第三章 2 リネット村
「ふぁ~あ、よぉく寝たぁ。」
「お前本当に一度も起きなかったな、もし魔物が出てたら真っ先に食われてたぞ?」
あの後もレーヴと交代で見張りをしていたのだが、その間ヴィヴィは一度だって目を覚まさなかった。
もちろん俺が見張りをしていた間の話ではあるが、この反応からしてレーヴの時も同様に眠っていたのだろう。
俺とレーヴが交代する時に話をしていてもピクリともしなかったから爆睡していたのは間違いない。
まったく、よくもまぁ野宿であそこまで熟睡できるもんだ。
寝る前の『警戒しておく』とは何だったのか。
「えー、大丈夫だよぉ。魔物だろうとぉ盗賊だろうとぉ、誰かが近づいてきたらすぐに気が付けるもーん。ま、近づいてくる前に殺しちゃう事の方が多いんだけどねぇ。きっしし!」
「お、おっかねぇな。…マジ?」
「さぁて、どうかなぁ。きっしし!」
「無駄話はその辺にして、さっさと仕度を済ませてくれるとありがたいんだけど。そろそろ日が昇る頃合いなんだろう?なら、もう十分歩ける明るさなんじゃないのかい?」
「おう、そうだな。だいぶ空も白んできたし、そろそろ出発しようか。」
「はぁ~い。」
朝食を済ませた俺たちは手早くテントを畳むと、昇り始めた朝日を背にするように歩きはじめた。
昨日の雨も今朝はすっかり止んでいて、草木に付いた雫が朝日に照らされてとてもきれいだ。
もしかしたらこのまま虹が出るんじゃないかと期待して空を眺めながら歩いていると、突如として巨大な塊が視界の端に現れる。
俺は一瞬息をのんだのち、その塊を正面に捕え剣の柄に手を伸ばした。
「っ!!………な、なんだこれ。死んでる?」
「うん?あぁ、そこにあるのって魔物の死骸なのか。妙なものがあるとは思っていたけど、生きている様子はなかったから無視してたよ。」
「きっしし、おにーさんたち鈍すぎぃ。そんなんじゃあっという間に殺されちゃうよぉ?しっかりしてよねぇ、ここは街の外なんだよぉ?」
「…悪い、確かに少し油断し過ぎてたな。にしも、なんでコイツはこんな所で死んでるんだ?剣や魔法で倒されたって感じの傷じゃないし、仲間割れか?」
「確かにぃその傷は噛み千切られた傷だよねぇ。もしかしたらまだ近くにコイツを殺した奴が居るかもだしぃ、おにーさんたちもちゃんと警戒してねぇ?きしし。」
「うへぇ…こんなでかい奴を食いちぎるほどの魔物かぁ、出来れば出会いたくないなぁ。」
「そーだねぇ、出会わなければいいよねぇ。きっしし!」
そう言いながらもヴィヴィは楽しそうに笑っている。
怖いもの知らずなのか、それとも怖いもの見たさなのか…まったく、無邪気な子供は気楽でいいよな。
好奇心旺盛なのは悪い事じゃないけど、時と場合と…それと相手とかも考えてほしいもんだ。
好奇心は猫をも殺すと言うし、ここは俺がしっかりと手綱を握って危険を回避してやらねばなるまいな。
俺は気合を入れるために両頬を叩き、しっかり前を見据えて歩き出す。
「ん、そういえばここからブリュムド領までってどのくらいあるんだ?」
