第二章 79 見守るもの~アヤカシ~
あれからしばらく考え込んでいた俺だったが、こんな風に考え込む事がそもそもダメなんじゃね?という事に気が付き、何かに突き動かされるように中庭まで飛び出して来ていたのだった。
しかし何かひらめきや目的があった訳ではなく衝動的に走り出してしまっただけなので、結局中庭に着いても雨露に濡れる草花を見るだけにとどまっていた。
なんか、から回ってるなぁ…
そう心の中で自嘲していると、突然後頭部に土嚢でもぶつけられたような衝撃が襲ってきた。
「いってー!?何しやがんだ、俺は高校生探偵じゃねぇんだぞ!」
「なんじゃ、こーこーせーたんてーとは!訳の分からぬ事をぬかすな、たわけ!そもそも、ぬしが儂との約束を忘れちっとも会いに来んのが悪いんじゃろーが!ちっとは反省の色を見せぬか、このウツケモノ!!」
「お、お前…!」
「うむ、儂である!待ちくたびれたから儂自ら飛んできてやったわ!がっはっはっん、ごほごほっ!」
「お、おう、すまんな…大丈夫か?」
大口を開けて豪快に笑っていたかと思えば盛大に咽る、人外少女ミラ。
本来なら人間の目には写らないらしいこの少女は、どういうわけだか俺とは普通に会話も接触も可能なのである。
ミラ曰く、時たまそういう人間がいるらしい。
現にミラがこの城に居座っている理由も、その見える人間との約束があるからなんだとか。
しかしその約束も、もう三十年以上前の事らしく、その人とはその後一度も会えていないのだそうだ。
だからなのだろう、ミラが普通に会話することのできる俺と話をしたがっているのは。
「ごっほごっほ…あー、びっくりした。うむ…どうやら儂としたことが少々羽目を外しすぎてしもうたようじゃ。久々の人間と同胞に、高揚しているのかもしれんな!」
「まぁ三十年以上も人間と話してなかったらそうなるだろうよ…。ん?同胞…?」
「おぉ!そうじゃ、ぬしにも紹介しておこう!ほれ、出てまいれ。」
そう言ってミラが一度自分の肩を叩くと、そこから蛍のような淡い光がふわりと飛び立った。
ふわふわと漂うそれは、俺の目と鼻の先まで来るとより一層光を強めた。
「うわ、まぶしっ!」
「あ、ご、ごめんなさい、眩しかったですよね…。」
「………え?」
そう申し訳なさそうに俯いているのは、布で顔を隠した手の平サイズの人間だった。
そいつは俺の顔の前で浮遊したまま、胸の前で手を組みフルフルと震えている。
…なんだろう、この庇護欲を駆り立てられるような衝動は。
ものすごく頬ずりしたい。
「こやつは生まれたばかりの本の虫じゃ。名はまだないので好きに呼ぶがいい!」
「本の…虫?」
「うむ、あらゆる知識を求め蓄える事を生業にしておる奴らの仲間じゃ。こやつは生まれたばかりじゃからこうして姿をとることもままならぬが、これから知識を蓄え成長すれば良き本の番人となるじゃろう!」
「あ、ありがとうございます…がんばります。」
「へ、へぇ。……前から気になってたんだけどさ、ミラ達ってなんなんだ?ミラは花の開花を知らせる者って言ってたのに、この本の虫ってやつとも同胞なのか?」
「うむ?なんじゃ知らんかったのか?儂らはアヤカシという人と精霊の間の生き物じゃぞ。」
「アヤカシ…え、妖怪!?そんなものまでいるのか、この世界!」
「おるぞぉ、しこたまおるぞぉ!ぬしはこんな弱い儂や虫が見えるのじゃから、おそらく人と思うておる中にも儂らの同胞はおったじゃろうな!」
「ま、まじかよ…。」
アヤカシなんてものが居ること自体俺を驚かすには十分だっていうのに、今まですれ違った人の中にも混ざってるとか…もう驚きすぎて逆に楽しいわ!
翼を隠して生活している翼人族とはまた別なんだろうけど、そのアヤカシってのは具体的にどういう奴らの事を指すんだろうな?
