第二章 91 広がり始める毒
最初の被害者はイデア・キリンズという14歳の少女で、街に買い物に行くと言って家を出たきり行方不明になっている。
親の話だと朝も普段通りの様子で、家出をするような素振りも無かったという。
行方が分からなくなったその日の夜に自警団へ連絡、彼女の財布が路地で発見された事から誘拐と断定し、夜明け前には騎士団に連絡がいき捜索されていたらしい。
しかしその必死の捜索にも関わらず彼女の行方は依然として知れず、加えて失踪四日目にロヴィル領が邪竜に襲撃されるという事態が発生。
騎士の大半はそちらへ裂かれ、その後の彼女の捜索は自警団に任される事となったのだ。
そして次の事件が起こったのが、邪竜の襲撃から二日後。
ニーニャ・オルべリアという17歳の少女が仕事の休憩中に失踪、その後職場から親へ、親から自警団へ連絡がいき捜索されるもイデア同様、発見には至っていない。
その翌日にはエリザベス・ロバートという14歳の少女が、さらに翌日にはエルちゃんの行方が分かっていない。
そしてエルちゃんの行方が分からなくなった翌日にも、マリアナ・イノーという13歳の少女が失踪している。
そのことから、おそらく昨日もどこかで少女が攫われているのではないかと推測できる。
この連続少女失踪事件は住人の間でも噂になっているようで、少女たちを心配する声と共に自警団を非難する声も多く聞こえた。
この反応は、同じように噂になっていた粛清者事件の時とはだいぶ違う。
粛清者事件の時は不安の声もあったものの、どこか楽し気というか…期待感を抱いているような反応が多く見られた。
しかし今回の被害者が自分たちに身近な少女たちであるからなのか、住民たちはいままで以上にピリピリとしていて不安や苛立ちを持て余しているように思える。
…まぁ、それも仕方ないだろう。
自分たちを苦しめていた貴族ならまだ他人事で済ませられるだろうが、今回ばかりはそうも言ってられない。
大切な自分の娘や友人を次々に誘拐されていて未だ犯人の特定も出来ていないんじゃ、悠長に構えてなどいられないだろう。
例え自警団が必死に捜索してくれていると知っていても、行き場のない感情をぶつけてしまう事もある。
「…と、そういうわけだから自警団はダメだな。最近やっと騎士団が戻って来てるみたいだから、後の事は騎士様にお任せするしかねぇだろうな。」
「なるほど、お話はよく分かりました。お忙しい中、ありがとうございました。」
「いいって事よ!」
人のよさそうな笑顔を浮かべた男性は、話が終わると鍬を担ぎ直し畑へと戻っていった。
ここは王都の北東に位置する農耕地で、俺はそこで最初に行方が分からなくなったイデアの話を聞いて回っていた。
イデアの両親は農業を営んでおり、消息を絶ったその日も昼まではイデアも一緒に農作業をしていたのだそうだ。
イデアの財布が見つかったのは街にほど近い路地裏という話だったので、誘拐されたのならおそらくここは関係ないのだろう。
しかしイデアのその日一日の行動を振り返れば、何か手がかりが見つかるかもしれない。
最初の被害者にして唯一攫われた痕跡を残した少女だ、きっと何か手がかりがあるはずなんだ。
「あ、ちょっとそこの君!少し聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「…、なんだよお前。イデアの事なら知らないぞ!」
「イデアとは友達じゃなかったのか?」
「なっ、友達に決まってるだろ!俺たちは幼馴染だったんだぞ!…あ。」
「そうか…。話しかけて悪かったな、他を当たる事にするよ。」
「え、なんで…俺に話を聞きたいんじゃないのかよ?」
