第二章 87 留守を守る者
俺が朝食に舌鼓を打っていると、リアが俺の隣にやって来て何やら言いづらそうにモジモジとし始めた。
それがあまりに可愛かったので堪らずその頭を撫でてやろうと手を伸ばしたのだが、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに華麗なバックステップを決められ、容易に避けられてしまうのだった。
しょんぼりナユタ…
そんな俺を見ていたリアは、諦めるようにため息を零すと重い口を開いた。
「えっと、ナユタ。そろそろ食材を買い足したいのですが…。」
「ん、マジか。まぁ今日はもともと街に行くつもりだったし、ついでに食材も買ってくるか。何があればいいんだ?」
「えっと…その…。」
「ん?どうした、遠慮してんのか?欲しいものがあるなら構わず言えよ、今はノーキもあるから何でも持って帰れるし。」
「いえ、そういうわけではなくて…。」
「うん?」
「あの…リ、リアも、一緒に買い物に…行きたいのです。」
「っ!?」
あ、あの人見知りEXのリアが自ら買い物に行きたい…だと!?
始終俺の後ろにくっついて人が近づいてくるとサッと避けていたあのリアが、自ら人混みに行きたいだなんて…。
昨日まではただの少女だと思っていたのに、いつの間にこんな立派になったのだろう…!
思わず熱くなる目頭を押さえながら、俺はうんうんとしきりに頷いた。
「…なんだか、その反応は腑に落ちないのです。」
「だってお前っ!」
「…リアだって、いつまでもこのままじゃダメなことくらい分かっているのです。ここに住むのなら、必要なものくらい自分で買いに行けた方がいいでしょうし…。ただ最初から一人は…怖いので、少しずつ慣れていこうかと思ったのです。」
「リアっ!!」
「ちょ、抱き着くななのです!離すのです!!…むー!!」
嫌がるリアに殴られながらも、俺は構わず抱きしめ続けた。
だってこんなうれしい事が他にあるか?
あれだけ他人を避け続けていたリアが、自分で思い立って行動に移そうとしているだぜ!?
俺はもう…嬉しくて嬉しくてしょうがないぜ!
「もう、いい加減にするのです!あんまり調子に乗っていると、残りの朝食は片づけてしまうのですよ!」
「あっ、それはどうかご勘弁をっ!」
取り上げられそうになる朝食を死守して、とりあえず全てを平らげる。
そうしてリアが食器を片づけてくれている間に身支度を済ませ、俺とリアは小雨の降る街へと繰り出したのだった。
―――
街はいつものように活気づいていて、いたる所から威勢のいい呼び声が聞こえてくる。
俺はリアに何を買えばいいのか聞きながら、店を選ぶため歩いて行く。
店に入ったらその都度リアにお金の使い方や計算の仕方を教え、店主とも軽く世間話を交えつつ順調に必要なものを買っていった。
ここで役に立ったのが例のノーキだ。
何を入れてもかさ張らないし重くならない、そして何より巾着よりも大きなものでも吸い込まれるように入っていってくれるのだ。
これを便利と言わずしてなんとする!
