第二章 77 野郎の集会
レーヴの部屋の前について扉をノックする。
そうして俺の前に現れたのは、明らかに不機嫌な様子の大男だった。
これは…どういう表情なんすかねぇ。
扉を開けたそいつは俺の挨拶も無視して部屋に戻ると、どかりとソファーに腰掛けてただひたすらに黙っている。
正直言って滅茶苦茶怖い。
何をするでもなく何を言うでもないその様相が、あまりに静かすぎて逆に恐怖しか抱かせない。
俺は早々にこの重い沈黙に耐えきれなくなり、恐る恐る声を掛ける。
「あー、今日はまた一段とご機嫌斜めでいらっしゃるようですが…どうしたんです?」
「…どうかしたか?君がそれを聞くのかい?こんな所までエルを連れてきておいて、よくどうかしたかなんて言えたものだね?」
「あ、なんだよ聞こえてたんじゃねーか!俺はてっきり城の魔法で防音されてて聞こえてないんだと思ってたぜ。そっかー、エルちゃんの声は届いてたのかー…よかったぁ。」
「………。」
「あー…えっとぉ、怒ってます?」
「当たり前だろう、君は僕の話を聞いていなかったのかい?それとも君は三歩あるくだけで忘れてしまう鳥頭なのかな?僕の気も知らないであんな…、君の嫌がらせには果てがないのか!」
「そ、そんなに怒るなよ。それにお前はエルちゃんに会わないって言っただけで、声も聞きたくないとは言わなかったじゃねーか。」
「そんな屁理屈が通じると思っているのなら、今すぐそれが間違いだったって教えてあげるよ…?」
「わ、悪かったって!でも嫌がらせって思われるのは心外だぜ?俺はただ、あのままだとエルちゃんが不憫だと思ったから…」
「はぁ…余計なおせっかいは止してくれ、迷惑だ。」
「でも、エルちゃんの声が聞けたのは良かっただろ?」
「………まぁ、元気なのは分かったよ。」
「んー…元気、ねぇ?」
「なんだい、その含みのある言い方は?さっきまであんなに大声を出して僕に宣戦布告してたじゃないか。」
「いやぁ、でもあの後傷が痛んで大変だったんだぜ?」
「っ!な、なん…」
「今日は雨だから、傷口が疼くのかもしれないな。…帰るまでも大変でな?何度も何度も(大声を出したせいで)うずくまって苦しそうに顔を歪めてたよ。健気だよなぁ、そこまでしてお前に会いたいって言うんだからさ。」
「…まったく、どうしてあの子は毎度毎度無茶ばかりするんだ!あの傷薬だって、せっかく作ったのなら僕に渡さず自分で使えばよかったじゃないか!いつも自分の事より他人を優先するし、何かっていうと世話を焼こうとするし…僕の事なんて放っておけばいいだろうに。」
「くっくっく…。」
「…何がおかしいんだい?」
「いや、お前ら実は似たもの同士なんだなと思って。くく…特に怒り方とか相手を滅茶苦茶よく見てるところとかそっくりだぜ?」
「僕と…あの子が似ているわけないだろ。」
そういうとレーヴは俺に背を向け作業台に向かう。
どうやら何かの調合をはじめるつもりらしい。
邪魔をする訳にもいかないし今日のところはお暇した方がいいのかしらと思ったが、物珍しいものが次々と出てきてつい見入ってしまう。
レーヴは慣れた手つきで何かの根を切ってはそれをすり鉢に入れる。
怪しげな粉と謎の種を合せよくすり潰すと、それを鍋に投入した。
おぉ、みるみる色が変わっていく!
