだ。

どのテーブルからも声が掛けられ、当の本人は照れながらもそれぞれに対応している。

人格者であることは間違いなさそうだな、こうして見ている分には姉御肌の先輩って感じだ。

…さっきのお色気攻撃には驚いたけど。


「こほんこほん!とにかく、あたくしはこの村に居る冒険者と依頼を管理しているだけですわ。ただその役職上情報が集まりやすいので、あなた方のお役に立てる事もあるだろうとこうしているのです。もちろん、あの子がしでかした事への償いの意味もありますけれど。」


「なるほど、それは助かる。でも最初に聞かせてもらいたいんだけど、メアリアンは俺たちの事どのくらい知ってるんだ?」


「まぁ、そんなにたくさんの事は知りませんわ。あなた方が王都から犯罪者を追ってきたという事と、その犯罪者があの邪竜神教のモルガンである可能性が高いという事。せいぜいこの程度ですわ。」


「いや、そこまで分かっているのなら話が早い。メアリアンがいま言った通り、俺たちはモルガンを追ってここまで旅してきたんだ。奴は植物のような魔物を使役していて、そいつは人から魔力や生命力を吸い取り殺してしまう能力を持っている。そしてそんな魔物を強くするために、奴は積極的に村や街を襲うはずなんだ。だから俺たちは出来るだけ早く奴を見つけたい。」


「村を…?」


そこでメアリアンは手で口元を覆い俯いた。

当然の反応だろう。

多くの人が襲われる可能性があるんだ、下手したら村一つ滅ぼされてもおかしくない。

これを憂わずにいられるはずが…


「…なに、笑ってんだ?」


「まぁ、申し訳ございません。何も不真面目にお話を聞いていたわけではありませんのよ?むしろ冒険者として真面目に話を聞いていたからこそ、つい笑みが零れてしまいましたの。」


「冒険者として…?」


「えぇ、だってそうでございましょう?村が襲われ街が襲われ、多くの力なき人々が救いを求める。それはつまり、あたくし達お/の稼ぎ時に他なりません。ですのでつい笑みが零れてしまいましたの、はしたなく思われたでしょうか?」


そうして手で口元を覆ったままクスクスと笑い始める。

よく見ると周りの冒険者も笑みを浮かべているようだった。

なんだ…これ。

まるで人の不幸を喜んでるみたいに…これが冒険者の生き方なのかよ!


「っ、お前らなぁ!!」


「おにーさん、ちょっと落ち着いてぇ?冒険者は騎士とは違ってぇ、自分の為に戦ってる人たちなんだよぉ?国公認だけどぉ、国直属じゃない。他人を助ける義理なんてぇ、もともとない人たちなんだよぉ。」


「………。」


「納得いかない、という顔ですわね?うふふ、どうやらナユタさんは騎士寄りの考えをお持ちのようです。それではあたくし達の行いも卑しく見えるでしょう。しかしこれがあたくし達冒険者、報酬を受け取る代わりに完璧な仕事を行う精鋭集団なのですわ。そこに人の善悪はなく、あるのは目の前の試練だけ。そうして力を付け己を鍛えることに重きを置いているからこそ、冒険者は冒険者足りえるのだと…あたくしは思います。」


「…強くなるためなら誰が犠牲になっても構わないのかよ。」


「極端に言えば、そうとも取れますわね。………もうあたくし達とお話するのは嫌になってしまいましたかしら?」


「………いや、続けさせてくれるか?冒険者の在り方に関しては、納得いかないけど。でも、俺の我儘であんたらの考えを改めろってのもおかしな話だ。だから今は俺の気持ちはひとまず無視して、やるべきことを優先させてもらう。」