中に入っている間は劣化もしないので、俺は必要な量より少し多めに買っておく。
多く買う事で店主もおまけしてくれるし、一石二鳥だろう。
「まいど!また頼むぜ兄ちゃん!」
「おう、また来るわ。」
「……ご、ごきげんよう、なのです。」
「お?はっはっは、上品な嬢ちゃんだな!おうおう、ごきげんようっと!嬢ちゃんもまた来てくれな!」
「は、はい…。」
買い物の後半にはこうしてリアが積極的に挨拶をするようになったので、俺は始終涙目で過ごすことになった。
リアはそんな俺にすごく恥ずかしいものでも見るかのような目を向けてきたが、俺にとってはそんなことどうでも良くなるくらいのビッグイベントだったので構わず鼻を啜り続けた。
買い物を続けて城壁の近くまで来たとき、ふと聞き覚えのある声が聞こえた気がして辺りを見回す。
すると、細い路地を入ったところで若い男女が言い争っているような現場に出くわしたのだった。
痴話喧嘩か何かだろうとその場を通り過ぎようとした時、またしても聞き覚えのある声が聞こえ思わず振り返る。
…まさか。
「なぁ、そろそろ返事をくれないか?俺は…本気でお前の事が好きなんだ!あと二、三年もすれば俺も医者になってちゃんと稼げるようになる。そうしたら、そこらの男よりずっとお前に楽させてやれるんだぞ?」
「…ごめん、私…」
「っ、何でだよ!?どうして俺じゃダメなんだ!?俺ならお前を大事に出来るし、お前のことを幸せにしてやれるのに!」
「ごめん、でも今はそんな事考えられなくて…。」
「っ!…、わかった。ならもう少し時間を掛けて考えてみてくれ。俺は、絶対にお前を諦めないからな!!」
「………。」
そう言い放つと男の方は踵を返して路地の向こうへと消えていった。
残された女の子はしばらくその場で立ちすくんだ後、男とは違う方へ…俺たちがいる方に向かって歩いてくる。
その子は俺たちに気が付き顔を上げると、泣きそうに伏せていた目を見開きとっさに手で口を覆った。
「エルちゃん…。」
「ナユタ、君…?」
「…ごめん、立ち聞きするつもりは無くて。えっと…、ごめん。」
「えへへ、恥ずかしい所を見られちゃったなぁ。びっくりしたでしょ?ごめんね、声も大きかったもんね。」
「いや…。エルちゃん、さっきの人って…?」
「あ、うん。一昨日交際を申し込まれて…返事を待ってもらってたんだけど…。」
「そっか。…大丈夫?」
「うん、もちろん大丈夫だよ!あれ、そっちに居るのは?」
「え、あぁ、リアだ。リア、この子は俺の友人でエルちゃんだ。」
「こんにちは、初めましてリアちゃん。」
「ご、ごきげん…よう。」
「わるい、ちょっと人見知りなんだ。」
「そっか、ふふふ可愛いね。私はエル、仲良くしてくれると嬉しいな。」
「…はい。」
リアの目線に屈むエルちゃんにリアもなんだか興味があるようで、いつもより俺の後ろから出てきてはエルちゃんをじっと見つめている。
そんなリアにエルちゃんは照れたように笑うと、思い出したかのように立ち上がって腰に両手をあてた。
見るからに怒っています、というポーズだが…なんだろう?
「ナユタ君!さては君、先生と何度も会っているな!証拠はそろっているのだぞ!」
「あ、いけね忘れてた!それを謝ろうと思ってたんだった。ごめんエルちゃん…騙すような事しちゃって。」
「ふふふ、正直に謝ったので許します!何か事情がありそうなのは気づいていたし、それに…ナユタ君が先生に会ってるって知ってたら、きっと我儘言っちゃってたもん。会わせて、連れてってって…。だから本当は謝ってもらう必要ないの!えへへ、ごめんね?」
「エルちゃん…。」
「…先生は、元気なんだよね?」
「…あぁ。」
「そっか、それならいいんだ。……、今日の事は言わないでね?」
「え、うん…それは良いけど。でも、エルちゃん」
「ごめんね。でももう少しだけ、一人で考えてみるよ。」
「…分かった。」
「ありがとう。それじゃ、私もう行くね!またね、ナユタ君!リアちゃん!」
「うん、また…。」
走っていくエルちゃんの背中を見ながら、俺は複雑な感情に頭を悩ませていた。
当事者でもなんでもない俺だけど、それでもエルちゃんがどんな答えを出すのかその動向が気になって仕方がない。
レーヴには話さないでほしい…エルちゃんはそう言ったけど、俺はレーヴにこそこの話を聞いてもらいたいと思う。
たぶんこれを納得のいく形に解決するには、あの男が存在が必要不可欠だと思うからだ。