「えー、そんな事も知らずに出てきたのぉ?あーあ、これだから旅の初心者はぁ。そういうのってぇ、旅立つ前に調べておくものだよぉ?情報の価値を分かってるおにーさんとは思えない失態だねぇ。これで僕抜きで旅をしようだなんて思ってたんだから笑えるよぉ、きっしし。」
「ぐ…それに関してはぐうの音も出ないな。急な事だったとはいえ確かに事前に調べておくべき事柄だった。」
「分かってるのならよろしー。それじゃ回答ねぇ、王都からブリュムド領までは徒歩でだいたい二、三日くらいかかるよぉ。馬車ならその半分もかからないんだけどぉ、かさばるし目立つしであんましおすすめはしないなぁ。僕が盗賊だったら絶対襲うもん、あんな視界が悪くて小回りの利かない乗り物ぉ。」
「お前、馬車に何か恨みでもあるの?…まぁいいけど。えーっと、王都から二、三日ってことはあと二日は歩くことになるんだな。その前にモルガンの奴が見つかればいいんだけど。」
「あぁ、そういえば言うの忘れてたぁ。そのモルガン?とかいう奴の情報をねぇ、何か新しく分かることがあったらぁ、僕の仲間が教えてくれるんだってぇ。」
「え?仲間って…あの情報屋か?それはありがたいけど、良く承諾したな。アイツ俺の事、最高に嫌いだろう?」
「まぁお仕事だしねぇ、そこはちゃんと弁えてるんだよぉ。それにぃ、教えに来るのは別の奴だよぉ。丁度ブリュムド領で仕事してる奴が居るからぁ、そいつ経由で知らせてくれるんだってぇ。」
「へぇ、ヴィヴィの仲間がブリュムド領にね。……念のため聞いておくんだが、その仲間ってそこで何してるんだ?」
「さぁ?そこまでは僕も知らないよぉ。誰がいつどこでどんな仕事をしてるのかなんてキョーミもないしぃ。」
「………まぁ、俺が今悩んでも仕方のない事か。」
「そーそー、変に悩んでると体に無駄な力が入ってすーぐ疲れちゃうよぉ?……そっちのおじさんもだよぉ。さっきから黙ぁって考え事してるみたいだけどぉ、今からそんなんじゃ体がいくつあっても足りないよぉ。」
「…あぁ、それもそうだね。どうもありがとう、ヴィヴィさん。」
「やれやれぇ、ほんとぉにこの二人だけで旅なんて絶対できなかっただろうねぇ。感謝してねぇ、僕がこの仕事引き受けなかったらどうなってたか分からないんだからぁ。」
「おう、そりゃーもう感謝感激雨霰だぜ!特にむさ苦しい野郎のパーティに紅一点あるってのはだいぶ雰囲気が変わるよな!まさに砂漠で見つけたオアシス!荒野に咲く一輪のバラ!よっ、大統領!!」
「………おにーさんてぇ、時たまよく分からないこと言うよねぇ?」
「発作みたいなものだよ。それこそいちいち気にしていたら身が持たないから、出来る限り無視するといい。」
「はぁーい。」
「ちょっと、さりげなく毒吐くのやめて下さる?ヴィヴィもそんなところで素直さ発揮しなくてよくない?」
変な所で息の合う二人に抗議するも、あっけなく無視を決め込まれ二人はさっさと歩いて行ってしまう。
何よ何よ!せっかく褒めたのにそんな冷めたい反応することないじゃない!!
そりゃ確かに意味分からなかったでしょうけどぉ!
