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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 84 顔厚忸怩



俺が城に行っている間、リアは家の掃除や庭の手入れをしておいてくれるらしい。

普通の子供が家で留守番すると言うとひたすら心配になるが、リアの場合はただ単純に頼もしいので遠慮なくお願いしておいた。

リアの家事スキルが高い事は知っているし、警戒心も強いので例えセールスマンが来たとしても華麗にスルー出来るだろう。

俺は家の事はすっかりリアに任せ、なんの憂いもない状態で城に向かうのだった。

なんか彼女もいないのに可愛い娘が出来た気分だ。


城に到着して門番と他愛もない会話をしていると、見知った顔がこちらに向かって歩いてくる。

相手も俺に気が付いたようで手を挙げて軽く挨拶すると、にこやかに声を掛けてきてくれる。

今日はいつもより少し早いが、おそらく既にレーヴの元へ行ってきたのだろう。


「ナユタ君、こんにちは!」


「や、エルちゃん。今日もいつものアレかい?」


「うん。相変わらず無反応だったけど、先生が聞いてると思っていっぱい話をしてきちゃった。」


「うんうん、その調子であの捻くれ者を説得してみてくれ。きっとエルちゃんなら大丈夫だから。」


「ありがとう。うん…私、頑張るよ!」


「おう、応援してるぜ!」


「あ、そうだ。ナユタ君って甘い物大丈夫?クッキーを焼いたんだけど、先生には渡せなかったから…よかったら食べちゃってくれる?」


「え、いいのか?」


「うん。家にはまだいっぱいあるし、持って帰っても悲しくなっちゃうから…。ナユタ君が食べてくれるなら持って来た意味もあったって思えるし!もしよかったら…なんだけど。」


「…。いや、ありがたく頂くよ!女の子からお菓子を貰うなんて初めてだぜ!」


「ありがとう、ナユタ君。それじゃ、私はこれで!」


「うん、ごちそうさまな!気を付けて!」


エルちゃんを見送ってから改めてクッキーの入った袋を見る。

たぶんエルちゃんは俺がレーヴと頻繁に会っていることを知らない。

そしてレーヴも、まさか俺がエルちゃんからお菓子を貰っているとは夢にも思わないだろう。

つまり、この後レーヴの元へ行く俺が取るべき行動と言えば…みなまで言う必要もあるまい?

さ、手土産もある事だし、楽しいお茶会の始まりだ!



―――


「レーヴ、お土産があるから茶を淹れてくれ!」


「来て早々にお茶を要求するだなんて、君はここを我が家か何かだと思っているのかい?君は僕のお客ってわけでもないんだから、お茶が飲みたいのなら勝手に自分で淹れてくれ。」


「えー、せっかく手土産があるって言ってるのに冷たい野郎だな!俺は御茶菓子を持って来たんだから、お前はお茶くらい淹れてくれてもいいじゃないか!なぁ、お茶会と洒落こもうぜ!?」


「何が悲しくて野郎とお茶会をしなくちゃいけないんだよ…。まったく、図々しさに磨きがかかってきたな、君。」


そうやって文句を言いつつもお茶を淹れはじめるあたりレーヴも大概だと思うのだが…。

しかしそれを言うと絶対に機嫌が悪くなるので、俺は大人しく席に座って待つことにした。

この間エルちゃんのクッキーを一つ食べてみたが、店で売っていてもおかしくないレベルで美味しかったのでこれはレーヴも気が付かないだろうと思う。

しめしめと笑いを浮かべつつ、俺は作業台の上にクッキーの袋を広げたのだった。

後は適当にしゃべりながらレーヴに勧めるだけでミッションコンプリートだ。


「ほら、お望みのお茶だよ。」


「お、サンキュー。まま、レーヴさんもおひとつどうぞ。めっちゃ美味しいんで!」


「それはどうも。それにしても珍しいね、君がここに来るのに手土産を持参するなんて。」


「そ、そうかな~?俺みたいな気の利く男は、手土産くらい持ってくるのが自然だと思うけど。」


「……まさか、妙なものでも仕込んであるんじゃないだろうね?」


「んなわけねぇだろ、誰が作ったと…ゲフンゲフン!お、俺も既に食べてるのに仕込むわけねぇじゃねーか!」


「ふーん…。まぁ、甘い物は嫌いじゃないし、せっかくだから頂くけどね。」


「おーおー、食えよ。じゃんじゃん食え。」


散々怪しんでいたレーヴだったが、俺も口にしているのを確認するとクッキーを一つ取って口に入れた。

この時点で俺の仕事は完遂されたに等しいので思わず笑みが零れたのだが、咀嚼しているレーヴの顔がみるみる険しくなっていくのに気が付いて冷や汗が止まらなくなる。

まさか、気づいた?

