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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 92 あい


騎士団の本部に着くと、そこはどうもいつも以上に慌ただしい雰囲気を醸し出しているようだった。

粛清者事件の時の殺伐とした感じとはまた違った…そう、どちらかと言えばロヴィル領に向かう前の様子に近い。

これはまた、どうしたことだろうか?

まさかまた邪竜が出たなんて話じゃないだろうな…


「おう、坊主。丁度いい所に来たな。」


「ジーク!これはどうしたんだ、どうしてみんな武装してる?」


「そりゃ決まってんだろ、これから向かうんだよ。」


「向かうって、どこにだよ。」


「誘拐された子たちが捕らわれている所よ。」


「テレス!?」


「てめっ、俺の台詞を取るんじゃねぇよ!」


ジークの後ろから現れたテレスは、他の騎士と同様に武装した状態で俺にドヤ顔を披露している。

どうやらテレスの言っていることは本当の様で、先に言われたジークが悔しそうに顔を顰めた。

しかしそんな事はどうでもいい。

今はそれよりも大事な話がある。


「分かったのか、誘拐された子たちの居場所が!」


「あぁ、以前から目星をつけていた屋敷がそうだった。コイツのおかげで確信が持てたんで、今から殴り込みに行くってわけよ。」


「コイツ?」


「…ボクだ。」


「あ、お前さっきの!」


そこに立っていたのは先ほど街中で俺にぶつかってきたミール家の坊ちゃん…もといピエールだった。

以前模擬戦の魔法・召喚部門で戦って、俺が丸焼きにしてしまった天才召喚士。

今はあの時の怪我もすっかり治っているようで、髪だけが依然として短いままであったが…俺はこっちの方が似合っていると思う。

閑話休題。

とにかく、このピエールが何かを騎士団に伝えたことで捜査が大きく進展したようだ。

どうやら急いでいた理由はここに来るためだったみたいだな。


「ま、そういうわけだからお前も着いてくるなら早くしろよ。剣くらいなら貸してやれるが、命の保証はしねぇからそのつもりでな?あと15分もしない内に出発する、それまでには仕度を済ませろよ。」


「っ、なぁジーク。もう一人連れて行きたいやつがいるんだが、いいか?」


「あ?おいおい冗談は止せよ、俺たちは観光に行くんじゃないんだぜ?ましてや生きているかも分からない被害者を助けに行くんだ、身内を呼びたいってんなら全部終わった後にしろ。」


「…最悪の状況も予想できるから、連れて行きたいんだ。あいつも…きっとあの子も、それを望むはずだから。」


「……ちっ、もちろんそいつの命も保障しねぇからな!あと、絶対足手まといになるんじゃねぇぞ?いざという時は見捨てるからな!」


「サンキュー!すぐ戻る!」


急いで踵を返すと、俺は一直線に城の中に入っていく。

目指すは書庫の奥の奥。

あの頑固で臆病な男から一発貰う覚悟で全部話して連れ出そう。

それがきっと、今の俺にできる最善手だと思うから。


―――


息を切らしながらノックもせずにドアを開ける。

すると案の定驚いたようにこちらを見ているレーヴがおり、俺は静かに近づいていった。

うるさいくらいに心臓が脈打っているのは、全力で走ってきたからなのか、それとも緊張から来るものなのか…。


「驚いた…。今日はもう帰るんじゃなかったのかい?それにノックも無しに人に部屋に入ってくるなんて、ずいぶん礼儀知らずなことするじゃないか。…どうかしたのかい?」


「レーヴ、すまん。たぶん後で言っても聞いてもらえないと思うから先に言わせてもらうな。…ごめん。」


「…今度は何をやらかしたんだい?その答えによっては、今の謝罪も受け入れられないよ。」


「あぁ、たぶん受け入れてもらえないと思うから先に言った。レーヴ、実は…」


「待ってくれ、もしエルに関する事なら少し時間を貰えないか?…僕の中で、もう少し覚悟をする時間が欲しいんだ。女々しいと思われるかもしれないけど、僕にとっては重要な…」


「そんな悠長な事言ってられねぇんだよ!」


「…何をそんなに」


「レーヴ、エルちゃんが誘拐された。三日前、ここから帰る途中に攫われたんだ。他にも攫われた女の子たちが居て、今から騎士団はその子たちが居ると思われる屋敷に乗り込む。俺はそれに着いて行くつもりだけど、お前はどうする?」


「え、ちょ…ちょっと待ってくれ。エルが、誘拐?三日前って…あの後に?どうして…、いやそんな事よりも!なんで今まで黙ってた!三日も前に攫われていただなんて…どうして今まで何も言わなかったんだ!」


