第二章 85 もしもの事態に備えて
私たちは最初の子、だから寄り添う事ができるの
でもね、彼は違うから
だから飲み込まれてしまったの
私の、せいだね…
彼は私を助けようとしてくれたのに
今の私じゃ側に行くこともできない
だけどお願い、もう少しだけ待っていて
きっと助けに行くから
きっと…
「………また、あの声か。」
目を覚ました俺は、まだ見慣れない天井を見つめながら独りごちる。
覚醒しきらない頭で考えるのは、先ほどまで見ていた夢の事。
この世界に来てから何度も聞いたあの声が、今日はやけにはっきりと聞こえた。
ここまで何を言っているのか聞き取れたのは今回が初めてだと思う。
未だにどこの誰なのか知れない声の主だが、もはや慣れ始めて戸惑わなくなっている自分がいる。
なぜ俺の夢に出て来るのか何を伝えたいのかも分からないけど、きっと俺に仇なすような事はしないという確信が俺の中にあるからかもしれない。
むしろ、今までに何度も助けてもらったような気さえするのだ。
不思議な親近感が俺の中にあるも、きっと無意識のうちに助けられたことがあるからだと思う。
しかしそれを証明する手段はなく、俺がこの子に何かしてあげる事も出来ない。
俺はまだ見ぬその少女に向けて礼と詫びを伝えると、服を着替える為に起き上がった。
「ナユタ!そろそろ起きないと朝食は抜きなの…で…」
「おう、おはようリア。朝から元気だな、部屋まで起こしに来てくれたのか?でももうちょっと待ってな、着替え終わったらすぐ降るから。」
「っ………!?」
「…ん、どした?」
「ぎ…」
「ぎ?」
「ぎゃーーーーー!!!!!!なのですっ!」
「えっ、何それ叫び声!?」
ひときは大きな声を上げて部屋から飛び出していったリアは、ものすごい音を立てながら階段を下りていったようだった。
取り残された俺はしばらく呆然と立ち尽くしたが、さすがに寒くなってきたので服を着てから下へ降りていく。
リアの様子も気になるのだが、ひとまずは身支度を整えようと洗面所に向かった。
そうしてさっぱりしたところで問題のリアを探してみると、料理の並べられたリビングの隅で顔を覆っているリアを発見した。
ツッコむべきか、スルーするべきか…それが問題だ。
「…おぉ、今日の飯も美味そうだな。仕度してくれてありがとな、リア。」
「……。」
「あー…リアさん?もしかしてなんだけど、なんか怒ってる?」
「………。」
返事をしないリアに戸惑いながら様子を窺っていると、どうも小さな声で何かを呟いているようだった。
あまりに小さな声だったので近くまで行って耳を澄ませてみると、どうやらパン一姿の俺に対する感想を述べているようだ。
姫様と違って胸が平らだとか、やたらとごつごつしていただとか、感想というよりは脳内処理が追いつかず独り言として口から出てしまっているという感じだろうか?
ふむ…この反応からして、恐らくリアは男の体を見たことがなかったのだと思う。
作ったのはレオンだしいつも側に居たのはノエルだったし、男という生き物と接する機会のないままこれまで生活してきたのだろう。
まぁリアの場合、ノエル以外の人間と接する機会自体ほとんどなかったのだろうけど…。
しかし、このままでは困るのだ。
これから生活するにあたって、毎度このような反応をされてはお互いストレスになってしまうだろう。
流石に一緒に風呂に入るようなことはないだろうけど、暑い日なんかにパン一で過ごせないというのは俺とってはかなりのストレスだ。
夏場は特にラフでいたい派の俺としては、この状況は非常にまずい。
何としてでもリアには俺の体に慣れてもらわなくては…!
「リア、獅子は我が子を千尋の谷へ落とすって言葉があるのを知ってるか?」
「…?それが、何なのですか?」
「俺はお前に成長してもらいたいと思っている。例えば俺が風呂場で倒れても、意気消沈して自分で着替えが出来なくなったとしても、平気で俺の世話ができるくらいの平静さを持っていてほしいんだ。」
「…は?」
「要は慣れだ、リア。慣れてしまえばどうという事はない!さぁ見るがいい、これが男の肉体だぁ!!」
そう叫ぶように言い放つと、俺は着てた服を勢いよく脱いで投げる。
…もちろん上だけだが。
そうしてリアの前で仁王立ちして、目の前に惜しげもなく肉体を晒す。
さぁ見ろ、リア!
