第一章 11 歓談とその終わり
「あ、そういえば最初に自己紹介してくれた時に…、何て言っていたかしら?カイ、シャ?あってる?それから帰る途中だったと言っていたけれど、それというのはどういう物なの?」
鼻をすすりながらお茶に手を伸ばす俺に、ノエルは少し考えるような仕草をしながらそう言った。
どうやらまだ俺の居た世界に興味があるようだ。
「あー会社、ね。何て言えばいいかな?俺が働いてる場所で、そこで働くことによって給料…お金がもらえるんだ。だから俺が居た世界では大抵の人間は何かしらの会社で働いて生計を立ててるんだよ。」
「なるほど、働くところという意味なのね。そこから家に帰っている途中で気を失ったの?」
「そうそう。いやー、もはや懐かしいわ。結局あんまんを食えなかった事だけが悔やまれるよなぁ。」
完全に余談だが、俺はあんまんには芋焼酎が合うと思うのだ。
何ならショートケーキにも合わせたりする。
あまり理解されない食べ合わせなので家でしかできないちょっとした楽しみなのだが、これこそが至高にして最強の組み合わせだ。
もちろん俺個人の嗜好の話しであって異論は認める、が、反論は認めない。
断言しよう、甘味こそ芋焼酎の最高のパートナーだ。
「ねぇ、ナユタ?気を失う前の事なのだけれど、何かを見たり聞いたりはしなかった?」
何かを見たり聞いたり…?
はて、どうだったろうか?
なにぶんその辺りの記憶は今も曖昧なのだ。
だが他でもない異世界最初の友人の頼みだ、記憶力には自信が無いんだが頑張って思い出してみよう。
コンビニ…では特に何も変わったことはなかった気がする。
会社からコンビニまでは浮かれてたから、それこそ正常な判断なんてできていなかったし、記憶だっていいように捻じ曲げていたかもしれないけど。
それでも肉まんを無事に口にすることが出来た以上、コンビニまでの道のりに異常はなかったはずだ。
となるとこの後に何か…
いや待て、何か忘れてないか?
あの時、会社を出て偽りの幸せと会社へのゴミみたいな愛に思いを馳せてる時、何かあったような…
うおー、頑張れ俺の記憶力!
「あ!」
「何か思い当たることでもあった?」
「いやー、思い当るっつーか。あの時は気のせいだと思ってたんだけど…」
あの時だ。
会社からふらふらと歩きながら変なテンションで神にお祈りなんてして。
そして一瞬だったが、確かに見えた気がする。
あの時は疲れからくるものだろうと思っていたけど…
「確か帰ってる途中で空を見上げた時、急に足元が光ったんだ。たぶん赤、いや緑…?色だったと思う。気のせいだったかもしれないけど…。」
でも今思えば確かに光ったんだ。
綺麗だなぁ、なんて気にも留めてなかったけど、まさかあれが今回の一件の前兆だったのか?
だとしたら、あの時に何か事を起こしていたらこんな事にはなってなかった…?
「赤、そして緑の光…?うん。ありがとうナユタ、とても参考になりました。」
ノエルは何か思い当る節があるのか少し考えていたようだが、どうやらそれを教えてくれる気はないようだ。
何か知ってるなら教えてほしいっていうのが本音だが、あんまり深く突っ込んで疑いが深くなるのも困るので今は大人しくしていよう。
だが疑いが晴れたその時は、今の話の核心からノエルの好きなタイプまで根掘り葉掘り聞いてやるから覚悟しておくように!
「ナユタからは何か聞きたい事ある?」
「うーん、そうだなぁ。じゃあさ、シャルルってどんな奴?歳は?仕事は?彼女は?」
「え?シャルル様の事?えっと、シャルル様は18歳でギルドに所属してお仕事されていたわ。とても優秀でシャルル様にお願いしたいって人が殺到するほどだったそうよ。恋人…はたぶんいらっしゃらなかったと思うわ。騎士よりも騎士らしく、とても自分に厳しい方だったから時間さえあれば鍛錬を積んでいらしたみたいだし。」
うわー、ここに来て新事実!やっぱり年下!