「それに関してはわりぃと思ってる。でもお前、教えたら一人で飛び出してただろ?」


「当たり前だっ!エルが誘拐されたっていうのに、じっとなんかしていられるわけがないだろう!?それなのに…どうして!!」


「だからだよ。お前、エルちゃんの事となったらきっと休まず探し回るだろ?そんな状態になるって分かってて教えられるかよ。」


「っ、だとしても!…もういい、時間の無駄だ。…エルはどこに居るんだ?」


「街外れの無人の屋敷だ。騎士団がこれから突入するから、俺はそれに同行する。」


「わかった、僕も行こう。…もしエルに傷一つでも付いていたら君を恨むからね。」


「あぁ、わかった。…でもいいのか?お前エルちゃんとは会わないって。」


「…エルの命より優先する物なんてない。さぁ、行こう。」


「…あぁ。」


レーヴは素早く身支度を整えると、俺と共に駆け出していく。

書庫を抜け騎士団本部へ向かおうとしたところ、跳ね橋の前で既に整列している騎士たちを見つけ俺たちも合流する。

先頭に居るジークの元へ向かうと、俺たちに気が付いたジークはあからさまに顔を歪めた。


「げ、なんだよ連れて行きたいやつってデカ男の事だったのか。」


「熱烈な歓迎をどうも。無駄話は結構だから、早く向かおう。」


「ほーぉ…坊主が連れてくるだけあって、なんかわけあり風だな。」


「………。」


「まぁいい、お前らが来れば出発するつもりだったんだからな。…先に待機している斥候隊と合流し、警戒しつつ突入する!確認できた限りでは犯人は単独犯と思われる、だが決して気を抜くんじゃねぇぞ。伏兵が居ると思って常に周囲に意識を向けておけ!いいな!」


「はっ!」


「お前らは後ろからついて来い。いいか、くれぐれも勝手な事はするんじゃねぇぞ?もし少しでも邪魔になると判断したら、城まで追い返すからな!」


「あぁ。」


「お前も分かってんだろうな?」


「…いいから早く行こう。」


「…ちっ。おい坊主、コイツはお前がちゃんと見とけよ!」


「あー…はい。」


「よし、いくぞ。」


先頭にジーク後方にテレスが控え、俺たちを合わせて8人という小規模で移動を開始する。

俺とレーヴはジークのいう通りに騎士団の後ろに回って、遅れないようについていく。

ふと、騎士とは違う格好の人間が俺たち以外にも居る事に気が付いて視線を向ける。

するとそこには、先ほども騎士団本部に居たピエールが真剣な眼差しで同行していた。


「よぉ、久しぶりだな。お前も着いて行くのか?」


「…?誰だお前は。ボクに気安く話しかけるな!」


「え、もしかして俺の事覚えてないのか?騎士団主催の模擬戦で戦ったじゃねぇか。…まさか、あの時のショックで記憶が!?」


「お、お前あの時の!?なんでこんな所に居るんだ!お前のせいであの後ひどいめに…!」


「おい、後ろうるせぇぞ!」


「っ!…まぁいい、その話を後だ。今はメリーを助けることを優先しなくては…。」


「メリー?それって、攫われた子か?」


「そうだ、さっき攫われたボクの妹だ。」


「さっき!?っ…さっきって、目の前で攫われたのか?」


「いいや、ボクとメリーは繋がっているんだ。だから攫われた時に、メリーはボクに知らせを寄越した。どこで攫われて、どこに向かっているのかも…。だからボクは急いで騎士団に行ったんだ。」


「繋がってる…?それってどういう意味だ?」


「………。」


ピエールは俺の疑問に答える気がないようで、そのまま口を噤むとただ真っ直ぐ前を向いて歩いて行く。

本人に話す気が無いのならこれ以上聞いても無駄だろう。

俺も倣うように前を向き、ただひたすら足を動かした。


―――


街の外れにある寂れた雰囲気が漂う屋敷に着くと、そこにはすでに数人の騎士が配備されていた。

彼らは中の様子を窺うように隠れており、ジークの姿を確認するとその内の一名が静かに駆け寄ってくる。

その動きはまるで映画に出てくる忍者の様で、足音はおろか衣擦れの音すらしなかった。

目で見ていなければ近づいて来たことにも気が付かないだろう。


「おう、様子はどうだ。」


「誰も出てきていませんが、妙に静かです。室内の様子が分からないように阻害魔法を使用しているのかもしれません。」


「そうか…、そんじゃ突入したら一発でバレるな。おい、坊ちゃん。妹との連絡はまだつくのか?」


「…ダメだ、微かに声が聞こえる程度で会話も成り立たない。やはり何かしらの魔法で妨害しているのだろう。」


「ちっ、しょうがねぇか。とりあえず斥候隊を呼び戻して体勢を…、おい坊主。」


「ん、なんだよ。」


「…デカ男はどうした?」


「え…?」


ジークに言われて振り返ると、そこに居るはずのレーヴの姿が見当たらない。

あの大きな体だ、簡単に見失うわけないと思っていたのに…アイツどこ行きやがった!