いやいや、そんなまさか!

気づく要素なんて一つもないはずだし、きっと舌を噛んだとかそんなのだろう。

しかし俺の考えとは裏腹に、咀嚼を終えたレーヴは俺を睨むようにして口を開く。


「こういう事、しないでくれるかい?」


「な、何の話しだよ。」


「これ、エルの手作りだろう?彼女に頼まれたのかは知らないけど、今後こんな事はしないでくれ。」


「ちがっ、エルちゃんは関係ない!俺が貰ったから、勝手にお前に食わせただけだ。…でも、なんでわかったんだ?そんなに特徴的な味付けってわけでもないのに。」


「…これは、僕が好きだと言ったものだからね。彼女は、良くこれを作って来てくれてたんだ。…でも、今となっては迷惑な話だ。悪いけど、これはナユタさんが持って帰ってくれ。」


「でも、レーヴ…」


「頼むよ…。」


「……、悪かったな。もうこんな騙すようなことはしないよ、約束する。」


お菓子くらい良いかなんて、あまりに軽率だったな。

レーヴがどんな思いで距離を取っているのかも、本当はどう思っているのかも知っていたのに…俺はやっぱり馬鹿野郎だったみたいだ。

俺は手早くクッキーを袋に戻すとポケットに仕舞いこむ。

バツが悪くしゃべれずに重い沈黙が続く中、意外にもそれを破ったのはレーヴ本人だった。


「…そういえば、新居の住み心地はどうなんだい?もし環境が変わって眠れないっていうのなら、いい薬を分けてあげるけど。」


「とか言って、例の劇薬を渡すつもりじゃないだろうな?いやだぜ俺は、寝不足解消の為に薬を使って永眠しましたなんて人生の落ちは。それになにより、心配してもらうまでもなく新居でもぐっすり眠れてるよ。」


「それは残念、もし薬が入用なら安くしてあげるよ。とは言っても、こんな所で稼いでも使い道がないんだけどね。」


「薬の材料とか新しい器具だとかってのは、その都度与えられてるんだったか?外に出れないんじゃ金も溜まる一方だよなー…。何なら街まで買い物にでも行くか?もちろん俺も同伴する事にはなるが、行けないよりかはマシだろう。」


「…いや、やめておくよ。うっかりすれ違いましたじゃ笑い話にもならないしね?確かにここでの生活に自由はないけど、不自由ってわけでもないから多くは望まないでおくさ。」


「……悪いな。」


「君が謝るのは筋違いだろ?意味のない謝罪は反感を買うよ。」


「…ったく、手厳しい野郎だぜ。」


「褒め言葉として受け取っておくよ。」


ニヤリと笑ってみせるレーヴに、思わず俺も苦笑する。

まったく、いい性格してるよこの男は。

こんな状況だっていうのに余裕で他人をおちょくってられるんだもんな。

案外俺が心配する必要もなく、コイツはコイツで上手く生きていけるのかもしれない。


「…なんだか外が騒がしくないかい?」


「ん?…言われてみれば、なんだか人の行きかう様な音が聞こえるか?」


その音はどうも外から聞こえてくるようで、俺は窓を開けて夕日に染まりつつある街の方を確認する。

特に人影は見当たらないが、微かに人の慌てているような声が聞こえてくる。

何かあったんだろうか?

俺は一度部屋に戻りレーヴに断りを入れてから、窓の外に飛び出し声の出所を探しに向かった。



とりあえずと思って行った跳ね橋に、その人たちは居た。

何十人もの騎士が列を作り、それぞれ装備の整った状態で慌ただしく荷物を積み上げている。

それは一目で切迫した状況であることを窺わせ、騎士たちの顔にも不安や恐怖の色が滲んでいる。

これは俺が思っているよりもまずい状況なのかもしれない。

俺はとっさに知っている顔がないか周りを確認し、その中にテレスが居ることに気が付くと真っ先に駆け寄った。

テレスは忙しそうに指示を出していたが、俺に気が付くと部下に声を掛け真剣な面持ちで迎えてくれる。


「テレス、これは一体どういう状況だ?なにかあったのか?」


「えぇ、とても最悪な事態が起きているわ。これから私たちは団長と共に出撃するけど、その間この街に何かあったら力を貸してあげてね?」


「それは構わないけど…。お前たちはどこに向かうんだ?…戦争か?」


「いいえ、事態はもっと悪い。相手が人間だったらどんなにマシだったかと思うほどにね。…ロヴィル領が邪竜に襲われているの。私たちはシュヴァリエ辺境伯の要請を受けて、これから邪竜討伐に出かけるわ。」