「話は聞きたいけど、君の態度を見ればわかるよ。君がどれだけイデアと仲が良くて大切に想っているのか。そしてどれだけ想っていても何も出来ずにいる自分に苛立って、どうしていいか分からなくなってる事も。だからこんな見ず知らずの俺なんかとは、話しもしたくない…違うか?」
「ど、どうして!?」
「俺も同じようなもんだから、かな?イデアが居なくなって君がどんな気持ちでいるのか、なんとなくわかるんだよ。」
「もしかして、あんたも…?」
「…あぁ、友達が行方不明なんだ。だからどうしても見つけだしたい、助けたい。その為にもいろんな情報を集めて、何か見落としがないか探してるんだ。」
「そうか、あんたも…。っ、イデアは街に買い物に行くって言ったみたいだけど、本当はおばさんの誕生日の為に花の種を買いに行ったんだ!この日の為に手伝いを頑張って小遣いを溜めてたんだって言ってた!…でも、見つかったイデアの財布からは殆ど金がなくなってた。だからイデアはちゃんと花の種を買えたはずなんだ!ここを出たのが昼過ぎで街まで行って種を買ったのなら…、少なくとも夕方前にはあの路地を通ったはずだ。それがどうしたって話かもしれないけど…、俺に分かるのはこのくらいだから。」
「十分だ!昼過ぎから夕方にかけてその辺りで不審な奴を見かけてないか聞いて回れば、何か手がかりがつかめるかもしれない!話してくれてありがとうな!えっと…。」
「俺、イワン。…親が仲良かったから、イデアとは生まれた時から一緒だったんだ。イデアは働き者で優しくて、いつも心配かけてばっかりの俺とは違っておじさんやおばさんを大切にしてて…。だから、見てられないんだよ!おばさんはいつも泣いてるし、おじさんはしっかりしてるようですぐぼーっとしてるし!イデアが居なくなってから、みんな元気がないんだ!…俺も、寂しいし。なぁ、頼むよ!頼むから、イデアを見つけてくれ!このままじゃみんな…二度と笑えなくなっちゃうよ!」
「あぁ、分かったよイワン。お前の分までイデアを探して、そして必ず見つけてくる。だからお前は、イデアの両親についててやってくれないか?それは俺にできなくて、でもお前なら出来る事だから。頼むな?」
「っ!おう、任せとけってんだ!」
元気に笑ってみせるイワンとハイタッチを交わして、俺はイデアの財布が見つかったという路地に向かい聞き込みを行う事にした。
しかしイデアが失踪してから既に11日経っているという事もあってか、その時の事を覚えている人は誰一人としていなかった。
防犯カメラもないこの世界では人の記憶だけが頼りになる、そんな状況で時間が経つというのはどんどん犯人にとって優位な状況になっていくことに他ならない。
その事実に思わず唇を噛んでしまうが、ここでそんなことをしていても仕方がない。
俺は気を取り直して聞き込みを続けた。
しかしその後もどうにか思い出せる人がいないか聞いて回ったのだが、結局空振りに終わり気づけば太陽が真上に来ていたのだった。
「…とりあえず、一度レーヴの所に顔を出すか。」
このままここで聞き込みをしても収穫は無いだろうと判断し、俺はレーヴの様子を確認すべく城に向かったのだった。
レーヴにエルちゃんの話をするかどうかという件だが、俺はひとまず話さずにいようと思っている。
おそらく現段階でこの事を話したとしても、レーヴを無駄に不安にさせるだけだろう。
下手したらエルちゃんを探しに一人で出て行ってしまうかもしれない。
事実上監視下にあるレーヴが、誰も伴わずに外をうろつくことは避けた方がいいだろう。
そして何よりレーヴの事だ、きっと不眠不休でエルちゃんを探して、その結果この間のように魔力切れを起こすに違いないのだ。
それが予想できたからこそ、俺はあえてレーヴには何も言わずにいようと思う。
だがもし、エルちゃんの所在が分かったその時は…。
「あら、ナユタじゃない。しょぼくれた雰囲気を惜しげもなく出したりして、私に慰めてほしいのかしら?」