「っ!団長、あそこに!」


「…っ、あの馬鹿野郎!」


テレスが指差した方を見ると、そこには屋敷の入口へ向かうレーヴの後ろ姿があった。

その後を追うように舌打ちをしたジークが走って行ったので、俺たちも屋敷の敷地内へと足を踏み入れ、玄関のドアの前で聞き耳を立てているレーヴと合流する。

そして合流するや否や、ジークはレーヴの胸ぐらを掴み小声で…しかししっかりと怒気を含ませて言い寄る。


「邪魔をするなら追い返すって言ったよな?勝手な行動するんなら今ここでお前を拘束するぞ!」


「…あんなところで悠長に話し合いなんてしてるから、僕が先陣を切ってあげたんだよ。少なくともここまでは何もないっていうのに、何を躊躇うことがある。」


「何か罠があったかもしれないのによくそんな事が言えたもんだな?結果的に何も起こらなかったからっていい気になってんじゃねぇぞ?」


「言っただろう?少なくともここまでは何もないって。問題があるとすればこの中だ。妙な気配と魔法の痕跡がある…侵入者に対する防衛手段、つまりここからは罠があるよ。君たちこそ、足を引っ張らないでくれるかい?」


「…てめぇ、なんでそんな事が分かる?」


「目に見えるものだけがすべてじゃない。君には分からない事でも、僕になら分かるんだよ。さて、勝手な行動をした僕を拘束するって言っていたけど…どうするんだい?」


「…ちっ、お前が先に行って罠の無い道を探せ。俺たちはその後に続いて突入する。」


「賢明な判断だね。…それじゃ、行こうか。」


レーヴはゆっくりと扉を開いて、中の様子を確認しながら体をすべり込ませていく。

俺たちはレーヴの合図を待ってから中へ侵入し、その重苦しい空気を纏う屋敷の中に踏み込んだ。


無人の屋敷という事もあり、中は埃と植物の蔓のような物で埋め尽くされていた。

一体何年前から使われていないのかは知らないが、家財に掛けられた布には蜘蛛の巣が張り床や壁の板はあちこち痛んで崩れている。

そんな中を慎重に歩いていると、ジークが不意に足元に視線を落とした。

俺もそれに倣うように床を注視してみると、そこには俺たちとは明らかに違った足跡のようなものがいくつも残されていた。

その足跡は何度も往復したように複数ついていていたが、どれも同一人物と思われるものばかりだった。

という事は、誘拐してきた少女は担いでいたということか?

だとするとなかなかガタイの良い男の犯行か…。


「…ここ、妙だね。不自然に魔力の痕跡が途絶えている。」


レーヴが不意に立ち止まったかと思えば、そう口にして目の前の壁に触れた。

そこは屋敷の階段裏にある壁で、見た限りでは何の変哲も無いように見える。


「確かに、この辺りに足跡が集中しているな。隠し扉でもあるのか?」


「…団長、これは?」


「ん…?なるほど、魔鉱石に術式を刻んで通路を隠してんのか…。おい、おそらくこの先に一連の犯人が居るぞ。準備は出来てんだろうな?」


「はっ!」


「ここにきて準備も何もねぇだろ?…行こうぜ。」


緊張を隠すように笑ってみせると、ジークは一度鼻で笑ってから魔鉱石に触れる。

すると目の前にあった壁が一瞬で消え失せ、代わりにそこには蔦で覆われた地下へと向かう階段が現れた。

俺たちが一瞬息を飲んでいると、その隙にまたしてもレーヴが単独で進んで行ってしまう。

ジークはそれに舌打ちをすると、俺たちに目配せをしてからその階段を駆け下りていく。

この先に攫われた少女たちがいる。

その無事を祈りつつ、俺も後に続いて階段を駆け降りた。


階段を下りた先には一つの広い空間があった。

しかしその全てが植物の蔓のようなもので覆われていて、所々に繭玉のように膨らんだ蔓の柱がそびえ立っていた。

全体的に薄暗い部屋の中央に目を凝らしてみると、蔓の柱が円を描くように囲っているその場所に一つの人影があることに気が付く。

その影は俺たちの存在に気が付いたように振り返ると、不気味なこの場に似つかわしくない陽気な声音で話し始める。


「んん、おやおや。こんな所にお客様がいらっしゃるとは…はて、お呼びした覚えはございませんですがねぇ?ですが、えぇ!折角お越しくださいましたのですから、歓迎しなくてはなりませんよねぇ?ようこそー!」


「テメェが誘拐犯か!攫った少女たちはどこに居る!」


「んんんむ、なるほどあなた方はそういう方たちですかぁ。ですが、何という幸運でございましょう!この晴れの日に合わせて来ていただけるだなんて、小生(しょうせい)は感激に焦がれております!」


「御託はいい、さっさと攫った子たちを帰せ!まぁ、帰したところでテメェをとっ捕まえる事に変わりはねぇんだけどな!」


「…まて、ここは何かがおかしい。」


「レーヴ?」


そういえば、最初に入ったはずのレーヴがこの部屋に入ったところで立ち止まっていた。

今までの勢いなら真っ先にエルちゃんを探して、この男に詰め寄っていてもおかしくなかったというのに。

心なしか不安気な表情を浮かべるレーヴに駆け寄ろうとするが、それよりも先に俺たちの後ろから軋むような物音が聞こえてきた。


「な、なんだこれ!」


「…退路を塞がれたわね。でも大丈夫よ、アイツを捕まえれば全て解決だもの。」


俺たちが振り向くと、階段があったはずの空間に蔓が密集してその身を軋ませていた。

それはまるで意思を持っているかのように蠢き、まるで俺たちを後退させまいとしているようだった。


「いいや…これは、ダメだ。」


「どうした、レーヴ。さっきから様子が変だぞ?」


「ここに来てから、何も分からないんだ…。まるでここには魔(・・・・・)力が存在し(・・・・・)ない(・・)みたいに、何も感じられない。」


「魔力が存在しない…?」


「おんやぁ?ずいぶんお察しの良い方がいらっしゃるようでございますねぇ!お気づきなのでしたら隠す必要もございません!改めまして…ようこそっ、我が子の体内へっ!!もうすぐ生まれ変わるこの子の為にも、あなた方の魔力を!生命力を!何もかもをっ!どうぞお捧げくださぁい。」