「…え?」


それはまるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を俺に与えた。

邪竜が現れた?

それもシュヴァリエ辺境伯の治めるロヴィル領に?

あまりの事実に俺の頭が真っ白になっていると、よく通る聞き慣れた声が騎士たちに指示を出し始めた。

俺はゆっくりと声の方を向き、その姿を確認する。


「いいか、奴は既に二つの村を焼いている。現地ではシュヴァリエ辺境伯が指揮をとっているが、それもいつまで持つか分からん。故に俺たちの目標はふたつ!ひとつは出来うる限り迅速にシュヴァリエ辺境伯と合流する事、そしてもうひとつは全戦力を以て邪竜を民から遠ざける事だ!一班から三班は俺に続き前線へ、四班は民を避難させ五班と合流して怪我人の治療に専念しろ。物資には限りがあるが、命を守るためならば迷いなく使え!これ以上邪竜に何も与えるな、もちろんお前たちの命もだ!それが理解できたものから配置につけ!!」


「「「はっ!!」」」


ジークの号令と共に騎士たちが一斉に動き出撃の準備を始める。

俺はその様子に気後れしながらも騎士の間を縫うように進んで行き、先頭であるジークの馬に駆け寄った。

ジークはエトワールと何かを話しているようだったが、俺は構わず話しかける。


「ジーク!」


「ん…、なんだ坊主か。どうした、こんな所で。邪魔になるから下がってろよ。」


「ロヴィル領が邪竜に襲われてるっていうのは本当なのか!?シュヴァリエ辺境伯は…クロエは無事なのか!?」


「少なくとも辺境伯は、現在も指揮を取っているってんだから無事だろう。あのメイドも…戦闘に長けていると聞いているし、何とかやってんじゃねぇのか?」


「団長、そろそろ…。」


「あぁ。わりぃな、坊主。続きは帰ってからたっぷりしてやるから、今は大人しく下がっとけ。」


「……俺も行く。」


「…あ?」


「俺も行って戦う!俺だってお前に稽古着けてもらってるし、実戦経験だってある。お前だって知ってるだろ?俺は一人でも十分戦える!だから俺も連れてってくれ、きっと役に立ってみせるから!!」


「………ダメだ。お前みたいな素人に毛が生えたようなガキを連れて、戦場なんか行けるわけねぇだろ?その気概だけは受け取ってやるから、お前は大人しくここで待っとけ。」


「そんな事言わずに頼む!世話になった人が大変な目にあってるのに、俺だけ呑気に生活なんてできねぇよ!」


「…じゃあ死ね。」


「…え?」


「ちょっと、団長…!」


「お前、何か勘違いしてねぇか?テメェみたいなケツの青いガキが戦場に出たところで、何もできやしねぇんだよ。役に立つ?自惚れるのも大概にしろ。お前が戦場に出たところで助けられる命は一つだってねぇよ、お前がお前の命を失うだけだ。それでもどうしてもって言うんなら、今ここで死ね。どうせ後で死ぬか今死ぬかの違いしなねぇんだ、それなら貴重な物資の消費を抑えるためにもここで死んどけ。呑気に生きてるのが申し訳ねぇっていうんならそれしか道はねぇよ。」


「なん…だよ…!!言わせておけば好き勝手言いやがって!お前に何が分かるってんだ!」


「分かるんだよ!!」


「っ!!」


「…そうやって死んでった馬鹿は腐るほど見た、だからお前がこの後どうなるのかなんて簡単に想像できるんだよ。いいか坊主、戦場がどういう場所かも知らないガキが出来ることは何もねぇんだ。誰かを守るために戦場に出る覚悟が出来るんだったら、誰かの為に戦場に出ない覚悟もしておけ。今のお前は…まだ足りねぇよ。」


