第二章 88 悲痛な叫びはまだ届かない。
最近いろいろありすぎてあまり体を動かせていなかったのもあってか、なんだか運動したい衝動に襲われて目が覚めた。
見ればまだ朝日も顔を出していない夜と朝の境のような時間で、俺は少し考えたのちに着替えを済ませて外に出た。
冷えた空気を胸いっぱいに吸い込むとツンと鼻が刺激され、久しぶりの晴れた空も相まって心と体が浄化されていくようだった。
俺は軽くストレッチをすると、そのさわやかさを堪能するように誰も居ない街へと掛けていった。
昨日までの雨で出来た水溜りに静かな街並みが逆さまとなって映っている。
水路を跨ぐ橋を通ってまだ来たことのない道へと入ると、まるで子供のころに戻ったかのように胸が高鳴った。
どうやら知らない場所を探検すると言うのは、いくつになっても楽しいものらしい。
思えばこの街に来てもうひと月近くになるが、それでもまだまだ知らない事の方が多いと思う。
例えば露店街の小道を一つ入ると、そこには小さな噴水が設置された公園が現れる。
その近くの家には綺麗なバラを咲かせている庭が多く、この辺りの人々が花好きであることを窺わせる。
そんな風にまだ見ぬ街並みを堪能しながら走っていると、不意に眩い光が差しこんできた。
どうやらもう日の出の時間らしい。
その眩しさに思わず目を閉じて温もりだけを感じていると、突然妙な違和感に襲われた。
浴びていたはずの温もりは途絶え、その場の空気すら一変したような感覚に思わず閉じていた目を開く。
するといつの間にか先ほどまでいたはずの小道ではない、妙な雰囲気を醸し出す店の前に立っていたのだった。
「うわ…マジか。どうしよう、現実を直視できない…。」
思わず目線を逸らそうとした俺だったが、それよりも先に店のガラスに張り付くようにして立っている店主を見つけてしまい、心底自分の迂闊さを呪った。
その店主はとっくに俺の存在に気が付いていたようで、踵を返そうとする俺に向かってバンバンとガラスをたたき始める。
大の男がそんな事をしている店に誰が入りたがると言うのだろうか?
そんな文句を心の中でしつつ、しかしこうなってしまっては店に入る以外の選択肢も無いのだろうと腹をくくり、本当に嫌々ながらガラスの扉に手を掛けたのだった。
「はーい!いらっしゃいだね!!こんな短期間に二度もボクの店に来てくれるなんて、ナユタは本当にいいやつだ!おや、彼のお世話になるのかい?ナユタとは相性がすこぶる悪いからあんまりお勧めしないなー!それにしても君の周りには殺し屋が多いね?なにか好かれるコツでもあるなら教えておくれ!うんうん、旅はいいよねぇ!三人よりも四人ならもっと良かったのにねぇ!」
「あー、はいはい。もはやお馴染みのハイテンション、お疲れ様です。まったく、相変わらず話がぶっ飛んでて訳わかんねぇ奴だな。たまには俺の話ばっかりじゃなくて、お前の話も聞かせろってんだ。」
「………このままだと全員死ぬな。」
「っ!な、なに?」
「植物は好きだけど茨は勘弁してもらいたいよねぇ、痛いから!そういえば彼はそろそろ花を待つ時期なんじゃないかな?あれ、まだ先か!体がないのは悪い事ばかりではないね、上手く利用する知識まで得てしまっては手が付けられない!そうだね今日が分かれ道となるだろう、晴れてるから!」
店主は急に真顔になると、俺の顔を覗き込んできては意味深な事を口にした。
しかしそれも一瞬の事で、すぐにいつもの雰囲気に戻るとひっきりなしに話しはじめる。
さっきの雰囲気にあの言葉…思わず鳥肌が立つ俺を余所に、店主は構わず一人で話し続けている。
何だったんだ…あれ。
「はて、これはどこだろう?んん、彼女の目は素晴らしいね!相性も悪くないみたいだし、取り戻したらここに持っておいで。ところで魔導書の行方を知っているかい?ボクなら海で泳ぎたいなぁ。」