何をやっているのかは分からないが見ている分にはとても楽しいのでそのまま見続けていると、おもむろに振り向いたレーヴから苦言を呈される。
曰く、視線がうるさいのだそうだ。
そんな事言われても、生まれて初めて見る魔法薬の調合なんだから気になるのは仕方ないじゃないか。
しかしあまりにレーヴが睨むので、俺はすごすごとソファに退散する。
話しかけるのもダメ、覗き見もダメとなると…外でも眺めるくらいしかやることねぇなぁ…。
「なぁレーヴ、この雨季ってやつはいつ頃終わるんだ?」
「…その年にもよってまちまちだけど、大体二十日から三十日くらいは続くよ。」
「約ひと月か、大体日本と同じくらいだな。」
「…君のいた世界にも雨季があったのかい?」
「お、とうとう信じたか!?」
「君の妄想に付き合ってやるくらいの甲斐性はあるってだけさ。」
「ちぇ、これだよ。…俺のいた世界でも、俺の住んでいた日本って島国は大体五月から六月にかけて雨季に入るんだ。それを梅雨とも言ってな…」
「その”ごがつ”とか”ろくがつ”というのは日付の単位かい?」
「え?あぁそっか、この世界には月がないんだもんなー。そう、俺のいた世界では一年を十二個に分けてそれぞれ数字の後ろに月っていう天体の名前を付けて呼んでたんだ。」
「天体…星とはまた別って事なのかな?」
「いや、星は星なんだけど…。あー俺たちのいる星の周りを着かず離れず回っている星で、それを衛星っていうんだけど…うわぁ、改めて説明するのむずっ!もっとちゃんと勉強しておけばよかったなぁ…。」
「ふーん、よく分からないけどずいぶん細かい設定まで作り込んであるんだね。」
「だから、俺の妄想じゃないんだってば!…はぁ、もういいや。それにしても暇だなぁ…よしっ!訓練場にでも行くか!」
「…訓練場?そんなものがあるのかい?」
「おうよ!いざって時に動けませんじゃ悔しいからな、そこで毎日鍛えるようにしてんだ。まぁ大抵は一人で筋トレ…あー筋肉をつける運動をするだけだけど、たまにノエルとかと手合せしたりも出来るんだぜ?やっぱ実戦形式で鍛えるのが一番為になるっつーか、いい経験になるんだよなぁ。」
「ふーん………ねぇナユタさん、一つ頼みたい事があるんだけど。」
「お、珍しいな。なんだ?どーんと言ってみなさい!」
「僕を鍛えてもらえないかい?」
「……はい?」
ボクヲ キタエテ モラエナイカイ?
ん?俺の聞き間違いかな?
今レーヴが稽古をつけてほしいみたいな事を言ったような気がしたんだけど…。
シャワーのお湯がまだ耳に詰まってるのかしら?
「僕を鍛えてほしい。」
「もう一回言った!!な、なんだよ突然…筋肉に目覚めたのか?」
「いや、そういう訳ではないんだけど。…ほら、この間君の連れに一撃でやられただろう?強度が違うとはいっても、たった一撃で気絶したのが僕の中では引っかかっていてね。僕も普段から少しは動くようにしているんだけど、もう少しどうにかできるんじゃないかと思っていたところだったんだ。」
「まぁ、確かに女の子に吹き飛ばされればプライドも傷つくだろうけど…。うーん、でもなぁ…。」
「もちろん無理にとは言わないさ。君が嫌ならそれで構わないよ。」
「嫌ってわけじゃなくてぇ…。あー、実は俺ってそんなに強くないんですよ。」
「知ってる、君の一撃は僕でも耐えられたしね。」
「…ちっ。ま、まぁそういうわけで、人様に教えるだなんて俺には少し荷が勝ちすぎてるっていうか…うーん。」
「そうかい、まぁそういう事なら仕方ないね。別に気にしなくていいよ、言ってみただけだから。」
「………あ!そうだ、アイツに頼もう!」
「…え?」
俺はレーヴを連れて部屋を飛び出すと、ひとまず訓練場へ向かった。
幸いそこには誰もおらずシンと静まり返っていたので、そこにレーヴを置いてもう一つの目的地に向かう。
忙しいとは言っていたけど、訓練しようぜって言ったらきっとついて来てくれるだろう。
俺は湿度の高い城内を高揚しながら走っていった。
――――
「ナユタさん。」
「ん、なんだ?」
「君とはいろいろあったし、僕も君には散々ひどい事をしたからこんな事言うのもおかしな話なんだけど。それでも言わせてもらうよ、まさかここまで君に恨まれてるとは思わなかった。」
「はぁ!?な、なんで急にそんな話になるんだよ!俺はただ訓練するに当たって教官的な人が必要だと思ったから、うってつけの人間を連れてきたんじゃねーか!」
「…なら君の中には思いやりというものが存在しないのかもしれないね。」
「そ、そこまで言わんでも…。」
「だって君に人を気遣う気持ちが少しでもあるのなら、僕の目の前に騎士団長なんて連れてくるはずがないじゃないか。」
「あー…まぁ思う所は色々あるだろうけど、でも稽古をつけて貰うんなら最適解じゃね?なんてったって騎士団をまとめる長だぜ!?部下を育てる事に関しては定評がある…ような気がするだろ!な、ジークも黙ってないで何とか言えよ!」
「とりあえず坊主は一回死ね。」
「なんでー!?」
散々な言われようにガチでへこむ。
ただ訓練するのに最適だと思ってジークを連れてきただけなのに、なんでこの二人からこんなひどい事言われなくちゃいけないんだ。
ま、まぁ確かに?自分を捕まえた騎士団の長と、大事な部下を殺した殺人鬼なわけだけど…ってあれ?