「ん、おう。誰かと思えばテレスじゃねーか。どうした、そんなボロボロで…あ。」
「ちょっと、何かしらその何かに勘付きましたみたいな『あ』は!勘違いしないでくれるかしら?いくら私が魅力的だからって、強姦に襲われるほど軟ではないわ。」
「んなこと微塵も思ってねぇーよ、もしお前に襲いかかろうとする野郎が居たら全力で諭すわ!猛獣に手を出してはいけないってな!…あれだろ、ロヴィル領から戻ったんだろ?」
「なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたけれど、まぁいいわ。えぇ、お察しの通り。やっと怪我人の治療に目処がたったから、後の事は現地の騎士に任せて戻ってきたのよ。まったく、こういう事があるからもっと癒術師の育成をして欲しいって言っているのに…。」
「あぁそっか、そういえばテレスは治癒魔法使いだったな。そんなに少ないものなのか?治癒魔法を使える奴っていうのは。」
「そうね。多少の傷なら治療できる人も居るけど、医者になるほどの使い手はほんの一握りしかいないわ。騎士団本部だって、私も含めて6人しかいないのよ?全体で見ても30人にも満たないし…あちこちに回されて体が持たないわよ。もちろん性的な意味も含めてね。」
「んなもん含めんでよろしい!…でもそうか、そんなに少ないって事はかなり難しい魔法って事なんだな?覚えたいと思ってたけど、これは後回しかなぁ。」
「え、なになに、ナユタ治癒魔法覚えたいの?何よそれなら早く言いなさいよ、この私が手取り足取り腰取りとことん教えてあげるわよ。大丈夫心配しないで、体の構造を理解するには体を重ねた方が分かりやすいの。どこが痛くてどこが気持ちいいのかさえ分かってしまえば、治癒魔法なんて簡単に習得できるのよ。頭を固くして人体の成り立ちなんか考えるより、股間を固くして実戦で学んだ方がよっぽど早くて楽しいわよ。さぁ、そうと決まれば善は急げ。ちょっと私が疲れてるから3回くらいしか相手出来ないけど、少し休めばすぐに回復するから何度でもお相手できるわよ。」
「き、きゃーたちけてー!獰猛な肉食獣よ、誰かぁ男の人呼んでぇー!」
「あ!こらちょっと、どこ行くのよナユタ!戻ってきなさーい!」
俺はテレスの制止を振り切り、城の中へ一目散に逃げ込んだ。
あんなに目をギラつかせた野獣に連れていかれていたらと思うと背中に嫌な汗が伝う。
まったくあの姉妹は片割れであっても油断ならないな、せっかくのシリアス思考が一瞬にして破壊されちまう。
俺は今までの会話を忘れる為にも深くため息をついて、レーヴの部屋へと向かうのだった。
―――
彼が来るのは大体いつも昼ごろだ。
そうじゃない時もあったりしたが、それでも欠かすことなく毎日律義に僕の様子を見に来る。
これは彼にとっての仕事であって、曰く”監視”なのだそうだが…ただ毎日無駄話をしてたまに手合せをする事のどこが監視なのだろうと思わざるを得ない。
おそらくこの監視体制というのは、僕を王宮魔術師に仕立て上げた王様も予想外だったんじゃないかと思う。
僕を召し上げた理由が新しい召喚魔法・メメントモリを使役しているという事ならば、きっと僕にそれに準ずる魔法の開発かそれで出来る仕事をさせるつもりでいたんだろうと思う。
だからこそ調合の依頼なんて物を寄越してきて、その報酬が魔鉱石だったんだろう。
しかしそれがどうだ、今の僕がやっていることは街に住んでいたころとほとんど変わらない。
薬を調合して、魔法や体術の鍛錬をして…出ようと思えば街にだって自由に行くことが出来る。
確かに誰かを伴わなくてはならないと言う事は正しく自由ではないのだろうけど、それでもここまで拘束されずに生活できるなんて誰が予想できただろうか?
