第二章 75 子供たちの小冒険
朝、俺は複数人の話し声によって目が覚めた。
時刻はあさ七時前くらいだろうか?
眠い目を擦って声の出所を探そうとベッドから出てみたが、どうやらすでに収まっていたようで辺りはシンと静まり返っていた。
…寝ぼけてたんかな?
ふと窓の外に目をやると、今日もシトシトと弱い雨が降っている。
空を覆う雲は薄いようなのだが、それでもこの雨が今日中に止むことはなさそうだった。
どうやら昨日のような晴れ間はそうそう訪れないらしい。
俺が着替えを済ませ顔を洗っていると、ふと先ほどのようなひそひそとした話し声が聞こえてくる。
こんな風に声を潜めていても聞こえるという事は、この声の主はすぐ近くにいるという事だろう。
そう思うと気になって仕方ない。
どんな理由があるにしろ、声を潜めてウロウロしているというのは頂けない。
やましいことが無いのなら堂々とするべきだろう。
それが出来ないというのなら…きっとそういう事なのだろう。
俺はどんな怪しいやつが居るのかと部屋のドアを勢いよく開けてみる事にした。
「うわ!び、びっくりしたぁ…」
「ほら、ティムが騒ぐからナユタお兄さん起きちゃった、とイブ思う。」
「あれ?でもおにいさんおきがえしてるよ?もうおきてたんじゃない?」
「本当だー!なーんだ、寝顔みる作戦失敗だったなー!」
勢いよく開けたドアの先に居たのは、無邪気にはしゃぐ子供四人だった。
子供たちはドアが急に開いたことでずいぶん驚いていたようだが、その先に居たのが俺だったせいかすぐにいつもの雰囲気で談笑を始める。
「お前ら…こんな朝早くに何してんだ?」
「「「「あそびにきたよ!」」」」
そう声を揃えた使用人の子供たち…ティム・フィネル・イブ・キペックは、楽しそうに俺に抱きつくと各々好き勝手にしゃべりだす。
さっきから聞こえていたのはどうやらこいつらの声だったようだ。
そしてキペックの言い草からして、この四人は俺に寝起きドッキリを仕掛けるつもりだったらしい。
まったく…子供は思わぬところで謎の行動力を発揮するな。
フィネルなんてまだ5才だって言っていたはずなのに、よくこんな時間に起きてこれたものだ。
っと、感心している場合じゃないな。
来てしまったものは仕方がないし、このままここで話していても周囲に迷惑がかかるだろう。
ひとまず部屋に上げて、少し相手をしましょうか。
わざわざ来てくれた事もなんだかんだ嬉しいし。
「とりあえず騒がない事、いいな?それが約束できるんだったら入って良いぞ。」
「「「「やったー!!」」」」
「しーっ!約束!」
「「「「はーい…」」」」
「はぁ…。ほら、入んなさい。」
子供たちは囁くような声で歓声をあげると駆けこむように部屋に入る。
なんでこいつら、朝っぱらからこんなに元気なんだろう?