「まぁまぁ、ご立派ですわ。ナユタさんは純粋でいらっしゃるのですわね。あたくし、そういう子も嫌いじゃありませんのよ?」


妖艶に笑うメアリアンは人差し指を自らの唇に寄せると艶やかなリップ音を鳴らした。

その姿があまりに魅力的で思わず目を奪われそうになるが、すんでのところで正気に戻り慌てて話題を戻す。

なんだかこの人を見ていると妙にドキドキする…俺には色香が強すぎるんだな…。


「そ、それで…何か知ってる事はないか?モルガンを目撃したとか、変な魔物に襲われた村があるだとか。」


「もちろんありますわ、邪竜神教・魔眼蒐集家モルガンの目撃情報。」


「マジか」

「どこだ!奴は今どこに居る!!この近くに居るのか!?」


「っ、驚きましたわ。レーヴさんって思っていたより情熱的な方だったのですわね、強引な方も素敵ですわ…。あら、失礼。モルガンのお話でしたわね?ここからさらに南西に向かった場所で、それらしき人影を見たという情報が入っておりますわ。夕暮れ時でしたので確認はとれませんでしたが、あの邪竜神教独特の不気味な外套と背格好からモルガンである可能性が極めて高い。つい昨日の話ですわ。」


「昨日の夕方…それなら今から追えば!」


「いいえ、今からでは危険すぎますわ。そのモルガンが連れているという魔物の影響ですかしら?昨夜からこの辺りで旅人が襲われる事件が多発しておりますの。それはゴブリンだったりオーガだったりとまちまちなのですが、一日に起きる量としては異常に多いのですわ。レーヴさんたちはお強いのでしょうけれど…寝ずに戦い続けるというのは難しいでしょう?ですから今日の所は大人しくこの村で体を休めて頂いて、明日の朝一番に出立するのがよろしいですわ。」


「っ…!」


「そう、だな。レーヴもそれでいいよな?」


「……あぁ、分かってる。僕が焦りすぎなんだ。分かっては、いる。」


悔しそうに顔を歪めながらも承諾するレーヴ。

そしてなぜかそれを恍惚とした表情で見ているメアリアン。

些か不安の残る結論ではあったが、ひとまず今日の所はこの村で過ごすしかないだろう。

面倒な事にならなければいいんだが…それもまた運次第、か。

とにかく今後の方針も決まったことだし、残る問題は今日の宿だ。

先ほどは店内に入っただけで部屋は取れなかったからな、今度こそ部屋を確保しなくては。

…まだ空きがあればいいんだけど。


「それじゃ、またあの宿に行って今度こそ部屋を取るか。メアリアン、飯と情報ありがとな。」


「あら、まだ宿を取っていらっしゃらなかったのですか?…困りましたわね、昨夜の魔物の一件で今日は宿泊客が多いと聞いていましたのよ?まだお部屋が残っていると良いのですが…。」