当然の権利だ、と彼は言ったが。
数多くの命を奪った僕に対してまでそれを適用しようと思うのは、きっと彼が呆れるほどの甘ちゃんだからなのだろうと思う。
騎士団に連行されてからずっと着けられていた魔封じの腕輪も早々に取ってしまうし、訓練場に騎士団長を連れてきては僕に稽古をつけさせるし…。
本当にどうしようもないほどのお人よしとは、彼の事を言うのだろうと思わずにはいられない。
それはこの僕を以てしても心配になる位だ。
だいぶ話が逸れた、僕が今言いたいのはそんな事じゃないんだ。
今日も変わらず顔を出した彼なのだが、どうもその様子がおかしい。
いつもなら調合に興味を示したり気になったことを相談して来たり…とにかく何かしら話していなければ死んでしまうんじゃないかと思うほど良くしゃべる彼が、あろうことか部屋に来てから二言三言口にしただけで落ち着きもなく部屋をうろついている。
お茶を淹れろと言うわけでもなく、あの子の話をして僕をからかうでもなく、ただずっとそわそわと落ち着きなく歩き回っているのだ。
…これではこっちが落ち着かない。
無駄に話しかけられないのは願ってもない事だが、こうも部屋の中をうろつかれてしまったら集中力も切れてしまう。
僕は一つ大きなため息をついて、未だに人の部屋を歩き回る彼を呼び止める為に声を掛ける。
「ナユタさん。」
「うおっ!な、なんだよビビらせんなって…。あー、どうした?」
「それは僕の台詞だと思うんだけど?さっきから部屋中をウロウロされて迷惑だから、座るか帰るかしてくれないかい?」
「あぁ、なんだそういう…。うん、そうだな。じゃあ今日の所は帰るとするわ。」
「は?あ、いや、言い出したのは僕だけど…。どういう風の吹き回しだい、それは?10分もしない内に帰るだなんて珍しいじゃないか。」
「いや、なんつーか…下手に口を開くと余計な事言いそうっつーか…。」
「それは今更じゃないかな?君、結構余計な事言ってると思うけど。特に僕をからかう時はより顕著に…」
「っ、別にエルちゃんの話はしてないだろ!?」
「…僕もあの子の話はしてないけど?」
「うぐっ!あー、悪ぃ…やっぱ帰るわ。」
「……そうかい。それじゃまた明日。」
「あぁ、また…。」
そう小さく零すように言った彼は、ゆっくりと…おそらく肩を落として僕の部屋から出て行った。
あの闇の揺らぎ方からして何か隠しているのは間違いないだろう。
ではそれは何なのかという事になるが…、それもおおよそ見当がつく。
あれだけ大げさに反応されたら、例え目が見えていなくても察しがつくというものだ。
彼はエルの事で何か隠していて、そしてその事を僕に話さないように気を張っていたのだろう。
まったく、どこまでもお節介で鬱陶しい男だ。
いい加減僕とエルの事は放っていてほしい。
僕の気持ちは変わらないとあれほど言っているのに、どうしていらない世話を焼こうとするんだろうか?
…それに、エルはもう僕を忘れるという選択をしたはずだ。
それを知っているはずなのに、今更何を…。
「もしかして、街でエルに会ったのか…?それで改めて婚約者を紹介された、とか。」
ありえる…というか、もうほぼ間違いなくこれなんじゃないだろうか?
それで僕に会うのが気まずくなって、あんなに気を張っていたのか…。
まったくもって腹立たしい。
勝手に憐れんだ挙句、勝手に気を使って帰ったのか、あの男は。
そんな話くらい、いつものように茶化しながら言えばいいじゃないか。
あの子が幸せなら何でもいいと言った僕の言葉を忘れているのか?