…あ、ダメだ。
どんなに不貞腐れて地団駄踏んでも、奴らは振り向くことなくどんどんと進んで行ってしまう。
このままでは確実に置いていかれるので、抗議は早々に諦めて後を追いかけないと。
「ヴィヴィさん、この近くに村や街はあるのかな?闇雲に歩くより情報を集めながらの方がいいと思うんだけど。」
「そだねぇ、だとするともう少し行ったところの川沿いに小さな村があったはずだよぉ。ちょっと寄ってみようかぁ。」
「そうしよう。ナユタさんもそれでいいかい?」
「あ、俺も参加していいんです?なら同意するね!道案内を頼むぜ、ヴィヴィ。」
「はぁーい。…きっしし、まだその村があればいいけどねぇ。」
不吉な事を言うヴィヴィを窘めようと思い、やめた。
きっとヴィヴィの言うようにその村が無くなっている可能性はゼロではない。
決して不謹慎だと言い切れないのなら、余計な事は言うべきではないだろう。
むしろ心構えをするだけの猶予を与えてくれたのだと考える方がヴィヴィの性格を考えれば自然な気がする。
だから敢えて俺は何も言わず、ただ先導するヴィヴィの後に着いて行った。
それから二時間ほど歩いているのだが一向にその村は見えてこない。
それどころか川沿いにあるというその村のアイデンティティとも言えるその川すら見えてこないのだ。
もう少しって言ったのに…ぜんぜん少しじゃなーい。
俺は淀みない足取りで先頭を行くヴィヴィを睨みながら、それでも黙って歩き続けた。
「ここから林に入るけどぉ、砂利道だから足元気を付けてねぇ?特におじさんは見えてないんだから尚更ねぇ?」
「あぁ、了解したよ。この林を抜けたらすぐなのかい?」
「そだよぉ。…おにーさん、さっきから黙ってるけどぉだいじょうぶぅ?疲れちゃったぁ?」
「何のこれしき!まだまだ余裕だぜぇ。俺よりもヴィヴィの方こそ大丈夫なのかよ、子供の足と体力じゃ結構キツいんじゃないのか?」
「別にぃ?僕はこう見えて結構体力あるから大丈夫だよぉ。」
「そうは言っても、体はヴィーなんだからあんまり無理すんなよ?」
「体はヴィーさん?それはどういう意味だい?」
「あ…。」
「おにーさん、迂闊すぎぃ。それとも疲れて口が滑っちゃったぁ?」
「…すまん。」
「ま、別にいいけどぉ、特別隠してるわけじゃないしぃ。この体はねぇ僕とヴィー、二人で共有してるんだぁ。だから僕はヴィーだし、ヴィーは僕なんだよぉ。あ、でも勘違いしないでねぇ?魂は別の、完全に違う人間だからぁ。」
「なるほど、君に感じていた違和感はそれだったのか。兄妹だから闇の根底が似ていて、声も似ているんだと思っていたよ。ナユタさんの紅一点っていうのも実は引っかかっていたし。しかしこれは、なかなか特殊な状態だね。」
「まぁねぇ、僕ら以外には聞いたことないしぃ特殊であるのは確かだろうねぇ。でもだからと言って別段良い事がある訳でもないんだよぉ。」
「おいおい、そんな言い方すんなって。ヴィーのおかげでお前はこうして居られるんだろ?」
「…そーだねぇ。」
「うーん、なかなか興味を引かれる話だけど、その辺り詳しく聞かせてはもらえるのかな?」
「だぁめでーす、ここからは有料ぉ。もしどーしても聞きたいならぁ、山ほどの大金を持って一生懸命懇願してくださーい。」
「おやおや、それは残念。ではまたの機会にするとしようかな。」
「それかヴィーに聞くって手もあるけどな。…ん、そういえばヴィーはどうしてるんだ?昨日からずっと出てきてないけど、寝てるのか?」
「うん、ずっと寝てるよぉ。僕が表に出てる時は寝てることが多いんだぁ。頑張れば起きていられるみたいだけどぉ、別に起きてる意味もないし大抵はぐっすりだよぉ。」
「そうなのか…。ふむ、もしかしたらヴィーには負担が大きいのかもしれないな。そうとなればヴィヴィはお兄ちゃんなんだから、あんまりその体で無茶してやるんじゃないぞ?」
「えー、僕たちにひどい火傷を負わせたおにーさんがそれを言うのぉ?」
「……火傷?それってまさか。」
「ごほんごほん、えー、それでは気を取り直して先に進みましょうかな!」
「そうだね……後で詳しく聞かせてもらうよ。」
「……はい。」
これは間違いなくマシンガン攻め立てトークまっしぐらだと肩を落としていると、すぐ隣にヴィヴィがやってきて惜しげもなく満面の笑みを向けてくる。
コイツ…わざとか。
別にいいと言いつつ、ヴィーとヴィヴィの関係を漏らした事に多少なりとも怒っているんだろう。
それは確かに俺が悪かった、迂闊と罵られても何も言い返せないだろう。
しかしまさかこんなに的確に反撃してくるとは思いもしなかった。
一人じゃ絶対に転ばない、これがプロの暗殺者ってやつか…!!