「げ、マジか。これは急いで行った方がいいかもな!じゃあな、メアリアン。グリムにもよろしく伝えてくれ!」


「あ、お待ちに…」


今更急いだところで遅いかもしれないが、それでも一縷の可能性に掛けて俺は宿屋へと向け走る。

人を避けながらだからあんまり速度を出せないな…、これじゃレーヴたちともはぐれそうだ。

チラリと後ろを振り返り二人が着いて来ているか確認すると、人ごみの向こうにレーヴの頭を見つけた。

背が高いと、こういう時便利だよな。

しかし時間帯のせいなのか村人や冒険者が道に多く出ていて、レーヴたちも思うように進むことが出来ないようだ。

かく言う俺も先ほどから人の合間を縫うようにして何とか先に進んでいるんだが…この調子では日が暮れるな。

ヴィヴィもレーヴも行先は分かっているはずだし、ここは俺が先に行って部屋を確保してから合流した方がいいだろう。

既に宿を目視できるところまでは来ているし、ちょっとひとっ跳び(・・・・・)してショートカットしちゃいましょうか。


「着地地点だけ気を付けないとな…。」


その場でグッと足に力を込めると、身体強化を駆使して通行人の頭上高くに跳ぶ。

しかしただ上に跳んだだけでは何の意味もないで、必要な高さを確保しつつ距離を調節する。

人々の頭上を弧を描くように跳べばいい。

そう、イメージとしては背面飛びだ。


「うお、なんだ!?」


「人…?何やってんだアイツ。」


「つーか跳び過ぎじゃね?身体強化か?」


「なーんか見覚えあるような気がするなぁ…。」


口々に感想を漏らす通行人に苦笑いしながらも宿の前で着地する。

すかさず宿の扉を開け体をすべり込ませるようにして素早く中に入ると、ホッと一息つく。

やっぱりシャルルを知っている奴が居たみたいだな。

あんな風に跳べば必ず注目を浴びるだろう。

その時に顔が見えないよう背面飛びにしたんだが…作戦大成功って事でいいな。

おっと、こうしちゃいられないんだった。

俺は急いで宿屋のおっさんに声を掛け、部屋が空いているか尋ねる。


「あぁ、さっきも来てた人か。わりーね、もう部屋はいっぱいなんだわ。あの時だったらまだ三部屋空いてたんだが、今日は利用客が多くてすぐに埋まっちまったよ。」


「そ、そうか…。ちなみに馬小屋とかでもいいんだけど…ダメか?」


「そういう人も珍しくなくてね、そっちの方も貸し出しちまってるよ。庭に泊まるんなら場所を貸すけど…どうする?」


「うーん、ちなみにこの村に他の宿は?」


「ないよ、うちだけだ。冒険者はギルドに寝泊まりできる所があるからそっちに行くし、ただの旅人だけならうちだけで事足りる。そこまでデカい村でもないし、今までもうちだけで何とかなってきたからなぁ。まぁ、今回のような例外もあるが。」


「そうか…。それじゃあ庭を」


「ギルドの部屋が空いておりますので、そちらをお使いになって下さいまし。」


「えっ、メアリアン!?何でここに…。」


声のした方へ振り返ると、宿の入り口にメアリアンが立っておりその後ろにレーヴとヴィヴィも居るようだった。

メアリアンはゆっくりとこちらへ近づいてくると、カウンターにもたれるように手を着き上目づかいで店主を見ては申し訳なさそうに首を傾げた。


「こちらの方々はギルドの大切なお客様ですので、あたくし達がおもてなし致しますわ。せっかくのお客様をとってしまって申し訳ないのですけれど、分かって下さいましね?」


「いえいえ、こちらのお客さんには部屋を用意できなかったんでこっちとしてもありがたい話ですわ。それがギルドの客っていうんなら尚更だ、どうぞ気にしないでくだせい。」


「うふふ、感謝いたしますわ。」


店主と話し終えたメアリアンは、改めて俺の方に振り返ると『そういうことになりましたわ。』とウィンクを飛ばしてきた。

それに対して何のリアクションも取れなかったのは、決してウィンクに見惚れていたからではない。

どうやら俺たちの寝床は冒険者ギルドになったらしい…が、冒険者でもない俺たちが使ってしまって大丈夫なんだろうかという疑問が頭をよぎったからだ。

メアリアンはこの村にあるギルドの管理者であって、決してギルド全体を管理しているわけではない。

ましてきちんとしたルールのある組織なのだ、部外者に対してだって何かしら規則があると考えるのが妥当だと思うんだが…。

まぁ正直な話、泊めてくれるというのはとてもありがたいのでお言葉に甘えさせてもらうつもりではいる。

村の中に居るのに野宿するだなんて悲しいことしなくて済むなら、それに越したことはないだろう。

そこに善意以外の…たとえば打算とか駆け引きとかがあったとしても、この厚意はありがたく受け取っておこう。

俺は嬉しそうにレーヴへと駆け寄っていくメアリアンを見ながらそんな事を考えていた。


「ねぇねぇ、いーのぉ?あんな風にべったりくっつかれちゃってるけどぉ、あのおじさんこのままだと落ちちゃうんじゃなぁい?」


「レーヴに限ってそれはねぇよ。んなことよりずいぶん早く着いたんだな、あの人混みを進むのは大変だっただろ。」


「きっしし、おにーさんは跳んでたもんねぇ?でも僕らも別に大変じゃなかったんだよぉ。あのおばさんが来てちょっと周りに声を掛けたらぁ、みんなすーぐに通してくれたんだぁ。この村のギルドを管理してるとか言ってたけどぉ、本当にそれだけなのかなぁ?もしかしたら裏でこの村を牛耳ってるんじゃないのぉ?」