「っ、まずい!お前らいったん外へ…」


「させませぇん…?」


「ぐっ!」


男が手を上げると、それに呼応するように植物たちが襲いかかってくる。

とっさに身体強化を使いレーヴを抱えながら跳躍するも、なぜか一瞬にして力が抜けそのまま膝をついてしまう。

何だこれは、まるで魔力を生成した側から消えてしまっているみたいだ。

その違和感はどうやらここに居る全員が感じているようで、各々応戦しつつも戸惑いを隠せずにいる。

特にピエールは魔法が使えない事に激しく動揺しているようで、その場で腰を抜かしてしまいテレスに守られている。


「素晴らしい!さすがクレアシア王国の都市ですねぇ、魔力の高い方が多くて小生は大変嬉しゅうございます!我が子も、もう間もなく孵化いたしましょう!あぁ、ここに来てから良い事ばかり!これも我らが神の思し召しでございますねぇ!!」


「…なるほど、テメェは邪竜神教の野郎か。道理で鼻持ちならねぇと思ったぜ!」


「おぉ、小生としたことが名乗り遅れてしまいしたなぁ!えぇ、仰られた通り!小生は邪竜神教にその名を刻みし者、名をモルガンと申します!こちらへは暇つぶしに参っただけだったのですが、生贄用の少女を捕えましたところ我らが神のお導きがございまして!こうして魔物の子を生まれ変わらせる儀式を行っておりました!えぇ、えぇ、この街の処女(おとめ)は素晴らしいですねぇ!この七人目ですべての工程が終わりましたので、後は目覚めるのを待つのみでございます!!」


「生…贄…?ま、さか…エルは…?」


「んんん?エル…とはどれの事でございましょうかねぇ?ふむふむ、ひぃ、ふぅ、みぃ…。はて、もし最初の子でしたら既に絶命しておりますので、よろしければお返しいたしましょうかぁ?」


「…貴様っ!!」


「待て、レーヴ!」


「離せ!エルを、今すぐ助けないと!!っ、エル!どこだ!!」


「素晴らしい!焦がれていらっしゃるのですねぇ?分かりますとも、小生どもも我らが神に恋焦がれております故。どうです、よろしければあなた方もご一緒に、()われてみませんかぁ?」


「ふざけるな!!」


レーヴが叫んだのとほぼ同時に、物陰に隠れながら移動していたジークがモルガンに向かって切りかかった。

しかしその刃が奴に届く事はなく、二人の間に伸びてきた蔓によってジークの攻撃は跳ね返されてしまう。

そのまま吹き飛ばされたジークが一つの繭玉にぶつかると、そこから見覚えのある緑のリボンがするりと落ちてきたのだった。

ジークは繭玉を使って追撃を避けているせいか気が付いていないようだが、あれは…!


「ジーク、その繭玉を根本から切れ!」


「っ、簡単に言ってくれるじゃねぇ…かっ!」


「レーヴ、あそこに行くぞ!たぶんアレにエルちゃんが居る!」


「っ、エル…!」


ジークが攻撃を避けながら繭玉のある柱に切りかかると、そこから血のように水が噴き出してきた。

何度も切りかかることで、何本もの蔓が集まったその柱は地面から文字通り切り離される。

そうしてのたうつように暴れていた蔓だったが、しばらくすると力なく地面に落ち完全に沈黙した。

俺はレーヴをその繭玉まで連れて行き、膨らみの部分にある蔓を引きちぎっていく。

するとそこには、膝を抱えるようにして目を閉じているエルちゃんの姿があった。

しかしなんだろう…この妙な違和感は…。


「エル?エルなのか!?」


「あぁ!とにかくここから引っ張り出そう!」


エルちゃんをレーヴに任せ、俺は引っ張り出しやすいように他の蔓を引きちぎっていく。

そうして邪魔な蔓がすべて取り除かれ引きあげられる状態にすると、レーヴはエルちゃんを抱え上げるようにして持ち上げ横抱きにする。

それから少し距離を取ったところに移動すると、レーヴはゆっくりとエルちゃんを地面に降ろした。

そしてそこで、俺はその違和感の正体に気が付いた。

エルちゃんの顔を見た時から何かがおかしいとは思っていたんだ。

普段と雰囲気が違っているような、何かが足り(・・・・・)ていない(・・・・)ような…。

でもこうして仰向けに寝かせたことで、それが何だったのかようやく分かった。


「おい…モルガン、とか言ったか?」


「んんん?小生をお呼びで?はいはい、なんでございましょうかぁ?」


「お前、エルちゃんに何をした?」


「え、ナユタさん…?」


「お前エルちゃんの目に何をした!!」


横たわるエルちゃんの閉じられた瞼は不自然に陥没していて、そこから涙のように血が流れていた。

蔓の中に居た時には気が付かなかったが、こうして仰向けに寝かせることでその違和感をまざまざと感じることが出来たのだ。

まるでそこにあるはずの物がないように、エルちゃんの瞼に影が落ちている。


「おぉ!それが先ほど申されていたエル、という子でございましたか!えぇ、よく覚えておりますとも!攫った時には気が付きませんでしたが、彼女の眼球はとても素晴らしかったのです!これは蒐集家として見逃せない、と思いまして…こちらに(・・・・)保存させて頂きましたぁ!」