「…お前はいったい何者なんだ?お前の言っていることはこれから起こる事なのか?全員死ぬっていうのは…どういう意味だ?」
「はい、じゃあ今回はこれね。お代は金貨一枚、使い方はその時が来れば分かるよ。」
「は?これって、懐中時計か?…止まっちゃってるじゃねぇか。これが金貨一枚ってのはいくらなんでもぼったくりすぎじゃねぇか?」
「実を言うと僕は彼に会うのが楽しみなんだよ!なかなか珍しい魔法だし、あの方の副産物を使役しているだろ?え、あぁそうだね、兄という生き物はみんなどこか変わっているね!」
「…はぁ、わかったよ。ほら、金貨一枚。これで帰っていいんだな?」
「毎度アリ~!それじゃあまた会える日を楽しみにしているよ!野宿で風邪ひかないようにね!」
「はいはい、またな。」
店主と適当に挨拶すると、俺は足早に店を後にする。
どうもあの場所は苦手だ。
店の雰囲気はいやに懐かしいのに、心が落ち着かなくて妙な恐怖心が芽生えてくる。
それは会話の成り立たないあの店主のせいもあるんだろうけど、そのほかにも何か…不安になるような危うさを感じるのだ。
話の流れでつい『またな』なんて言ってしまったが、出来ればもう行きたくはないのが本音だ。
「今日はまたいつもと違う雰囲気だったしな…。」
――このままだと全員死ぬな
あのいつものふざけた雰囲気が一変して口にした言葉。
まるで仮面のように無機質な表情と、それとは裏腹に氷のような冷たい声。
あの店主の口にすることが、全て未来に起こる事だとしたら…
「あー!!ダメだダメだ!考えたところでわかんねぇし、不安になるだけで何も良い事ありゃしねぇ!とりあえず保留だ、今は目の前の事に集中しよう!」
俺は自分の頬を思い切り叩いてから、目の前の路地を真っ直ぐ進む。
気が付くと見慣れた景色に戻ってきていて、それに安心すると家に向かい走っていく。
今は分からない事とか出来ない事がたくさんあるけど、それら全てをどうにかしようだなんて思ったらすぐに自滅しちまう。
俺が出来ることは何だ?
俺がやるべきことはなんだ?
そんな風に一つ一つ考えて、地道にやっていくくらいが俺にはちょうどいい。
非効率上等!
不器用で欲張りな俺には、きっとそのくらいでいいんだよ。
「まずは家まで猛ダッシュ!そんで着替えを済ませてからメシだっ!!」
俺はリアの作った朝飯を思い浮かべ、それを食べることを目標に全力で走っていく。
今日は何のスープだろうとか、デザートにはアイスが食べたいだとか、そんな他愛もない事で頭をいっぱいにして走るためのエネルギーを作る。
漠然とした不安に押しつぶされないためにも、目の前にあるものを大切にしよう。
それさえ出来ていれば、きっと転んでもすぐに立ち上がれるはずなんだ!
「ただいま!腹減った!!」
「どこかに行っていたかと思えば何なのです!まずは着替え!その汗も何とかしないと朝食にはしないのですよ!!」
「おう!」
いつも通りリアに怒られて、いつも通り身支度を整える。
そんな変わりない日常を噛みしめながら、俺は今日も生きていく。
それが俺に出来る最善手だと信じて。
――――
いつも通りレーヴの部屋に着くと、いつになく顔色のいいレーヴがいつも以上に不機嫌な顔で出迎えてくれた。
今日はまた何に怒っているんだろうと様子を窺っていたが、今回は珍しく何かを言われる前にその理由に思い至った。
そうして俺はノーキから鍋を取りだすと、次々に作業台へ置いていく。
「いやー、すまんすまん!鍋をボッシュートしたまま、すっかり忘れて帰っちゃったわ。びっくりした?でもまぁ使う必要もないだろうし、そんなに怒るなって!」
「人の商売道具を持ち出しておいて良くそんな口が利けるね?目が覚めた時の僕の気持ちが、君には想像できないらしい。誰も居ない、鍋もなければ薬もない。そんな状況に戸惑わないほど僕は察しのいい人間ではないんだよ。君はちょっと僕に期待し過ぎじゃないかい?知らないようだから教えてあげるけど、僕は全てを瞬時に理解できるような達観した人間じゃないんだ。」