とくとその目に焼き付けるがいい!
「ってこら!手で目を隠すんじゃありません、それじゃ見えないでしょ!」
「み、見えなくていいのです!なんだか見たらダメな気がするのです!リアはいま…処理落ち寸前なのです!!」
「それは考えているからだぞ、リア!考えるな、感じるんだ!そして慣れろ、俺のパン一生活の為にっ!」
「む、無理なのです!なんか…無理なのです!何でか分からないけど、何でか無理なのです!」
「無理だと思うから無理なんだよ!ほーら、何も怖くないぞぉ?ただの筋肉と皮膚だぞぉ?」
「むむむ…ただの筋肉…皮膚…。」
「そうそう、その調子だ!目を開けて、ぷにっとしてみろ。」
「目を開けて…ぷにっと…」
恐る恐る目を開けたリアは、若干視線を迷わせつつも目の前にある筋肉を捉えそっと指を伸ばす。
ゆっくりゆっくり近づいてくる指に、なんだか俺までドキドキし始めてしまい、いけない事をしているかのような高揚感からか鳥肌まで立ってきてしまった。
思わず生唾を呑み込みながら、リアの細い指が近づいてくるのを見守る。
そしていよいよ、リアの指が俺の筋肉に触れる瞬間が…
「べっくしょい!!」
「ぴゃあ!!」
「うー…さすがに寒い。この鳥肌は寒さから来るやつだったかー…んん、失礼。さぁ続きをどうぞ?」
「も、もう良いのです!馬鹿みたいなことしてないでさっさと服を着てご飯を食べろなのです!!」
「えー、でもぉ…。」
「食・べ・る・の・で・す!」
「はーい…。」
リアが正気に戻ってしまったので、俺は渋々服を着直す。
いやぁ、実に惜しかった。
もう少しで俺のパン一ライフへの道が開けるところだったのだがなぁ。
しかしこの程度で諦める俺ではない!
どうにか暑くなるまでには慣れてもらえるよう、抜き打ちでアクションを起こして行こう!
俺は朝食を摂りながら次回の作戦を練り始めるのだった。
――――
リアに追い出されるような形で家を出てきた俺は、久しぶりにレオンの工房まで来ていた。
きちんと手土産のチョコレートを持って来ているので、少しは話を聞いてくれるだろうと思う。
先日の事を根に持っていないといいんだが…。
俺は工房の扉を軽く叩くと、返事を待たずに中に入る。
「レオーン?愛弟子のナユタ君ですよー、起きてるかー?」
「……ん?なんだお前か。今度は何の用だ。」
「まぁまぁそう警戒しないで。はい、とりあえずお土産のチョコレート。」
「っ、気が利くじゃないか!………、おい。」
「え、何?」
「これは食べていいんだな?」
「あらら、すっかり警戒心が強くなっちゃって…。これはレオンへのお土産だから、もちろん食べていい奴だぞ。」
「よし…。」
それを聞いたレオンは安心したように包みを開けると、一粒一粒丁寧に食べ始める。
貪るように食べていたミカサとの差に思わず苦笑してしまうが、それだけこのチョコレートがお気に入りなんだと思うと少し可愛く思えてくる。
…少しだけね?
「とりあえずこの間はありがとうな、おかげで事件は無事解決出来た。レオンのおかげだ、本当にありがとう。」
「…そうか。もう二度とアタシの所に面倒事を持ち込むんじゃないぞ?」
「分かってるって。…それとな、リアはいま俺の所に居るから。」
「…誰だって?」
「リアリスニージェ、レオンの可愛い一人娘だよ。」
「…ちっ、アレをそんな風に言うな。極力思い出したくないんだ。」
「お前らの仲が良くない事は察してるけど、なんつーか…もう少し何とかならないのか?リアはレオンの事、すごく気にかけてると思うぞ?」
「その事実だけでも胸糞悪い…だからアレは失敗作なんだ。」
「リアをそんな風に呼ばないでくれ!レオン、リアは失敗作なんかじゃないよ…。」
「はっ!ノエルも同じこと言っていたな。価値観の押し付けなんてするだけ虚しいとは思わないのか?アタシはもうアレの事は考えたくないんだ、時間の無駄だからね。お前の要件はそれだけか?」
「…あぁ。邪魔して悪かったな、また来るから。」
「まて、アタシの要件がまだ済んでない。」
「え?何か俺に用があるのか?」
「あぁ。…ほら、持って行きな。陛下からはお許しを貰ってるから、好きに使うと良い。」
「こ、これって…!………なんだ?」
レオンが俺に寄越したのは、片手で持てるくらいの巾着袋だった。
なんていうか…桃太郎がキビ団子を入れるのに持ってそうな外見をしている。
一応開けて中を覗いてみるが、何かが入っている様子はない。
逆さにしたところで何かが出てくるわけでもなく、俺は困惑の色を隠せなかった。
しかしそれに手を入れてみた時、すべてを理解した。
底を漁ってみようと入れた手が、どんどん奥まで入っていくのだ。
小さな巾着袋のはずなのに、見る見るうちに俺の肩まですっぽりと入ってしまう。
こ、これはまさか…!