今更婚約者の話をされたところで、別にどうって事…
「………いや、キツイな。」
我ながら女々しい自分が気持ち悪い。
あの子はとっくに選んで前へ進み始めているというのに、僕はいつまで引きずるつもりなんだ。
まして特別そういう関係でもなかったんだ、始まってすらいないのに何を傷つくことがある。
いや…なまじ始まってすらいなかったから、この想いを終わらせることが出来ないのだろうか?
「…始まる可能性なんて端から無かったっていうのに、何を今更。」
僕は再度大きなため息をついてイスの背もたれに体重を乗せる。
天井を向いて瞼を上げてみるが、そこにあるのはいつもの暗闇だけ…。
例え何が起こったとしても、僕のこの世界は変わらない。
それと同じくらい…いや、きっとそれ以上にこの想いも変わることはないのだろう。
終わらせられないのならせめて忘れないように。
あの子の幸せを願いながら、この胸を痛ませ続けるしかないだろう。
せめてそのくらいは許して欲しい。
あの子が生きる世界で生きていくことを…どうか許して欲しいんだ。
誰に願う訳でもなく、僕はそっと瞼を下ろす。
―――
いたたまれなくて思わず出てきてしまったが、レーヴの奴…勘付いたりしてないだろうな?
誘拐事件のことは知らないだろうから、さすがに飛び出して行ったりはしないだろうけど…。
「…今は俺が代わりに探すから、もう少しだけ待ってろよ。」
あのデカい背中を思い浮かべて、誓いを立てるように言葉にする。
攫われた子たちが一日でも早く帰れるように、その子たちを待っている人が一日でも早く笑顔になれるように、なんとしても手がかりを見つけなくてならない。
その為にも俺がするべきことは…。
「まずは自警団に行って話を聞いてみよう、何か新しい発見があるかもしれない!」
確か自警団は街の西側、管理局を過ぎてもっと奥に行ったところに本部があったはずだ。
そこへはまだ一度も行った事はないが、管理局までなら鬼神族の仮面を集めるために何度も足を運んでいるので迷うという事はないと思う。
俺は外套のフードを深く被り直し、小雨の降る道を進んで行く。
しばらく歩いて繁華街へ着いた時、ふと誰かに見られているような気がして顔を上げる。
すると視線の先にあった路地で、見知った顔がこちらを見ていることに気が付いた。
今日は外套を着ているのでよく分からないが、あの背中のふくらみには通常人には見えないと言う翼があるのだろう。
俺は視線が合っても未だに目を逸らさないその男、ピオニエに向かって手を上げた。
「おーい、久しぶりだなー!」
俺が声を掛けると、ピオニエは微笑み軽く頭を下げてから路地の中へと去っていったのだった。
結局何がしたかったんだ、アイツは?
