第二章 76 紙ヒコウキと開かない窓
授業が始まってしばらくして、子供たちが算術の問題を解いている時にテレサさんが俺にそっと耳打ちをした。
それは検死に出されていた息子が帰ってきてきちんとお別れを済ませたこと、そして粛清者を捕まえてくれた事への礼だった。
俺はアルフレッドに会ったことはなくとも世話になっていた事と、粛清者を捕まえることが出来たのは息子さんが頑張ってくれていたおかげだと感謝の意を伝えた。
途端に瞳を潤ませたテレサさんだったが、それを隠すように俺に背を向け顔を上げる。
まだ彼女の中ではきちんと整理が付いていないのだろう。
俺は思い出させてしまった事を謝罪し、テレサさんから少し離れるように子供たちの様子を見に行った。
――――
「終わり!?もうこれで終わりだよね!?」
「えぇ、よく頑張りましたね。これで算術と礼儀作法の授業を終わります。」
あれから一時間半くらいだろうか?
途中に休憩を挟みつつも、子供たちは立派に今日の授業を終えたのだった。
算術嫌いのティムなんかはゲッソリしていたが、終わった途端にいつもの元気を取り戻していた。
やっぱり子供にとっては勉強よりも遊びだよな。
子供たちは急いで勉強道具を片づけると意気揚々と机を繋げ始める。
「…あれ?ジェンガがないよ?」
「えー、どうして?だっていつもはここに…あれ、無いね。」
「えーなんでー!最後に片づけたの誰だよー!」
「そりゃキペックだろ!どこやったんだよ!」
「ちゃ、ちゃんと片したよ!」
「こらこら、喧嘩すんなって!みんなで探せばきっとすぐに見つけられるから。な?」
「あ、あの…。」
「ん?はい、なんでしょうテレサさん。」
「みんなもごめんなさい…。実は知り合いの商人にジェンガの話をしたら実物を見たいと申しまして…貸してしまったのです。」
「「「「えー!!」」」」
「本当にごめんなさい。数日中には戻ってくると思うので…。」
「…どうする?」
「ジェンガやりたかったのに…」
「うん、ナユタお兄さんが作ってくれたジェンガ…」
落ち込む子供たちとそれを見てさらに落ち込むテレサさん。
子供たちにとっては勉強の後の楽しみだったジェンガがなくなるという悲劇なんだろうが、それを生み出してしまったテレサさんの方がダメージが大きそうに見える。
良かれと思ってやったことが裏目に出た上に子供たちを悲しませるという…子供好きのテレサさんにとってはこれ以上ないほどの悲劇だろう。
だめだ、さすがに見てられない。
俺は適当な紙を持ってきてヒコウキを折ると、子供たちに見えるように掲げる。
「ジェンガは面白いからテレサ先生も色んな人に教えてあげたくなっちゃったんだよ。今日の所は行商人の人に貸してあげて、今回は俺と折り紙をして遊ぼう。」
「おりがみ…?」
「なぁにそれ?」
「いいか、よく見てろよ?」
そういって子供たちの頭上めがけて紙ヒコウキを飛ばす。
久しぶりに作ったので大した距離も飛ばずに落ちてしまったが、それでも子供たちの興味を引くには十分だったようで、目を輝かせながらどんな魔法なのかと訪ねてくる。
「魔法じゃないんだぞー、この紙を…こうやって…ここをこうして…こうするとっ…ほらで来た。ティム、飛ばしてみ?」
「う、うん!………えいっ!」
「すごいすごーい!」
「イブもやりたい、とイブ思う。」
「俺も作るー!!」
夢中になってヒコウキを折る子供たちを見て安心した様子のテレサさんがこっそりを俺に礼を言った。
俺はそれに笑顔で応えてテレサさんにもおり方を教える。
しばらくはそのヒコウキで遊び、飽きてくる前におり方を変えたヒコウキを作った。
男子たちにはツノヒコウキとヘソヒコウキを、女の子たちには角箱や鶴の折り方を教えるともくもくと作り始める。
折鶴に関してはあんまり自身が無かったのでもしかしたら間違っているかもしれないが、それでも楽しそうに遊んでいるので良しとしておこう。
「失礼いたします、こちらに導使節様はいらっしゃいますでしょうか?」