今気が付いたけどこのメンバーめちゃくちゃヤバい?
まさに一触即発?
マムシとマングース的な!?
あぁ、両者睨み合ったまま動きません!
どうしよう…とにかく引き離せばいいだろうか?
「久しぶりじゃねぇか、自己満足殺人鬼。処刑台行きじゃなくなったからって呑気に運動とは、いいご身分だなぁ、おい。」
「あぁ、おかげさまで呑気にやらせてもらっているよ。でもそういう君だってずいぶんなご身分じゃないのかい?こんな所で教官ごっこだなんて、騎士団は余程暇なんだね。」
「や、やめろよぉ。何これぇ、昼ドラ?こんなドロドロした空気、俺吸えないよぉ。」
「気持ち悪い声出してんじゃねーよ、元はと言えばお前が原因だろうが!なにが『俺ともう一人いるんだけど、ちょっと訓練付き合ってくんねぇ?』だ!もう一人っつーか、もう一匹だろうが!」
「まったく君には呆れたよ。さすがの僕でも、この人に鍛えてもらおうだなんて思うほど図太い神経してないよ。悪いけど僕は返らせてもらうね。」
「おーおー帰れ帰れ腰抜け。やる気の無い奴なんてこっちも願い下げだ。」
「………話を聞いていなかったのかな?僕は君が嫌だから帰ると言ったんだ、君が消えてくれるなら僕は喜んでここに残るよ。」
「はっ!んな事言って、自分がへタレな所を見られんのが嫌なだけだろ?そういう奴に限って口ばっか達者なんだよなぁ、図体ばかりデカくてまったく男らしくもねぇ。そんな根性なしだから…守れるもんも守れねぇんだぜ?」
「…言ってくれるじゃないか。僕が根性なしか、君の見る目がないか。ここで決着をつけてみるかい?」
「おーおー、望むところだ。泣いて謝っても手加減してやらねぇからな?」
あ、あれ?なんかいつの間にか訓練する流れになってる?
もしかしてジークの奴、意外と乗る気だったのか?
お得意の挑発でまんまとレーヴに火を着けてくれちゃって…。
ま、まぁ何にしても二人がやる気を出してくれたようなので、俺のミスは帳消しってことでいいのかな?
…いいよね?
「っていうか、俺も混ぜろよ!?」
一時はどうなるかと思ったが、こうして野郎三人の訓練が開始されたのだった。
――――
体が重い…まるで鉛を背負って泥の中を進んでいるみたいだ。
ズルズルと荷物を引きずりながら、疲れの溜まった体を無理やり活動させる。
熱い…重い…っつーか
「お前せめて自分で歩けよ!支えてはやるから、な!?」
「無理…もう一歩も動けない。」
「そんなん言ったら俺だって疲れてるわ!…くそ、元はと言えば全部ジークのせいだ。」
あの男が素人相手に手加減せずぶっ倒れる級のハードメニューを展開したから、案の定この大男が動けなくなる事態に陥ったんだぞ。
俺ですら弱音が喉元まで出てくるほどキツかったのに、一般人が耐えられるわきゃねーだろが!