「四次元巾着か!!」
「正確には”他次元接続式思念稼働型拡張収納器”だ。」
「長っ!?他次元接続…なんだって?」
「他次元接続式思念稼働型拡張収納器、だ。次元を超えて物体を収納し、思念によって取りだすことが出来る。次元に一度収納してしまえば、その物が劣化する事はない。」
「えぇっと…つまりこれに入れたものは時間が止まったみたいにそのままの状態で保存されて、尚且つ取りだす時は念じるだけでいいって事?」
「簡単に言ってしまえばそういう事だ。」
「す、すげぇ…本当に作っちゃったのかよ、四次元ポケット。」
「他次元接続式思念稼働型拡張収納器だ。」
「いやだから長いって…。もう略してノーキでいいか?で、これを貰っちゃっていいと!」
「ノーキは略しすぎだ…。まぁいいか、名前なんてどうでも。それに関しては陛下からお許しを頂いてる。例の如く宝物庫行きになったんだが、お前が使う分には問題なという事だった。あと、ドアの方はもう少し待て。誰でもどこでも…でなければ簡単なんだが、それだと何の意味もないからな。」
「お、おう。とりあえずこれはありがたく貰っておきます!うわー、滾るぅ!あ、そうだ。なぁレオン、携帯電話って作れないかな?」
「携帯…でんわ?なんだそれは。」
「あー、なんていうか。こう…手のひらサイズで遠くの人と時差なく話すことが出来るアイテムなんだけど。うーんと、つまり!どんなに遠くに居ても、まるで隣に居るみたいに会話できる道具が欲しいんだけど…作れないかな?」
「…それはいま作ってるドアじゃダメなのか?」
「うーん、直接行くっていうのもアリなんだけど…。例えば他国に入るって言うにはいろいろと手続きが必要じゃん?でも会話するだけなら入国するわけじゃないから手軽に出来る…みたいな。時と場合によってドアと電話を使い分けられたら便利かなって思ったんだけど…。」
「………。」
「だ、ダメかな?」
「……まぁ、理屈はわかる。だが今は先にドアの方を優先させてもらうぞ?そのでんわ?とかいう奴も簡単には出来そうにないからな、一つずつやらせてもらう。」
「もちろん!レオンがやりたいようにやってくれればいいんで!」
「…考えておくよ。さぁ、アタシの話はこれで終わりだ。さっさと帰れ。」
「お、おう!それじゃこれは遠慮なく貰っていくな。ありがとな、レオン!」
「あぁ。」
俺はレオンからもらった巾着袋、略称『ノーキ』を腰にぶら下げると意気揚々とレオンの工房を後にする。
夢にまで見た四次元ポケットが、今ここにあると思うだけでわくわくが止まらない!
いますぐにでも使ってみたいが、それは次回街に言った時までとっておくとしよう。
お楽しみは後でゆっくり…な!
とりあえずそろそろ太陽が真上に来る時間だし、いつものようにレーヴの元へ行きましょうか。
――――
レーヴの部屋に着くと、目の前に広げられた瓶の山に俺は思わず言葉を失った。
それは足の踏み場もないほどみっちりと置かれていて、中に薬が入っているかいないかの違いしかない。
確かに昨日レーヴは薬を作ると言っていたけど、いくらなんでもこれは作りすぎなんじゃないだろうか?