しばらく遊んでいると、一人の男がドアをノックして入室してきた。
どうやら俺を探しているようだったので立ち上がり返事をすると、彼は門番をしている内の一人だと名乗った。
「先日のご令嬢がお越しになりましたので導使節様にお知らせすべく参りました。」
「あぁ、なるほど。それはどうもありがとう、すぐに向かいます。」
「はっ!」
「…ナユタ兄ちゃん行っちゃうの?」
「うん、ごめんな?また遊びに来るから。」
「ううん、今度こそイブたちが遊びに行くからお兄さんの方こそ待っててほしいの、とイブ思う。」
「そうそう!今度こそは兄ちゃんの寝顔見に行ってやるぜ!」
「ははっ、そりゃ楽しみだ!」
そうして俺は子供たちに別れを告げて、エルちゃんの待つ跳ね橋へと向かった。
その途中で一度部屋に戻ると仮面を忘れずにつける。
もう必要無いかもしれないけど、まぁ念のため。
跳ね橋に近づくと塀に寄りかかるようにして立っているエルちゃんが居た。
エルちゃんの方も俺に気が付いたようで、軽く手をあげると駆け寄ってくる。
俺もそれに答えるように手をあげてから門番に礼を言いエルちゃんと合流した。
さて、この後どうするか…歩きながら考えなくちゃ。
「こんにちわナユタ君。」
「よっす。来るとは思ってたけど、やっぱり来たかー!」
「うん、先生に会えるまでは毎日でも来るよ!」
「そっかー…そうだよねー。」
「…?あ、もし迷惑ならやめるから言ってね?こうしてお城に入れてもらえるだけでもナユタ君にはお世話になってるし、恩を仇で返すようなことはしたくないから!」
「いや、大丈夫。それは大丈夫なんだけど…。」
「それは?………、もしかして先生に会った?」
「ギクッ!」
「それで先生に何か言われた?」
「ギクギクッ!」
「………そっか、先生は私に会わないつもりなんだ。」
「うぐぐ…、ものすごく察しがいいんだな。」
「え?ふふ、だって私は先生の一番弟子だもん!先生の考えそうなことくらい分かるよ!でも…全部はわからないよ…。」
「…ごめん、俺もレーヴに言ったんだけど。でもレーヴの気持ちも分かるっていうか…。男って馬鹿だから変な所で強情っつーか、一度決めたら融通が利かないっつーか…。」
「…先生は私の事、顔も見たくないほど嫌いになったのかな?あの時の…余計な事、だったかな?」
「そ、それは無い、絶対にない!確かに君が傷を負った事でレーヴはひどく後悔してたみたいだけど、それでアイツが君を嫌いになるなんて事は万に一つ…いや、億に一つもないから!それは…それだけは信じてやってほしい。」
「ナユタ君…ありがとう、会ったばかりなのに優しいんだね。私にも、先生にも…。」
「いや、俺は…。」
本当に優しい奴ならとっくにエルちゃんをレーヴに会わせてる。
レーヴの想いを尊重するなら、エルちゃんを城に入れたりしない。
俺はいまどっち着かずのコウモリ状態だ。
どちらの気持ちを知っていて、どちらの願いも叶えていない。
八方美人…まさに俺にピッタリな言葉だったな。
「ところで…私たちはどこに向かっているの?」
「え?あー…それは、だなぁ。」
「ずいぶん歩いたからもうお城の端っこだね。この先に何かあるの?」
「この先っていうか…なんつーか…」
もごもごと言葉を濁しながら、俺は城を見上げる。
昨日見た景色からしてここで間違いないんだけど…、さすがに窓は開けてないか。
アイツにとっては窓なんて換気以外に使い道ないだろうから、こんな雨の日に開けるなんてことはしないだろうと思ってたけど…。
さてこれからどうしよう。
思わずここまでエルちゃんを連れて来ちゃったけど、伝えるべきか否か。
結局俺の中で明確な答えが出ないまま来てしまったので、ここに来てもまだ悩む。
知ってる方が幸せか、知らない方が幸せか…。
……うん、やっぱり止そう。
ここで俺が声を掛ければきっとアイツは顔を覗かせるだろう。
しかしそれは…なんだかとても卑怯に思える。
無理やり引き合わせたとしてそれでどうなるって話でもないし…最悪の場合もっと拗れる可能性だってあるだろう。