「悪かったって!頼むからマシンガン攻め立てトークはやめてくれ、胃がキリキリする!遅ればせながら状況を説明するから、ぜひ聞いて頂きたい!」
「…ふん、まぁいいだろう。聞いてあげるから、簡潔に無駄なく真面目に頼むよ。」
「りょ、了解っす…。」
お叱りモードの抜けないレーヴに、俺は改めて状況を説明した。
納品を済ませた上にこれ以上薬を作る必要はないという話をすると、レーヴは何とも言えない苦虫を噛み潰したような顔をしたのだった。
うん、わかるぞ。
俺もセバスにそう言われた時は、何か裏があるんじゃないかと疑ったもんだ。
しかしそれはエトワールに持たせるための納期であって、それに間に合わないのであればそれ以上はいらないというだけの話だったのだ。
何はともあれ依頼は無事完了という事でいいようなので、あとで届けられるであろう報酬はきちんともらっておくようにと伝えたのだった。
それに対してもレーヴは微妙な顔をしていたが、やったことへの報酬はきちんともらっておくべきだと言うと渋々ながら承諾した。
「で、体調の方はいいのか?魔力の回復は?」
「どちらも問題ないよ。特に魔力の方は、君の魔鉱石のおかげでだいぶ余裕がある。いまなら一人くらいは殺せるよ?」
「冗談でもそういうのは止せ。聞いてるのが俺だからいいものの、他の誰かが聞いたら誤解されるぞ?」
「…そうだね、気を付けるよ。それで、君の方は大丈夫なのかい?」
「ん、何がだ?」
「ロヴィル領の話を聞いたんだろう?また駆けつけたいだとか助けに行きたいだとか、そういう不毛な衝動に駆られてはいないのかい?」
「そりゃ行けるものなら行きたいけどさ、行っても何もできないって事には納得しちゃったからな。俺は治癒魔法を使えないから怪我人の手当ても出来ないし、土地勘も無いから避難誘導もできない…。歯がゆいっちゃ歯がゆいけど、それはもうどうしようもない事実だから、大人しく受け入れて俺は大人しく留守番してるさ。約束もしてもらったしな。」
「約束?」
「そう。エトワールって騎士が俺の友人を探してくれるって約束してくれたんだ。仕事の合間にって話だったけど、それだけでずいぶん気持ちが楽になったよ。おかげで今も冷静でいられてるってわけだ。」
「やれやれ、まったく扱いやすい男だね。そんな事で満足するだなんて。大切な事を他人に任せて、その結果後悔する事だってあるだろうに。」
「それをお前が言うか?このままだと他人に任せることになりそうだっていうのに、呑気な野郎だぜ。」
「…それは何の話だい?」
「おっと、口止めされてるんだった。これ以上はお答えできませーん。」
「意地の悪い男だな、君は。そんなことばかりしていると、いずれ痛い目に合うよ?」
「お、それは経験談か?」
「………。」
「そう怒るなって!今のは言い過ぎたよ、謝るから…」
「せんせー!!」
「おぉ、今日も元気だな。」
無言の圧力をかけてくるレーヴを宥めていると、いつもの元気な声が聞こえてくる。
心なしかいつもより元気…というか、声に迫力があるような気がするのは気のせいだろうか?
俺は見つからないように窓から少し離れると、エルちゃんの邪魔をしないように口を閉じる。
「昨日倒れたって…具合はどうなの?もう元気になった?ナユタ君は大丈夫って言ってたけど、でも…やっぱり心配だよ!ねぇ先生、大丈夫っていうならせめて声を聞かせてよ!元気だって、大丈夫だって言ってよ。ねぇ先生、お願い。…おねがい。」
そうしてエルちゃんが沈黙しても、レーヴは変わらず無表情で座り続けていた。
どうやらそのお願いを叶えるつもりは無いらしく、しばらく重い沈黙が続いた後、再びエルちゃんが口を開いた。