それに、俺の部屋に来たところで何も楽しい事なんてないだろうに。
もし俺の部屋におもちゃがいっぱいあるんだと思っていたのなら、きっと何一つないこの部屋の現状にがっかりする事だろう。
「へぇーここが兄ちゃんの部屋か。やっぱり俺たちの所とは全然違うね。」
「そうなのか?まぁ一応客室だしな。おいキペック、人のベッドで跳ねるんじゃない。」
「はーい!」
「…じー。」
「ん?そうしたイブ、俺の顔になんか付いてるか?」
「仮面、着けてないの。」
「あぁ、そりゃさっきまで寝てたからな!お前らの声で目が覚めたんだぜ?」
「えー!なーんだ、もっと早くに入ってきたらナユタ兄ちゃんの寝顔見れたのかー。」
「俺の寝顔なんて見て何が楽しいんだよ…。」
「イブが言い出したんだよ。ナユタ兄ちゃんが遊びに来ないから俺たちが行こうって。」
「そそ、ついでに寝顔が見たいなんて言うから俺たち頑張ってもごもご…」
「それは言わない約束なの、とイブ思う。」
イブはキペックを後ろから羽交い絞めにするとそのまま器用に口を塞いだ。
もうほぼ分かっちゃったけど、ここは聞かなかったことしてやるべきだろう。
とりあえず俺が遊びに来なかったからって所だけ拾う事にしよう。
「確かに日にち空いてたな、わりぃわりぃ。…ごめんなイブ、寂しかったか?」
「……うん。」
そう言って顔を赤らめながら俯くイブの頭を優しく撫でる。
まったく素直でかわいい事。
そうして撫でていると、イブは嬉しそうに目を細めて俺の手に頭をこすりつけてきた。
なんだかその様子が猫のようだと思ってクスリと笑うと、イブの顔の赤みが増す。
まるで熟れたリンゴのようになってしまったイブをキペックが間髪入れずにからかいだすと、不貞腐れたように頬を膨らませてキペック目掛けて鋭い蹴りを放った。
おぉ、なかなかのローキックだ。
だが何に対しても暴力は良くないので窘める。
イブは言葉でやり返すタイプだと思っていたけど、意外と手を出したりもするんだな。
また子供たちの新たな一面を見れました。
「…ん?そういえばお前ら、ここに来ること親にちゃんと言ってきたんだよな?」
「「「「………。」」」」
分かりやすいほど極端に目を逸らした四人は、しどろもどろになりながら各々言い訳を口にし始める。
まぁこの様子なら改めて確認する必要もないだろう…どうやらこの子たちは親に無断で家を出てきたようだ。
確かにそもそもの原因が何かといえば俺が遊びに行かなかった事だし、何よりこの子たちが自ら遊びに来てくれたことは俺にとっても嬉しい事だ。
しかしこれとそれとじゃ話は違う。
断わりもなく出かけたりして、今頃この子らの親がどれだけ心配していることか。
気が付いた時には子供が居なくなっているなんて、親にとっては本当に怖い事だろう。
それを思うと俺の中の良心が軋み、思わずため息が零れる。
「ごめんなさい、ナユタ兄ちゃん…。」
「ちゃんとごめんなさいするの。だから怒らないで欲しいの…。」
「…大丈夫、怒ってないよ。ただお前らの父ちゃん母ちゃんに悪い事したなって思っただけだよ。」
「おにいさんがわるいのとちがうよ!フィネルたちがないしょできたんだもん…。」
「そうだよ!ナユタ兄ちゃんは悪くないよ!」
「いいや、この場合は俺も悪いんだよ。俺は大人で、みんなの見本にならなきゃいけない立場なんだから。軽率に部屋へあげる前にきちんと確認しておくべきだったんだ。」
「で、でも…!」
「俺の事は大丈夫だから、とりあえずみんなの親に謝りに行こう。きっと今頃心配してるぞ?」
「…うん。」
子供たちは最初こそ納得いかないというような不満気な顔で俯いていたが、親に心配を掛けているという罪悪感はしっかりとあるようで最後にはきちんと理解を示してくれる。
まるで通夜にでも行くかのような湿った雰囲気になる子供たちに、俺は思わず苦笑してしまった。
確かに反省することは大切ではあるんだが、こうも落ち込まれると流石に可哀想だな。
「…お前らの親がこの世で一番怖い事ってなんだか分かるか?」
「え?うんと…仕事を止めなきゃいけ無くなる事?」
「お城を追い出されたら大変なの、とイブ思う。」