「でも、…っ!」


「わりぃな坊主、これは俺たち騎士団の仕事だ。おいそれと譲る訳にはいかねぇのさ。…準備はいいな?行くぞ、おめぇら!」


びりびりと空気を揺らすほどの雄叫びを上げた騎士団は、沈みかけた夕日と共に王都を出立していった。

次第に遠ざかっていく足音を耳にしながら、俺はその様子をただ見ていることしかできなかった。

きつく噛んだ唇が切れて地面に雫を落としても、俺はその場から動けずにいたのだった。



――――



「ん?あぁ、ナユタさんか。戻ってきたのなら声を掛けたらどうなんだい?」


「………。」


「…?ずいぶん長い間外に出ていたけど、あの騒ぎの原因は分かったのかな?」


「………。」


「…ナユタさん?……はぁ。」


部屋の入口に立ったまま何も話さない俺を見かねたレーヴは、一つため息を零すとどこかへ向かう。

俺は足元を見ながら、未だに整理の付かない気持ちのやり場を探していた。

もう既にジークは騎士団を率いてロヴィル領に向かってしまった、今更追いかけたところでとても追いつけないだろう。

例え追いつけたとしても、結局は説得されて追い返されるのがオチだ。

だが、やっぱり何もせずになどいられない。

シュヴァリエ辺境伯が前線で指揮を取っているというのなら、きっとそこにクロエもいるはずなんだ。

いくら戦闘に特化しているとは言っても、クロエは年若い女の子だ。

そんなクロエが戦場に出ているというのに、なぜ俺はいまここで俯くことしかできないんだ?

俺を握りつぶそうとしたあの時の邪竜。

おぞましく禍々しく汚らわしいあの恐怖の塊が、今まさに人々を苦しめているというのに俺は…。


「ほら、これを飲むと良い。まずは落ち着いて、そして冷静に判断することが大事だ。今の君の闇は見るに堪えない、さっさと平静を取り戻して僕に状況を教えてくれ。」


そう言ったレーヴは暖かな紅茶の入ったカップを俺に差し出していた。

ふわりと香るリンゴのような甘い香りに、俺の心は瞬時に穏やかさを取り戻す。

この香り…クロエが淹れてくれたお茶と同じだ。

俺はレーヴからカップを受け取ると、ゆっくりと紅茶を口に含む。

鼻から抜けるさわやかな香りと仄かな苦みに、俺は思わず笑みを溢した。


「…クロエが淹れてくれた方が美味しいな。」


「それだけ失礼な事が言えるのならもう大丈夫だね。…やれやれ、せっかく人が用意したっていうのに。」


「くく、悪かったって。ありがとな、おかげでだいぶ落ち着いた。」


「礼はいいからさっさと状況を説明してくれるかい?今の僕には、君が唯一の情報源と言っても過言ではないんだから。」


オーバーアクション気味にそう言ったレーヴに思わず笑みを溢しながら、俺は先ほどまでの騎士団とのやり取りを話した。

ロヴィル領に邪竜が現れたという話にはレーヴも驚いていたが、騎士団の対応には納得している様子だった。

ジークが俺に言ったことも、珍しい事にレーヴは賛同するような反応を示す。

俺はそれが意外だったのと納得できないのとで、ついレーヴに声を荒げてしまった。


「レーヴだって知ってるはずだろ?俺は英雄シャルルの体を使ってるんだ!だから身体強化で素早く動いたり、通常持ち上げられないようなものだって難なく動かせる。それなのに!どうしてお前もジークと同じような事を言うんだ!?俺が助けられる命だってあるはずだろう!?」


「…いや、例えその体が最強の英雄と同じものだったとしても、僕は騎士団長の意見の方が正しいと思うよ。」


「だからそれはなんでっ…!」


「だって君は、僕を殺すことすら出来なかったじゃないか。人ひとり殺す覚悟も出来ていないのに、戦場で活躍できるだなんて良く思えるね?その自信だけは凄いと思うよ。…見習おうとは思わないけどね。」


「っ、確かに…俺は人を殺す覚悟が出来てないかもしれない。でも、今回の相手は邪竜なんだぞ?戦場であって戦争ではないんだ。そもそも殺しに行くんじゃなくて助けに行くんだから、全然別の話じゃないか!」


