第二章 72 思い出の傷薬
朝食を済ませた俺は、腹ごなしも兼ねて城の中とその周りを散策していた。
今朝は梅雨の晴れ間…みたいなものだろうか?
昨日や一昨日とは打って変わって雲一つない晴天だったので、これ幸いと俺は部屋を飛び出したのだ。
ずっと気になっていた外から見える渡り廊下への行き方を探してみたり、城の外壁に沿ってぐるっと一周してみたり、今まで行ったことのある場所もない場所も全部ひっくるめて縦横無尽に歩き回る。
そう、つまりこれはいままでやりたくても出来なかった城内探検だ。
思えばこの街に来てからというもの、毎日を追われるように過ごしていた。
仮面調達に然り、粛清者事件に然り、な…。
しかし俺は思ったのだ!
こんなにドでかいファンタジックなお城を探検しないなんてもったいない、と!
幸い今の俺には火急の案件もないので、この時間を有効に使わせてもらうと強行した次第である。
え、導使節の仕事?
具体的にいつからやれとか言われてないからいーのいーの。
さて、見る物すべてが珍しく始終関心しっぱなしだった俺は、現在見張り用と思われる塔に来ている。
城で一番高い場所…ではないが、それでもなかなかの高さがあるスリリングな場所だ。
俺は柵からそっと身を乗り出して下を見てみる、すると豆粒のように小さい門番が目についた。
今日もしっかり働いているようだな、関心関心。
俺は割と高い所は好きな方なのでここから下を見る分には何の問題もないが、もしここから落ちたらと考えると流石に股間がヒヤッとする。
今の俺には身体強化があるのだから、ここから落ちたところで無傷で生還できる自信はある。
しかし命の危険はないと分かっていても怖いものは怖いのだ。
なんか想像してたら急に怖さが込み上げてきた…そろそろ降りよう。
ここで手でも滑らせたらシャレにならないので、いい加減乗り出した体を元に戻す。
「…ん、あれは?」
ふと先ほどまで見ていた跳ね橋に見覚えのある緑のリボンが見えた気がして凝視する。
あれは…エルちゃんだろうか?
門番と何やら話しているようだが、どうもあの感じでは追い返されそうになっているようだ。
説得しようとする門番にまったく引く様子を見せないエル。
はて、エルちゃんは入院中だったと思ったけど、こんな所に来て体はもう大丈夫なんだろうか?
「………よし、本人に聞いてみよう。」
俺は身を乗り出していた柵の上に立つと、そこから一気に下へと飛び降りた。
男は度胸!一回やっちまえば怖いものが一つなくなるって寸法よ!
しかしやはり結構な高さがあったので少しチビりそうになったのは内緒だ。
落ちている途中、城の壁を軽く蹴って軌道修正と落下速度の低下を試みる。
目指すはあの跳ね橋だったのだが、さすがに初めての試みであった為か少し位置がずれて結構手前に降り立ってしまう。
むむむ、意外と難しいな。
まぁ初めてにしては上々だろう、一応足腰に異常がないかの確認をしてから門番とエルちゃんのいる跳ね橋に近づいていく。
どうやらエルちゃんはまだ諦めていないようだ。
「よぉ、どうしたんだ?揉めてるみたいだけど。」
「こ、これは導使節様!お騒がせしてしまい申し訳ございません、実はこちらの方が…」
「偉い方ですか?お願いです、私をお城の中に入れてください!どうしても会いたい人がいるんです!どうか、お願いします!!」
「だから、そんな簡単には通せないんだってば!何かあった時に追及されるのは俺なんだよ?それに、そんなに言うなら相手の了承を得て、しっかり俺たち門番に話を通しておいてくれよ。」