そう言ってモルガンは懐から一つの瓶を取りだすし、俺たちに見せるように掲げた。

透明な液体で満たされたそれの中には、ゆらゆらと漂うよう二つの目玉が揺蕩っていた。

透き通るような青い目。

何度も俺を見つめてくれた、あの優しい目。


「エルの眼球を、保存した…?エルの目を、抉ったのか?お前っ、エルの目を!!」


「せんせ…。」


「っ、エル!?」


レーヴの言葉を遮るように、消え入りそうな擦れた声が零れる。

それがエルの口から発せられたものだと気づいた瞬間、彼女の肩を抱くレーヴの手に力が籠る。

彷徨うようにエルの手が上がると、レーヴはそれを縋るように握りしめた。

生きていた…、エルちゃんの微かな声に俺は安堵の息を漏らした。


「エル、良かった…。ごめん、今まで…本当に。でももう大丈夫だ、必ず君をここから救い出して…」


「せん、せ…あい、たいよ…。」


「………え?なに、を。僕はここにいるだろう?エル…僕の声が聞こえないのかい?エル?…エル!!」


レーヴの必死な呼びかけにも反応することなく、エルちゃんの手がするりと落ちていく。

顔が傾いたせいか、目から涙のように一筋の血が流れレーヴの腕を染めた。

俺はその様子を目の前にして、頭の芯がひどく冷えていくのが分かった。

まるで頭の中が透き通っているかのようで、今何をするべきなのかがはっきりと分かる。

自分の呼吸音がうるさく感じるが、今はそれよりも優先すべきことがある。


「…テレス、エルちゃんを診れるか?」


「っいいえ、この状況では治癒魔法も使えないわ。」


「く、くそ!せめて種火ほどでもいいから火があれば、ボクの力で何とか出来るのに!」


「ピエールにはこの状況をどうにかできる策があるのか?」


「き、気安く呼ぶな、ボクは天才召喚士だぞ!火種さえあれば、そこから火の精霊に呼びかけて無理やりにでも召喚できる!ボクらの魔力を喰らっているのはこの蔓だ、それをどうにかするには火が一番いい!」


「そうか、ならやってくれ。」


「だから!火種がないとどうにも出来ないって言ってるじゃないか!!」


「これでいいか?」


そう言って俺はポケットに入れておいたジッポを取り出し火を着ける。

これはオイルで火を維持しているものなので、魔法の使えないこの場でも難なく使用できた。

境界の店で買わされたこれが、こんな所で役に立つとは思わなかったけどな…。


「お、お前…。よし、それを貸してみろ!」


攻撃を続けている蔓を避けながら近づいて来たピエールは、ジッポの火を覆うように両手を添え目を閉じると集中し始める。

ピエールの中からどんどん魔力が消費されていくのが分かったが、俺はその様子をただ無心でじっと見続けていた。


「…っ来い、ボクの精霊!!」


ピエールがそう叫んだ瞬間、辺りは眩いほどの光で満ち、火の精霊・イフリートが姿を現した。

それまで俺たちを攻撃していた蔓たちは、まるでイフリートに怯えるように後退していく。

どうやらピエールのいう通り、こいつらには火が有効らしい。


「おぉ!これは驚きましたなぁ!この状況で召喚を成し遂げられる者はそうおりますまい!…いい、あぁあぁあああああああいいいいいいいいいいいい!!!!!その力、その魔力、焦がれてしまいますぅ!そんなあなたにこそ、恋われて頂きたぁい…!!」


