第二章 71 兆し、そして別れ。
…ユタ
……ナユタ
……………彼が危ないっ!!
「っ!!!」
何かに駆り立てられるように起き上がると、そこはいつものベッドの上だった。
早まる鼓動と荒れる呼吸、そして全身には脂汗が滲んでいる。
なんだろう、この落ち着かない感覚は。
俺は額の汗を拭ってから倒れこむようにして再びベッドに横たわると、手足を広げゆっくりと目を閉じた。
しかし、じわじわと痺れるような焦燥感が俺の中から溢れ出てきては俺の安らぎの邪魔をする。
それはまるで何かに追われている時のような、はたまた大切なものを忘れてしまった時のような不安と焦りが入り混じるとても奇妙な感覚だった。
なんなんだこれ、一向に治まりそうもないぞ。
それにさっきの声はいったい?
どこかで聞いたことあるような気がするんだけど、夢…だったんだろうか?
「…疲れでも出たんですかねぇ?」
俺は努めて呼吸を深くし、強張った体の力を抜いていく。
うん、大丈夫。
何が大丈夫なのか、何にそんな不安を覚えていたのかは分からないけど、とりあえずは大丈夫だ。
しばらくそうして大人しくしていると、俺は次第に落ち着きを取り戻していく。
自分の手を見つめ握っては開くを繰り返しおかしな所がないか確認する。
…異常なし、極めて正常である、っと。
体に異常はみられないし、脈拍・呼吸共に正常に戻った。
もしかしたら俺の計り知れない所になにか異常が出ているかもしれないが、とりあえず俺の分かる範囲でそれはみられないのだから良しとしよう。
「さて、とりあえず風呂だな。」
俺は汗でぐっしょりと濡れた寝間着を脱いでシャワー室に向かった。
ついでに全身もくまなくチャックしたかったんだが、生憎とこの部屋には鏡が無いのでそれは断念する。
そういえばシュヴァリエ辺境伯の屋敷でもそうだったけど、基本的にどこに行っても設置されてないんだよなぁ…鏡。
クロエが手鏡を持っていたから存在しないって事も、まして高価すぎて流通してないって事も無いんだろうけど。
謎だなぁ…。
「ふぃー、さっぱりした!」
朝シャンというのもなんだか久しぶりだ。
元の世界でも風呂はもっぱら夜に入るタイプだったし、社会人になってからは昼夜の感覚が麻痺してて朝に風呂入るくらいなら寝てたしな。
俺は水差しから水を注ぎ、それを一気に飲み干してからベッドに腰掛ける。
さっぱりついでにさっきの出来事について考えてみよう。
まずさっきの声だけど、寝ぼけてたとかそもそも夢だったとかって感じではなかったと思う。
その声はハッキリと俺の耳に届いていたし、俺を眠りから目覚めさせるきっかけにもなった。
声の感じから女の子のようではあったけど、それが誰なのかというとちょっと思い当らないのでひとまず置いておくとしよう。
ではやはり気になる事と言えば、”彼”が誰をさしているのか。
そして”危ない”というのは一体何のことなのか、だ。
彼、というからには男なんだろうが…。
今現在窮地に陥りそうな男で、尚且つ女の子から心配されるような奴といえば…。
最初に思い当たる奴と言えばレーヴ、もしくはヴィヴィ辺りだろうか?
でもなぁ…あの声は俺の事を”ナユタ”と呼び捨てにしてた。
今上がった候補の相方…という表現はおかしいかもしれないが、心配している女の子側が俺の事を呼び捨てにしないんだよなぁ。
エルちゃんに関しては、たぶん俺の名前すら知らないだろうし。
そうなってくると、やっぱり他の誰かなんだろうけど…。
他には思い当らないんだよなぁ?
「う~ん、さっぱどわがんね。」
降参だと言わんばかりに両手を広げてベッドに横たわると、控えめにドアをノックする音が鼓膜を揺らした。
あら、昨晩といい今といい千客万来だこと。
もしかして俺の部屋はこの城の観光スポットにでもなったのかしら?