「あ、見えてきたよぉ、どうやら無事みたいだねぇ。あれがリネット村、何もないのが特徴みたいな小さな村だよぉ。」
「ちょ、隙あらばディスるのやめなさいって…。でも良かったぁ、これで何とか情報は聞けそうだな。」
林を抜けたその先には、ぐるりと柵で囲まれた小さな集落があった。
村の中央に火の見櫓はあるが本当にそれだけで、ヴィヴィのいう通り他に特出して述べることのない平和そうな村だった。
いいなぁ、長閑って言葉がぴったりくる場所だ。
林を抜け周りを確認しながら村に近づいていくと、何人かの男たちが村の入り口から姿を覗かせた。
どうやら櫓から俺たちの姿を見つけ要件を確認しに来たみたいだな。
長閑そうに見えても、その辺りはしっかりしてるようだ。
村の入り口に現れた男たちは武器を携帯しているものの構えてはおらず、俺たちの動向を見守っていると言った感じだった。
であるのなら無闇に近づきすぎない方がいいだろう。
俺たちは村の入り口から十メートルほどの場所で立ち止まると、村人に向かって声を掛けた。
「こんにちはー、突然の訪問で驚かせてしまって申し訳ございません。俺たちは旅をしている者ですが、少しお聞きしたいことがあり立ち寄らせて頂きました。このままでも構いませんので、お聞きしてもよろしいでしょうかー?」
俺の言葉に集まった男たちはざわざわと相談し始める。
しかし一人の老人が近づいてくると道を掛けて静かになった。
立派な長い髭に魔法使いが持っていろうな杖…うむ、あの人は間違いなく村長だろう。
人の垣根を通り姿を見せた老人は、俺たちをじっくりと観察すると蓄えられた長いひげを撫でながら思案するような仕草をする。
旅人と言ってもそれが本当かどうかは分からないし、そりゃ村を守る立場の人からしたら簡単には信用できないだろうよ。
「…お話はようわかりましたじゃ。しかしここは見ての通りの小さき村、王都への道からも逸れた人の出入りの少ない場所でございます。旅人の方をおもてなし出来るほどの作法も蓄えもなく…」
「あ、いえ。俺たちはもてなしてもらいたいわけじゃなくて…最近このあたりで変な事が起きたり、周辺の村や街で騒ぎが起きたりとか…些細な事で構いませんので、異変があれば教えて頂けたらと。」
「異変…でございますか?……失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「これは大変失礼しました。俺はナユタ、ナユタ・クジョウ・ユエルと申します。こちらは連れのレーヴとヴィヴィ、西に向かったという犯罪者を追うため王都から参りました。」
「王都から!?」
驚いたようにそう口にした老人と、同じようにざわめきだす村人たち。
何かまずかったかと思いレーヴとヴィヴィの顔色を窺うが、両者ともどこ吹く風と言わんばかりのとぼけ顔だった。
我関せずってか?