「ぐ…、魔力が安定しない!ボクの魔力が尽きる前に決着をつけないとまずいぞ!!」


「いや、召喚できた時点で俺たちの勝ちは確定したよ。なぁ、イグニス(・・・・)。」


そう俺が口にした瞬間、その場に居たイフリートが姿を消し、代わりに俺の体が燃え上がる。

熱さはない。

疲れもない。

ただやはり魔力の消費だけは著しいが、それも問題のない程度だ。


「お、お前またボクの精霊を!?」


「あぁ、少し借りるぞ。…さぁイグニス、焼きつくそうか。」



    然リ…


「おおおぉおぉ!!なんということでしょう、精霊をその身に宿しているというのですか!?素晴らしい、焦がれてしまいますぅ!!」


「あぁ焦がしてやるよ、とことんまでな。どうやら俺は、かつて無いほどに怒ってるみたいだから。」


「えぇ!ぜひ、この小生にあなた様のお力をお示しください!」


「…全部燃やすぞ、イグニス。」



    承知シタ



イグニスを纏った状態で身体強化を使い、モルガンにめがけて一気に走る。

それを邪魔するように幾重もの蔓が行く手を阻むが、そのことごとくを焼き払い着実に距離を詰めていく。

あと一歩でモルガンに届くと言う時に、突然足元に魔法陣が浮かび上がり激しい光を発し始めた。

それでも俺は構うことなくその拳を叩きこもうと大きく振り上げる。



    ナユタ、来ルゾ…



「っ!?」


とっさに後ろへ飛び退くと、イグニスのいう通り上から植物の塊が落ちてきたのだった。

それは途轍もない重量感で地面に降り立ち、一つの大きな目玉をぎょろりと動かし周りを確認し始める。

その不気味な動きに一瞬たじろいでいると、そいつは声とも鳴き声ともとれるような爆音を放ちその蔓を伸ばしてくる。


「素晴らしい産声でございましょう?さぁ我が子、ラヴォルモス…好きなだけお食べなさぁい!」


「ちっ!こんなもん、全部焼き切って…」


「ナユタ!まだ繭玉の中に少女たちが居るのよ!それに、そんな風になりふり構わず炎を使われたら、私たちだって危ないの!ぶっ殺すにしてもちゃんと周りを確認しなさいっ!!」


「ぶ、ぶっ殺すって。…いやでも、ありがとうなテレス。おかげでちょっと冷静になれたわ。…よっし!まずはこの部屋を覆ってる蔓を全部焼きつくす!お前ら一か所に集まってろよ、下手したら焦げるぞ!」


俺はイグニスの力を借りて渦を作ると、壁や天井を覆っている蔓を焼き払っていく。

魔力を吸収しているのがこの蔓なのであれば、これで全員魔法を使えるようになるはずだ。

俺もイグニスだけとはいえ、こうも魔力を吸収され続けてしまっては長くは持たなかっただろう。

しかしこれで、晴れて十全に戦う事ができる。

ぼたぼたと落ちてくる焼けた蔓を避けながら、俺は改めてモルガンに近づいていく。


「素晴らしい、素晴らしい!!精霊をその身に宿すだけでなく、完全に我が物としているのですねぇ!?ぜひ欲しいです、あなたのような人材がっ!どうです、小生と共に参りませんか?我らが神に恋われてしまいましょう?」


「断る!!邪竜神教だかなんだが知らねぇけどな、人を人と思わないようなお前らが俺は大嫌いだ!だから容赦しねぇし、許しもしねぇ!痛い目に合いたくなかったらさっさと投降して、エルちゃんの目を返しやがれ!」


「んんんむぅ、それは残念でございます…。ですが我々はいつでも歓迎いたします故、気が変わりましたらどうぞおこしくださぁい!貴方なら、すぐにでも幹部になれますよぉ?」


「行かねぇっつってんだろーが!てめぇこそどうすんだよ!投降すんのか、しねぇのか!三つ数えるうちに決めねぇんなら、容赦なく焼きつくす!!ひとつ…ふたつ…」


「おぉ、そうでございましたねぇ!しかし困りました…投降すれば小生は拘束されせっかく蒐集した目玉も取られてしまう、しかし投降しなければせっかく生まれ変わった我が子が焼き殺されてしまう。あぁ悩ましい、どうしたものでございましょうか…。」


「みっつ!さぁ、どうすんだよ!」


「えぇ、決まりました!せっかく抉った目玉を返すのも生まれ変わった我が子を失うのも嫌でしたので、小生は第三の選択をさせて頂きます!えぇつまり、逃げます!」


「そうはさせるかよ!」


「今日という良き日を、小生は一生忘れないでしょう!神託を賜り生まれた我が子も、精霊をその身に宿す勇敢な青年も、そして我らの同胞と成り得る素質を持つものも…。あぁ、素晴らしい!このような良き日に皆様とお会いできたことを、小生は心より感謝いたします!それでは皆々様、また会える日を楽しみにしております故…その時は共に恋われましょうねぇ?」


「待て…っ!?」


床に残っていた蔓がラヴォルモスに吸い込まれるように集まっていくと、そこにモルガンが飛び込みそのまま地面の中に消えていった。

残ったのは繭玉を作る蔓の柱と、ラヴォルモスが通った巨大な穴だけ。

後を追おうにも底が見えず、このまま飛び込むわけにもいかなかった。


「くそ…。」


「外に控えている全騎士に通達、絶対に奴を逃がすな!俺たちは蔓を切って少女たちの救出、テレスは優先順位の高い者から治癒を掛けていけ!」


「はっ!」


「っ、そうだ!テレス、まずはエルちゃんを!他の子たちが救出される前に診てやってくれ!」


「えぇ、分かったわ。」


一人の騎士が階段を駆け上がり外へ救援を呼びに行き、他の騎士とジークが蔓を切って少女たちの救出を行い始める。

俺はその様子を確認しつつ、目を閉じて身に宿るイグニスに話しかけた。


イグニス、助かったよ。

今日の所はもう大丈夫だ、また頼むな。



    承知シタ

    我ガ盟友、ナユタ

    力ガ 必要ニ ナレバ

    マタ 呼ブガ 良イ



あぁ、そうさせてもらう。…ありがとな。


そうしてイグニスを帰してから、俺はエルちゃんの治療を行っているテレスの元へ駆け寄った。

エルちゃんは未だにレーヴに抱えられていて、それに寄り添うようにテレスが治療を施しているようだ。

俺はその様子を回り込むようにして確認しようと思ったのだが、その様子がどうもおかしい…。

テレスは確かにエルちゃんに寄り添ってはいるが、その手は地面に置かれ固く握られている。

魔力を生成しているようにも見えないし、いったい何をしているんだろうか…?