そんなおふざけを脳内で繰り広げつつ軽く返事をしてから部屋のドアを開ける。
するとそこには見目麗しいエルフ族がふたり、着飾った状態で慎ましやかに控えていた。
わーお、APPの暴力だぁ。
「ナユタ君、朝早くにごめんなさい。少しお時間いいですか?」
「お、おう。それは全然大丈夫だけど…どうしたんだ?二人そろって着飾ったりして。」
「えぇ、それなんですけど…。さ、お嬢様。」
「…うん。ナユタ君、いろいろお世話になりました。妾たちはこれから国に帰るのでご挨拶に来ました。」
「え、あ、そう…なのか。そっか…寂しくなるな。わざわざ挨拶しに来てくれてありがとうな、シルド。」
「ん。…妾はもう少しここに居たかったんだけど、父上がダメだって。」
「もともと滞在は5日間の予定だったんです。ですがお嬢様が旦那様を説得され、あと二日だけとお許しを頂いていたのです。」
「そうだったのか…。なぁに、そんな落ち込むことねぇよ。遊びに来たけりゃまたくりゃいいんだから!あー…ここからエルフの国まではどのくらいなんだ?」
「そうですね…一日と少しくらいでしょうか?」
「へぇ、思ってたより近いんだな…。まぁ、それくらいならいつでも来れるだろ!何なら俺から会いに行くことだって出来るだろうし、そんなにしんみりすんなって!女の子は笑顔でいる時が一番かわいいんだぞぉ?」
「そっか、ナユタ君が来るって手もあるんだね。妾、目から涙。」
「いや…鱗な?目から涙が出るのは普通の事だから、お前はもっと比喩表現を大切にしろ。」
「…心地良し。また会った時もこんな風にお話しようね。」
「できれば普通に会話を楽しみたいんだが…。おっと、忘れちゃいけねぇ。シルドにお礼しなきゃと思ってたんだ。」
「お礼?それともお札?」
「妙な間違え探しをさせようとするな、何だよお札しなきゃって…陰陽師か?この間貰った水晶のお守り、あれのおかげで九死に一生を得たからちゃんとお礼がしたかったんだよ。あれが無かったらと思うと今でも肝が冷えるわ、ほんとありがとうな!」
「……見せて。」
「ん、ネックレスか?もちろん今でも着けてるぜ!ほーら、どうだ!あ、そうそう、これなんか色が変わっちゃってたんだけど何が…ってうわ!どうしたシルド!?」
俺が懐から水晶のネックレスを出した途端、シルドが俺の腰にしがみついた。
驚いた俺がいくら声を掛けても、シルドはただ抱きしめる力を強めるだけで何も言わない。
痺れを切らした俺は助けを求めるようにユノに視線を向けのだが、ユノ自身も驚いたように目を見開き硬直していた。
ユノの視線はただ一点、俺がいま懐から出した真っ黒になった水晶のネックレスに向けられている。
確かにあの透明だった水晶が黒曜石のように変色してしまっているけど、これってそんなに驚くような事なのか?
てっきりそういう仕様なんだと思ってたけど…体温で色が変わる石的な。
俺は改めて水晶を光に透かすように持ち上げ覗き込んでみる…が、やはり元の澄んだ透明感は失われていてどこまでも黒い。
むしろこいつが光を吸収しちまっているんじゃないかと錯覚しそうになるほど深い深い闇の色だ。
…闇の色?