通りで俺の体より若々しく引き締まってると思ったぜ。
そんでもって彼女なしってことは同類だなこれ。
良かった未経験使用済みじゃなくって。
俺の大事な何かがぽっきり逝くところだったよ、マジで。
それにしても恋人はいないって結構確信持ってるっぽいけど、シャルルとノエルはどういう関係なんだろ?
友達って感じじゃないんだよな、様付だし敬ってる感じだし。
「結構気になってたんだけど、何でノエルはシャルルに様を付けるんだ?お姫様からしたら身分は下、だよな?」
ノエルは一度キョトンとした後、まるで自分の事のように誇らしげな顔をしてこう言った。
「それはシャルル様が女神ツェリア様の加護を受けた勇者様だからよ。」
ん?勇者っていうのは竜を倒したからもらえる称号じゃないのか?
竜を倒す前から既に勇者だったって事?
それで女神から祝福を受けて…?
「んー、女神ツェリアっていうのもよく分かんないんだけど、シャルルは竜を倒して勇者になったんじゃないのか?」
「いいえ、シャルル様は生まれながらにして勇者だったのよ。女神ツェリア様から特別な加護を受けた、特別なレトワルを持った存在。シャルル様がお生まれになった時、あの方のレトワル既に誰よりも大きく立派なものであったそうなの。」
既に大きくて、立派な…!?
ちょっと…もう一回言ってくれる?
はっ!いかん、まじめな話だ。
落ち着け俺。
「その、レトワル?っていうのは?」
「レトワルというのは、生命が生まれながらにして持っている命の源、魂ともいえる存在。特に私たち人族のレトワルは他の種族よりもはるかに大きくて、そこから魔力を生み出すことが出来ると言われているから、人族自身が持ち合わせている魔力量は他の種族とは比べ物にならないくらい多いのよ。それでも生まれたばかりの頃は小さくまだ原石のような状態だけれど、時を重ねるにつれ成長して修練を積むことによってより磨かれていくの。」
うわ、まって情報量が多い!
さっきも言ったけど俺の記憶力じゃそんなの一遍に処理できないって。
えぇっとつまり、レトワルってのが大きいと魔力量が多くて、質がいいと魔法が強くなるって事?おけ?
んで重要なのはここ!みなさん、メモの準備はいいですかー?
人族と他の種族!
ほ・か・の!種族!
出ました、異世界名物・亜人族!
やっぱりいるんだなー!
くぅっ!会ってみたい!!
「ねぇねぇ、ノエル!人族の他にはどんな種族が居るんだ?」
「…ふふふ、なんだか楽しそうね?ええっと、近い所で言うとそうね…この領地の川を挟んだ東側はエルフ族の国なの。その向こうが鬼神族の国で、この国の北西にあるのが獣人族の国。ドワーフ族もいるのだけど、私も噂に聞く程度で詳しい事は知らないの。何でも、とある火山の麓に国を築いてからはどことも交易をしていないんですって。」
王道キタコレー!!
お隣さんエルフなのかよ夢広がるな!
そんでケモ耳娘に鬼娘まで居やがるなんてパラダイス!
ドワーフは引き籠りで会えないみたいだけど、存在することに意味があるからオールオーケー!
くーっ、今すぐ見てぇ今すぐ会いてぇおっ友達になーりてーい!
「どこに行けばその人たちに会えますですか!?」
「え!?あ、会いたいの?うーん…そうだなぁ。騎士団の中に何人か獣人族は居るけれど、他の種族は基本的にあんまり関わりがないのよね。」
なんですって!?
こんなに素敵な種族がいらっしゃるのに、関わりがない?
なんてもったいない!
こんな現代人類の夢ともいえる存在と世界を同じくしながら共存していないなんて!
そんなの牛丼頼んでおいて肉を避けて食べてるようなもんじゃねぇか、もったいねぇ!
ここは積極的に関わって仲良しこよしするべきでしょう!なぁ。そうだろみんな!!