それは二人を知っている俺だからこそ分かる事だろうけど…。
だけど…どうしてこう上手くいかないんだろうな。
二人ともどこかで遠慮していて、微妙に距離を取っていて…だからこんな事態に陥ってしまってるんだ。
もっと本気でガツンとぶつかってしまえば、案外簡単に話が進むんじゃないかと思うんだけどなぁ…。
「ったく、アオハルしてんじゃねーっつの。」
「アオハル?」
「いや、こっちの話。それにしてもリア、エルちゃんの前だとあんまり隠れなかったな?やっぱりノエルくらいの歳の女の子の方が話しやすいか?」
「い、いえ、何というか…。あの方はどことなく姫様に似ていて、つい気になってしまったのです。」
「エルちゃんがノエルに?ふーん…まぁ確かに二人とも活発美少女だよな。話しやすいし明るいし、それに優しい所もそっくりだ!なるほど、確かにリアの言った通り、二人には共通点が多いかもしれないな。」
「そう、なのですね。」
「…ノエル、元気にしてるかな?もうユグドラシアには着いてるんだよな?」
「…はい。」
「なんか話してたら会いたくなっちゃうな?…よし、最後に差し入れを買ったらさっさと帰るか!」
「はい。」
うっかり顔を出した寂しさを誤魔化すようにリアと手を繋ぐと、俺たちは露店街へと向かう事にした。
レーヴへの差し入れも兼ねて久しぶりにタオブでも買って行こうと思ったのだ。
あれなら腹も膨れるし食べやすい、加えて美味いんだからレーヴも文句はないだろう。
久しぶりの露店にいろいろ目移りしつつも目的のタオブ店に着き、相変わらず賑わう店内で持ち帰り用に四つ包んで貰ってから店を出る。
活気あふれる露店街にリアは始終オドオドしていたが、呼び込みをしていたおばさんに声を掛けられるとぎこちないながらも会話をしていた。
その様子を見ながら歩いていると、突然衝撃に襲われそのまま尻餅をついてしまった。
「いってて、なんかデジャヴなんだが…。」
「あぁ、すみません。こういう人混みには慣れていませんで…大丈夫ですか?」
「あ、はい。こちらこそよそ見をしていたものですから…」
「おや、あなたはいつぞやの。」
「え?あぁ、あの時の紳士的なお医者さん!」
転んだ俺に手を差し伸べたその人は、街をジョギングしていた時にぶつかったスキンヘッドの強面紳士だった。
その人はにこやかに俺を立ちあがらせると、怪我の有無を確認して再度頭を下げた。
「一度ならず二度までも、本当に申し訳ありません。今回はお怪我などはなさそうですが、どこか痛みませんか?」
「いえ!こちらこそすみませんでした、おかげさまでどこも痛みません!」
「それは重畳。何度も転ばせてしまった上に怪我までさせてしまってやいないかと、肝を冷やしておりましたので。」
「例え怪我をしても、あなたがまた一瞬で治してしまうのでしょう?あの神業を間近で見られずに、むしろ残念に思う所です。」
「ははは、面白い事をおっしゃいますね。おっと失礼、私としたことが名乗っておりませんでしたね。私はヤブと申します、旅をしながら医学を学ぶ変わり者ですのでどうかご無礼をお許しください。」
「こ、こちらこそ!俺…いや、私はナユタと申します。いつぞやは怪我を治して頂きありがとうございました。それにしても…あんな神業を持っているのにヤブ、ですか。」
「ん?何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ別に!…あ、すみませんお買い物の途中でしたよね?」
「どうぞお気になさらず。なに、人が多いので見ていただけなのです。何しろ変わり者のヤブ医者なもので。」
「え?あ、ははは。」
「ふふふ。おっと、申し訳ない。連れが呼んでいるようなのでこれで失礼させて頂きます。またどこかでお会いいたしましょう。」
「えぇ、ぜひ!」
そうしてヤブは紳士的にお辞儀をした後、人ごみの中に消えていったのだった。
なんだかあの人とはまたどこかで会いそうな気がする。
そんな風に思っていると、控えめに裾を引っ張られた。
「…ん?どうしたリア。」
「あ、あんまり放置しないでくださいなのです!話が終わらなくて大変だったのですよ!?」
「お、わりぃ。んじゃそろそろ帰ろうか。」
若干むくれているリアの手を取って、はぐれないように人の波を掻き分けていく。
雨だと言うのにこの混みようは、そろそろ昼時だからだろうか?