書き入れ時とは言ってもこの数の薬を作って売るというのは、なんというか…レーヴらしくないように思う。
ともあれ俺は瓶を倒さないように慎重に部屋の奥へと進み、未だに薬を作り続けているレーヴに声を掛けたのだった。
「よぉ…ずいぶんたくさん作ってるけど、これ全部売るつもりか?」
「…僕をここに置いている時点でおかしな人なんだろうとは思っていたけど、改めてナユタさんの言っていたことが理解できたよ。痛感していると言ってもいいかもしれない。」
「ど、どうしたんだ、何かあったのか?」
「これ…。」
「ん、手紙?えっと…」
「昨日ナユタさんが帰った後に使いの人が来てね、わざわざそれを読み上げてくれたんだよ。ナユタさん流に言うのなら、”王様からの無茶ぶり”ってやつだね…。」
「あー…」
レーヴの言った通り、そこには王様からの調合依頼という名の無茶ぶりが書かれていた。
傷薬に鎮痛剤、精神安定剤など数種類の薬を50個ずつ…それも3日以内に納品せよ、か。
俺は調合に関しては素人もいい所なのではっきりしたことは言えないが、このリストに載っている物がたった3日で作れる数じゃないという事は察しが付く。
なるほど、それでこの惨状が出来上がったわけか…。
「一応聞くんだけど、間に合うのか?」
「…間に合わせるしかないだろうね。なぁに、寝ずにやればギリギリいけるさ。」
「ずいぶんやる気だな、お前の事だから知らぬ存ぜぬで通すかと思ったぜ?」
「…まぁ、死活問題だしね。」
「ん?なんだって?」
「なんでもないよ。とにかく、そう言うわけだから今日は君に構ってる暇はない。適当に時間を潰すか、帰るかすると良いよ。」
「なんだよ水臭ぇな!こういう時の俺だろ?まぁ出来ることは少ないけど、なんでもやるから手伝えることがあったら言えよな!」
「…まぁ、いないよりかはマシか。」
「お前いま失礼な事言わなかった?」
「いいや。それじゃ、出来上がった薬を瓶に詰めていってくれるかい?」
「了解!…あ、何でもやるって言ったけど、エッチなお願いは聞かないからそのつもりでいてくれな?」
「今後どんなことがあろうと、君にその手のお願いをすることはないから安心して死んでくれ。」
「ひどい!!」
若干ふざけつつも俺はレーヴの指示に従って薬を瓶に詰め、空になった鍋を洗ってはまた出来上がった薬を詰めるという作業を繰り返した。
それでも手が空く時間も少なくなかったので、そういう時は床まで広がる瓶の整理と空間の確保を行った。
こんな所で整頓厨の力を発揮するとは思わなかったぜ。
「なぁ、これって瓶の数足りないんじゃね?」
「夜になったら追加分の瓶を持ってくるんだそうだよ。まったく、気の利く王様だよね。」
「あははー…その笑顔は怖いよ、レーヴ君。」
「せんせー!エルが来ましたよー!」
「お、レーヴズ・エンジェルが来たな。」
「…それってどういう意味なんだい?」
「さーて?」
「あのね、街はいま邪竜の話で持ち切りなんだよ!って、お城に居る先生が知らないわけないか。それでね、薬が足りなくなるだろうからって病院に調合の依頼が来たの。もしかして先生も作ってるかな?私もね、病院でお手伝いしてるんだよ!…本当は先生と一緒に作りたかったな。」
「…悪かったな、お前の手伝いが俺で。」
「いいから手を動かしてくれるかい?」
「はーい…。」
「それでね、今日は素材の買い出しをしたら夜までずっと薬作りなの!集中力が持つかどうかだけが心配なんだけど…私、先生の一番弟子として頑張るから!だから先生もがんばってね!あ、でも、あんまり無理はしないで欲しいな…。そ、それとね…たまには、私の事も思い出してね?それじゃ、また明日。」
消え入りそうな寂しげな声音でそう言うと、エルちゃんは帰っていったようだった。
こっそり窓辺に近づきエルちゃんの様子を窺うと、跳ね橋へ向かう後ろ姿を見ることが出来た。
どうやら今日は傷が痛むことなく歩けているようだ。
絶対に無理はしないという約束をきちんと守ってくれているようで、俺はホッと胸を撫で下ろす。
すると突然何かがぶつかるような音が背後から聞こえてきた。
驚いた俺が振り返ると、そこには作業台に突っ伏すレーヴの姿があった。
「…なにやってんの?」
「…別に。」
「デコから血が出ているようですが…?」
「気にしなくていいよ。さぁ、調合を続けよう。」
何事も無かったかのように作業に戻るレーヴであったが、そのデコの赤みのせいで何も取り繕えていない。
俺も心当たりがあるのであえて何も言わないけど、痛みで以て煩悩を黙らせる手はそんなに長くは続かないからな?