「先生、聞こえてるんでしょう?どうして声も聞かせてくれないの?そんなに…私に会うのが嫌?め、迷惑、なのかな…?もしそうなら、ごめんなさい…。っ、でも!それでも!私は先生に会いたいです!!一目だけでもいい、一言だけでもいい。もし迷惑だっていうのなら、それを最後にもう来ないから!だから…お願いだよ先生、何か答えて…。」
擦れるようなエルちゃんの声に、思わず俺の胸が苦しくなる。
エルちゃんだって悩んでいる事があるのに、どうしてここまでレーヴの事を想っていられるのだろう。
その想いの強さに、俺は羨望と賞賛の念を抱く。
しかしその想いも、この男を動かすことは出来ないようだ。
拳を振るわせ耐えるように歯を食いしばっているこの頑固者は、顔を出すことも声を掛けることもせずにただじっと座っている。
どのくらいそうしていたか分からないほど長い長い沈黙が続いた後、やはり最後に口を開いたのは彼女の方だった。
「っ、もういい、もうわかったよ…。………先生の、バカーーーーーー!!!!!!」
最後に飛び切り大きな声でそう叫ぶと、エルちゃんは走って帰っていった。
その様子を窓の端から見ていた俺は、完全にエルちゃんの姿が見えなくなるまで見送ると未だに苦しそうに顔を歪めている男に向き直る。
「俺も、お前はバカだと思うよ。」
「…そんなこと、僕が一番知ってるよ。」
レーヴは絞り出すようにそう言うと、おもむろに立ち上がりキッチンで顔を洗い始める。
気分を変える為か、それとも何かをごまかす為か…その理由は本人にしか分からない。
ただレーヴが戻ってくるのに少し時間が掛かったのは確かだった。
タオルで顔を拭きながらゆっくりと歩いてきたレーヴは、だらりと腕を降ろすと息を吐きながら顔を上げる。
「ナユタさん、ちょっと付き合ってもらえるかい?」
「…何かするのか?」
「うん、少し…体を動かしたくてね。」
「あぁ、なるほど。んじゃ久しぶりに行くか、訓練場。」
丁度俺も運動不足を感じていたところだったので、レーヴの申し出を快諾する。
レーヴが病み上がりだという点だけが気がかりだったが、当の本人が問題なさそうにしているので構わず訓練場に向かう事にした。
各々が抱えている心のわだかまりを少しでも解消するために、俺たちは拳をぶつけ合うのだった。
―――
俺もそういう所はある、しかしコイツのそれは俺の比じゃないと思うんだ。
一撃入れれば必ずこちらも一撃貰う。
その反撃をかわそうものなら、さらに重く早い一撃が繰り出される。
そうやって絶対にやられた分はやり返すコイツは、間違いなく大人げないくらいの負けず嫌いだ!
「っ、くそ。なんかお前、動きが良くなってないか!?」
「それはどうも、魔力に余裕があるからかもね。」
「ちっ、その言い方だと魔力さえ万全なら俺より強いみたいじゃねぇか!」
「さぁ、それはどうだろうね?でも…、負ける気はしないかなっ!」
「ぐっ!…にゃろっ!」
いつの間にか運動から実戦に変わっていたが、お互いヒートアップしていてそこに何の疑問も持たなかった。
どうにか相手の隙を見つけて、一本決めるまではやめられない。
俺たちは腹の探り合いをしながら、激しい攻防を繰り返していた。
「身体強化は使わないのかい?そうすれば簡単に決着がつくだろうに。」
「試合に勝っても勝負に負けてちゃ意味ないんだよ!同じ土俵で勝つから気持ちいいんだっつーの!」
「またそんな綺麗ごとを…。このままだと、いつか君は卑怯な相手に後ろから刺されて死ぬよ?」
「おーおー、怖い事言ってくれるじゃねぇか!んなら、そんな事にならないように強くならなきゃ…なっ!」
「っ!やるじゃないか。君がそう来るなら僕だって…っ!?」
「隙ありっ!」
「ぐっ!」
集中していたレーヴが不意に視線を逸らしたので、俺はその隙を突いて一撃入れる。
レーヴはそれを受け切れずに後方へと飛び、反撃もできずに片膝をついた。
どうやら勝負ありのようだ。
しかしレーヴはどうして急に集中力を切らしてしまったんだろうか?