どんどん増えていく人に辟易しながら、俺たちは家へと戻るのだった。
――――
リアと買ってきたものを片づけた後、俺はタオブを持ってレーヴの部屋を訪れていた。
恐らく昨日もあの調子で遅くまで作業していただろうから、下手したら何も食べていないかもしれないな。
最悪このタオブは全て食べさせようと思いながら、俺は部屋のドアを叩く。
…返事なし、物音なし、開く気配なし。
これは完全に寝ているな。
俺はダメ元でドアノブを回してみる…すると、意外な事に鍵が掛けられておらずそのドアはすんなりと開いたのだった。
珍しい事もあったもんだ。
まぁ、わざわざここまで泥棒しに来るやつもいないだろうし、鍵なんてかけなくても何も問題ないだろけどな。
そう思いながら部屋へ入ると、そこには作りかけの薬と床に倒れるレーヴの姿があった。
「レーヴ!?おい、どうした…しっかりしろ!!」
反応を返さないレーヴに駆け寄ろうとしたが、一歩踏み出す前にその異常に気が付いた。
黒い靄のような物が湯気のように揺らめき、レーヴの体から出てきている。
これってもしかして…
「メメントモリ、か?暴走しているのか、それとも魔力が…そうか!コイツ寝ずに作業して魔力切れを起こしたな!?ったく、あれほど仮眠しろって言ったのに!」
俺は急いでレーヴに近づくと、魔鉱石を取り出してその手に乗せる。
魔力切れでこんな事になってるなら、魔力を補充すれば問題ないはずだ。
しかしその考えとは裏腹に、魔鉱石を置いても状況に変化は見られなかった。
…おかしいな、魔鉱石は確かに吸収されたはずなのに。
俺は手持ちの魔鉱石を全てレーヴの手に握らせ必死に呼びかけた。
「おい、レーヴ!まさか死んでないだろうな?こんなふざけた死に方、俺は絶対許さないからな!おい、早く起きないとエルちゃんをここに連れてきちゃうぞ!?」
「…うる、さいな。聞こえてるよ…。」
「っ、お前なぁ…、マジでこういうの勘弁しろよ。」
「あぁ、世話掛けたね…。」
「まったくだ。…なんだお前、もしかして起き上がれねぇの?」
「あぁ、実はね。どうにも体がいう事をきかないんだ。暴走を食い止めるので精一杯で、その辺は蔑ろにしちゃったからね。まぁ、しばらくこうして横になってればじきに回復するだろうさ。ただ…残念だけど薬は間に合いそうにないかな。やれやれ、本当に僕ってやつは肝心な時に動けない事ばかりだ。」
「無理をするからこういう事になるんだ。王様には俺から言っておくから、お前はとりあえず寝とけ。」
そうして床に横たわるレーヴを抱えると、引きずるようにして寝室まで運ぶ。
こんな風にレーヴを運ぶのは二回目だと笑うと、レーヴは不名誉極まりないと愚痴った。
まったく、こんな状況になっても憎まれ口はご健在なようで心底安心するぜ。
そうやってしばらくは話もできていたのだが、ベッドに横たえた途端にレーヴは気絶するように眠りに落ちたのだった。
これは結構危ない状態だったんじゃないだろうか?
俺はこの場でもう一つ魔鉱石を作ると、レーヴの手に乗せ寝室を後にする。
まずは王様の所へ、そしてそれが済んだら街まで行ってスープでも買って来てやろう。
「まったく、エルちゃんに元気だって言ったばっかりだったんだぜ?」
寝室のドアに向かってそう溢してから、俺は王様の元へ行くべく部屋を出た。
俺が言ってどうにかなる話ならいいんだけど、あの人ってば何を考えてるか分かんないからなぁ。
まぁ他ならぬ友人のピンチだ、せめて納期の延長くらいは勝ち取れるように頑張ろう。
―――
玉座の間まで来た俺だったが、これは予想していなかった。
「陛下は現在会議に向かわれておりますので、御拝謁賜ることは叶いません。」
扉の前に立つ騎士が言うには、そういう事らしい。
まさかの不在、だがこの場合どうするべきか。
…仕方ない、時間をずらしてもう一度来るしかないか。
出来れば早めに済ませてしまいたかったんだが、いないんじゃしょうがないもんな。
「お勤めご苦労様です、そういう事情でしたらまた改めて参ろうかと…」
「おや、これはこれは。いかがなさいましたかな、ナユタ様。」
「え…?あ、セバスちゃん!」
憂鬱な気持ちで騎士と話して俺に、セバスツァンが声を掛けてきてくれる。
まさに地獄に仏、王様にセバスチャンだと言わんばかりに駆け寄ると、泣きつくようにして事情を話す。
始終ニコニコと笑いながら話を聞いてくれたセバスは、考えるように髭に触れてから思いついたように優しく目を細めた。
「そういう事でしたら、不肖ながら私が陛下にお伝えしておきましょう。」
「本当か!?うわーん、ありがとう!さすがセバスちゃん、俺のいやしッ!」
「いえいえ、私にできる事といったらこの程度ですので。ナユタ様のお役に立てるのであれば幸いでございます。」
「お役に立ちまくりだよ、本当にありがとうな!」
「ほっほっほ、光栄でございますよ。」
俺はセバスの手を取り固く握手を交わしてから、再度お礼を言ってその場を後にした。
セバスちゃんに任せておけば万事解決、問題なしだ。
なんて言ったって信頼と実績の最高じいちゃん、セバスツァンだからな!