「テレス…?どうしたんだ、治療は終わったのか?」


「………。」


「テレス?……エルちゃんは、大丈夫だよな?傷さえ治しちゃえば、元気になるんだよな?」


「ナユタ、この子はもう…」


「言うなっ!!」


「っ!…レーヴ?」


テレスの言葉を遮るようにレーヴが声を荒げると、そのまま重い沈黙が続いた。

眉を顰めていたテレスが呆れたようにため息をつくと、そのまま立ち上がって俺に向き直る。

その眼差しがあまりに優しくて、そしてすべてを物語っていた。


「エルちゃん…。」


「目の傷が致命傷なのではないわ。魔力と生命力を著しく失ったための衰弱…、あの一瞬だけでも意識が戻ったのが不思議なほど、彼女は弱り切っていたのよ。あの場ですぐに治療したとしても間に合ってなかったと思う…だから、これは誰のせいでもないのよ。」


「………。」


「レーヴ…。」


「…今は、そっとしておいてあげなさい。お別れくらい…きちんとしたいでしょうから。」


「…あぁ。」


「テレス!こっちを頼む!」


「えぇ。」


肩を震わせているレーヴを置いて、俺たちは未だに繭玉の中に閉じ込められている少女たちの救出に向かった。

既に引きずり出した子の元へテレスが駆け寄り治療を施し、俺はジークたちと共に蔓を切って回る。

そうして助け出された少女の半数以上が既に絶命しており、助けられたのはたった2人だけだった。


「ごほっごほっ!」


「大丈夫か、メリー!しっかりしろ!!」


「兄様…わたし…。」


「大丈夫だ、もう大丈夫…。よく、知らせてくれたっ!」


「兄様、助けに…来てくれて…」


「今はしゃべらない方がいいわ。横になって、少し休みなさい。」


「はい…。」


「大丈夫だメリー、ボクが側についている!」


どうやらピエールの妹は無事だったみたいだ。

ピエールは涙ぐみながらも懸命に笑顔を作って妹の手を握っている。

助けられたもう一人の方は意識がないようだが、命に別状はないらしい。

良かった、たった二人だけでも助けることが出来て…本当に良かったと思う。


・イデア・キリンズ    死亡

・ニーニャ・オルべリア  死亡

・エリザベス・ロバート  死亡

・エル          死亡

・マリアナ・イノー    死亡

・ネロ・クルトゥワ    昏睡

・メリー・フォン・ミール 軽傷


次々と並べられていく遺体を見ては、自分の無力さに嫌気がさす。

こんなに幼い女の子たちが攫われて、どれだけ怖かったことか。

薄れていく意識の中で何度帰りたいと願った事か。

それを思うたびに、(はらわた)が煮えくり返りそうになる。


あの場で、悠長な事を言っている場合ではなかったんだ。

この子たちとそしてその家族のためにも、アイツは…モルガンは確実に捕えなければいけなかったのに!

何をやっているんだ、この俺は!!

強く拳を握りしめ唇を噛みながら俯いていると、どこからか吹き込んできた風に飛ばされて、俺の足にひらひらと何かが引っかかっていた。

俺はそれをすくい上げ手の平の上に乗せると、今まで堪えていた涙が溢れて溢れて止まらなくなる。


これはエルちゃんのリボンだ。

あの戦いの中、俺の火にも燃えることなく無事であってくれたのか。

もうこれを付けてくれる少女はいないというのに、これだけは残っていてくれていた。

俺は堪らずそのリボンを握りしめると、祈るように額を寄せる。


「っ、ごめん…ごめん、エルちゃん!!」


どんなに謝ったところで応えてくれる人はもういない、それが分かっていたとしてもどうしても止めることが出来なかった。

無邪気に笑ったりいたずらっぽく怒ったり、そんな風に表情豊かに話してくれた彼女がもういないだなんてとても信じられない。

ついこの間までレーヴを想って泣いたり照れたりしていたはずなのに、どうしてこんな終わりを迎えなくちゃならないんだ。

大切な誰かを殺されるのはもう嫌だったのに、俺にはもう守れるだけの力が備わっていたはずのに…どうして俺はこんな所に来てまで無力感を味わっているんだ?

これじゃあ子供の時と何も変わらないじゃないか。

今も昔も、俺は無力なガキのままだ…。


ふと、柔らかい風が俺の頬を撫でた。

それに思わず顔を上げるが、何が変わった訳でもなかった。

しかし俺の手に握られたリボンが何かを訴えるように揺れていて、それを見ていると何故か心が落ち着いていく。


「…そう、だよな。後悔したって何も変わらないよな?それに…本当に泣きたいのは俺じゃない。…お前だって、俺が持っているよりレーヴに持っていて欲しいよな?」


まるで返事をするかのように大きくなびいたリボンに思わず苦笑して、俺は乱暴に涙を拭った。

こんな所でメソメソしてても仕方がない、俺がしっかりしないでどうするんだ!