「フィネルはおばけもこわいとおもう。」
「やっぱり魔物じゃない?先生も気を付けなさいって言ってたし。」
「そうだな、どれも怖いし気を付けなきゃいけない事だ。でもどれも一番ではない。」
「えー、じゃあ何なの?」
「それはな、お前らが居なくなっちゃうことだよ。ティムもフィネルもイブもキペックも、みんな親にとってはこの世で一番大切な宝物だ。だからそれを失う事が一番怖いし、一番つらい。それはお前らが大人になってもずっとずっと変わらない事だ。お前らだって父ちゃん母ちゃんが居なくなるの嫌だろ?」
「うん!」
「いや!」
「いやなの。」
「やだよ!」
「そういう事だ。だから父ちゃん母ちゃんが悲しい思いをしないためにも、お前らはちゃんと側に居てやれな?」
「「「「うん!」」」」
いい返事が聞けたところで俺たちは部屋を出て使用人の居住区に向かった。
そこは子供たちの勉強部屋のすぐ近くらしく、子供たちは案内すると言って俺の手を引いていく。
流れで出てきたので仮面を着け忘れてしまったが、わざわざ取りに戻るほどの事でもないかと思い直しそのまま進んだ。
しばらく歩いて居住区の近くまで行くと、入り口付近に何人かの大人が立っていることに気が付く。
その大人たちも一拍遅れてこちらに気が付くと、各々子供の名前を呼んで駆け寄ってくる。
「父さん母さん!勝手に出て行ってごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさいなの。」
「ごめんなさいっ!!」
駆け寄った親たちは一斉に謝る子供たちに一瞬唖然としていたが、すぐに抱き寄せて無事を喜んでいた。
それに安心したのか、フィネルとイブは泣きだしティムとキペックも鼻をすすっている。
どんなにはしゃいでいたとしても、実際はこの子たちも内心不安だったのだろう。
無断で出てきたこともそうだが、初めての場所に子供たちだけで行くことやちゃんと見つけられるのかどうかという事も。
ほんの短い間の冒険ではあったが、それでも子供たちは大きく成長することが出来たのだろう。
なんだかんだで良い経験だったのかもしれないな。
…さて、後は俺のすべきことをするだけか。
「親御さん方、今回はご心配をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。私がもう少し早くに気が付いていればこんな事にはならなかったと思います。ご迷惑をおかけしました。」
「ち、違う!ナユタ兄ちゃんは悪くなくて!」
「そうなの、ナユタお兄さんはイブたちをきちんと怒ってくれたの。」
「フィネルたちもうしないよ!」
「ナユタ兄ちゃんを怒らないで!俺たちが悪いんだってばー!」
「ど…導使節さま…?」
「え?あ、はい。導使節、ナユタ・クジョウ・ユエルです。この子たちは俺に会いに来てくれただけで、確かに無断だったようなのですがちゃんと反省してくれています。どうかこの子たちをあまり叱らないでやってくだ…」
「も、も、申し訳ございませんでした!!」
「…はい?」
ティムを抱いていた父親が声を大にそう言うと、他の大人たちも同様に深く頭を下げ始める。
俺もそして子供たちも驚きのあまり声を出せずにいると、ティムの父親は顔を上げて俺を真っ直ぐ見るともう一度謝罪の言葉を口にした。
いや、怒ってるから黙ってたわけじゃなくて、ただびっくりしたというか…。
「ど、どうぞ顔を上げてください。謝罪をするのは私の方なのですから。」
「いいえ!私どもの愚息が導使節様にご迷惑をお掛けし、そのうえ謝罪までさせてしまうなど…とても畏れ多く!」
「申し訳ございませんでした!子供のやったことは親の責任です、どのような処分もお受けいたしますので…どうかこの子たちだけでもお許しください!」
「ま、待ってください!処分だなんて…そんな大げさな。俺はただ謝りに来ただけですし…とにかく、どうか頭をあげてください。子供たちだって怯えていますから。」
「…は、はい。」
親たちの必死な謝罪に子供たちの顔は真っ青だった。
まずいな、このままだとトラウマになりかねないぞ?
自分たちの行いで親が全力謝罪だなんて、考えただけでも胃が痛む!
