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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 83 n番目の朝



朝、姫様はいつも通り夜明けとともに目を覚まされる。

ご自分で顔を洗い高く髪を結いあげると、およそ淑女が着るにはふさわしくない男性のような服装に着替え体を動かしに向かわれる。

姫様は体を動かす中でも、戦闘訓練が殊更お好きだ。

教育係の中にはそれを良しとしない者も少なくないが、それを姫様に向かって口にするものはいない。

それは姫様が他の事柄にも力を抜かずきちんとこなし、淑女として完璧に振舞っているからに他ならない。

求められるすべてに全力で応え、そしてそれら全てを完遂してしまう。

リアの姫様は出会ったころからそんな人間だった。


リアと姫様が出会ったのは今から四年前。

お母さんの工房で埃を被り横たわっていたところを、姫様に見つけて頂いたのがすべての始まりだった。

リアは、お母さんがクレティカシアの死なない兵隊を模して作った魔導式人形だ。

本来なら思考や人格を与えられるはずのない、ただ戦う事だけに重きを置いた消耗品として作られるはずだった。

しかしお母さんはあえて人格を与え思考する余地を残し、戦闘に向かないはずの少女の姿でリアを創った。

体は人より何倍も頑丈に、核となる魔鉱石の他にも術式を刻んだ魔鉱石を埋め込むことで魔法も使えるようにしてあった。

お母さんは命令に従順な戦闘人形ではなく、自分で考え行動する美しい人形を創りたかったのだと思う。


だからリアは失敗作だった。


リアは戦う事よりも、お母さんの身の回りのお世話がしたかった。

人の目を欺き偵察に向かうよりも、お母さんの側にずっと寄り添っていたかった。

そういった思考をするリアをお母さんが認める事はなかったけど、それでもリアはお母さんと共に生きていきたかった。


だからリアは、お母さんが創った作品の中で唯一の失敗作となった。


求められていることが何一つできず、それならせめてお母さんの言いつけだけは守ろうと必死に耳を傾けた。

うるさいと言われたから、言葉を発することを止めた。

邪魔だと言われたから、お母さんの側に寄るのを止めた。

目障りだと言われたから、ガラクタに埋もれて活動することを止めた。

そうしてどのくらいの時間が過ぎたのか分からないほど、ずっとずっとお母さんの工房で眠っていた。


そんなある日の事だった。

物理的な衝撃を受けて再び目を開いた時、リアの目の前で一人少女がこちらの顔を覗き込んでいた。

リアはその光景をただ眺めていただけだったのに、その少女は楽しそうに微笑むとリアをガラクタの山から引っ張り出したのだった。

そうしてお母さんといくつか言葉を交わした少女は、リアの体の埃を手早く払うと優しく抱きしめた。

そして一言『おはよう』と言ったのだった。

その時発生した感情が何という名前なのかその時のリアには分からなかったが、無意識のうちにそれを保管しようとしていたことはよく覚えている。

とても大切な、姫様から貰った最初の心だ。


それが姫様と出会った最初の記録。

リアの中で一番大切になった少女との思い出だった。



汗を流した姫様が部屋に戻ってくる頃には既に日は上りきっていて、そこからの身支度はいつもリアに任せてもらっている。

汗を拭うのも服を着替えるのも髪を結いあげるのも、全てリアがして差し上げるのだ。

いつも通りの行為で、いつも通りの日常。

その幸せな”いつも”が、今日はまだ…変わらずに続いている。

その事に心の底から安堵するも、それと同時に思い出す言葉がある。

最近やけに構ってくる姫様の友人の、その男と言い争った時の会話だ。

リアはあの時、本当に憤っていた。

何も知らないただの人間が、厚かましくもリアと姫様の関係に…姫様しかいないリアの世界に土足で踏み込んで来たからだ。

その男から出てくる言葉すべてに、リアは反抗して否定して蔑ろにした。

それらすべてがその男の偽善から来る傲慢な考えの押し付けで、決して他者を慮った言葉ではないと思ったからだ。

その時から、その男はリアの世界を壊そうとする敵となった。