俺はリボンをしっかり握りしめ、レーヴの元へ向かおうと一歩踏み出した。

が、先ほどまでそこに居たはずのレーヴがエルちゃんと共に姿を消していた。


「…レーヴ?」


周りを見回してみても、やはりどこにも姿が見えない。

俺はまさかと思い地上への階段を駆け上がると、そのまま一直線に屋敷の外へと飛び出した。

すると屋敷の敷地を出てすぐのところで、誰かの言い争うような声が聞こえてくる。


「おい、そこのお前!その子は被害者ではないのか?どこへ連れて行くつもりだ、勝手な事はしないで貰おう!」


「…どいてくれ、僕は…。」


「戻れ!誰であろうと勝手に遺体を持ち出すことは許さんぞ!」


「違う…エルは、死んでなんか…。」


「言う事を聞かないのなら力ずくでも…!」


「待ってくれ!」


俺は武器を構える騎士とレーヴの間に割って入り、その動きを制止する。

騎士は一瞬驚いたような顔をしたが、俺が導使節のナユタである事に気づいたのかチラリとレーヴを見た後に渋々武器を収めてくれる。

俺はそれにホッとしながらも、レーヴの様子に違和感を覚え焦りを感じる。


「っ、…悪いんだけど、ここは俺に任せてもらえないか?絶対に騎士団を困らせるようなことはしないから。…頼む。」


「…わかり、ました。ですが、もしいくら待ってもお戻りにならないようなら…。」


「大丈夫だ、任せてくれ。」


「……はい。」


完全に臨戦態勢を解いた騎士は、俺たちの横を通り屋敷へと戻っていった。

俺は騎士が完全に見えなくなったのを見計らって、目の前の男の様子を窺う。

レーヴは何を言うでもなくただエルちゃんをぎゅっと抱きしめたまま立っている。

外套のフードを被っていないせいで頭はずぶ濡れになり、頬を伝っているのが雨なのか涙なのか分からない状態だ。


「…レーヴ、エルちゃんが濡れちまうよ。」


「………。」


「お前までずぶ濡れじゃねぇか、…何やってんだよ。」


「………。」


「戻ろう。エルちゃんも…こんな所じゃ可哀想だろ?」


「…どうして、この子だったんだ?」


「それは…」


「僕のせいだ…。」


「それは違う!エルちゃんも他の子たちも、たまたま運が悪かっただけで…誰かのせいなんてことは絶対にない!!」


「いいや、これは僕のせいだよ。エルが攫われたのも目玉を抉り取られたのも…し、死んだのも…全部僕の…。」


「違う!!」


「違わないんだ!!…違わないんだよ。僕がこの子を諦めなかったから、この子の生きている世界で生きたいと願ったから、だからこの子は…死んでしまった。いくら距離を離したって、どんなに会わずにいたって、結局僕がこの子を想っている限り何の意味も無かったんだよ。…本当にこの子を想うのなら、僕は生きていちゃいけなかったのに。欲を掻いた結果がこれだよ。ご丁寧に目まで奪って…僕への当てつけだとしか思えない。そんなの、僕が殺したようなものじゃないか。」


「レーヴ…、エルちゃんはお前にそんな風に思って欲しくないと思うぞ?」


「そんなの分からない!だってもう、エルは何も答えてくれないじゃないか!!…あの日の事だってそうさ。いつまでも会わずにいる僕を怒っていたじゃないか、きっと僕の事を恨んだはずだ。僕に会いに来たせいで攫われて、殺されて…きっと死ぬ瞬間まで恨んでいたに違いないさ。」


「そんなわけないだろ?」


「どうしてそう言い切れる!あの子の気持ちなんて、もう誰にも分からないじゃないか!何を考えていたのかも、誰を想っていたのかだって…もう、分からない…。」


「この…馬鹿野郎!お前が忘れてどうするんだよ!エルちゃんは最期に何て言った?!何も見えなくて何も聞こえなくて…きっとすごく怖かったはずなのに、なのにあの子は最期の瞬間までお前に会いたいって言ってたじゃねぇか!お前はそれを無かったことにする気かよ!!」


「っ、だ、けど…」


「レーヴ、お前がエルちゃんを殺してしまったと思うのは自由だ。でもな、エルちゃんへの想いまで殺してしまう必要はないんじゃないのか?エルちゃんが最期までお前の事を想っていたように、お前ももう…素直になってもいいんじゃないか?」


「っ………!!」


何かを言おうとして口を開いたレーヴだったが、そこから何も出てくる事無く食いしばるように口を閉じる。

腕に抱いていたエルちゃんをきつく抱きしめるように抱え直すと、そのまま崩れ落ちるように膝をついた。

それからエルちゃんの背中に腕を回し、絞り出すような微かな声で言葉を紡ぐ。


「………生きていて、欲しかった。」


「…あぁ。」


「…幸せになって…欲しかった。」


「あぁ。」


「心から…愛していた…」


「っ、………。」


容赦なく降り注ぐ雨に打たれながら、俺たちはそれ以上言葉を口にすることはできなかった。

行き交う騎士も俺たちに気を使っていたのか声を掛ける者はおらず、そうしてジークがやってくるまでその場から動けずにいたのだった。


強い強い雨の降る夕暮れに、その事件は幕を閉じた。



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