「それはねぇよ…とは言い切れないな。だがそのおかげで今晩の宿を確保できたんだから良しとしようじゃねぇーか。この村でメアリアンが何してようと部外者の俺たちには関係ねぇ、今はただ人の親切を素直に受け取っとこうぜ?」


「まぁ、そうだねぇ。人の好意は利用してなんぼだもんねぇ。」


「……ヤなこと言うな、お前。」


俺は一つため息を零してから宿屋を出るメアリアンに続いた。

この間もずっとメアリアンはレーヴにべったりだった。

メアリアンがレーヴに向けているそれが好意なのか興味なのか俺には判断がつかない。

しかしそのおかげでこうしてギルドに泊めてもらえるのは確かなので、それを利用しているというのは残念ながら事実だろう。

ヴィヴィの言葉に少し胸を痛めつつ、俺たちは冒険者ギルドへと向かったのだった。


―――


「生憎と二人部屋しかございませんので、この二つご利用くださいまし。一階には食堂もございますので、受付の者にお声掛け頂ければお食事も召し上がっていただけますわ。」


「ありがとう、メアリアン。でも本当にいいのか?冒険者でもない俺たちをここに泊めちゃって。」


「もちろん問題ありませんわ。冒険者(グリム)がご迷惑をおかけした旅人様ですもの、丁重にお迎えするのはここの管理者として当然の行為ですわ。それに有益な情報も頂きましたから、これはそのお礼も兼ねていますのよ。それではごゆっくりお寛ぎ下さいまし。」


そう言ってメアリアンが部屋を出る際、ちらりとレーヴを見た事に気が付く。

その目はまるで熱を帯びているように潤んでいて、さすがの俺でもその意味は理解できた。

どうやら割と本気で狙っているみたいだ…これは今夜また来るかもな。

昼間きっぱりと断られていたのに、まったく強かな女性だ。

そうでなくては冒険者ギルドの管理なんてできないのかもしれないけど。

しかし夜這いの現場を目撃しても気まずいから、レーヴには一人で部屋を使ってもらおう。


「さて、夕食まではまだ時間があるし情報でも整理するか。」


「そうだね。まずはモルガンの所在だけど、奴はここから南西に位置するところで目撃されている。それが夕方ごろだというんだから、昨夜はその辺りで夜を明かした可能性が高いね。…奴も休息をとるのなら、だけど。」


「どーだろーねぇ?何にしてもそのまま南西に進んだのなら、今日の内にはブリュムド領に入ってるかもしれないよねぇ。…うーん。」


「どうしたヴィヴィ、何か気になる事でもあるのか?」


「気になるっていうかぁ、疑問?そのモルガンとか言う人はさぁ、僕たちが王都を出る二日前に逃げたんだよねぇ?」


「あぁ、正確には二日前の夕方だけどな。それがどうした?」


「夕方かぁ…それじゃその日は王都に潜んでぇ、翌日に出発したのかなぁ?おにーさんと騎士団が戦ったんだからぁ、、少なからず消耗してたんだよねぇ?うーん…」


「なんだよ、何かあるならはっきり言ってくれ。」


「うん、実はねぇ…僕の目算ではもうそろそろ追いついる予定だったんだぁ。魔物の回復と強化を兼ねて、絶対近くの村を襲うと思ってたからさぁ。でもアイツはもうブリュムド領近くまで行っている…それっていくらなんでも早すぎだよぉ。」