エルちゃんには申し訳ないけど、ここは適当に言い訳して引き返させてもらおう。
優柔不断な自分に心底嫌気がさしつつも、俺はエルちゃんに向き直り口を開いた。
しかし俺が言葉を発するより前に、俺が見ていた窓を凝視しているエルちゃんがささやくように声を漏らす。
「もしかして…あそこに先生がいるの?」
「あ、いや…。」
「……声、掛けてみてもいいかな?」
「……っ。」
「せ、先生!私…エルだよ!先生、元気なの?怪我とかしてない?ご飯はきちんと食べてるの?ねぇ…せんせ、会いたいよ…。」
「……。」
「っ……。」
「ごめん、エルちゃん。…ごめん。」
「……私、明日も来るから!明後日も、明々後日も、先生が顔を出すまで何度だって!私が諦め悪いの知ってるでしょ?降参するなら今の内なんだからね!絶対ぜーったい、諦めないんだから!!」
捲し立てるようにそう言い放ったエルちゃんは、肩で息をしながらお腹の辺りをぎゅっと掴んでいる。
おそらく傷が痛むのだろう。
思わずよろけてしまう体を懸命に立て直し痛みに耐えているエルちゃんは、ゆっくりゆっくりと息を吐いて容体を落ち着かせているようだ。
俺はそんなエルちゃんの肩を支えながらあの窓を見上げる。
これだけ大きな声で呼びかけてもその窓が開く気配はない。
もしかしたら城に掛けられた魔法のせいで中まで声が聞こえていないのかもしれないが、それでもと願いを込めて窓を睨む。
どのくらいそうしていたのかは分からない。
五分か十分か、もしかしたらもっと長い時間そこにいたのかもしれない。
しかしどんなに時間が経とうと、それでもその窓が開く事はなかった。
エルちゃんはもう一度窓を見上げてから短く俺に礼を言うと、踵を返して跳ね橋へと歩きはじめた。
慌てて俺も後を追うが、エルちゃんの歩みが思っていたよりも早くなかなか追いつくのが大変だった。
「…エルちゃん?」
「……。」
「…泣いてる?」
「…怒ってる。」
「え、怒ってんの!?」
「だって先生が無視するから!私も意地っ張りな所あるけど、先生はもっともーっと意地っ張りだよ!ちょっとくらい顔出してくれてもいいじゃない!声だけでも聞かせてもいいじゃない!なのに完全に無視だし!バカバカ、先生のバカ!私、絶っ対に負けないんだから!っ、いったた…」
「だ、大丈夫?あんまりお腹に力入れちゃダメだよ…。」
「うー…もう!明日も絶対に来るから!そして毎日毎日同じこと言ってやるもん!今日出てこなかった事、後悔させてやるんだからっ…いったぁ~!」
「…エルちゃんって実は馬鹿なの?お腹に力込めちゃダメって言ってるでしょーに。…なんか、第一印象とだいぶ違うなぁ。」
「え、第一印象ほどあてにならないものはないよ?先生だって最初は無口で怖かったもん。…でも話していく内に気が付いたんだ、すごく気遣いのできる優しい人なんだって。頑張り屋さんだし博識だし、意地悪な時もあるけど実は寂しがり屋だし…。あ、それとたまーに口が悪くなる時もあるかな?」
「でも、なんだかんだでそんな所も好きになった、と。」
「うん……………ってあれ!?い、いま私…!」
「にやにや。」
「い、今のはそういうのじゃなくて!ついうっかりっていうか…いや、なんでもない!!」
「はいはい、ごちそう様です。」
「ち、違うんだってば!ちょっと、ナユタ君聞いてる!?」
真っ赤になって声を荒げたエルちゃんだったが、再度傷が痛んだようで苦しそうな声を漏らすとその場にうずくまった。
俺は呆れたように息を漏らすが、それを聞いたエルちゃんがまた声を荒げる。
何回かその繰り返しをしてからやっと落ち着きを取り戻したエルちゃんは、顔を真っ赤にしたまま俺に近づくと先ほどの発言はくれぐれも他言無用で、と頼んできた。
もとより言いふらすつもりも無かったので安心するよう言うと、エルちゃんはホッと息を零して帰っていった。
まったく、とんだのろけ話を聞かされたもんだ。
俺は何とも言えないこの気持ちをぶつけるべく、元凶の元へ向かうのだった。