何を考えてたのかは知らないが、さっさと素直になってしまえと思わざるを得ない。
「…抱きしめてきてもいいぞ?」
「…うるさいよ。」
短く俺を窘めたレーヴは、その後一言もしゃべることなく黙々と薬を作り続けた。
今は作業に没頭していた方が楽なんだろうが、さすがに休憩なしで夜まではキツいだろうと途中で何度か無理矢理休めせる。
そうして助手というよりはマネージャーみたいな事をしていたら、いつの間にか外はすっかり日が沈んでいたのだった。
「おっと、もうこんな時間か。悪いけど俺はそろそろ帰るぜ?まぁ、明日は早めに来るからそれまでは一人で頑張れよ。」
「あぁ、お疲れ様。」
「…少しは寝ろよ?あと飯も食えよ?」
「あぁ、分かってるよ。」
「…あんまり、無理はしないで欲しいな?」
「僕はそろそろ本気で君を殴ってもいいと思うんだ。」
「おー、こわっ!レーヴが怖いので帰りまーす。…マジでちゃんと休憩挟めよ?」
「分かったって。」
本当に分かっているのか怪しいが、ここでこうしていても仕方がないので今日の所は大人しく帰ることにする。
明日は朝一で顔を出して、出来るだけ手伝ってやろうと思う。
王様の無茶ぶり被害者の一人として、ここで見捨てるほど俺は薄情者ではないのだ!
「あ、ナユタ様!ごきげんようでございます!」
「おぉ、ホンか!…また一段と大きくなったな。」
「えぇ、えぇ!もうここにある本の半分は読み終わりましたので、この姿を維持してても問題ないくらいには力をつけましたよ!」
「は、半分も…。これはもう、俺よりホンの方が物知りになってるんだろうなぁ。」
「ですです!もし何かお困りの事がありましたら、気軽にお尋ねください!ナユタ様のお役に立てるのなら、私も本望ですので!」
「サンキュー。その時はよろしく頼むわ。」
「…さんきゅーとは、いかなる意味でしょうか?」
「あ、ははっ。」
俺はホンに英語の話を少ししてから、もしそんな文字で書かれた本があったら教えてくれと頼んでおいた。
ホンは俺の話を興味深そうに聞くと、自分もぜひ読んでみたいと言って快く承諾してくれた。
この世界に異世界の本が存在することは既に知っているので、他にもあるなら見てみたいと思う。
もしエイボンの書みたいな危険極まりない物が流通してしまったら、どんな悲惨な事件が起きるか分かった物じゃないし、その確認も含めて…な。
俺はホンにくれぐれもよろしくと頼んでから、再び家へ向かい歩き出したのだった。
そして城を出て少ししたところで、馬に乗って掛けていく騎士とすれ違った。
その騎士は汚れた甲冑を纏い必死の形相で城の中へと入っていった。
俺はその姿を見ていてもたってもいられず、その騎士を追うように来た道を引き返す。
城に戻り馬の足跡を頼りに後を追うと、丁度その騎士が城の大臣らしき人に報告している最中だった。
俺は目立たないように物陰に隠れならその報告に耳を傾ける。
「邪竜の猛威は未だ衰えることなく既に5つの村が壊滅、死者・行方不明者は100名をゆうに超えるかと思われます!」
「…そうか。戦況はどうだ?」
「はっ。騎士団長と辺境伯は無事に合流され、現在邪竜の進路を被害の少ない地域へ誘導中であります!」
「うむ、分かった。…下がってよい。」
「はっ!」
そう言った大臣が城の中へと姿を消すと、騎士の方もよろよろと立ちあがり騎士団本部へと歩いて行った。
どうやらこのまますぐに戻るというわけではないようだ。
俺は疲れ切った様子の騎士に心の中で礼を言ってから、改めて家へと向かい歩いて行く。
その間先ほど騎士から聞いたことを反芻しながら、ロヴィル領の戦況を考える。
ジークとシュヴァリエ辺境伯が無事に合流できたのは喜ばしい事だが、被害を考えるとそうも言ってはいられないようだ。
一日で五つの村が焼かれてしまうと言うのは、おそらく生半可な自然災害の比ではない規模の被害なのだろう。
そしてそれは、いまも続いているんだ。
それを思うと、俺はまた今すぐにでも向かいたいという衝動に襲われる。
俺はそれを堪えるようにきつく拳を握りしめると、家までのわずかな距離を全力で掛けていった。




