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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 94 旅立ち



この家に来てからもう何度目かもわからない朝を迎える。

この天井にもそろそろ慣れ始めたというのに、これからしばらくは見る事もないないんだと思うと少しだけ寂しい気持ちになる。

まぁそれも長くて数カ月の我慢なのだろうが、だからと言ってこの寂寥感(せきりょうかん)がなくなるわけではない。

俺は最後にもう一度天井を見てからベッドを降りる。


そういえば、あの一件からリアはすっかり起こしに来てくれなくなったな。

それだけ俺の生着替えが衝撃的だったのか、それともその後にやったことで懲りてしまったのか…。

俺のラフなライフの為にも慣れてほしかったんだが、それも当分はお預けなようだ。

いっその事今から全裸で部屋を出るというのも手かもしれないが、さすがに少女にトラウマを植え付けるわけにはいかないと自重する。


「ナユタ―、もう起きているのですかー?」


「おー、今降りてくよー。」


階段下から響くリアの声に返事をし、俺は素早く着替えを済ませてから階段を降りていく。

その時点で既にキッチンから美味そうな匂いが漂っていて、俺の腹は呼応するように大きく鳴る。

すっかりリアに掴まれてしまった従順な胃袋に苦笑しつつも、俺はリビングに向かう前に冷水で顔を洗った。

さっぱりしたところで顔を一発叩いて気合を入れると、リアの待つであろうリビングに向かう。


「おはよう、リア。今日もいい匂いだなぁ。」


「遅いのですよ、ナユタ。せっかくの料理が冷めてしまう所だったのです。そんなにお寝坊で、旅なんて出来るのですか?」


「はいはい、気を付けますよぉ。うーん、美味そう。頂きます!」


「はい召し上がれ、なのです。」


いつものことながら品数の多い料理を俺は黙々と平らげていく。

その様子をリアがずっと眺めているが、それもいつもの事なのでもう慣れた。

俺が食べている間、リアは決まって向かいに座りじっと俺の顔を見ているのだ。

最初こそノエルとの違いを指摘されたりしていたのだが、今となってはもう言う事が無くなったのか、ただ俺を見続ける事に徹している。

気まずくないと言えば嘘になるが、もうすっかり慣れてしまい『こういうもんだろう』と受け入れるようにしている。

しかし今日は珍しい事に、そんなリアが食事中に口を開いた。

神妙に、というか恐る恐ると言った様子だ。


「ナユタ、ちゃんとご飯を食べるのですよ?危なくなったらちゃんと逃げて、怪しい人には無闇に近づいてはダメなのです。」


「ん?おう、分かってるって。」


「お寝坊は絶対にしてはダメなのです。出来れば野宿を避けて、近くの街や民家に泊めてもらうと良いのです。あ、でも盗賊の根城かもしれないので選ぶときは慎重に、なのです。」