「だって!…先生がどこに居てどうやって連絡を取ればいいのか分からないんだもの。」
「参ったなぁ、そんな事言われても通せないものは通せないんだよ。」
俯くエルちゃんを見て困ったように頭を掻く門番。
なるほど、先ほどからこの堂々巡りを繰り返していたってわけか。
レーヴが今どこに居るのかは俺も知らないので会わせることは出来ないけど、だからってこの子を放っておくのも心苦しい。
それに最悪の場合、門番への公務執行妨害でエルちゃんが逮捕されてしまうかもしれない。
…そんなものがこの世界にあるのかは分かんないけど。
とにかく、俺の中では満場一致でエルちゃんの手助けをすることが可決されたのだった。
「なぁ門番君。その子俺の知ってる子なんだけど、通してやることって出来ないか?ちょっと話がしたいんだけど。」
「はぁ…、あ、いえ!導使節様のお知り合いであるのならば問題ありません。どうぞ、お通り下さい。」
「え?い、いいんですか?」
「いいってさ!じゃあ少し話をしようか。俺の部屋…ってわけにもいかないし、中庭でもいいかな?どう、エルちゃんはそれでもいい?」
「え、はい!ありがとうございます!」
「んじゃ行きますか。」
俺は門番に礼を言い、エルちゃんを連れて中庭に向かった。
中庭といってもかなりの広さがあるもはや公園のような場所なんだけど、話をする分にはむしろその方がうってつけだろう。
――――
「さ、どうぞ座ってくれ。」
「し、失礼します!」
中庭に到着した俺たちは適当に手近なベンチを見つけて腰掛ける。
今日も花は歌い小鳥が囀っているとても素晴らしい中庭だ。
俺は美しく整えられた草花を見てほっと安らぎをもらう…が、どうもさっきの反応を見るにエルちゃんの方はひどく緊張している様子だ。
移動中もそうだったが、今も膝に置かれた自分の拳を見つめたまま一向に口を開こうとはしない。
緊張しているのか、それとも俺を警戒しているのか…
何にしても黙っていたら話しもできない、ここは俺から話しかけて出来るだけ場の雰囲気を穏やかな方向へ持って行こう。
任せてくれ、俺は新歓のレジェンドと呼ばれた男だ。
「あーっと、エルちゃんは…そのぉ…」
あぁ、ダメだしゃべれない!
自分のことながら、どうしてこういう時に限って上手く言葉が出ないのか不思議でならない。
大学の新歓の時だって最初から最後まで上手くしゃべれなくて、それで結局ついたあだ名が新歓のレジェンドだったんだもの!
さっきまでは聞きたい事とか話さなきゃいけない事が頭の中に確かにあったのに、いざ言葉にしようとすると喉の途中で引っかかったみたいに詰まってしまう。
ぐ、落ち着け俺。
例え可愛い女の子が隣に居ても、動揺を表に出すようなカッコ悪い男にはなるんじゃない。
ましてやこの子はレーヴの大切な子だから!
ほんと下手したらこの状況だけでもアイツは俺の事を殺しに来る可能性だってあるんだから!
絶対におかしなこと口走るなよ?いいな、フリじゃないんだからな!?
「か、彼氏とかっているの?」
んだー!!ばかー!!!!!
どうしてそういう事いっちゃうのぉ!?
だからダメだって言ってるのに、なんで俺は俺の言う事が聞けないんだ!
あぁ、終わった。
良くて変人、悪くて変態扱いされて試合終了です…。
「いいえ、あの…いません。」
よかったー!なんか普通に答えてくれたぁ!!
『なんでこの人急にこんな事聞いて来たんだろう?』って顔してるけど、引かれている様子はない。
エルちゃんが変に察しのいい子じゃなくて本当に助かった…。
しかしこの事はこの場限りで忘れよう。
うっかり口にしようものならきっとレーヴに以下略される…!