人と精霊の間って言われても、いまいちピンとこない。
「なぁ、アヤカシの定義っていうか…俺はどういう奴の事をアヤカシだと思えばいいんだ?」
「むむむ…ぬし、なかなか難し事を言うのだな?うーんとな、アヤカシのてーぎは…。」
「…あー、わりぃ。聞き方がまずかったな。じゃあ、アヤカシってのは他にどんな奴がいるんだ?お前の知ってる限りで良いから教えてくれ。」
「うむ、それならば教えてやれるな!まずは儂じゃろ?そんで本の虫、湧水を探しておる奴に土の中に住んどる奴。火種を喰い歩いとる奴に、ぼーっと空を眺めとる奴。あとはそうじゃなぁ…うむ、大体はそのへんをうろついておるだけじゃから、特徴らしい特徴もないかの!何をするでもなくしたい事だけをして生きておるから大抵は人に無関心じゃが、儂のように古くから人と共におる者らは人の街に身を寄せておる事が多いぞ!」
「そ、そうなのか…いろんな奴がいるんだな。それじゃ人に見えない変な奴がいたら大抵アヤカシだと思っていい…のか?」
「うーむ、それでは幽霊も含まれんか?あれらと一緒にはせんで貰いたいものじゃのぉ…あんな悲しいモノになるのは人だけじゃし。」
「幽霊もいんのかよ…。怖ぇな、実はこの世界ってホラーで構成されてたりすんの?」
「ほらー?」
「いや、何でもない…。あー、ともかくみんな害はなさそうで安心したよ。人かと思って話しかけたら食われちゃいましたーとか、想像しただけで鳥肌もんだ。結構のんびりした奴が多いんだな、アヤカシってのは。」
「ん?いやいや、害がある奴もおるよ?」
「おるの!?」
「そりゃーそうよ!人間とていい奴もいれば悪い奴もおるじゃろ、アヤカシとて同じことよ。人を喰う…という話は聞いたことがないが、時間の狭間に連れ去っては永遠に彷徨わせたり、鏡の中に引きずり込んで怖がらせたりする奴なんか害でしかないじゃろ?特にこの鏡の中に引きずり込むアヤカシは阿呆でなぁ、好き勝手やりすぎて人間に嫌われ、一時期は国中の鏡が全て撤去される事態にまで陥ったのじゃ!がっはっは、面白かろう?今もその名残で人間は鏡を飾らなくなってしまってのぉ!阿呆じゃのぉ?」
どっちのアヤカシも怖すぎるだろ。
どうしてもどっちかに襲われなきゃいけないってなったら…、やっぱどっちも嫌だな。
時間の狭間だろうが鏡の中だろうが、これ以上異界に行くなんてまっぴらごめんだ。
しかしなるほどなぁ、この世界であんまり鏡を見かけないと思ったらそういう事情があったのか。
まぁ、鏡に引き込まれる位なら撤去するよな…。
つーかやっぱりホラーなんじゃねぇか!
よく学校の七不思議とかにある、四時四十四分に階段の踊り場にある鏡に映ると引き込まれるとかいう話のフルタイムバージョンかよ!