ここで俺がミスったら全員同じ目に合うって事を分かっているんですかねぇ…まったく。
しかし俺の焦りは杞憂に終わったようでおずおずと前に出てきた老人は深く頭を下げ、村人たちもそれに倣うように頭を垂れた。
「大変失礼を致しました、まさか王都からいらした方々とは…。つかぬ事お伺いいたしますが、ユエル様はあの…ユエル家の方でいらっしゃいますでしょうか?」
「あー、はい…一応ブリュムド領を治めるユエルの家の者ではあります。」
そう言って首から下げているユエル家の紋章を見せる。
遠いから見えないかもしれないけど、どうやら納得はしてくれたようだ。
「おぉ、やはりそうでございましたか!重ね重ね失礼をいたしましたじゃ。どうぞ、何もない村ではございますが…しばしお寛ぎいただければ。」
「え、いや!話だけ聞ければそれで…!」
「そうおっしゃられずに、ささ。」
「あー…、はい。」
態度を一変させた村人たちの圧に負け、断りきれずに村へと足を踏み入れる。
別に村に入るのが嫌だったわけではないんだが、入り口で済むならそれに越したことはないと思っちゃったりしたわけで。
何事も玄関先で済ませられるならその方がいいと思っていただけに、この状況に少しため息を零す。
特に後ろからプレッシャーをかけてくる大男には後で確実にお説教をくらうだろう。
急ぐ旅である事は重々承知しておりますけど、こうなっちゃったらもう仕方ないでしょう。
ここまできて村人から話しを聞かないという選択肢はないわけだし、虎穴に入らずんば虎児を得ずってことで一つ。
「さぁ、狭いですがどうぞ。儂の家でございますのでご遠慮なくお寛ぎ下され。」
「お、お邪魔します…。」
案内された家はこの村の中でも一番大きい家で、中に入ると若い女性がお茶を淹れてくれた。
この子はお孫さんかな?
優しそうなおっとり系女子とみた。
「して、この村の異変なのですが…。」
「っ、え!?あるんですか変な事!…もしかして植物関連、とか?」
「おぉ!一目でお分かりいただけるとは、さすがユエル様。素晴らしいご慧眼でございます。」
「マジか…、しょっぱなから当たりを引くとか。自分の運の良さが怖いくらいだぜ…な、レーヴ!」
「………。」
「ちぇ、ノリの悪い奴め。」
「それではユエル様、よろしければその目でお確かめ頂ければと。」
「はい!…とりあえずいつでも戦えるようにはしておけよ?」
「「………。」」
二人は何も言わなかったが、おそらく緊張しているからだろう。
それもそうだ、まさか最初に立ち寄った村で遭遇する事になるなんて俺だって予想外だった。
しかしここに襲撃の痕跡があるというのなら見過ごすわけにはいかない。
ジークは見つけたら近くの騎士に知らせろと言っていたけど、まずは被害の確認をしてからだ。
一見長閑なこの村に、いったいどんな被害が起こっているのか…!!
「こちらをご覧ください。そろそろ収穫の時期を迎えるはずの野菜なのですが、このように成長が著しく遅れ、中には萎れてしまうものも多く…。」
「ふむふむ…。」
「年々土は固くなるばかりで、腐葉土を混ぜたりもしたのですが改善の兆しはなく…。このままで村は滅んでしまうと街まで行き養鶏も始めてはみたのですが、それでも子供たちを食べさせていくのがやっとといった具合で…。お願いしますユエル様、どうかわたくしどもをお助け下さい!!」
「ふむふむ………え?」
気づくと俺たちの居る畑の周りに村人が集まっていて、老人と同じように祈るような目で俺たちを見ていた。
その状況に混乱して助けを求めるように二人に視線を送ったのだが、レーヴとヴィヴィは知っていたと言わんばかりに盛大なため息をつくだけだった。
前方に助けを乞う村人、後方に呆れ顔で佇む仲間。
この最強の布陣から逃れるすべをご存じの方がいらっしゃいましたら是非ご一報いただきたいものです…。
俺は力なく項垂れながら『善処します。』と返すのが精一杯だった。
…気づいてたのなら教えてくれればいいのに。
「それじゃ僕らは村の人たちから話を聞いて来るから、君は畑を何とかする方を頼むよ。」
「頑張ってねぇ、おにーさん。」
「力を貸して頂けたりとか…。」
「何を言っているんだい、君が力を貸す側じゃないか。まぁ、せいぜい頑張ってくれ。」
そういうとレーヴとヴィヴィは村の方へ戻っていく。
残された俺は老人と農夫に促されるまま他の畑の様子を見に行くことになった。
くそ、何がせいぜい頑張ってくれだ!
こうなったら田舎出身の底力ってやつを見せてやろうじゃねぇか!