「はぁ…これだから陽だまりの人間は。」


「あぁ!?どういう意味だよ!」


「君は絶望的なまでに考えが甘い。戦場がどんなところで、邪竜との戦いがどんなものかも知らずに一体誰を助けに行くつもりなんだ?」


「だ、だから!怪我をして動けない人とか、崩壊した家屋に閉じ込められてる人とかを…!」


「安全な場所まで避難させるって?馬鹿馬鹿しい、一体どこにそんな場所があるっていうんだ。いいかい、ナユタさん。邪竜との戦いっていうのは、そんな生半可な事じゃないんだ。辺り一面が火の海になって、死体なのか建物なのか分からないくらいすべてが焼きつくされる。それでも君はその中を進めるのかい?居るかも分からない生存者を探しに、自分がいつ死ぬかも分からない状況で。どんなに勇敢な騎士でも躊躇うような状況で、君にはそれが出来るっていうのかい?」


「そ、れは…でも…。」


「それにね、人の心っていうものは君が思っているよりも脆いんだよ。例え君がその状況に耐えられたとしても、他の人間がそうだとは限らない。想像できるかい?助けたはずの住民が、絶望して発狂して襲ってくるような状況を。君はその時その人を殺してあげることが出来るかい?邪竜に惑わされ悪しき道に落ちた子供を、君はどうやって助けるっていうんだい?」


「っ、………。」


「だから騎士団長は君を連れていかなかったんだよ。君が誰かに殺されないように、君が誰かを殺さないように。…僕は以前、君に少しは穢れろと言ったけれど、邪竜との戦いになったら少しだなんて言ってられないよ?あれに惑わされ狂った人間は、二度と元には戻らないと聞く。前線に立つことの多い騎士団長だからこそ、それが嫌という程わかってるんだろうね。」


「………はぁ、情けねぇ。なんの反論も出てこねぇや。」


それどころか、もう完膚なきまでに説得させられちまったみたいだ。

レーヴの言った事もジークが言っていたこともどれもすべてが正しくて、俺だけがただ何も分かっていなかった。

それをいま思い知って、恥ずかしいやら情けないやらで涙まで出てくる始末だ。

なけなしのプライドをかき集めてどうにか零れないようにと努めるが、それもレーヴにはお見通しなのだろうな。


「…これからこの国は少し慌ただしくなるかもしれないね。王都の騎士団が出るって事は被害も甚大なんだろうし、これに乗じて面倒な奴らが活発になってくるかもしれないよ。」


「面倒な奴ら…?」


「邪竜を崇拝する狂った集団がいるんだよ。…さて、戦場があるという事は薬を消費するという事だし、僕は僕のできることをしようかな。」


「お、薬師レーヴが人々の為に動くのか!」


「商売人は書き入れ時を逃さないものなのさ。」


「金目当てかよ!さっきは金があってもしょうがないみたいな事言ってたくせに…。」


「それとこれとは話が別さ。需要があるなら供給する、ただし対価はきちんともらう。当然の摂理だろう?慈善活動なんてそれこそこの僕には似合わないし、何より僕から対価も無しに何かを受け取るなんて誰もしないだろ?」


「…裏がありそうだから?」


「そういう事さ。」


そう言ってレーヴは調合の準備を始めた。

何かの根に謎の粉と種…これって前にも作ってた傷薬の材料か?

丁寧に根を刻んでいくその姿勢を見ながら、俺はさっきの言葉を思い返す。

レーヴの言った事に、おそらく嘘は無かったのだろう。

ただし、言葉が少し足りなかったように思う。

慈善活動は似合わないからしないと言っていたが、逆を言えば似合うならやるという事だ。

対価無しでは怪しまれて誰も薬を受け取らないって話も、受け取ってくれるのなら渡す用意があるという事なんだと思う。

このどうしようもなく捻くれて素直じゃない男は、こんなやり方でしか他者に優しくできないのだろう。

以前ヴィーに無償で薬を与えていたことを思えば簡単にたどり着く回答だ。

確かに世間から見ればただの殺人鬼だし、本人もそれでいいと思っているようだけど…その隠した本音に気が付く奴が少なからず二人はいるという事をこいつはいつ頃知ることになるんだろうな?