「どうして人族は他の種族と距離を置いてるんだ?せっかく同じ世界に生きてるんだから、手を取り合って生きるべきだと思うんだけども!どうっすか!!」
「な、なんで興奮してるの…?んとね、むしろ人族は積極的に他種族と交流しようとしているの。でもね、邪竜がいるでしょ?邪竜は人族しか襲わないから他の種族もあんまり関わりたくないと思っているみたい…。邪竜が生み出す魔物は種族関係なく襲うからね、下手に人族と関わって邪竜まで襲って来るようになったら目も当てられないって思ってるんだと思う。それを人族も分かっているから、無理強いは出来ずにいるの。あ、でもね、最低限の交流はあるのよ?交易はもちろん王族同士のつながりもあるし、獣人族の中には変わり者…んん!少し変わった物の考え方をする人たちがいて、そういう人たちが人族の騎士団やギルドに入って一緒に戦ってくれたりしているのよ。」
今さらっと本音が混じった気がしたけど、きっと言い間違いだったに違いない。
それにしても気になるのが邪竜の話だ。
人族しか襲わないから亜人族たちも積極的に関わろうとしてこない。
そら、もっともなご意見だ。
誰が好き好んで敵を増やすような真似をするってんだ。そりゃわかるぞ、うんうん。
でもさ、人族にヘイトが集まってるってんなら、そこを他種族の部隊が総攻撃して倒しちまえばいいんじゃねーの?
魔物を生みだすのも竜だっていうし、根本的な原因排除はどの種族も成し遂げたい事なはずだと思うんだが。
「んー、そもそもさ。何で竜は人族しか襲わないんだ?それって絶対?今までに一度もないのか?」
「うん…。理由は、…実は明確には分からないの。諸説あって、もうずいぶんと長い間議論されているんだけど…。一番有力とされているのは【人族のレトワルが他種族よりも発達しているから】というものよ。それも果たして事実なのかどうか。でも邪竜が人族以外を襲わないというのは本当。以前こんなことがあったのだけれど…、戦場に突然現れた邪竜をギルドの人たちが倒そうとした。その時その中には獣人族も居たのだけれど、邪竜は獣人族からの攻撃を悉く無視したの。邪竜が辺りを焼野原にしてたくさんの犠牲者を出してもなお、巻き添えで怪我をした人こそ居ても獣人族の死者は居なかったそうよ。」
…マジか。
攻撃されても無視し続けるってことは、本当に他種族は眼中にないんだな。
そこまで徹底して人族だけを襲うってなかなかの執着心だぜ。ストーカーも真っ青だ。
にしても何をしたらそこまで恨まれるのかねぇ?
人族の先祖が邪竜の仲間を根絶やしにしたとか、そういう事情があったらまだ分かるけどね?
「ん?そういえば邪竜って一匹しかいねぇの?まさか第二、第三の邪竜が待ちかまえたりとか…」
邪竜を一匹倒したせいで、他の邪竜が目を真っ赤にして襲ってくるなんてことになったら大変だ。
邪竜の怒りは大地の怒りだーとか言って大群で襲ってきたら俺のSAN値はいよいよ無くなる。
発狂まっしぐら☆
でも大丈夫安心して。そんなことになったら人族はみんな死んじゃうから!
絶滅まっしぐら★
「…竜は世界が始まった時に生まれた一匹だけよ。もう何千年、何万年生きているのか分からない原初の竜と言われているの。というか、竜が二匹も三匹も居たら人族はとっくに滅んでいると思うわ。」
そう言ってノエルは人懐っこく笑ってみせる。
クスクスと笑う声はまるで小鳥のさえずりのように愛らしい。
てか結構打ち解けてきてね?
この短時間でこんな風に笑ってくれるってかなり好感触な気がするんだが。
おお!俺って異世界に来てコミュ力上がったのかもしれない。
このまま一気に仲良くなっちゃえば簡単に疑いを晴らせるんじゃね!?
「なぁ、ノエル。俺」
「姫様、ナユタ様!お逃げください!!」
クロエの焦った声と同時に俺とノエルは吹き飛ばされた。