「確かにリネット村は無事だったし、他の村が襲われてたって話も…少なくともここの冒険者の耳には入ってないみたいだな。」


「そ。どこかの村が襲われてたら絶対ここの冒険者の耳に入ってるしぃ、そもそもこの村だって襲われててもおかしくなかったはずだよぉ。だってぇ村人よりも食べ甲斐のある冒険者がたくさん居るもん。」


「なるほど、そう考えると確かに妙だね。回復も強化もせず一目散に逃げている…といえば納得できそうなものだけど、奴らの信条を鑑みるにそれは無いだろうし。」


「信条?」


「信条と言うか役割と言うか…。邪竜神教っていうのは、邪竜の行い是としそれに倣うように生きていく者たちの集まりなんだよ。」


「つまりぃ、魔物を生みだして人を殺したりぃ、恐怖や不安をばら撒いて混乱をもたらしたりぃ…そういうことを進んでやってるってことだよぉ。」


「あぁ、そういう事か。人を襲う理由が二つも揃ってるのに、それをせずただ単純に逃げているってのがおかしいんだな?」


「そう。彼らはそんな行為を”布教”と言っているみたいだけど、食事や睡眠よりも布教を優先するような狂人が何もせずにいるというのは…些か不気味だね。」


モルガンの連れているラヴォルモス、アレの影響で魔物たちが活性化しているかもしれないとメアリアンは言っていた。

少なくとも被害が出てる以上それも布教の一環なのかもしれないが、何というか…生ぬるい気がする。


それにあの屋敷の地下で戦ったラヴォルモスはなかなかに手ごわく、また厄介だった。

ピエールの召喚が成功していなかったら全滅もあり得たかもしれない。

その最たる理由が、あの人間から魔力を奪う能力だ。

蔓に触れた者、蔓で覆った者の魔力を奪う能力。

魔法使いが相手するにはかなり厳しい相手であるのは間違いない。

だからあれが今以上に強化されたら…きっと犠牲者はあの誘拐された少女たちの比じゃないだろう。

下手したら一つの国を滅ぼしかねないほどの化け物になる可能性もある。

…しかしモルガンはあえてそれをせずに逃げることを優先している。

なぜだ?

ラヴォルモスの強化や邪竜神教の信条よりも優先すべきことがあるのか?


「…人を襲えないほど弱ってるって事はないか?」


「絶対にない…とは言わないけど、可能性は極めて低いだろうね。あの時君が致命傷を負わせていたのならまだしも、その自信はないんだろう?」


「そんな確信持って言われるのも複雑な心境だけど、確かに決定的な一撃は入れられてない。負傷…はさせられてると思うんだが、あれで人が襲えなくなるほど弱らせられたとは思えないな。すまん、さっきのは忘れてくれ。」


「でもぉ、そうなると振り出しに戻るよねぇ?」


「……僕らの裏を掻いてるのかもしれないね。」


「うらぁ?」


「そう。僕らも、そしておそらく騎士団も奴を追う上で村が襲われると思っている。僕らは身軽だから関係無いかもしれないけど、騎士団は村が襲われる可能性を考慮して多くの騎士を動かしているはずだ。王都の騎士は西へ、西に居る騎士はいつでも駆けつけられるよう王都に近い街へ。そうやって挟み撃ちするように動けば、襲われた村で一網打尽にできるだろう?だから奴は、それを見越して村を襲わないでいるのかもしれない。騒ぎを起こせば自分の居場所を知らせるようなものだからね。それに村人や戦力にムラのある冒険者を相手にするならともかく、洗練された騎士たちが相手となっては分が悪いと考えたのかも。であるのなら、あえて村を襲わずに移動に専念し、手薄になった場所を狙って一気に人を襲う…というのが今もっとも考えられる結論じゃないかな?」


確かに、それならリスクを避けられ且つラヴォルモスも強化できる。

となるとこれからも村は襲わずに逃亡を続け、頃合いを見てどこかで村を襲うって事か。

…え、それやられるとキツくない?