今となってはその考えも改めたのだけれど。


決定的にあの男を認めざるを得なくなったのは、粛清者と戦闘になった時だった。

粛清者の正体が自分の良く知る友人であったと気づいた時、あの男は見ているこちらが苦しくなるほど傷ついていた。

そんな相手との戦いで自分の命が危なかったのにも関わらず、真っ先に心配したのはリアの怪我の有無だった。

騎士団や国を裏切ってまで匿おうとした友人だったのに、姫様を殺すと言われるや否や覚悟を決めてその手を汚すことを厭わなかった。

それらすべてがあの男の本心から来るものだと思い知った時、リアは己の視野の狭さに急に恥ずかしさが込み上げてきたのだ。


あの男は決してリアを憐れんではいなかった。

あの男は自分が悪かったと、人ではないリアに頭を下げた。

あの男は自らを穢し、リアの世界(ひめさま)を守ろうとした。

それがもうどうしようもないくらい、リアの中に強い感情を生み出したのだ。

リアにはそれがなんという名前の物なのかは分からなかったけど、それでもリアが何を成すべきなのかは理解できた。


だからリアは、リアの世界にナユタを迎えたのだ。


まだ世界を広げることは怖いし難しいけど、それでまたあの感情を生み出すことが出来るのならリアはまた一歩を踏み出すのも悪くはないと思う。

特に一人になろうとしている今こそ、その一歩を踏み出す時なのだろう。


「できましたのです、姫様。」


「ありがとう、リア。…寂しくなるわね。」


「…はい。」


「ナユタのこと、よろしくね?きっとまた、無茶をしてしまうと思うから。」


「…はい、きちんと側についているのです。」


「ありがとう、リアリスニージェ。…私の大切な友人。」


「姫様も、どうか…ご無事で。」


「うん、ありがとう。」


着飾った姫様はリアを優しく抱きしめると、何度も何度も『ありがとう』と言ったのだった。

リアはそれになんと答えていいのか分からず、ただ姫様の背中に腕を回すことしかできなかった。


姫様はこれから隣国のユグドラシア王国へ向かう。

表向きは先日のパーティー出席に対する礼と留学の為という事になっているが、その裏では姫様と向こうの王子とのお見合いを行う事になっている。

お見合いと言っても形だけで、実質婚約者との顔合わせの意味合いが強い。

留学期間は60日という事になってはいるが、話の流れ次第ではもうこの国の土を踏まない可能性もあるのだ。

姫様はそれが分かっているから、こんなにも名残惜しそうにリアを抱きしめてくれている。

だからリアも、この手を離せずにいる…。


本当ならどこまでも着いて行きたかった。

お嫁に行くのなら、リアも側使いとして連れて行ってもらいたかった。

でも、その希望が叶う可能性は始めから無かった事を、リアは痛いほど分かっている。

あるいはリアがただの側使いであったのなら、それも出来たのだろう。

しかしリアは天才魔具師レオン・ツヴァイルの作った戦闘用魔導式人形だ。

それを持って他国に行くことがどれだけ危険であることかは、リアも十分承知しているつもりだ。

だからリアは何も言えない。

どんなに側に居たくとも、どんなに離れがたくとも、リアがそれを口にすることは許されないのだ。


それでもやはり思ってしまう。

荷物をまとめる姫様の横顔を見て、馬車に乗り込む寂しげな背中を見て。

もし相手が他の誰かであったのなら、リアも姫様もこんなに悲しい思いをしなくて済んだのではないかと。

もし相手が他の誰かであったのなら、姫様はもっと笑ってくれていたのではないかと。

もし相手があの男であったのなら、姫様もリアも幸せな時間を過ごすことが出来たのではないかと。

そう、思わずにはいられなかった。


「それじゃ…行ってきます。」


「はい、行ってらっしゃいませ。」


まさかそれを口にできるはずもなく、リアは姫様を乗せた馬車が見えなくなるまでただ見送ることしかできなかった。


…これからの事は分からない。

でも姫様があの男の事を気に掛けているのなら、リアは側で見守っていよう。

姫様の憂いを少しでも拭うことが出来るのなら、リアは全身全霊をもってそれに臨もう。

それが今のリアにできる最大限であると信じて、リアはリアの成せることをしよう。