あのままだったら間違いなく、俺が重めの一撃を貰っていたはずだったろうに。
「大丈夫か?…珍しくモロに入ったな。」
「っ、油断したよ。まったく、容赦のない一撃をくれるじゃないか。」
「そりゃお互い様だろ?それにしてもどうしたんだ、なんか途中で気が逸れてただろ?」
「あぁ…。なんだか、妙な胸騒ぎがしてね。」
「胸騒ぎ?おいおい、まさか過労の次は心臓発作とかいうんじゃねぇだろうな?」
「そういうのじゃないよ。…うーん、気のせいだったのかな?まぁいい、切りもいいし今日はこの辺にしておくよ。」
「そうだな。少し早いけど病み上がり君はそろそろ休んだ方がいいだろう。」
「別にもう大丈夫だけどね。」
確かに病み上がりとは思えない動きのキレだったが、急な運動の連続は体に負担がかかるだろうときちんと休息を取るように言う。
レーヴも肩を竦めつつそれに同意すると、すんなりと部屋へ帰っていった。
さて、俺は帰るにしてもまだ早いので少し寄り道するとしよう。
―――
「あ、ナユタ兄ちゃんだ!」
「ほんとだ!おーい!」
「ナユタお兄さん!」
「わーい、おにいさーん!」
そう言って元気に駆け寄ってくる子供たちを抱え上げる。
今日は珍しく天気が良かったので、子供たちは中庭で遊んでいたようだ。
ちなみに先に勉強部屋に行って、子供たちの姿が見えなかったのであちこち探し回ったのは内緒だ。
「兄ちゃん久しぶり!部屋まで遊びに行けなくてごめんなー、父さんたちがなかなか許してくれなくてさ。」
「そうそう!せめてもう少し礼儀を身に着けてから、とかいってさ!いつも一緒に遊んでるんだからいいじゃんね!」
「なるほど、そういう事が起こってたか。俺は別に構わないんだけどなー。…うん、でも丁度良かったな。もうあの部屋は使ってないから、遊びに来てくれても分からなかっただろうし。」
「え!?兄ちゃん引っ越しちゃったの!?」
「もうあのお部屋にはいないの、とイブ思う…。」
「あぁ、ごめんな。今は城の外に家を貰って、そこに住んでるんだ。お前らは…もう少し大きくなってから遊びに来い。それまでは俺がここに来るから。」
「「「「「えー!!」」」」」
「見事に揃ったな…。」
「やだやだ、兄ちゃん家にいきたーい!」
「フィネルもー!」
「イブたちだけでも迷わず行ける…とイブ思う。」
「城の外だなんて聞いてないよ!ずーるーいー!!」
「そうじゃそうじゃ!不公平じゃぞー!」
「何も来ちゃダメだって言ってる訳じゃないぜ?お前らだけだと俺が心配で仕方ないから、せめてもう少し大きくなってから遊びに来てくれって話だ。お前らだって子供だけで街まで行った事、無いんだろ?」
「う…それは、そうだけど…。」
「またちょくちょく遊びに来るから、それで勘弁してくれ。な?」
「…うん、分かった。」
「ありがとな。」
俯きつつもきちんと了承してくれる子供たちの頭を順番に撫でていく。
ティムもフィネルもイブもキペックも、撫でてやると嬉しそうに笑って中庭へ掛けていく。
そんな様子に思わず頬が緩んで…
「…ん?」
「どうした、構わず儂の頭も撫でるが良い!」
「い、いつも間に…。」
「だぁっはっは、子供らに混じる事など造作もないわ!言うたであろう、人の子とは無意識に遊べると。」
「そう言えばそんな事言ってたな…。なんか、ぬらりひょんみたいだ。」
「ぬら?」
「あー、いや何でも。そういえば、ホンの奴はだいぶ大きく成長してるぞ?ここの本も半分は読み終わったって言ってたし、巣立つのも時間の問題かもなぁ。」
「巣立つ?それはどうかのぉ…本の虫がここを気に入れば、そのままここの番人となるやもしれぬぞ?」
「番人、ねぇ。そうなると何か変化が…」
「ねぇねぇ、兄ちゃん!折角外で遊べるんだからまたぐるぐるしてよ!」
「い、イブもして欲しいの。」
「わーい、ぐるぐるー!」
「俺、最初がいいなー!」
いつの間にか戻って来ていた子供たちは、ミラに気が付くことなく俺の手を引いていく。
ミラもそれを気にしていないようで、豪快に笑いながら俺たちの後について来た。
どうやら遊んでいる様を見るのが好きなようで、楽しそうに笑っている子供たちを優しく見守っている。
まるで親か姉のようだなと思いながら、俺は子供たちの要望通り控えめのジャイアントスイングをお見舞いしてやる。
「あっははははは!もっともっとー!」
「そろそろ交代なの、とイブ思う。」
「よぉーし、次はイブとフィネルを一緒にぐるぐるしちゃうぞー!」
「ちぇー、もう交代かー。あ、そういえば兄ちゃん、ここに来る前に何かしてた?」
「うん?ここに来る前…あぁ、ちょっと訓練場で体動かしてたけど。も、もしかして汗臭いか!?」
「ううん、臭くはないけどなんか…湿ってる?」
「げっ、マジかよ!なんかごめんな…。そっかー、汗かぁ…。」
俺は少しでもマシにならないかと服の裾を持ってぱたぱたと風を送る。
しかしその程度でどうにかなる訳もなく、俺の服は依然としてしっとりと湿り気を帯びていた。
まずいな、さすがにこの状態で女の子を抱えると言うのは申し訳なさすぎる…!
かと言ってここでやめたら、きっとこの子たちは不公平に思うだろう。
くっ、どうしたらいい…俺は何を選択すればいいんだ!