俺は先ほどまでの憂鬱な気持ちから一転、晴れ渡る空のように清々しい気持ちで街へと繰り出したのであった。
―――
街についた俺は、弱っているレーヴでも食べれるようなものがないかと再び露店街へとやってきていた。
流石に昼過ぎという事もあって人も少なくなっていたが、それでも十分活気のある店が立ち並んでいる。
とりあえずスープか何かないかとぐるりと店を見て回ると、丁度いい所にお粥のようなものを売っている店を見つける。
俺はさっそく近づいていき、店にいた綺麗なお姉さんに話しかけた。
「すみません、これってなんですか?」
「え?なぁに、お兄さんユユシィを知らないの?美味しくて美容にも良い、いま街の女の子に大人気な料理なのよぉ?」
「美容にも…、それって体にいいって事ですか?」
「そうよぉ!種類によって効果が違うけどぉ、このトマテ風味のなんかは肌が綺麗になるのよぉ?」
「なるほど…、例えば病人に食べさせるとしたらどれがいいですかね?」
「病人?誰か病気なの?良かったらお医者さんを紹介しようか、ナユタ君?」
「うぇ!?え、エルちゃん!?なんでここに…!」
店のお姉さんと話すのに夢中で気が付かなかったが、いつの間にか俺の隣には今朝別れたはずのエルちゃんが心配そうな顔をして立っていた。
よく見るとエルちゃんの他にももう二人いるようで、どうやら買い出しの途中だったようだ。
しかしこの状況、どうしようか。
エルちゃんの前で誤魔化しきる自信がまったくないんだけど。
「あー…うん、そのぉ…ちょっと知り合いが過労で倒れちゃって、何か消化にいい物でも持ってってやろうかなぁって。」
「そうなんだ、ナユタ君は優しいね。過労か…それならここのウルユユシィがおすすめだよ。ほら、あの白いやつ。鶏の出汁を使っていてさっぱりしてるし、隠し味に使ってる蜂蜜も疲労回復には良かったはずだよ。」
「ちょっとぉ、隠し味までバラさないでよぉ。そういうの気が付くのエル位なものなのよぉ?」
「あはは、ごめんなさい。また買いに来るから許して?…そういうわけだから、ウルユユシィが私のおすすめ!味も保障するよ?」
「エル、そろそろ行くわよ。」
「あ、はーい!それじゃ、またねナユタ君。お友達、早く元気になると良いね。」
「あぁ、ありがとうエルちゃん。…えっと、また。」
「うん!」
そう言って笑顔で掛けていくエルちゃんと別れ、俺はせっかくだからとそのウルユユシィというものを注文する。
お姉さんは手慣れた様子で木の筒にそれを入れると、持ちやすいように紐を掛けてくれて…
「ねぇー、ナユタくーん!」
「わっ!びっくりした…。な、なにー、エルちゃーん。」
「具合悪い友達って、先生じゃないよねー?」
「っ!」
少し離れたところから掛けられた問いに、俺は思わず言葉に詰まってしまう。
エルちゃんが帰ったと思って完全に油断していた俺は、何も返すことが出来ず目を逸らした。
この子、どうしてこんなに察しがいいんだろう。
俺の様子を見てエルちゃんは駆け寄ってこようとしていたが、連れの女性に呼ばれたのか後ろとこちらを交互に見てどうするべきか決めかねているようだった。
俺は店のお姉さんからユユシィを受け取り金を払うと、エルちゃんに向かって声を掛ける。
「これ食べればすぐに元気になるはずだから、エルちゃんは何も心配しなくていいよ!エルちゃんもあんまり頑張りすぎないようにな!それじゃ!」
「ま、待って…!」
エルちゃんに声を掛けられたけど、これ以上仕事の邪魔をするわけにもいかないのであえて無視して人混みに紛れる。
そうしていくらか進んでから後ろを振り返ってみたが、どうやら追いかけて来てはいないようで安心した。
エルちゃんが仕事を放って付いてきちゃうような子ではなくて本当に良かった。