「…と、このようにどこの畑も同じような状況でして。」
「なるほど…。確かさっき腐葉土を使ってみたと言っていたけど、それはどのくらい前からやってることなんだ?」
「はい、それが今年に入ってからでして…。儂が子供の頃などは何もせずとも勝手に作物が育ちましたので、ここはそういう加護を受けた場所であるのだと思っておったのですが。しかしそれも年々悪化するばかり…今年に至っては売りに出せる作物も実らず、このままでは来年には飢え死にする者が出るやもしれません。どうか、我らをお助け下さい!」
「どうかお願いします!!」
「子供らだけでも腹いっぱい食わせてやりたいんです!!」
次々と頭を下げていく農夫たちを背に、俺は目の前の畑の土に触れる。
酷く固いな…腐葉土を混ぜたにしてもこれは…。
「なぁ、昔は何もしなくても作物が育ったって言ってたよな?今も同じように放置しているのか?」
「いえ…さすがに雑草などは抜きます。水も…」
「いや、でも水は。」
「あぁ、でもそれは別に。」
「なんだ?」
「あの、この辺りは現在雨季に入っておりまして、雨量も多いのでほとんど水をやっておりません。ですので放置というわけではないのですが、見回り程度にはその…。」
「雨か…、この辺りの雨量はそんなに多いのか?」
「はい、それはもう!雨季のみならず一年通して雨が多く振ります。側に流れている川も氾濫するくらいで!あ、御心配なく。川より村の方が高い位置にあるので水害が起こる事はほぼありません。」
「なるほど。つまり、何十年…下手したら何百年も前からここで作物を作り続け、特に土をいじりもせず毎年毎年植え付けるだけ植えつけて放置していたと。そしてこの村は雨の多い高台に位置している…という事は。」
「あの…何か?」
「……確か養鶏もやってるんだよな?エサには何を?」
「えっ、はい。穀物と育たなかった野菜くず、それと養鶏を始める際に教えて頂いた通りに川辺に生息する貝の殻を乾燥させ砕いて与えています。」
「お、いいものあるじゃん。それじゃそれを使おうか。」
「…はい?」
「土壌改善。この村を土から治していく、手を貸してくれ。」
村人はキョトンとしていたが、そんな事はお構いなしにどんどん指示を出していく。
乾燥させた貝殻を細かくすり潰す人たちと完全にダメになった畑を耕す人たち、そして腐葉土を集めてくる人たちに分けてそれぞれ作業を始めさせる。
ついでに遠巻きに見ていた奥様方に卵の殻があったら集めて干しておいてほしい事を伝えて、俺も貝殻をすり潰す作業を手伝う。
川辺の貝と言っていたので小石程のものを想像していたのだが、村人が持ってきたのはサザエくらいある巻貝の貝殻だった。
それには少々驚いたが、これなら砕くのも楽だろうと張り切って袖をまくる。
ここでも身体強化の恩恵を惜しみなく使ってどんどん貝殻を潰していると、遠巻きに見ていた子供たちが興味ありげに覗き込んできた。
それならと、俺はこれ見よがしにマッチョのポーズをとって貝殻を粉砕していき、近づいてくる子供たちにちょっとしたエンターテイメントを提供する。
そんな俺に子供たちは羨望の眼差しを送って来るので、それに調子を良くした俺はどんどん貝殻を粉砕していった。
するとなぜか対抗意識を燃やしたお父さん方が石を使って負けじと砕き始める。
『おいおい、いくらなんでもそれは無謀だろう』と思いつつ、俺も負けないようスピードアップしどんどん貝殻を粉砕していったのだった。
結果はまぁ…惨敗でしたけどね。
いくら身体強化を使っていたとはいえ俺一人対お父様方、数には勝てないとつくづく痛感した出来事だった。
「よし、それじゃこれを畑に混ぜていこう。」
「これを…ですか?」
「おう!まぁ半信半疑なのは分かるけど、ここは俺を信じてやってみてくれ。」
「は、はい。」
そうしてすり潰した貝殻を持って畑を耕していたメンバーと合流すると、掘り返した土に満遍なくまきよく混ぜ込んでいく。