「あ、単純に風魔法で乾かせばいいだけじゃん。うっかりうっかり。いやー、まだ魔法を使うって発想が出ずらいんだよなぁ。」
俺はそうぼやきながら胸に手を置くと、俺の周りに纏う様な感覚で風魔法を使う。
子供たちも居るので威力には細心の注意を払いつつ、適度に服が渇くような強さを維持する。
しばらくそうした後、最後に足元から上に向かって抜けるように風を巻き起こすと、キラキラと光るものが彼方へと飛んでいくのが見えた。
げ、まさかあれって汗?それとも塩?なんにしても恥ずかしいものをみせてしまった…。
俺はせっかく乾いたというのに額に冷や汗を滲ませながら、恐る恐る子供たちの反応を見る。
…やばい、ポカンとしてる。
これは呆れから来るものなのか、それとも別の何かなのか…。
とにかく何のリアクションも無いと不安でしかないので、俺は口を開けている子供たちに声を掛けようと手を伸ばした。
しかしその手は子供たちによって思い切り握られ、興奮気味に目を光らせては言葉の弾幕を食らう。
な、何を言っているのかは全く分からん…。
「ストップ、ストーップ!何を言ってるのかわかんねぇから一人ずつゆっくりと話しなさい。はい、まずはティムから。」
「兄ちゃんって魔法が使えるんだね!風魔法すごくカッコ良かった!俺にも魔法教えて!」
「フィネルもすごいっておもった!ふわーってなってきらきらーってして!すっごくすごかった!」
「とっても格好良かったの。イブもすごいなって思って…お兄さんに魔法を教えてもらいたいの。」
「俺も俺もー!兄ちゃんすっげーのな!こんなに近くで魔法を見たのは初めてだよ!俺も出来るようになりたい!」
「お、おう…そういう反応だったのなら安心した。それときらきらーの事は忘れなさい、後生だから。」
「なんでー、すごく格好良かったのに!そういえば兄ちゃんって初めて会った時は凄く弱ように見えたけど、今はなんか…違って見えるね。」
「ん?そういえばそんな事言ってたな。ふむ…、あぁ、分かった。あの時は弱体と庇護欲の呪いが掛けられてた時だから、お前らにもそう見えたんだろ。まぁ実際強いわけじゃないから誤解があっても何の問題もなかったけど、でもそうか…弱体化の影響は実はちゃんとあったんだな。」
「の、呪い・・・?」
「お兄さん、大丈夫なの?とイブ思うの。」
「あぁ、大丈夫大丈夫!呪いはもう解いてもらったし、その呪い自体弱いやつだったらしいから。ほれ、今だって元気いっぱいだろ?」
そう言って手足を屈伸させると、子供たちは安心したように息を吐いた。
うっかり呪いなんて言葉を口にしてしまったせいで、子供たちに無用な心配を掛けちゃったな。
ただせさえ今は邪竜のせいで不安やストレスを感じているだろうに、俺がそれに追い打ちをかけてどうするって話だ。
俺は出来るだけ自然に笑ってみせると、イブとフィネルを持ち上げる。
「んじゃ、再開と行きますか!準備はいいかな、お嬢様方!」
「「うん!」」
そうしてまた順番に子供たちを回し続けて、気が付くと辺りが朱色に変わっていた。
暗くなる前に子供たちを帰そうと思い終わりの時間だと告げたのだが、案の定ごねられもう一周ずつ回すことになった。
それでも子供たちはまだまだ遊び足りないようだったが、また必ず遊びに来ると約束すると渋々ながらも帰っていた。
その様子を俺とミラで見送ってから、俺も家に帰るべく踵を返す。
「ミラもまたな。寄り道せずに帰るんだぞ?」
「阿呆、儂の寝床はここじゃ!ぬしこそ気を付けて帰るのじゃぞ?このところ街に穢れたものの気配がある、あまり暗がりは通らず急いで帰るが良いぞ!」
「穢れたもの?なんだろ…、まぁとりあえず了解!せいぜい後ろから刺されないように気を付けて帰るよ。」
「うむ、ではさらばじゃ!」
そう言って見送ってくれるミラに手を上げて挨拶すると、俺は真っ赤に染まる街へと走っていく。
ミラのいう穢れたものが何を指すのかは分からないが、邪竜の動きがあったいま、それに乗じて悪さをしようとしている輩がいるのかもしれない。
俺は言われた通りに用心しつつ家路を急ぐことにした。