後ろ髪引かれる思いではあったが、俺はそのまま城へと帰ることにした。
―――
レーヴの部屋に着くとまだ眠っているようだったので、作業台を片づけつつ出来上がった薬を種類ごとにまとめていく。
やはり数は足りていないが、それでも注文のほとんどは揃えられていた。
この分なら明日中には出来上がるだろうと思っていると、寝室からのそのそとレーヴが現れたのだった。
正直、熊が出てきたのかと思ったのだが秘密にしておこう。
「よぉ、気分はどうだ?」
「おかげさまで、だいぶいいよ。もう少し回復には時間が掛かると思ってたんだけどね。」
「そりゃよかった。ほら、ユユシィってお粥みたいなの買ってきたから、それ食ったらもう一回寝とけ。納期の事は大丈夫だから気にしなくていいぞ。」
「そうかい…。まったく、困ったものだよ。そんなことされたら感謝せざるを得ないじゃないか。」
「お前は感謝よりもまず反省しろ。ったく、あれほど無茶はするなって言ったのに…死にかけてた自覚はおありなんでしょうかねぇ?」
「悪かったって…確かに今回は無茶が過ぎた。どうやら僕は、いつの間にかムキになってたみたいだ。もちろん反省もしているさ。」
「…もうすんなよ。お前が死んだら、俺はエルちゃんに合わせる顔がなくなるんだからな。」
「…。いい香りだね、さっそく頂こうかな。」
「ったく…本当に反省してんのかね、コイツは。」
あからさまに話をはぐらかして、レーヴはユユシィを食べ始める。
俺はそれを横目で見ながら、念のためにと魔鉱石を作っておく。
さっきので全部使っちゃったからな、何があるか分からないし作れる時に作っておくべきだろう。
「…そういえば、僕に何かしたかい?明らかに魔力の回復が早い…というか、いつも以上に回復しているんだけど。」
「あ?そりゃお前に魔鉱石を使ったからだろ。効いてるんだかよく分からなかったから持ってるの全部使ったんだ、そりゃ回復してない方がおかしいって話だぜ。」
「…魔鉱石を、使った?ナユタさん、魔鉱石なんて持ってたのかい?それも全部使ったって…。参考までに聞きたいんだけど、いくら分の魔鉱石を使ったのかな?」
「ん?いくらも何も、俺が作ったやつだからタダだよタダ。メイド・イン・ナユタ、もしくはナユタ魔力100%使用…ってこの言い方は何か気持ち悪いか。」
「魔鉱石を…作った?それは冗談のつもりか、それとも僕に気を使っているのかな?魔鉱石を人工的に作る事は出来ないと昨日言ったばかりだろう?気を使うにしてもずいぶん下手な嘘を吐くじゃないか。」
「それが嘘じゃないから世界って不思議だよなぁ。ほれ、現に今も作ってんぞ?」
俺はつい今しがた作ったばかりの魔鉱石をレーヴへと渡す。
レーヴは恐る恐るそれを手に取り、確かめるように指先で触れていった。
しばらくそうしていたレーヴだったが、訝しげに眉を顰めると持っていた魔鉱石を俺に返した。
「なんの変哲もない魔鉱石だと思うけど…。」
「え、そうなのか?ふーん、人工的に作っても案外変わらないもんなんだな。お、その顔はまだ疑ってるな?ふむ…それじゃ、今から作ってみせるからレーヴの魔力感知でどう見えるのか教えてくれ。いくぞ?」
「え…。」
俺は戸惑うレーヴに向かって手を突きだし、少しでも変化が分かりやすいようにと今までで一番魔力を込めて魔鉱石を作った。
それはビリヤード玉くらいの大きさに出来上がり、今までよりずっしりとした重みがある。
俺の総魔力量の半分くらいを使う様な感覚で作ったが、これはなかなかに疲れるな。
作った魔鉱石を作業台の上に乱暴に置くと、俺は倒れ込むようにソファに腰掛けた。
「あー、さすがにしんどい。」
「…驚いたな、本当に魔鉱石を作れるのか。どうやっているんだ?」