「お、おう。どうした、今日はいっぱいしゃべるな。」


「………。ちゃんと、帰ってくるのですよね?リアを置いて、居なくなったり…しないのですよね?」


「っ!あぁ、約束するよ。絶対帰ってくるし、怪我もしない。元気なまんまで戻って来るから。」


「…約束、なのですよ?」


「あぁ、絶対だ。約束する。」


眉を下げて泣きそうな顔をしているリアの隣に行き、その小さな体をきつく抱きしめる。

いつもなら絶対に嫌がる事だが、今日のリアはそのまま俺の腕に手を添えて大人しくしていた。

しばらくそうした後、少し乱暴にリアの頭を撫でるとリアは不機嫌そうに頬を膨らませて俺の手を払いのけたのだった。

そうしてどちらかともなく笑い出すと、リアは一度キッチンに行って大きな荷物を二つ持って戻ってくる。


「これは?」


「お弁当なのです。お昼と、夜の分…ノーキに入れて持って行くと良いのです。」


「おぉ!ありがと、すっげー嬉しいよ!大事に食べるからな?」


「ふ、ふん!きっとこれから粗末なものしか食べられないナユタを憐れんだだけなのです!リアのご飯が食べたかったら、さっさと帰ってくるのですよ!」


「うん、ありがとなリア。」


「……いってらっしゃい、ナユタ。」


俺の袖をぎゅっと握っているリアをそっと抱き寄せて頭を撫でる。

どんなに大丈夫だと言っていても、やっぱり寂しい思いをさせてしまっているようだ。

俺はそれを申し訳なく思いつつ、少し嬉しくも思っていた。

そんな事を言ったらきっと怒るだろうから、黙って頭を撫でるに留めておくけど。

リアを一人で残していくのは心配だが、出来るだけ早く帰れるように頑張るからちょっとだけ待っててな。


―――


リアに留守を任せ、俺はレーヴと合流する為に城まで来ていた。

他にも挨拶しておきたい人いるんだが、時間もないので断念するしかないだろう。

子供たちの事を考えると胸が痛むが、事後報告でなんとか謝り倒そう。


「これはこれは、ナユタ様。おはようございます、ごきげんは如何でしょうか?」


「おぉ、セバスちゃん。おはよう、まぁまぁ元気だぜ!」


書庫に向けて歩いていると、後ろからセバスツァンが声を掛けてくる。

いつものように柔和な笑顔を浮かべた彼は、軽く挨拶を述べた後少し顔を歪ませて申し訳なさそうに口を開いた。


「ナユタ様、お忙しいのは重々承知しておりますが、少しお時間を頂けないでしょうか?」


「え?それは大丈夫だけど…何かあるのか?」


「えぇ、実は…第一王子であらせられますヴァレリー様が、ナユタ様にお会いしたいとおっしゃられておりまして。」


「……え。」


「ですので、誠に申し訳ありませんがご一緒にお越しください。」


「え、あ…はい。」


「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ。」


そう言って先導するセバスちゃんの後について歩いて行く…が、これはいったい何事だろう?

俺は混乱する頭をフル回転させてセバスちゃんの言っていたことを理解しようと懸命に考える。

第一王子…第一王子…!?

それってつまりノエルの兄ちゃんってことだよな!?

なんでそんな人が俺に会いたがるんだ?

今までだって何の接点も無かったのに、このタイミングで呼び出されるって言うのはどういう事?

ダメだ、さっぱりわからん。略してさぱらん。

今まで接点どころか名前さえ知らなかったのに、どうしてノエルの居ない今、俺を呼び出したりするんだろうか?


「ナユタ様。」


「っ!は、はい。」


「ほっほっほ、そう緊張なされなくとも大丈夫でございますよ。ヴァレリー様はとても気さくなお優しいお方でございますので。」


「そう、なの?」


やはりノエルの兄なだけあって、優しいしい穏やかな人なようだ。

そう考えてみると、俺の中で華奢な美少年が花でも飛ばさんばかりに微笑んでいる絵面が浮かび上がる。

いや、さすがにそれは無いだろうとは思うが、それでもあの王様の子でノエルの兄ならありえないとは言い切れないけど。


「確か第一王子って王様が15の時の子だったよな?」


「えぇ、左様でございます。良く覚えていらっしゃいますね。」


「印象深かったから…。それで、王子は確か27だっけ?って事はもう子供が居たりするのか?」


「…いいえ、王子はご結婚されておりません。」


バツが悪そうにそう言ったセバスは、とある部屋の前で立ち止まるとその扉を軽くノックした。

中からの返事があるとその扉を開け、俺に入るよう促す。

え、セバスは一緒に来てくれないの?

不安気な顔を隠さずにいたせいかセバスは申し訳なさそうに笑みを浮かべ、そしてもう一度俺を中へ促した。


「し、しつれーしまぁす…。」


一歩中に入った俺は、その部屋の内装に唖然とした。

あらゆるところにフリルとリボンが施されていて、全体的にピンク色をしている。

あまりの異世界具合に心なしか目がチカチカしてくる。

何だここ…本当に王子の部屋?

もしかして俺、騙されてない?

そんな疑問を抱きながらも部屋の奥に進んでいくと、窓辺に寄りかかるようにして外を眺めている美女の姿を発見した。

………美女!?

あ、あれ!?俺は王子の部屋に案内されたはずじゃ…。

それに王子は結婚してないって。

……って事はこの美女は誰!?

どことなく王様に似ているけどちょっと艶っぽくて、ノエルとはまた違うジャンルの美しさがある…。

思わずその姿に見とれていると、その女性も俺に気が付いたようでぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべて俺に駆け寄ってきた。

駆け寄って………駆け……で、でけぇ!!

何だこの人、身長たっか!

下手したらレーヴくらいあるんじゃないかと思う程の高身長だ!

相変わらず色気のある笑顔を浮かべているその女性は、俺のすぐ傍までやってくると顔の覗き込むように近づいて来て息がかかるほど距離を詰めてくる。

な、なんだこの距離感、近すぎやしませんかねぇ!

心臓がバクバクと大きな音を立て始め、案の定顔が熱くなってくる。

何だこの状況、俺はどうすればいいんだ…!!