今もきっと何も知らないでいつも通りの日常を過ごしているであろうあの男を思い、リアはほんの少しだけ救われた気持ちになる。

こんなに早く来るとは思わなかったお別れも、思っていたよりは怖くなかった。

この城でたった一人きりになったはずなのに、リアはまだ前を向けている。

それもたぶん、あの男の存在があるからなんだろう。


すっかり見えなくなった馬車に深く頭を下げてから、リアは城を出るべく走り出した。

今ならきっとまだ家に居るだろう。

だから今から行けば必ず驚いてくれるはずだ。

そうして困ったように眉を下げながら、それでも迎えてくれるのだろう。

恐らくこれから毎日見ることになる顔を思い浮かべながら、リアは街へと続く坂道を駆け下りていった。



――――



「うお!?ど、どうしたんだリア、こんな朝早くに…。」


俺が朝食用にとベーコンを焼いていると、いつの間にか部屋の入口にリアが立っていたのだった。

いつからそこに居たのかは分からないが、ふと違和感を感じた先に誰かが立っているっていうのはなかなか心臓に悪いという事が証明されたのは事実だ。

俺は心拍数の上昇を身を以て感じながら、未だに立ち尽くす少女に再度声を掛ける。


「リアさんや?おーい、…何かあったのか?」


何もしゃべらないリアに不安を抱いた俺は、フライパンを持ったままリアに近づきその顔を覗き込む。

俯いていて表情までは窺えなかったのでもう一度声を掛けると、その少女は小さな声で何かを呟いたようだった。


「ん?すまん、良く聞こえなかった。なんだって?」


「………、焼きすぎなのです!そんなにしたらせっかくのお肉が台無しになるのですよ!」


「ふぁ!?な、何だよお前、そんなことをあの暗い雰囲気で言ってたの?思わせぶりな事しやがって、びっくりするでしょー?」


「貸すのです!リアが美味しく焼いてあげるのですよ!」


「いーのー!俺はカリッカリにしたベーコンが好きなのー!」


「そんなのは邪道なのです!リアに任せておけば完璧なのですから寄越すのです!」


「こ、こら!火の回りでふざけたらダメなんだぞ!?やめ、やめなさいっ、あぁもう!分かった、分かったから押すなっての!!」


意地でも譲らないつもりのリアに根負けして、俺は大人しく席に着いた。

突然やってきたと思えば人のベーコンにケチ付けやがって…ったく、何がしたいんだこの幼女は。

しかし流石はリアリスニージェ、あっという間に何品ものおかずを作り上げると手早くテーブルへ並べていく。

一瞬にして俺の朝食が豪華なものへと変貌したのだった。

しかしなんだ、毎度思うけど作りすぎじゃないか…?

俺はテーブルいっぱいに広がる料理を見て苦笑いを浮かべる。


「い、いただきまーす…。うん、うまい!さすがリア、これなら毎日でも食べたいくらいだぜ。」


「心配しなくても、これから毎日作るのですよ。」


「………うん?」


「リアもここに住むことにしましたので、そのつもりでいるのです。」


「………はいぃ!?」


「ナユタ一人ではこの家の維持が難しいと、昨日自分で言っていたじゃないのですか。だからリアがこの家に住んで、家とナユタのお世話をしてあげるのです。」


「な、何を言って…だってお前はノエルの側使いだろ!?ここに住むって…そんな急に。」


「姫様たっての希望なのです、ありがたく思え!なのですよ!」


「え、えぇ…、そうは言っても…。」


男の一人暮らしに幼女が加わるっていうのは、世間体的に大丈夫なんだろうか?

血縁がある訳でも古い知り合いってわけでもないのに、一つ屋根の下で生活するっていうのは…え、本当に大丈夫?

そりゃ部屋は余ってるし、リアの言った通りこのだだっ広い家を俺一人で維持するのは到底無理な話なのだけども…。

そもそもな話、なんでノエルはリアを俺のところへ寄越したんだ?

リアもリアで大人しく言う事を聞いているようだし…。

というかリアがノエルから離れることを了承するなんて、どんな交渉術を駆使したら実現するんですか、それ?

疑問しか浮かばない俺を余所に、リアはさっそくキッチンの掃除をし始めた。

まぁ…正直めちゃくちゃ助かるんだけどね?

それにしたって一緒に住むまでする必要ってのはあるのかな?