俺たちですら襲われた村を頼りにモルガンを見つけるつもりでいたのに、隠れることに専念されたら探しようがない。

今日はたまたま目撃情報が手に入ったからまだ進むべき方向を見失っていないけど、この先も都合よく目撃者の話を聞けるとは限らない。

つまりこれから先は今よりも十分注意して情報を集めなくてはいけないというわけか。

……機動力を抑えられた騎士団にしたら悪夢みたいな対応策だな。


「なんていうかぁ…追われ慣れてるって感じだねぇ。」


「だな。そういえばこの国に来た理由もユグドラシアから逃げてきたからだって話だったし、慣れてないわけないんだよなぁ。まったく、厄介な相手だぜ。」


「…魔物。」


「あん?なんか言ったか、レーヴ。」


「魔物が目印になるんじゃないかな?そのラヴォルモスとかいう魔物のせいで周囲に居る魔物も活性化されているというのなら…」


「アイツが通った辺りの魔物が活発に活動するようになる!そうか、それはいいアイデアかもしれない!」


「あいであー?」


「閃きってことだ。でもこれで俺たちの方針は決まったな!ここから南西に向かってブリュムド領へ入り、魔物の被害が多くなっている所を探して進んでいく。」


「うん、まぁ闇雲に探すよりはマシだろうね。じゃあそういうことで、決まりだ。」


「はぁい。ま、ブリュムド領に入ったら新しい情報を持ってきてくれるかもしれないしぃ、それにも少しは期待しててあげてよぉ。」


「おぉ、そうだったな。うんうん、そう考えると順調な旅をしている気がするな!」


「そーだねー。あ、もう外は真っ暗だよぉ。そろそろご飯食べて寝るぅ?」


「ん?まぁ少し早い気もするが…せっかくベッドで休めるんだ、早めに寝るのもいいかもしれないな。それじゃ、下にあるっている食堂にでも行って…」


「あ、僕はいいやここに居るぅ。おにーさん何か食べる物もってないのぉ?そのノーキとか言うのに入ってるなら少し分けてよぉ。」


「それは…別にかまわないけど、どうした?具合でも悪いならスープでも貰って来てやろうか?」


「んーん、違くてぇ。たぶんあのおばさんが待ってるだろうからぁ、行きたくないだけぇ。別に嫌いじゃないんだけどぉ、見てて気分良くないからさぁ。」


「あー…。」


なるほど、それは確かに分かる気がする。

あれほど露骨に誘っていては、外野の人間には堪えるだろう。

特にヴィヴィは年頃だし、女の子の体に居る男の子という特殊な状況故に人一倍敏感になっているのかもしれない。

しかしそうなると俺はどうしようか?

いや、もちろんノーキの中には食料品も入っているので食事に関しては何の問題もないんだが、この場合ヴィヴィを一人で残していくかどうするかと言う話だ。

ここは冒険者ギルドの中だし滅多な事はないと思うんだが、それでも万が一という事もあるかもしれない。

こんな幼い(体は)女の子を部屋に残して行っていいものだろうか…いいや良くない。

ここは俺もヴィヴィと一緒に部屋に残るべきだろう。

いやー残念だわ、ギルド飯も食ってみたかったけどこればっかりは仕方ないわ―。

一応言っておくがこれはあくまでもヴィヴィが心配で残るのであって、決してメアリアンの色香に耐えられないとか畜生なんでレーヴだけ…!とかそういう事では断じてないので誤解しないでいただきたい。


というわけで、俺はレーヴを部屋の外まで見送りヴィヴィと二人で部屋に残る事にした。

送り出す際レーヴは何とも形容しがたい表情をしていたけど、ターゲットが自分である事も重々承知していたようですんなりと食堂へ向かったのだった。

頑張れレーヴ、俺はお前を信じてるぜ!


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