「ふーん。シャルルちゃんの双子の弟って聞いていたけど、双子というよりはむしろ同一人物ね。」


「………え?」


「でも中身はぜーんぜん別物って感じ。才能云々もそうだけど、性格から今までの生活までまるで別。…そ・れ・に。このくらいの事で顔を真っ赤にしちゃっうなんて…シャルルちゃんと違って可愛いところあるのね。」


「え、えぇ!?あ、あの!男の方、ですか…?」


「あらやだ、セバスったら何も言わずにつれてきたの?…そんなわけないわよねぇ、他でもないあのセバスですもの。って事は、現実を受け入れられないって感じかしら?ね、ナユタちゃん?」


ふーっと耳に息を吹きかけられて、思わずその人から距離をとる。

その反応がお気に召したのか、ケラケラと笑いながらその人は再度距離を詰めてくる。

何なんだこの人、見た目は色っぽいお姉さんなのに…声がまるっきり男のそれだ!


「なぁに、こういう人種に会うのは初めて?初心な反応しちゃって、もっと苛めたくなっちゃうじゃない…。」


「ま、待ってください!貴方が第一王子のヴァレリー様なんですか!?」


「そうよ。他に誰もいないでしょ?ここはアタシの部屋だし、そう言われて連れてこられたはずよ?アタシこそがクレアシア王国第一王子、美しさを追い求めるヴァレリーお兄様よ。何か文句あって?」


「い、いいえ。そりゃ驚きはしましたけども…。」


「あら、ちょっと意外だわ、あなた本当に驚いているだけなのね。嫌悪感や不快感を持たないなんて、臣下でもなかなか居ないのに。……ふーん、そういう所が気に入っているのかしら?」


「気に入ってる?えっと、何の話しですか?」


「あら、気にしないでちょうだい?こっちの話だから。とにかく座って、お茶を淹れてあげる。何が好きかしら?大抵の紅茶は揃えてあるから、何でも言ってくれていいわよ?」


「いえ、お茶は結構です。あの、俺はどうして呼ばれたんでしょうか?」


「まぁ、せっかちなのね?それとも警戒しているのかしら?安心なさい、何も取って食べようだなんて思っていないから。ちょっとノエルちゃんが特別目をかけてるっていう男の子に、会ってみようと思っただけなの。近々お近づきになろうと思って機会を窺ってたのに、あなた旅に出ちゃうんですって?いつ戻るのかも分からないって言うから、セバスに頼んで今来てもらったのよ。」


「は、はぁ…。そりゃノエルとは仲良いですけど…第一王子に興味を持たれるような面白味があるかどうか…。」


「あら謙遜?それでも卑屈なのかしら?あの子に目を掛けられるってとっても特別な事なのに、貴方はそれをいまいち理解できてないみたいね?仲が良いって事は断言できるのに、変わった子ねぇ。」


ヴァレリーは出来の悪い生徒を見る教師のように、呆れた様子で俺に向かってため息をついた。

それから蒸らしていた紅茶をカップに注ぐと、俺の前に差し出す。

俺はそれをおずおずと受け取り、少し迷ったもののカップを手に取りそっと口を付けた。

王子にお茶を淹れさせておいて、口を付けないっていうのもなんだか申し訳ないしね。

あ、美味しい…。


「ノエルちゃんったらね、あんなに綺麗なのにいっつも修行だの訓練だのって体を鍛えてばっかりなのよ?アタシが言うのも何だけど、このままで大丈夫かしらって思ってたところなのよ。そりゃ淑女としての立ち振る舞いは完璧よ?でも女の子として大事な心の部分は全然育たないままなんですもの、お兄ちゃんとして心配にもなるってものよ。…それがあなたが来てからというもの、なんだかいい顔をするようになってるじゃない!アタシはもう…可愛いー!って感じだったわ。戦闘訓練にしか強い興味を示さなかったあの子が、ここまで誰かを気に掛けるだなんてとてもいい傾向だもの。このまま芽が出て綺麗な花を咲かせられればいいって、心から思っていたわ。…だからユグドラシアへ行くことになった事は本当に残念だったわよね。貴方は、どうかしら?」


「え?えっと、ノエルが留学しちゃったのは寂しいですけど、もう会えないってわけじゃないし…。次会える時までにもっと強くなって驚かせてやろうかな?って思ってるくらいです…けど…。」