今そのアヤカシがどうしているのかはミラも知らないそうだが、ぜひ反省してもう二度とそんな事はしないでいただきたい。
「あのあの!私もお話ししていいですか?」
「うん?あぁ、もちろん。えっと、本の虫…は、ここに何しに来たんだ?」
「私、知識が欲しいんです!死ぬほど本が読みたいんです!だからここまで来たのに、私の力が弱くてお城に入れないんです…。」
「城に、入れない?」
「この城はあらゆる結界と呪術が施されておるゆえ、儂らのような弱いアヤカシは入れぬのじゃ。一度入ってしまえばどうという事はないんじゃが、それがなかなか難しい!儂なんか昔、一歩だけ中に入ろうとしてジュッっとなったことがあるぞ!ジュッっとな!がっはははは!」
「それは笑いごとなのか…?あー、つまり、本の虫は…言いにくいな、ホンでいいか。ホンは俺に中へ入る手伝いをして欲しいのか?」
「ですです!!お話が早くて助かります!一度招かれれば自由に行き来できると思うので、どうか私をお城へ入れてください!そしてできれば本がたくさんある場所へ案内してください!!」
「さらっと要望増やしたな、お前。うーん、ホンは知識が欲しいっていうけど、それってただ本を読むだけでいいのか?食べたりちぎったりしないか?」
「そんなの書物への冒涜です!そんな事する人がいたら私が許しませんよ!いえ、何もできないのですが…」
「そうか。…うん、いいんじゃね?」
「ほ、本当ですか!?嘘じゃないですよね!?」
「マジだよ、マジ。本を傷つけずにただ読むだけなんだろ?なら大丈夫だろ。でも、もし何か悪さをするようなことがあったら即刻追い出すからな?分かったか?」
「やったー、本が読めるー!知識!知識!!」
「おい、話聞いてたか?お前、マジで約束守れるんだろうな?」
「マジマジ!このご恩は忘れません、変な人間様!」
「変な人間様!?純粋にその言葉チョイスしたならお前の行く末が心配だぞ…?俺はナユタだ、まぁよろしく頼むわ。」
「はい、ナユタ様!このご恩は生涯忘れません!」
「別にそこまで恩を感じる必要もねぇけど…。」
そうして話をしている内にホンはまた光の玉に戻ってしまい、そのまま俺の胸ポケットに収まる形となった。
どうやら力を使いすぎたようで、しばらく眠って回復するんだそうだ。
このまま城の中に入ってもホンは無傷でいられるらしいので、折を見て書庫に向かう事にしよう。
「そうだ、ホンが胸ポケットに入って思い出したんだけど…ミラからもらった花な、散っちまったんだ。ごめんな、せっかくくれたのに。」
「む?ほう…それは意外じゃな。ぬし、何かあったのか?枯れた、ではなく散ったのならばそれ相応の理由があろう。」
「あぁ、実はな…。」
俺は粛清者との戦闘で全身を締め付けられ、その際胸ポケットに入れていた花を散らしてしまっていた。
俺の体がミシミシと音を立てていたくらいだ、か弱い花などひとたまりもなかっただろう。
その話をミラにすると、ミラは怒るでもなく心配するでもなくただ一言『そうか。』と言うだけにとどまった。
ミラの顔はいつも通りの表情で、今何を考えているのか全く読み取れない。
怒りや失望ではなく、心配や憐みでもない。
ただその事実を淡々と受け止め、そういうものだと理解し納得している…たぶんそんな感じなんだと思う。
「ほんに人とは忙しない生き物よな。一日にいろいろやりすぎるから長続きせんのじゃぞ?…まぁ、その短い命ではそうなるのも必然と言えるか…。」
「そうか、アヤカシは人よりずっと長生きなんだな。だから人よりも長い目で世界をみれる…もしかした時間の流れ方自体が違うのかもな。」
「阿呆、時間の流れなどそうそう変わらんわ。それが出来るのはほんの一部の特別な奴で、儂もぬしも同じ時間を生きておるわ。よいか、これは捉え方の問題じゃ。ぬしにとって一日は長いか短いか、どんなふうに生きてどう見たか。それを常に考え大切にすることができれば、あるいはぬしもこちらへ来れるかもしれぬぞ?」
「むむむ、お前も意外と難しい事を言うじゃねぇの。哲学者みたいだな。」
「がっはっは!伊達に二千年生きてはおらぬよ!ぬしのような子供にはまだまだ負けはせぬぞ?」
「に、二千年!?アヤカシってそんなスパンで生きてんのかよ…。」
「うむ!がっはっはっはっは!!」
思わぬ事実を知って驚愕の色を隠せない俺を、ミラは楽しそうに笑っていた。
一見するとただの少女にしか見えないのに…人もそうだがどうやらアヤカシも見かけによらないらしい。
一通り笑って満足した様子のミラは、このまま草花の見回りに行くと言うのでそこで別れる事となった。
最後にホンの事をくれぐれもよろしくと念を押される。
うむ、普段のミラは自由奔放といった感じだが、意外と面倒見のいい一面も持ち合わせているようだ。