まぁ知ったところでコイツが素直になる事はないんだろうけど…。

俺は深く息を吐いてからレーヴの作業を少しだけ手伝う事にした。

レーヴは最初こそ怪訝そうに様子を窺っていたが、俺がきちんと作業している事を確認すると黙って好きにさせてくれた。

調合している姿は何度も見ていたから、本当に簡単な事だけなら手順は覚えてる。

もしかしたらレーヴ一人でやった方が早かったのかもしれないけど、俺はそのまま日が暮れるまでレーヴの手伝いをすることにしたのだった。



――――



日が落ちてすっかり暗くなった道を俺は家に向かって走っていた。

特に急いでいるというわけではなく、調合の手伝いをしている内に夜になってしまって今日は訓練場に行けなかったから、少しでも運動しようとこうして走っているのだ。

とはいっても家まではせいぜい10分か15分程度で、加えて帰りは下り坂なので正直全然物足りない。

家に帰ってからも筋トレしよう…そう心に決める俺なのであった。


「ただいま!」


「おかえりなさいなのです、ナユタ。夕食の準備は出来ていますが…先にお風呂なのですね。とても汚いのでその汗を何とかしてくるのです。」


「はーい。」


家に帰ると可愛いロリっ子が毒舌を交えて出迎えてくれる。

この幸せを噛みしめながら風呂場へと向かい、俺はさっとシャワーで汗を流した。

どうせこの後また汗かくし、簡単に済ませるくらいで大丈夫だろう。

さっぱりした俺がリビングに向かうと、そこには彩り豊かな料理が綺麗に並べられていた。

途端に鳴りだす素直な腹を宥めながら席に着くと、ふわりと香ばしい香りが漂う。

こ、これは…!


「リアは邪道だと思うのですが、ナユタが好きだと言うので仕方なく作ったのです。…それで良いのですね?」


「良い良い!うーん、このカリカリになったベーコン!美味そうだなぁ…頂きます!!」


俺好みに焼かれたベーコンをパンの上に乗せて口に運ぶ。

違う種類の香ばしさが口の中に広がり、歯ごたえのある触感が俺の食欲を刺激する。

これだ!俺の求めていたものはこれだったんだ…!

空腹も手伝い一気にそれを平らげると、俺は一度油を纏った口内をリセットするべくサラダに手を伸ばした。

しかしその途中で向かいに座っているリアが俺の顔をじっと見ていたことに気がつき、思わず伸ばした手を引っ込める。


「な、なんでしょうか?」


「いえ…変な顔になるなと思いましたので。今何を考えていたのですか?」


「何をって言われても…うめぇ!とか、これこれぇ!としか思ってなかったぜ?そんなに変な顔してたか?」


「なるほど…これがナユタの美味しい時の顔なのですか。姫様よりも表情が崩れるので見ていて面白いのです。」


「あー…まぁ確かに頬は緩んでるだろうさ。美味いもん食えば誰だってそうだと思うけど…あ、いや。ノエルのそういう姿はあんまり想像できないな。お淑やかににこやかに食べてるイメージだ。」