「あら…貴方もしかして何も?」


「え?何が、ですか?」


「そう…言えなかったの。………なんだかがっかりだわ。」


「え…?」


「貴方ならもしかしてって思ったのだけど、アタシったら先走っちゃったみたい。ごめんなさいね、急に呼びつけたりして。」


「い、いえ…。えっと、それでは俺はこれで失礼しても…?」


「えぇ、来てくれてありがとう。また今度、ゆっくりお話しましょ?ナユタちゃん。」


ひらひらと手を振るヴァレリーに軽く会釈してから俺は部屋を出た。

結局何のために呼ばれたのかもいまいち分からないまま出てきてしまったが、彼…いや彼女?が満足したのならそれでいいのだろう。

なんだか最後はがっかりさせてしまったようだが…


「なんか…モヤモヤすんなぁ…。」


何かはぐらかされてるような、大事な事を隠されているような、なんとも胸にしこりを作っただけの会話だった。

まぁ確かに最初から最後まで衝撃続きで俺も碌にしゃべれなかったって言うのもあるんだろうけど、それにしたってずいぶんちぐはぐしていたような気がする。

王子がまた今度と言ってくれてるから次の機会ではもう少し話せるように頑張りたいとは思うけど、…でもできれば、話を円滑に運ぶためにも次回はノエルと一緒が良いなぁ。

実の兄である訳だし、何より仲がよさそうな事も言っていたから、きっと三人でなら上手く話せると思うんだ。

…まぁ、ノエルが帰ってくるまでまだまだ時間が掛かるし、俺もどのくらいで帰ってこれるか分からないからそれがいつ実現するのか見当もつかないけど。


「なんなら俺がこのままユグドラシアに行って、ノエルに会うっていう手もあるな…。」


モルガンは絶対に捕まえるしユグドラシアまで逃がしはしないけど、せっかく近くまで行くのだからモルガンを捕まえたその後にでも少し寄り道するっていうのは悪くないかもな。

簡単に入国させてもらえるのかは分からないけど、もしダメでも誰かに事情を話してノエルを連れてきてもらえばいいだろう。

きっとノエルの事だ、俺が来てると聞いたらすぐに会いに来てくれるはずだ。

我ながらずいぶん自惚れたことを考えていると思うけど、でもきっと、ノエルならそうしてくれると思うんだ。


「っと、にやにやしてる場合じゃないな。少し遅れたけどレーヴの所に行かなくちゃ。」


俺は二、三度首を振ってからレーヴの部屋に向かって歩き出す。

いつもよりは早い時間だけどさすがに待たせすぎてるな、これは三割増しの嫌味でお出迎えされる事間違いなしだろう。

元気なのは良い事何だけど、もう少し言葉から棘を抜いてほしい…。


「お、坊主じゃねぇか。丁度いい所で出くわすなぁ。」


「ジーク!丁度いいって、何か用事か?」


「何か用事か…だと?」


「え…?」


「テメェ何の断わりもなく邪竜神教を追うつもりらしいなぁ、えぇ?この俺が、俺たちが全力で捕まえる気だって話したっつーのに、それじゃ不安だったってことか?あぁ?」


「ち、ちがっ、いでででで!!頭が割れる…!っ、どんな握力してんだよお前、ゴリラかっ!!」


「ふん、まぁこの辺で勘弁してやる。俺は優しいからな!」


「優しい人間はいきなりアイアンクローなんてかましてこねぇよ…。」


「なんか言ったか?」


「いいえ、何でもございませんー!…別にジークたち騎士団を信用してねぇわけじゃねぇよ。ただ何もせずにただ待ってるってのは、やっぱしょうに合わん!だから俺たちも奴を追うんだ。…もし俺たちが先に奴に追いついたら、そん時は騎士団の力を借りるかもしれないからよろしくな?」


「はぁ!?都合のいい時だけ利用しようってのかテメェは!騎士団舐めてんじゃねぇぞ、テメェは大人しくデカ男と留守番していやがれ!……、っつっても聞かねぇんだろ?わーかってんだよ、んなこたぁよぉ!」


「…わりぃ。でも本当に騎士団を信用してないとか、そういうのは無いから!むしろ騎士団が先に捕まえるんじゃないかとすら思ってっから!!」


「あたりめぇだ、ボケェ!テメェらが街の外を散歩してる間にすべてを終わらせてやらぁ!」


「散歩とか言うなよ!…あー、なんなら一つ情報があるんだけど要るか?」


「あ?情報?」


「そう。モルガンがどこへ向かったのかって情報だ。」


「…ユグドラシアに向かって西に向かってるってんなら知ってるぞ。」


「え!?な、なんで…。」


「やっぱりテメェは騎士団舐めてんだな?」


「正直舐めて…いっででででで!悪かった、悪かったって!!ふぅー…でもそうか、知ってんのか。」


「つっても今朝届いたばっかりの情報だけどな。それにこう立て続けとなると、そう何人も騎士は動かせねぇ。まだロヴィル領から戻ってない奴らもいるし、本部から人数を出せるようになるのはもう少し後になってからだ。地方に配属されている騎士だけで何とかできりゃそれに越したことはねぇんだが…そうもいかんだろうしな。」