首を傾げてみたがその答えが分かるはずもなく、俺はもやもやとした気持ちのまま自警団本部を目指したのだった。
そもそも自警団とは、この街の住民の有志から出来た自衛のための組織であり、騎士団では対応しきれない小さな揉め事などの鎮圧を行っている集団である。
自警団はあくまで自衛のための集団である為、騎士のように拘束し処罰するような権限は持たない。
しかし何かトラブルが起きた時にすぐに動けない騎士とは違い素早く駆けつけることが出来る為、住民にとってはなくてはならない存在なのである。
確かに今は騎士団が居ないと何もできない無能集団なんて言われて風当たりが強いが、それまでは住民といい関係を築けていた実力もある優秀な集団だったらしい。
…この有様をみると、どうも信じられないんだけど。
「す、すみませーん!どなたかいらっしゃいませんかー?」
落書きの施されたドアを開いて中に声を掛けるが、室内は真っ暗で物音ひとつ聞こえない。
留守…という事がありえるのかは分からないが、ひとまずもう一度声を掛けて何の反応も無かったら出直すしかないのだろうな。
「すみませーん、お尋ねしたい事があるんですがーどなたかいらっしゃいませんのですかねぇー?」
「あ、はーい!どもども、お待たせしてすみません。なにぶんみんな出払っちゃってて、今アタシしかいないですよ。」
そういってずいぶんラフな格好で出てきたのは、20代後半くらいのショートカットの女性だった。
その人は申し訳なさそうに頭を掻くと、持っていたランプを台の上に置いて、ついでにそこに自分も座った。
お行儀は悪いみたいだわね…。
「えっと…出払ってる、というのは誘拐事件の事で?」
「そうなんですよ、いやぁ参っちゃいますよねぇ?なんの手掛かりも見つけられなくて、みんなも住民の人たちもぷんぷんしてるんですもん。今だってほら、ドアや壁に落書きされてたでしょう?明かりも付けておくと石を投げ込まれちゃうんでこうして小さなランプを使って仕事してるんですよ。いやぁ、私たちに当たったってしょうがないんですけどねー、まぁ気持ちは分からないでもないんですけど。あっと、すみませんアタシばっかり話しちゃって!それで、聞きたい事っていうのは?」
「あー、実は俺も誘拐事件について何か進展があったか聞きに来たんですけど…。」
「え!まさかお兄さんまで嫌がらせを!?待ってくださいね、今盾を持ってきますから!」
「あー!違う違う!!嫌がらせじゃなくて聞きに来ただけ!…俺の友人も行方不明だから、何か新しい事が分かってたら教えてもらいたいと思って…。」
「そうでしたか、すみませんアタシの早とちりでしたね。誘拐事件の進展ですね?…すみません、何も進展していません!それどころか昨日も一人行方不明になっちゃったみたいで、被害者が6人に増えちゃいました!でもお願い、石は投げないで!」
「な、投げないよ!でもそうか…やっぱり新しい被害者が。ちなみにその子の詳細って教えてもらえますか?」
「え、詳細ですか?えぇっと、少しお待ちくださいね?確かさっき貰った紙がこのへんにぃ…。あ、あったあった!えっと、被害者は…ネロ・クルトゥワという12歳の女の子ですね。何人かの子供たちが一緒に遊んでいたそうなんですが、ふと気が付いた時にはいなくなっていたのだそうです。場所は繁華街を抜けて脇道に入ったところにある公園ですね。時刻は夕暮れ前で、周囲に人影は無かったそうです。」
「…周囲に人影無し、か。ちなみにその一緒に遊んでいたこの中に女の子は?」
「います、二人。10歳と7歳の姉妹で、他は12歳と10歳の男の子でした。」
「…他にも女の子が居たのに、攫われたのはその子だけなんですね。…意味があるのか、偶然なのか。他に何かありますか?」
「え?そうですねー…、この子たちはかくれんぼをしていたそうです。ネロは7歳の女の子と一緒に藪の中に隠れていたそうなんですが、一緒に見つかって出て行こうとした時にはいなかったという話でした。つまりネロは、藪から出るその一瞬の内に消えてしまったんです!…これって何でかわかりますか?」
「いいえ、わかりません。あなたにはわかりますか?」
「まったくわかりません!だから我々は手分けして虱潰しに探しているんです。騎士団によると、怪しい男が出入りしていたという古いお屋敷があるそうなんですが、我々が下手に動くと邪魔をしてしまいますのでこうして警備も兼ねて街中を巡回しているんです。」
「そうですか…。お忙しいのにありがとうございました、俺の方でも探してみますのでもし何か分かることがあったらまた教えてください。」
「いえいえ、大した仕事もできずにすみません。」
「え?立派に仕事してるじゃないですか。嫌がらせを受けても投げ出さずにコツコツと…。確かに結果だけ見れば防げていないと非難されてしまうでしょうけど、あなたたちのおかげで助かっている人って絶対いると思います!なのでこれからも頑張って下さい、俺は応援してますから!」
「ほへー…。あ、あの…もしよろしければお名前をお伺いしても…?」
「あぁすみません、俺はナユタと申します。ナユタ・クジョウ・ユエル、城に仕える導使節というものです。どうぞお見知りおきを。おっと…それでは、俺はこれで失礼しますね。」
「は、はい…!あの、またお待ちしてます!!」
話をしてくれた受付のお姉さんに深く頭を下げてから自警団の本部を後にする。
改めて外から見るこの悲惨な現状に眉を顰めざるを得ない。
壁やドアにされた暴言の落書きに割れた窓ガラス破壊された郵便受けなど、その嫌がらせの凄惨さに思わず目を覆いたくなる。
こんな事をして何になるっていうんだろうか?