「そうですね、姫様はいつも美味しいと言ってニコニコしながら食べてくれるのです。ナユタのは何というか…だらしないのですね?」


「んぐっ!ちぇ、どうせだらしない男ですよーだ。」


「いえ、リアは嫌いというわけではなく…見ていて楽しいと思ったのです。だからいっぱい食べなさいなのです!」


「言われなくとも完食したらぁ!」


誰かに見られながら食事をするというのはなかなか緊張するものだが、見ているリアがとても楽しそうにしているので俺の緊張も幾分かほぐれたのだった。

そうして出された夕食を全て平らげてから、俺はリアにロヴィル領の話をした。

ノエルの話以外に興味を示さないかと思って簡潔に話をしたのだが、リアの反応は俺が思っていたよりも大きく、何かを考えるように俯くとそのまま黙り込んでしまった。


「やっぱり邪竜が出るってのは大変な事なんだな…、みんな無事だと良いんだけど。」


「………。」


「リア、もし不安になったんだったらノエルの所に行ってきていいぞ?ここに住むからって城に行っちゃいけないわけでもないし、ノエルだってリアの顔を見たいはずだぜ?」


「…姫様は、お城にはいないのです。」


「え…?城に居ないって、そういう意味だ?」


「そのままの意味なのです。姫様はいま隣国のユグドラシア王国へ向けて移動中なので、お城にはいないのですよ。」


「そう、なんだ…。なんだよぉ、一言いってくれても良かったのに!あー、それで?いつ頃帰ってくるんだ?」


「………。」


「帰って、来るんだよな?」


「留学自体は60日間と聞いているのです。」


「60日…二か月近くもいないのか…。水臭いな、ノエルはなんで何も言わずに行っちゃったんだ?そんなに長い間会えないんなら、最後に見送り位したかったのに…。」


「姫様は…。……、なにぶん多忙でしたので、すっかり忘れてしまっていたのかもしれないのです!さ、リアは後片付けがあるので失礼するのですよ。」


「あ、あぁ…。」


さっと食器をまとめたリアは、そのまま足早にキッチンへと向かった。

どうも反応がおかしい気がしたが、ノエルと会えないんだから当然なのかもしれないな。

そういう俺も、二か月近くノエルに会えない事に軽く絶望していた。

こうなることが分かってたら、あの朝にもう少し話をしておいたのになぁ。

しかし物は考えようだ。

帰ってきたノエルを驚かせられるくらい強くなっていれば、会えなかった期間の分だけノエルからの好感度が上がるんじゃないだろうか?

…間違いないな!

そうと決まれば善は急げだ。

俺はリアに声を掛けてから、ジョギングするべく夜の街へと繰り出したのだった。


―――


始めてくる夜の街は、飲み屋以外が閉まっているせいもあり昼間よりも寂しい雰囲気に包まれていた。

疎らに明かりを灯している飲み屋も、邪竜の話があったせいかおよそ繁盛しているとは言い難い客入り状況だった。

きっとみんなもロヴィル領の事が気になって酒など飲んでいられないのだろう。

かと言って飲んでいる連中が無関心なのかというとそうではなくて、例えば先ほどすれ違ったおじさんなんかは、邪竜に息子夫婦を殺されて飲まなきゃやってられないと泣きながら叫んでいた。

心に深い傷を負っている人の中には、邪竜という単語を聞くだけで不安になってつい酒に手を出してしまう人も少なくないらしい。

その気持ちは少なからず理解できるので、俺の胸が静かに痛んだ。

そんな人たちとすれ違いなら走っていると、不意に何かにぶつかって思い切り後ろに転んでしまう。

しまった、前をちゃんと見てなかった…!


「っいって~!」


「これは申し訳ない、立てますかね?」


「あ、あぁ、大丈夫です。こちらこそ申し訳ない、ついよそ見をしてしまって…。」


「いいえ、こちらこそ道の真ん中で立っていましたから。…おや、手を切ってしまったようですね?」


「え?あ、本当だ。でも大丈夫ですよこれくらい、大した怪我じゃない…」


「いいえ、錆びた鉄片で切ったようですので放置するのは危険ですよ。さぁ手を出して、私が治療しましょう。」


「え、治療って…。」


俺が言い終わる前にその人は傷口に手をかざす。

すると一瞬淡い光が生まれ柔らかな暖かさに包まれた。

かと思えばそれはすぐに収まり、見ると傷は跡形もなく綺麗に治っていたのだった。


「す、すごい!こんな一瞬で傷が治るなんて…。」


「そんな風に言って頂けると私も誇らしいですね。しかし私は医者なので、この程度造作もないのですよ。」


「医者…?坊主で、紳士な…あぁ!あなたが噂のお医者さんだったんですね!」


「…ほう、私は噂になっているのですか。して、それはどのような噂でしょうか?」


「どのような…?あれ、どんな内容だったかな…。すみません、ちょっと思い出せないんですけど、確か悪い噂とかではなかったと思いますよ!紳士的で凄腕とか…なんかそんな感じだったと思います。」


「そうでしたか…。いやはや、知らないところで噂になっているだなんて一体どんなことを言われているのかと肝を冷やしましたが、悪い事ではないのなら評価の一つとして受け取っておきましょう。…おっと、長らく引き止めてしまい申し訳ございませんでしたね。私はこのあたりで失礼させて頂きます。」


「そうですか…あの、治療ありがとうございました!」


「医者として成すべきことをしたまでですよ、それでは。」


そう言うとその人は軽く手を上げてにこやかに路地へと入っていった。

見た目は少し怖そうだったけど、噂通りの紳士な人だったなぁ。

小さな傷だったとはいえ一瞬で治してしまう程の実力もあるし、さぞかし有名な医者なんだろう。

おっと、思っていたよりも遅くなってしまったし、俺もそろそろ帰らなくちゃな。

俺は体についた埃を払い他に異常がないか確認してから、家に向かって走り始めた。




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