「なるほど、これは俺たちが先に捕まえられる可能性も十分にある訳だ。」


「競ってる場合か、阿呆。もし奴を見つけたらすぐに近くの騎士に知らせに行け。捜索に人数は出せないが捕縛となれば話は別だ、すぐに向かってやるから大人しくしてろよ。」


「………うーん。」


「何が不服なんだよ。まさかお前らだけで捕まえようなんざ思ってねぇだろうな?」


「いや、それは思ってないんだけど…果たして騎士団が来るまで待ってられるかなって思って。レーヴが。」


「……くっ、待てないって確信しかねぇ!お前、なんとしてでもアイツを止めろよ!でないと最悪死ぬ事になるぞ!」


「わ、分かってるって。身体強化使って無理やりにでも抑え込む…!」


「………。ほら坊主、これやるよ。」


そう言ってジークは手に持っていた剣を俺に投げてくる。

急な事で慌ててしまったが、ずっしりと重いそれをしっかりと受け取る事に成功する。

それは今まで訓練場で使っていた木製のものより少し長く、柄や鞘に細かな細工が施された立派なものだった。

…こんな事を言うと育ちを疑われてしまうかもしれないのだが、誤解を恐れずにあえて言わせて頂こう。

めっちゃ高そう!!


「なん、これ!…えぇ!?」


「なんだそりゃ、何が言いてぇのかわかんねぇよ。」


「だ、だってお前、こんな高価な…。っていうか!これを俺にあげたら、お前これからどうすんだよ!」


「安心しろ、それは俺が昔…見習い時代に使ってたやつだ。安もんだしボロボロだが、初心者にはそのくらいが丁度いいだろ。丸腰よりかは幾分かマシだと思って持ってけ、そんでいざとなったらそれでデカ男を脅してでも止めろ。」


「脅してでもって…。それに見習い時代のって事は、つまり思い出の剣なんじゃないのか?」


「あ?あー…そうだな、青臭いガキだった頃の苦ーい思い出の詰まったガラクタだ。処分するにも面倒で物置に眠ってたんだよ。だから、お前が貰ってくれんなら面倒事が一つ減って俺としては良い事ばっかってわけだ。」


「ガラクタ掃除の一環かよ!…でも、うん。ありがたく貰っておくよ、サンキューな。」


「出たな、異世界語。最近テレスとアリスまで使い始めたぞ、それ。…まぁ、広めてるのはエトワールだが。」


「そういえば、エトワールはまだロヴィル領に居るのか?まだ戻ってないよな?」


「あぁ。アイツには向こうの騎士の統率を任せてきたから、もうしばらくは戻らないだろう。少々心配だが、背に腹は代えられんからな。」


「そんなに向こうの状況は悪いのか?容量が良くて気の利くエトワールが居ても心配になるほど?」


「いや、そういう事の心配じゃねぇんだけどな。そうだな…、こういえばすべてが伝わるだろう。……エトワールは、テレスとアリスの師匠的存在だ。」


「!?そ、それって言うのはつまり…?」


俺が神妙な顔でそう尋ねると、ジークは全てを悟ったようにたった一度だけ頷いた。

マジか、全然そんな風には…、むしろあの二人を止めてくれるお母さん的なポジションだとばかり…。

いや、だからか?

母的ポジションに見えたのは、つまりはそういう!?

なんてこった…それじゃこの騎士団に居る俺の知人女性の全員が痴人女性だったってことじゃねぇか!

あぁ不安だ、今後の騎士団との付き合い方を考えなくてはいけなくなるほどの衝撃的な事実だ。

…今度から一人では騎士団へ向かわないように気を付けようかな。


「雑食具合で言うならあの姉妹の方が上だがな。いいか坊主、これだけは覚えておけ。どんなに些細な事でもエトワールに伝言を頼むな。手紙でも怪しいくらいだが、その全てを恋愛に絡めて歪曲させられるぞ。俺もそれでひどい目あったことが…、お前まさか。」


「す、既に身に覚えが…!!」


「…そうか、やっちまったな。まぁ…なんだ。面と向かって話せば割と簡単に誤解も解けるだろうから、そこだけ気を付けとけよ。」


「……それどころか、追い打ちをかけた可能性が。あぁ、あの時のアレはそういう…!」


「………、お前も難儀な奴だな。」


クロエの様子がおかしい事には気が付いていたのに、俺はこういう時的確に答えを間違えている気がする。

しかもあの様子だと答えはNo…つまり俺は告白してもいないのにフラれたという事になる訳で…。

しんど。

え、しんどすぎん?