しかし上手くこの場を終息させるにしても、このまま子供たちに話を聞かせておくというのはどうなんだろう…
「…よし、大人たち!一回集合だ!」
「え?しゅ、集合…?」
「いいから、ちょっとこっち来て!円を描くように丸くなって。体の距離は心の距離、一回同じ目線で話し合いましょう!お前ら、大丈夫だからちょっと待ってな!」
「う、うん…。」
俺は子供たちを落ちつけせるように笑ってから大人たちを集めて円陣を組むように顔を突き合わせる。
戸惑いがちな大人たちを無理やり近づけると俺は真剣に、されど威圧感を出さないように気を付けながら話を始めた。
「まず最初に分かってもらいたい事は、俺は怒っていないし責任追及をするつもりもないという事です。」
「し、しかし…我々のような使用人の子供たちが導使節様にご迷惑をおかけしてしまった事に変わりはなく…」
「そこです!誤解があるようなんですが、俺は子供たちが訪ねてきてくれたことに関して迷惑だなんて一瞬たりとも思っていません。むしろとても嬉しかった。確かに無断で来たことは褒められた行為ではありませんが、先ほども言った通り子供たちは十分それを理解し反省しています。ですので俺から子供たちを叱ることも、ましてあなた方親御さんを咎めるようなこともしません。むしろ何の確認もせずに子供たちを部屋に上げた俺にこそ責はあります。それに関して謝罪させてください、すみませんでした!」
「そんな、滅相もございません!…しかし…あの、本当によろしいのでしょうか?私どもに何の咎めがない上にこのような…」
「いいんです、俺の謝罪を受け取って頂けるのならなんだって!」
「は、はい…わかりました。」
「皆さんもそれでよろしいですか!?」
「…はい。」
「ありがとうございます!ってことで…おーい、終わったぞー!」
円陣を解いて不安気に様子を窺っていた子供たちに近づいていく。
大人たちはまだ少し困惑している様子だったが、子供たちが駆け寄ってくると嬉しそうにそれを抱き上げた。
やはり親の腕の中というのは安心するようで、子供たちの不安気な表情は見る見るうちに払拭されていった。
心なしか親たちの顔も綻んでいるのはきっと気のせいではないんだろう。
「あ、そうだ。一つお願いがあるんですけど、いいですか?」
「はい、何なりと。」
「もしまたこの子たちが俺の部屋に遊びに行きたいって言い出したら、その時はどうか許してあげてください。」
「で、ですが…ご迷惑、あっ。」
「はい、迷惑どころかすごく嬉しいのでお願いします。」
「え、また兄ちゃんの部屋に行っていいの!?」
「おう!ただし、次からはちゃんと親の許可を貰う事!いつどこで誰と遊んで、いつ帰ってくるのかもちゃんと言うんだぞ?約束できる人、手をあげてー!」
「「「「はーい!!」」」」
「はい、よくできました!」
「あの…」
「はい?」
「…ありがとうございます。この子たちを、よろしくお願いします。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
こうして俺と子供たちは親御さん公認で一緒に遊べるようになったのだった。
大人たちはやっぱりまだ申し訳なさそうにしていたが、はしゃぐ子供たちを見てどこかホッとしているようだ。
きっと大人たちも子供と遊んであげられない事をどこか後ろめたく思っていたのだろう。
だからだろうか、楽しそうにしている子供たちを見守るその瞳がとても慈愛で満ちているのだ。
子供の幸せは親の幸せ、とはよく言ったものだ。
俺はいま、まさにその瞬間を垣間見たような気がする。
「じゃあ今から兄ちゃんと遊んできていい!?」
「それはダメ。これからテレサ先生とお勉強の時間でしょう?」
「えー!でもぉ…せっかく兄ちゃんが居るのに…」
「勉強か、んじゃ今日の俺はテレサ先生の助手でもしようかな?」
「ほんと!?じゃあ勉強する!」
「フィネルもー!」
「イブも頑張る。」
「その後はジェンガね!」
「勉強頑張ったらな?」
「わーい!」
それから俺は子供たちを連れて勉強部屋へ、大人たちは仕事へ向かったのだった。
勉強部屋に着くと既にテレサさんが準備を始めていて、俺が手伝いたい旨を伝えると快く了承してくれた。
今日は算術と礼儀作法の勉強を行うらしいので、俺も教材のセッティングを手伝う事にした。
知ってはいたが、やはりどれも手作り&手書きだ。
マメな上に器用だなと、俺は始終関心しっぱなしだった。