「いやぁ、それがなんとも単純で。ただ手の上で魔力を圧縮してるだけなんですよねー。そう言うレーヴにはどう見えたよ?」
「…確かに膨大な魔力が一か所に集まっているのは分かった。でも、おそらく魔鉱石になった瞬間なんだろうけど、今まで流れていた魔力が一瞬にして消えたように感じられたよ。」
「なるほど、レーヴの感覚だとそうなるのか。確か魔力は流動体だって言ってたから、流れを読み取るレーヴの力だと結晶化した時に消えたみたいに感じるのかもしれないな。…で、信じてくれましたかね?」
「実物が目の前にあるんじゃ、ね。それにしても君は多才だね、もれなく僕からの妬みが増幅されたよ。」
「嬉しくねぇなぁ、おい!でもまぁ、これは俺の才能っていうか…たぶん副産物なんだよなぁ。俺が異世界から来た人間だから、ここの人間とのあり方が少し違ってこんな事ができる…んだと思う。あ、これはあくまで俺の予想であって、なにも確証がある訳じゃないからあしからずな?」
「…なるほどね。確かにあり方に違いがあるというのなら、ナユタさんの闇に変化があったことも納得できる。人らしくないんじゃなくて、この世界の人らしくない…のかもしれないね?」
「あー、そう言えばそんな事も言ってましたねぇ。…おい、何してんだ?」
「ん?食事が終わったから調合の続きでもしようかと思って。」
「寝ろって言ってんだろうがっ!お前少しも反省してねぇな!?いう事聞けないなら鍋は全部没収すっぞ!」
「いやいや、君の魔鉱石のおかげでだいぶ体も楽になったし、少しくらいなら大丈…」
「オーケー、今を以て鍋の没収が決まった!さーさー、しまっちゃおうねぇ。」
「え、待ってくれ。君の手元で鍋の気配が消えていくのは何なんだい?君、また変な特技を身に着けたね?」
「お前にはまだ教えてやらん!ほら、もうやることないだろ、さっさと寝ろ!」
この部屋にある鍋をひとつ残らずノーキに仕舞うと、俺はレーヴを寝室に押し込んだ。
レーヴは最後まで文句を言っていたが、俺が折れないと察するとため息をつきつつベッドに入っていった。
ったく、自己管理できない奴に文句言う資格ねぇ!
なんだかドッと疲れが押し寄せてきたので、俺は再びソファに座りノーキから出来立てのまま維持されたタオブをとり出した。
魔力の自然回復は主に寝るか食べるかすればいいので、俺の場合はタオブを食べて回復を促そう。
ついでにキッチンも借りてお茶を淹れ、ちょっとした優雅なひと時を味わったのだった。
そうしてタオブを食べ終え茶器を片づけていると、部屋のドアが控えめに叩かれた。
そのノックの仕方に聞き覚えがあった俺は、返事もせずに急いでドアを開ける。
するとそこには俺の予想どおりの、柔和な笑顔を浮かべたセバスツァンが立っていたのだった。
「こんばんは、ナユタ様。先ほどの件でお伺いしたのですが、ヒュプノス殿はまだ御目覚めではございませんか?」
「あぁ、さっきまで起きてたんだけど、また寝かせたんだ。…もしかして納期伸ばせなかったのか?」
「いえ、そういうわけではなく。陛下に先ほどのお話をしたところ、現在出来ている分だけの納品で構わないという事でしたので、お預かりに参った次第でございます。」
「え、じゃあ残りは作らなくていいの?出来上がってる分を納品すれば依頼達成ってこと?」
「はい、そうなります。陛下からも報酬をお預かりしておりますので、どうぞお受け取りください。」
「…ごめん、その報酬なんだけど、明日にでもレーヴに直接渡してもらえないかな?俺から渡すのは何か違う気がして…。」
「…、かしこまりました。ナユタ様がそうおっしゃるのであれば、そのように。では、さっそくで申し訳ないのですが…。」
「あぁ、薬か。この箱に入ってるのが全部そうなんだけど…これ、一人で運ぶつもりか?」