俺とクロエの友情にいつの間にかヒビが入ってて、それに気づかず自分で叩き割ったってことでしょ?

これをしんどいと言わずしてなんと…いや、もう何でもいいや。

これから俺の旅が始まるって言うのに、それより前に心が折れるだなんて誰が想像できました?

ゼロスタートじゃなくてマイナスですからね、俺のテンションもクロエとの関係も。

こりゃすごい!ここまで来ると、逆に笑いが込上げてくるもんなんだな!


そうやって力なく笑っていた俺は珍しく親身に慰めてくれたジークのおかげで何とか持ち直し、ひとまずの目的であるレーヴの部屋へと向かうまでには回復したのだった。


―――


「はぁーい、お待たせしたわねレーヴくぅん。怒ってるぅ?そっかー奇遇だわねぇ、俺も今そんな感じー。」


「………また、ずいぶん疲れ切ってるね。王様との問答はそんなに大変だったのかい?いや、導使節を辞めると言うんだから、大変でないわけがないのだけど…。」


「あ、そうか、そっから話さないとだよな。なんかここまでの道中にいろいろありすぎてもう…パンクしそう。」


「意味は分からないけど何を言わんとしているのかは分かったよ。とにかく、すぐに出るわけじゃなさそうだし、詳細を聞かせてもらおうかな。」


「そだな、いろいろ説明するわ。」


導使節を辞めなくて良くなった話はさらっと話して、とりあえず俺たちの標的モルガンがどういう男なのかはしっかりと話しておかなくてはいけないな。

何を求めてどこに向かっているのかをキッチリ情報共有した上で、今後の方針も決めてしまおう。

もし奴に襲われた村があったら申し訳ないが、それが目印になるのならまずはそういった噂話を聞き逃さないようにしなくては。


「…魔眼、蒐集家?それは、つまりエルが魔眼だったって事かい?」


「いや、実のところそれは分からない。どうも自分の好みにあう目玉も蒐集してるらしいから、ただ単にエルちゃんの目が…その…。」


「なんにしても胸糞悪い話だね、あの男がエルの目玉を奪って今も所有しているというのは。それで、僕たちはこれから西に向かって行けばいいんだね?」


「そうだ。ユグドラシアに入ることがあの男の目的だとすれば、間違いなくこの国の西に向かう。それは騎士団も入手している情報だから間違いないだろう。」


「騎士団も…ね、まぁその情報源に関しては何も言わないけど。西…か。確かこの国の西にはブリュムド領があったよね?そのさらに西がリシェス領か…、ブリュムド領まではどのくらいで着くんだったかな?」


「あー、わりぃ。その辺は全くわかんねぇわ、街を出る時にでも門番に聞いてみるわ。」


そういえば世界地図ってものはあるんだろうか?

この街の地図があるくらいだから、地図という概念はちゃんとあるんだよな?

とすると、もっと大きな規模で街→国→世界ってあると思うんだけど。

いや、人族の三国間ですらあんまり仲良くないみたいだし、世界を回って地図を作れるような奴なんかいないのかもしれないのか。

他種族との交流も上辺だけっぽいし、何よりこの世界の人は海に出ない。

海路がない以上全世界を描いた地図なんてものはあるはずがないか。

ん?でも空路はあるから無理って事はない…のか?


「それじゃ、そろそろ行くかい?大まかな目標も出来たし、差し当たっての問題もない。であるのなら、ここでゆっくりしている理由は何もないと思うけど?」


「…だな。そんじゃ、行きましょうかね。」


俺たちはイスから立ち上がると各々装備を確認し部屋をでる。

もうしばらく戻って来れないと言うのに、レーヴは特に惜しむ様子もなくすんなりと部屋を出て鍵だけしっかりと閉めた。

鍵…そういえば。


「街にあるお前の家の鍵ってエルちゃんが持ってたんだよな?たぶんエルちゃんの荷物は勤め先の病院で預かってくれてると思うけど、どうする?寄ってくか?」


「……いや、いいよ。今は必要ないものだし、しばらくは…あの家には行けそうにないから。」


あぁ、これはたぶん旅の事を言ってるんじゃないな。

きっと色んな事を思い出してしまって、そうして色んな事を思い知ってしまうから行くことが出来ないんだろう。

この旅を通じてレーヴの心の中が少しでも整理できればいいんだが…それも結果次第か。

俺は改めて気合を入れ、この街を出るべく城壁へと向かうのだった。


――――


「きっしし、おそーい。どれだけ待たせるつもりぃ?いくら待っても来ないから、そろそろ迎えに行こうかと思ってたところだよぉ?」


城壁の門に着くと、そこには昨日も会ったヴィヴィの姿があった。

おそい?おそいって…遅いって事?