それだけリアがノエルに会える時間が減るって事だと思うんだが。


「なぁリア、お前飯は食ってきたのか?それに、ここに住むって言ってもお前手ぶらじゃん。いくらノエルに頼まれたからって、女の子が手ぶらでうちに住むっていうのはなかなか難しいんじゃないのかなーと思うんだが…。」


「あぁ、それに関しては問題ないのです。リアは食べないし眠らないし汚れないので。流石に埃を被れば洗いますが、その間服を着る必要も本来ならば皆無なのです。」


「は?何言ってんだお前…。そんな人間いるわけないだろ?冗談で言ってるなら笑えないぞ。」


「もちろん冗談ではないし、ついでに言ってしまえばリアは人でもないのです。」


「………え?」


「リアは天才魔具師レオン・ツヴァイルの創った魔導式人形。体は特別な鉱石で出来ているのでとても頑丈ですし、内部に埋め込まれた魔鉱石のおかげで稼働するだけならば100年は動き続けることが出来るのです。」


「え、人…形?リアが…?」


「はい、そうです。…気味が悪いと思うのなら、そう言ってくれて構わないのです。リアは別に傷つきませんし、何の感情も浮かばないので。」


「………。」


「…出て行けと言うのなら出て行きますし、それに…っ。」


「そっか、そういう意味だったのか…。うん、ごめんなリア。それがお前の、”誰にも言いたくない秘密”だったんだな。」


俯くリアの頭にそっと手を添え、できるだけ優しく撫でる。

リアは一瞬体を強張らせたが、嫌がる素振りも見せず大人しく撫でさせてくれている。

次第にリアの体から力が抜けていくのが分かって、そこでリアも緊張していたのだと気が付いた。

考えてみれば当然だろう。

本来なら誰にも言いたくなかった話をしてくれたのだ、緊張するなという方が無理がある。

そして、そこまでして俺に伝えようとしてくれたことが、俺は本当に嬉しかった。

なんてったってリアが自ら自分の秘密を話してくれたんだ。

それはつまり、俺に少しでも心を許してくれている証拠じゃないだろうか?

そう思わずにはいられなくて思わず表情筋が緩んでいく。

どうしよう…俺はいま無茶苦茶嬉しいかもしれん!


「…何をにやけているのです、気持ち悪いのですよ?」


「でっへっへ~、今なら何を言われても無傷でいられる自信があるぜぇ!ナユタ・無敵モード展開、システムオールグリーン!!」


「また意味の分からない事言い始めたのです…。……それで、どうするのですか?」


「え、何が?」


「リアの…処遇は…。」


「え、ここに居てくれるんだろ?あ、でもさすがに服は買いに行こうな?女の子に裸で居られたら失神する自信あるから。あと必要なものがあったら遠慮なく言えよ、相棒になるんだから助け合っていこうぜ。」


「…後悔しないのですか?気味は…悪くないのですか?」


「え、全然?だってリアはリアだし、そこは別に変わらないだろ?実は人形でしたーとか言われても、すげー!!としか思わないし…。あ、だからお前に殴られると妙に痛かったのか!はぁ~、納得したわー…。」


「…やっぱりナユタは変な奴なのです!あと、服は姫様が下さった物があるので、わざわざ買う必要はありませんのです!」


「おう、そりゃ良かった。んじゃ後で取りに行くかー。それじゃあ、これからよろしくなリア。」


「…はい、なのです。ナユタ…。」


改めてリアと固く握手を交わしてこれからの話をし始める。

リアが人形だって聞かされた時は確かにびっくりしたものの、結局こうして話す分には何にも変わりはしないんだとつくづく思う。

リアはリアだ。

そこに意志があって心があるのなら、人形だろうが人間だろうが大した差なんてないだろう。

だから俺は、勇気をもって秘密を明かしてくれたこの小さな友人に最大限の敬意を払う。

そしてできれば、人とか人形とかそんなしがらみを忘れてしまうくらい、一緒に楽しく生きていけたらいいなと思うのだ。

せっかく仲良くなれたんだし、そのくらいは望んでもいいよな?


「んじゃとりあえず、リアの部屋でも決めますか。」


「はい!」


リアと一緒に二階へ上がって、くだらない雑談を交えつつ部屋を見ていった。

心なしか楽しそうに見えるリアに内心ガッツポーズを決め、これからの生活に期待が高まっていく。

こんな気持ちになれるのも、元をたどればノエルのおかげなのだ。

今は忙しくて会えないみたいだけど、できれば近々直接会ってお礼を言いたいな。

そうな風に思いながら、リアの後に付いて歩くのだった。



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