「ナユタ君が無事で良かった…。」
「お?おう、ありがとう…?」
「感謝に疑問符を付けないでください、っていうか分かっていませんね?いいですかナユタさん、通常その石がそんな色に変化することはありません。」
「え、ああやっぱりそうなの?二人の反応からしてそうなのかなーとは思ってたけど…。」
「そうなのかなー…じゃありませんよ!まったくもって危機管理能力が足りていない!お嬢様の祈りを込めた精霊石がそこまで濁るっていうのはもう異常なんです、普通にありえないんですよ!どれだけ強力な魔法を使われたらそんな事になるんですか!?即死物の魔法でもない限りこんな事にはなりませんよ!」
「お、おぉ…お前そんなでかい声出るんだな…。あーでも即死物っちゃー即死物だったかな?危うく生きたまま心臓食われる所だったし。」
ついでに内臓飛び出すんじゃないかってくらい締め付けられてたけど、あれはじわじわ殺す系だったから除外だろう。
…いや、そういう話じゃないのか?
「な、な、なんでそんな平気な顔してられるんですか!?死にかけたって話ですよね?実際お嬢様が居なければ死んでましたよね?それに生きたまま心臓を喰われるって、なんですかそれ!?ハムナプトラですか!?一体前世でどんな悪行を積めばそんな猟奇的なやり方で殺されるんです!」
「ユノ、落ち着いて。…ナユタ君、そのネックレスは妾が預かる。」
「え?それは構わないけど…どうするんだ?」
「これは穢れを吸い過ぎてる。もう持ってると危ないから、妾が国に持って帰って浄化する。すぐに新しいものは用意できないけど、必ず用意して送るからそれまではせいぜい気を付けて。」
「…くれぐれも、な?でもそうか、それそんなに危ない物になってるのか…。」
「呪いを生み出すレベルですよ、もうしばらくすれば完璧な呪われグッズです。はぁ…なんだか次に会う時にはナユタ君の腕の一本や二本無くなってそうで不安です。」
「フラグ建てんなよ、その発想が俺の不安を駆りたてるわ!」
「逆フラグ建築ですドヤァ!とにかく、次も五体満足で会うためにもあまり無茶はされないように!いいですね?ユノお姉さんとのお約束まもれるかな~?」
「やめろ、イラッとする。でも気を付けるようにはするよ、心配してくれてありがとな。」
「うぐ、純真な瞳で見ないでください…!私はもう誑かされませんからねっ!」
「何の話しだよ…。シルドも、ありがとうな。冗談抜きでお前が居なかったら死んでたし…ほんと命の恩人だよ。」
「ん、いいってことよ。ナユタ君が居なくなったら妾さみしいから、りんりんの関係よ。」
「うん、なんだろ?今回のはちょっと分からないな…」
「ウィンウィンの関係ですね、私が教えましたドヤァ。」
「ドヤァって口で言うもんじゃねぇだろ。つーかお前…マジで雇い主の娘に変な事教えるのやめた方がいいと思う。特に腐った方は絶対に教えるなよ、いいか?フリじゃないぞ!?」
「………さ、お嬢様。そろそろお時間ですので参りましょうか。」
「おいなんだその反応は。嘘だろ、嘘だよな?」
「それではナユタ君、ごきげんよう。」
「うん、それじゃあまたねナユタ君。」
「…おう、またなシルド。それとユノ、お前は次回会うときお説教だ。」
「えー。」
ユノは綺麗な顔を崩して至極面倒くさそうにそう漏らす。
まったく、当たり前だっつの。
シルドのような年端もいかない少女にユノ式英才教育を施すなんて言語道断。
このペースでどんどん文化改革されてしまったら、ものの数年でエルフの国は腐海と化すぞ。
どうするんだ、いつか俺がエルフの国に言った時に美女たちの口から腐った言葉が出てきたら!
夢が壊れるだろうが!
俺はくれぐれも自重するようにとユノを説得したが、果たしてどの程度効果があるか…。
別れ際のあの笑顔から察するに期待は出来そうにないだろう。
いつかアイツに天罰が下りますように…
なんだかんだあったが結局楽しく話をした後、ユノとシルドはエルフの国に帰っていったのだった。
ぐぎぎ、投稿ミスった…