まぁレーヴが倒れたのは全工程が終わった後だったから、耐えられたっちゃ耐えられてたんだけど…。
たぶん後半から意識が朦朧としていただろうから、ほぼ意地だけで完走したって感じだろうな。
現に今も動けなくて俺が部屋まで搬送してるくらいだし。
ジークもジークだけど、それに乗っかって無茶をするレーヴも同類だな。
そんでそれに付き合う俺も馬鹿って事だから、結局あの場には馬鹿しかいなかったのか…悲惨だねぇ。
「おら、着いたぞレーヴ。」
「あ、あぁ。」
「…ったく情けねぇなぁ。やっすい挑発に乗った上にこのザマとは…粛清者が聞いてあきれるぜ。」
「粛清者は、関係ない…だろ…」
「…割りと真面目にしんどそうだな、水飲むか?」
「…あぁ。」
「やれやれ…」
俺はコップに水を入れレーヴに差し出す。
レーヴは力なくそれを受け取ると一気に飲み干し息をついた。
依然として顔色は悪いがだいぶ回復してきてはいるようだ。
「つまんねぇ意地張ってないでキツかったら休めよ。ジークだって鬼じゃねぇんだ、それくらいは…たぶん許してくれるだろ。」
「そんな事言ったらあの男の思う壺だろう?ずっと僕が根をあげるのを待ってるのが分かってて、思い通りに動くのは癪じゃないか。」
「それでぶっ倒れてたら意味ねぇだろーが。そのツケを払うのは俺なんだぜ?」
「別に頼んでないよ。そんなに言うなら放っておけば良かっただろ?」
「俺はお前の監視役なの!それにあそこは他にも使う人がいるんだから、お前が寝てたら邪魔になるだろ。まったく、いい大人なんだから自分の限界くらい把握しておけよ。」
「はいはい、申し訳なかったよ。…ナユタさんは明日もあれをやるのかい?」
「うん?まぁアレはやらないだろうけど似たような事はするかな、適度な筋トレとか。」
「そうかい…。じゃあ明日もよろしく。」
「…は?いや、明日はやめといたほうがいいんじゃねーか?たぶん筋肉痛で動けないだろうし…。」
「こういうのは継続が大事だろう?それに…ここでやめるのも癪だ。」
「お前って…結構負けず嫌いだよな。意地っ張りだし。」
「なんとでも言えばいいだろ。さぁ、今日はもう帰ってくれ。僕はもうシャワーを浴びて寝る。」
「はいはい、じゃあまたなレーヴ。」
「あぁ、また明日。」
辛そうな表情でソファに横たわるレーヴに苦笑しつつ俺は部屋を後にする。
あれで明日もやるっていうんだから、アイツは本物の馬鹿なのかもしれない。
まったく…、そこまでして体を鍛えたい理由がリアに吹き飛ばされたからっていうのは無理があるよなぁ?
ま、野暮な事は詮索しないけどさ。
部屋に帰ろうと歩いていると、先ほどまで一緒に居たジークが何人かの騎士を連れて歩いているのを見つける。
何やら真面目そうな話をしているようだったので声を掛けるか迷っていたが、途中からどうも談笑に変わったようなので先ほどの礼だけでも言っておこうと声を掛ける。
「おーいジーク!さっきはどうもなー!」
「ん?おぅ坊主。さっきのデカ男はどうした、ベソかいてふて寝でもしてんのか?」
「はは、泣くどころか明日もやるってさ!」
「ちっ、つまんねぇ。もっと叩きのめしてやるべきだったか。」
「止めてやれよ…趣旨変わってるし。んで、お供なんて連れてこれからどこか行くのか?」
「あぁ、昨日行方不明になった少女の捜索とついでに巡回だ。粛清者が捕まったっつっても悪さする馬鹿どもが居なくなったわけじゃねぇからな。」
「団長、そろそろ…」
「おう。じゃあな、坊主。…あぁそうだ!明日また同じ時間に俺んとこ来い、渡したいもんがある!」
「渡したい物?ん、まぁ了解。明日だな?」
「忘れんなよー!」
そういうとジークはお供を連れて去っていった。
あの悪夢のような特訓の後に巡回とは…恐るべき騎士団長の体力。
それくらいやってのけないと騎士団は率いられないんだろうなぁ。
実力があって人望があって仕事もできて…これで性格も良かったら最強だったのに。
楽しそうに笑いながら訓練と称して人を叩きのめす、そんな男の下にくる嫁など居ないだろうな…
残念なイケメンに敬礼。
うむ、それにしても渡したいものっていうのは何だろうか?
わざわざジークが俺を呼んでまで渡す物…ねぇ?
考えたところで答えも出ないし、何より明日になれば分かる事だから悩む必要もないか。
俺は大人しく部屋に戻り、明日に備えてしっかりと休息を取ることにした。