「あ、の。私からも一つお伺いしてもよろしでしょうか?」
「ん、なに?」
「どうして私の名前をご存じなんでしょうか?」
「………?」
「………。」
「あぁ、そうか仮面ね!毎度のことだけど未だに慣れないな…っと。はい、これなら見覚えある?」
「…あっ!あなたはあの時の…」
「はい、君を撃った張本人です。あの時は本当に申し訳なかった。えっと、傷の具合は大丈夫?」
「…はい、まだ少し痛みますが概ね平気です。…あの、お城の偉い方だったんですね。」
「いや、決して偉いわけじゃなくて…。まぁ俺の事はいいや。それで、エルちゃんはレーヴに会いに来たの?」
「そ、そうなんです!先生が騎士団に連れて行かれたって聞いて…私、心配になって…。」
「そっか、レーヴは本当に愛されてるなぁ。」
「あ、愛!?わ、わ、私はそんな!」
「でもごめんな、俺もレーヴが今どこに居るのか知らないんだ。今後関わる事にはなるんだけど…」
「そう…ですか…。」
エルちゃんは悲痛な面持ちで俯くと両手を重ね強く握りしめる。
その健気な姿に思わず俺の胸も締め付けられるように痛んだ。
そうだよな、会いたいよな。
身を挺してまで守った人だ、会いたくないわけがないよな。
俺はエルちゃんの震える肩に手を置き、しかし何も言ってあげることが出来ずにいた。
するとエルちゃんは意を決したように顔を上げ、涙で潤んだ瞳を真っ直ぐ俺に向けるとゆっくり、しかしはっきりと言葉を紡いだ。
「先生は、どう…なるんですか?」
「あぁ、その事か。うんそうだよな、気にならないわけないよな。大丈夫、安心していい。酷い事にはならないから。」
「本…当に?」
「本当に。」
「っ!よ、よかった。私、先生が処刑されちゃったらって、怖くてっ…」
「うん、大丈夫。レーヴは死んだりしない、きっと君の元に帰ってくるから。だから、アイツの事待っててやってな?」
「…はい!」
エルちゃんはそう言って大粒の涙を惜しげもなく溢す。
その雫が弾けるたびにきらきらと光を反射させて、それはそれは綺麗だった。
レーヴが闇だというのなら、この子は間違いなく光だろう。
一見相性が悪いように見えるが、その実お互いの足りない部分を補い合うとてもいい関係だ。
それに、何といってもこの子はへこたれない。
どんなにレーヴが闇を生み出そうとも、きっとこの子はそれを全て飲み込んで見せるだろう。
ついでにその光でレーヴも照らしてやってくれれば、アイツももう少し素直になれるんじゃないかと思う。
「…すみません、ご迷惑をおかけしてしまって。」
「いいや全然迷惑じゃないから、気にしなくていいよ。」
「私、先生に会えるでしょうか…?」
「…どうだろうな。難しいかもしれないけど…無理ではないと思う。」
「そう、ですか…!うん…頑張ろう…。」
「おう、頑張れ!俺はエルちゃんを応援してるから。」
「あ、ありがとうございます…。あ、そうだ。もし先生に会うようなことがあったら、これを渡してもらえませんか?」
「ん?それは構わないけど…これは?」
「前に先生が教えてくれた傷薬を作ってきたんです。…あの時は夢中で気が回らなかったんですが、もしかしたら先生も怪我をしていたんじゃないかって思って。」
「へぇ、レーヴはこんな事も教えてたんだ…。うん、了解!必ず渡すから安心してくれ!」
「何から何までありがとうございます、…えっと。」
「あぁ、俺はナユタだ。気軽にナユタ君はぁとって呼んでくれて構わないぜ?」
「ナユタ君はぁと?どう言った意味なんですか?」
「うぐっ!マジレスされるとキツイものがあるな…気を付けよう。あー、はぁとは言わなくていいや、ついでに敬語もいらねぇから。」
「え、でも…」
「いーのいーの、俺は城に居るけど全然まったくこれっぽっちも偉くない人だから。敬語使われると逆に申し訳ない。」
「えっと…じゃあ、うん。ありがとうナユタ君、その薬よろしくお願いします。」
「あいよ、任されました!」
それから俺はエルちゃんを跳ね橋の所まで送っていった。
本当は家まで送ると言ったんだが、ここまででいいと丁重にお断りされたのだ。
警戒…はされてないだろうから、おそらく気を使われた感じだろう。
いい子だよなぁ、エルちゃん。
ひねくれレーヴとは大違いだ。
「なぁ、もしまたあの子が来たら俺に連絡くれるか?なんなら城に入れちゃっていいから。」
「はっ!かしこまりました!!」
「そんな堅苦しくしなくていいって。エルちゃんと話してた時みたいに、普段通りの話し方でいいから。」
「いえ…それは。」
「んー、じゃあ俺が一人の時だけ。誰かといる時はその話し方でいいからさ。これからも俺はここを通る訳だし、挨拶くらいは気さくにしようぜ!な?」
「は、はい…了解です。」
「よろしくなー!」
門番くんに軽く挨拶してから俺は城の探検を再開した。
さて、次はどこを回ろうかな?