はて、昨日何か約束していただろうか?

昨日ヴィヴィと出会ってから別れる時までの記憶を思い返してみたが、どうもそんな記憶はない。

では、もしや人違い?それともただの勘違い?

何にしてもヴィヴィが俺に用事がある事は間違いないのだろうし、ここまで来て素通りするほど急いでいるわけでもないので素直に近づいていく。


「よぉ、ヴィヴィ。昨日ぶりだな、何か用か?」


「ナユタさんの知り合いかい?…なんだか妙に既視感のある子だね、それにずいぶん不思議な形だ。」


「あぁ、彼…はヴィヴィ。以前治療したヴィーって女の子が居たろ?その子の兄だよ。」


「どーもぉ、その節はぁ妹がお世話になりましたぁ。」


「ヴィーさんの?……はじめまして、僕はレーヴだ。こちらこそ薬草をありがとう。」


「はじめましてぇ。それとぉ、これからよろしくぅ。」


「ん?おいおい、もう忘れたのかヴィヴィ。俺たちはこれから旅に出るんだぜ?いつ帰ってくるかも分からないっていうのに、何をよろしくするんだよ。」


「もー、おにーさん察し悪すぎぃ。この流れなら僕の言いたい事わかるでしょぉ?ほらほらぁ、僕の格好も良く見てみてぇ?どう?え、分かんないぃ?もー、鈍すぎー。」


「……いやいや。……まさか、とは思うんだが。お前、もしかして着いて来る気じゃないよな?」


「なぁーんだ、わかってたんじゃなーい。それともわざといじわるな事言ったのぉ?もう、おにーさん性格悪すぎぃ。」


正直、薄々は気が付いていた。

ヴィヴィの今日の服装がいつものボロ布みたいなものじゃなく、俺たちが最初に出会った時のような旅装をしていた事に。

深く帽子を被り小さいながらも鞄を持っていたから、まさかとは思っていたが…コイツ本気なのか?

いや、ここで待っていたというのだから着いて来る気なんだろうが、しかしその理由が分からない。

俺たちには復讐なり奪還なりと多少違いはあるものの、奴を追うという共通の目的がある。

しかしヴィヴィにそれがあるとは思えない。

昨日、少女誘拐事件の話をした時の反応だって、”知ってはいるが興味はない”といったものだった。

無関係な上に無関心であったはずのヴィヴィが、どうしてここに来て俺たちに同行する気になったのか…気にならないわけがない。


「きっしし、おにーさんめっちゃ悩んでんねぇ。まぁ、当然だよねぇ。でもその辺りの話は歩きながらにしようよぉ、ここでこうしてる時間ももったいないでしょぉ?」


「…そうだね、彼の言う事も一理あるしそろそろ出ようか。」


「レーヴまで!……分かった、そのかわり全部話せよヴィヴィ。」


「えー、どーしようかなぁ!…きっしし、うそうそ。ちゃんと話すからそんなに熱い視線を向けないでよ、おにーさん。」


先行きが不安で仕方ないがここで大人しく帰るようなら苦労はしない、レーヴも賛成してしまったし渋々ながらも受け入れるしかなさそうだ。

深くため息をつく俺の手を引くようにヴィヴィは城門へ向かい検問の列に並んだ。


この国では入る時ほど厳重ではないが、出る時にも検問を行っているのだそうだ。

簡単な荷物検査と身元の証明が必要で、この街の住人なら税を納めていれば証明書が発行されている。

なのでここではそれを提示して………あ。


「ヴィヴィ!お前この国に住んでるよな!?」


「んー?なにぃ、今更じゃなぁい?僕の愛しのボロ屋だって見たことあるでしょぉ、ちゃんと住んでるよぉ。」


「じゃ、じゃあ税金って納めてるか…?」


「きっしし、収めてるわけないじゃーん!てゆーかぁ、貧民街の住人は誰も収めてないと思うよぉ?」


「何を悠長な!!」


ど、どうする!?

ここでヴィヴィの証明書がないとバレたら、きっと門番たちはヴィヴィの事を調べるはずだ。

それでもしヴィヴィが貧民街に住み暗殺を生業にしているという事が分かってしまったら…騒ぎ→包囲→捕縛?