そこへ腐葉土を集めてきた村人たちも戻り、それらも一緒にムラなく混ぜる。
うん、このくらいでいいかな。
即席だけど、これでだいぶここの土の酸度も変わってくるだろう。
そう、ここの土は酸性に傾きすぎていたのだ。
昔は豊かな土壌だったようだが、今年に入るまで何も手を加えずにただ作物の種を蒔き続けていたのでは、そりゃ土も悲鳴を上げるだろう。
ましてここは雨が多い高台にある。
水遣りの手間が省けるほどの雨が降るのなら、その水に土壌のアルカリ分が流されていても不思議じゃない。
そうして何年も何年もかけてこの豊かだった土地は枯れていったのだろう。
だが、だからと言ってこのまま終わりというわけではない。
無くなってしまった物は補えばいい、酸性になってしまったのなら中和すればいい。
貝殻の主成分は炭酸カルシウム、つまりはアルカリ性だ。
それを土に混ぜることによって、今年は無理でも来年の作物は無事に成長できるくらいの回復するはずだ。
後はこまめに土の様子を見つつ、時折腐葉土を混ぜながら他の畑にも同じように施していけばここの土は大丈夫だろう。
そんな感じに村人たちに説明し、卵の殻でも同じことが出来るので捨てずに干しておくように言っておいた。
村人たちは酸性やアルカリ性なんて言葉にはピンと来ていないようだったが、要するに来年には畑が復活するというと素直に喜んでくれていた。
ひとまずは俺にできるのはこんな所だろう。
子供の頃に嫌々手伝わされていた畑仕事の知識がこんなところで生きてくるとは…人生とはわからんもんですな。
「ありがとうございました、ユエル様。あのような知識を与えて下さり、なんとお礼を申し上げたらよいか…。」
「いやいや、お礼を言われるほどの事では。それに大変なのはこれからですし、何より今年の作物をどうにかすることはできませんでしたから…。」
「確かに今年はもうどうすることも出来ないでしょう…、しかしこの村にも未来がある事がわかりましたので。この先もどうにか生きていける、それさえ分かれば儂らはなんとかやっていくだけですわい。なぁに、今年は蓄えを少しずつ分ければ乗り越えられますじゃ。そうして皆で新たな年を迎え、豊かな作物を実らせてみせましょう!」
「そうですか…えぇ、きっとそうなります。俺も楽しみにしています。」
「えぇ、その際は必ず宴を行いますので、ぜひまたお越しください。」
「えぇ、必ず!」
「おや?そっちもひと段落ついたようだね。」
「ほんとだぁ、なぁんか良い雰囲気だねぇ。」
「おぉ!レーヴ、ヴィヴィ。そっちはどうだった?」
「特に何もなーし!怪しい男を見たって話もぉ、村や街が襲われたって話も聞いたことないってぇ。」
「残念ながら空振りだ。そっちも終わったのなら次の村へ行こう。」
「おや、もう発たれるのですかな?」
「えぇ、お時間頂きありがとうございました。村の皆さんにもよろしくお伝えください。」
「なんのこちらこそ。して…皆さまはどちらへ?」
「とりあえずは西へ、ブリュムド領を目指して進んでいます。」
「左様でございますか。ふむ、ではここから三時間ほど歩いた場所にここよりも大きな村がございますので、そちらへ向かわれてはいかがでしょう?そこには宿もございますし、騎士様もお立ち寄りになられます。きっと有益なお話も出来る事かと。」
「なるほど…ありがとうございます、ではそこへ向かってみようと思います!」
「そうですか、では皆様の旅路に女神ツェリアのご加護があらんことを。」
祈りを捧げてくれる老人に再度礼を言ってから村の出口に向かう。
すると先ほどまで一緒に畑に居た農夫たちが見送りに来てくれたようで、子供たちと共に手を振ってくれていた。
確かに貧しい村だったけど、村人の心までそうだとは限らなかったな。
短い時間ではあったがなかなか楽しい時間を過ごせたと笑みを浮かべ、俺たちはリネット村を後にした。