「ほっほっほ、ご心配には及びません。こう見えてまだまだ現役でございますので。」
「いやいや、さすがに多いって!半分は俺が持つから、あんまり無理すんなよ?セバスちゃんが怪我でもしたらみんな悲しむぜ?」
「ほっほっほ、ナユタ様は本当にお優しくていらっしゃいますね。ではお言葉に甘えて、お願いしてもよろしゅうございますか?」
「もちろんございますぜ!…それで、どこまで運ぶんだ?」
「はい、城の門までお願いいたします。」
それから俺とセバスは薬の瓶が入った箱を抱えて門へと向かった。
さすが現役というだけあって、結構な重さのある箱を運んでいるというのにセバスの息は全く乱れていない。
それどころか積極的に話しかけてきてくれるので、道中楽しく過ごすことが出来た。
さすがベテラン執事、トーク術も一級品だ。
「それが最後の薬か?」
「はい、お待たせいたしました。」
「あっ、エトワール!?」
門までつくと、汚れた甲冑を身に纏ったエトワールの姿があった。
エトワールは何人かの部下と共に馬車に荷物を乗せていて、どうやら俺たちが持って来た薬を待っていた余だった。
それにしても、どうしてエトワールがここに居るんだ。
戻ってきて、ロヴィル領は大丈夫なのか?
「ん?なんだナユタ、わざわざ持ってきてくれたのかい?」
「え、あぁまぁ…。それよりも!どうしてエトワールがここに居るんだ?邪竜は!?ロヴィル領は!?」
「とりあえずの危機は脱したよ、邪竜が姿を消したからね。ただ怪我人が多いのと邪竜の行方が分からないって事で、アタシが一度城に戻って報告と物資の補給をしてるってわけさ。」
「そう…か。シュヴァリエ辺境伯は大丈夫なのか?」
「あぁ、そりゃ心配するだけ損だよ。あの人は辺境伯だ、もしもの時に戦えるだけの能力と才覚があるからロヴィル領を任されてるんだよ。ついでに言うと、騎士団も無事だ。怪我人こそいるけど、死人は出てないよ。」
「そっか、よかった。…ちなみに、クロエってメイドに会わなかったか?辺境伯が前線に出てたなら、きっと側に居たはずなんだけど。」
「ん?いや…メイドなんて見てないね。あんたの知り合いなの?」
「あぁ、友達なんだけど…。」
「ふーん…ならちょっと探してみてやるよ。仕事の合間にだから見つけられる保証はないけど、もしそのメイドと会うようなことがあったらあんたが心配してたって伝えておくよ。」
「ほ、本当か!?ありがとうエトワール、恩に着るぜ!」
「ふっ、あんたって本当にシャルルとは似てないんだね。人懐っこい所は同じだけど、アイツは他人を寄せ付けなかったから。」
「そう…なのか?」
「あぁ。アタシはあんたの方が可愛気があって好きだね。っと、そろそろ行くよ。あと二、三日もすれば戻ってくるから、それまでは城の事を頼むよ。」
「お、おう!何かあったら出来るだけの事はする!」
「ばーか、何かあったら出来るだけ早くアタシらを呼ぶんだよ。一人で出来る事なんて高が知れてるんだから、戦う事より助けることを優先しな。…ってアンタは騎士じゃなかったね。悪い悪い、つい癖でね。それじゃ、行ってくるよ。」
「あぁ、いってらっしゃい!」
そうしてエトワールは馬車と共に再びロヴィル領へと向かったのだった。
消えたという邪竜のことも怪我人が多いというロヴィル領の事も、色んな事が気にかかるけど今は焦っても仕方ない。
俺があそこで出来ることはないんだと割り切って、俺はエトワールの言った通りここでみんなの留守を守ろう。
具体的に何か出来るわけではないけれど、何かあった時に守ろうという気構えをしておくだけでもきっと何か変わるんだと思う。
俺は多くの人の無事を祈りつつ、小さくなっていく馬車を見送った。