余程暇なのか鬱憤が溜まっているのかは知らないが、住民の為を思って働いてくれている人たちに向かってこの仕打ちはあまりにひどい。
前は仲良くやっていたという話だったのに、こんなに豹変するものなんだろうか?
俺は妙な違和感を覚えながら、再度聞き込みをする為に街へと向かったのだった。
―――
聞き込みをする事、はや三時間。
時刻は夕暮れ時で、そろそろ一連の事件の被害者たちが攫われたと思われる時間帯になる。
俺はいったん聞き込みを止めて、周囲に不審な動きをしている奴がいないか見て回る事にした。
一日中降り続けている小雨のせいですれ違う人はみんな外套をすっぽりと被っていて、怪しいか怪しくないかの見分けが難しい。
しっかり見れば顔くらいの判別はできるが、こうも人が多いとなかなか容易にはいかない。
ましてやここに現れるかも分からないんだもんなぁ…。
「いてっ!」
「す、すまん!」
キョロキョロと辺りを見回していたら、突然肩に衝撃が走った。
少しよろけただけで転ぶほどではなかったのだが、ついとっさに声が出てしまう。
それを聞いたぶつかってきた男は、走りながらも振り向いて俺に謝罪を述べる。
しかしそれも一瞬で、慌てた様子ですぐに走り去ってしまった。
あれ、あの顔どこかで見た事あるような…。
「大丈夫が兄ちゃん、なんかスラれたか?」
「え?あ、いや大丈…」
「おい、滅多な事言わない方がいいぞ?今この兄ちゃんにぶつかったのは、あのミール家の坊ちゃんだった。何を慌ててるのかは知らないが、ご機嫌を損ねると面倒だぞ?」
「ミール家?」
「なんだ兄ちゃん知らねぇの?没落貴族のミール家って言やぁ、ちったぁ有名なんだけどな。以前は邪竜を封印できる程の魔法使いを輩出してた血族だったんだけどな、今となってはそれも過去の栄光ってな。あの坊ちゃんも周りは天才召喚士だ何だと褒め称えてっけど、その実は物心つく前から虐待に近い形の修練を積まされてたって噂だぜ?そこまでして貴族でいたいんだか知らねぇけど、このままだと確実に絶えるって話だぜ。」
「ミール家、天才召喚士…なんだか大変そうな奴なんだな。しかし、なんであんなに慌ててたんだろ?」
「さぁてな。崇高なる貴族様の考える事なんて分かりゃしねぇよ。」
「…そうだな。話ありがとな、おっさん。」
いつの間にか俺たちの周りに人が集まり始めていたので、おっさん達に礼を言ってその場から離れる。
なんだろう、なんだか話をしていたおっさん達に妙な違和感を覚えた。
まるで貴族の悪口を聞きたいかのように集まってきた人たちも、それに気をよくして饒舌になっているあのおっさんも、なんだか妙な感じがするんだ。
この感覚を上手く言葉に出来ないのだが…まるで憂さ晴らしをする為にみんなで毒を吐いているみたいだ。
俺はなんだか不安になって来てしまい、情報整理も兼ねて一度騎士団へ向かう事にした。