「(な、なぁ、レーヴ。もしこの場で犯罪者だとバレたらどうなる?)」


「(どうしたんだい、声を潜めたりして。もし僕の事を言ってるんだとしたら、王宮魔術師という肩書があるから問題ないよ。)」


「(いや、お前の事は心配してねぇんだけど…。実はここに居るヴィヴィは、暗殺者なんだ。住んでるのも貧民街だし、もちろん税も収めてない。要するに証明書を持っていない!)」


「(……それは、まずいね。最悪の場合、その場で処刑される可能性もあるよ。)」


「(しょ、処刑!?)」


騒ぎ→包囲→捕縛→処刑 new!

アカーン!それは何としても回避しないと!!

俺の外套の中に潜んで貰うか?

いや、それじゃ調べられたら一発アウトだ。

導使節の名前を使って素通りさせてもらう、とか。

いいや!それでヴィヴィの正体がバレたら多方面に迷惑が掛かる!

最悪王家への謀反を疑われて俺が処刑される…!

どうする…どうすればいい…!!


「…よし、次!!」


「っ!あー、あのですねぇ…この子はそのぉ…。」


「なんですか?早く身分を証明できる物のご提示をお願いします。」


「あー、それがそのぉ…。」


俺が門番としどろもどろな会話を繰り広げていると、後ろに居たはずのヴィヴィが俺の前に出てきて何の躊躇いもなく帽子を取った。

ぎゃー!何やってんのこの子!

せっかく何とか誤魔化そうと足掻いてるっていうのに、どうしてそういう事するのー!!

俺は慌ててヴィヴィを俺の後ろへ戻そうとするが、それよりも先に堂々とした口調でヴィヴィが話し始める。


「こんにちはぁ、おじさん。僕は大聖教会の御使い、ヴィヴィでぇす。これが証明書と外出許可証でぇ、荷物はこれだけでーす。」


「む?ふむふむ…はい、確かに拝見しました。どうぞお気をつけて、女神ツェリアのご加護があらんことを。」


「我らが神ツェリアの加護があらんことをぉ。…それじゃおにーさん、僕は先に出てるよぉ。」


「……はいぃ?」


「次っ!」


俺の心配を余所に難なく検問を終えたヴィヴィは、軽やかに振り返りウィンクを飛ばしてから街の外へと出て行った。

その様子を呆然と見ていて一向に証明書を出さない俺に門番がイライラしていたのは言うまでもない。

もちろん導使節の名とユエル家の紋章を提示したことで、俺もすぐに通りことが出来たのだが。

…正直、釈然としない。

無事に通れる準備をしていたのなら事前に言っておいて欲しかったというのが本音だ。


まぁ多少のトラブルはあったものの、こうして俺たちは無事に街から出ることが出来た。

二人旅が三人旅になったのは予想外だったが、昔から”旅は道連れ余は情け”って言うしなるべくしてなったのかもしれないな。

まずはここから西にあるブリュムド領へ。

もし余裕があれば、そこを統治しているユエルの屋敷へ向かってもいいかもしれない。

久しぶりにリュカやアンリに会いたいし、何より一度現当主に礼を言いたいと思っていたのだ。

確か当主の名はミストラル…だっただろうか?

俺がこの世界で生きやすいよう身分を証明し、一族として迎えてくれた大恩人だ。

本当ならもっと早くに挨拶に行くべきだったんだろうが、いろいろあって先延ばしになってしまっていた。

せっかく近くまで行くのだから、出来れば立ち寄りたいものだな。


「おにーさん、何してるのぉ?置いてっちゃうよぉ!」


「あぁ、今行くよ。」


ヴィヴィに促され、俺は歩みを進める。

この世界に来て初めての旅となるが、不思議と不安はない。

それは心強い同行者が居るからか、それとも異世界を見て回れるという高揚感からか…。

きっとその両方だろうと笑みを浮かべ、俺たちは歩き出す。

邪竜神教のモルガン、あの男を捉える為に。





ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

これにて第二章・王都編が完結となります。

まだまだ拙い文で読みづらい部分も多かったかと思いますが、それでも少しずつ直しながらお話を進めていければと思います。

また、ブックマーク・評価などしてくださっている皆様に、この場を借りて御礼申し上げます。

正直とても励みになってますので、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。

さて、今後のお話ですが、第三章は大体2、3日後くらいから更新し始める予定です。

その間の動向が気になる方がいらっしゃればツイッターの方でご確認頂ければと思います。(くだらない事も呟きますのでご注意ください。)

それでは、長々と書いてしまいましたがこのあたりで失礼させていただきます。

こんなところまでお付き合いいただきありがとうございました。

引き続き「確かに俺は最強だった。」をよろしくお願いします。

―――空野 如雨露―――



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