第二章 70 楽しいひと時
「さぁ、はじめましょうか!」
「よろしくお願いします!」
リアの持って来た動きやすそうな…しかし少しダサい服に着替えたノエルは、木製の剣を持って俺と相対している。
余談であるが、ノエルの生着替えは俺の側で行われた。
もちろん俺は後ろを向いていたし、リアが布を持って壁になっていたので見ていたわけではないが。
だがあの服を脱ぐときの衣擦れする音は俺の中の煩悩を駆り立てるには十分だったとだけ言っておこう。
もちろんこれは健全なスポーツをする為の不可抗力なので、俺の中の煩悩君には早々に退場頂いたが。
おっと、あんまり悠長に構えていると怪我をするな。
なんてったって相手はスパルタにシフトチェンジしたノエル姫なんだから。
改めてノエルと向き合う俺も木製の剣を握りしめる。
こうしてノエルと本格的な稽古をするのは二度目だな。
前回は一本取るので精一杯だったが、今回はもう少し粘らせてもらおうか。
「では用意は良いのですか?…はじめ、なのです!!」
「うりゃぁ!!」
「ふっ!」
リアの微妙に始めづらい掛け声とともに俺とノエルは一気に距離を詰めた。
体勢を低く保ったまま下手に構えるノエルに、俺は上段から一気に剣を振り下ろす。
ノエルはそれを最小限の動きで避けると、そのまま勢いを殺さず俺の脇腹めがけて素早く振り抜いた。
「うぐっ、…まだまだぁ!」
浅めに入った一発に体勢を崩されつつも何とか持ちこたえ応戦する。
相変わらずノエルの動きは素早くなかなか刃が届かない。
小柄な体を活かして素早く動くので、ふと気が付くと見失っていることが多いのだ。
しかし俺とて負けてはいない。
いくらノエルが早いと言っても、それは通常の人間が出せる速さにすぎない。
その点俺は身体強化を使えばそれすら優に超える速さを出すことができるのである。
…ただ問題があるとすれば、その速さに俺の脳と目が追い付けないという点が挙げられるのだが。
「ナユタ、何か考え事しているわね!動きが鈍ってるわよ!」
「っ、なんの!これで…どうだっ!」
一歩踏み込んで剣を振りぬく。
それをいなそうとするノエルの剣をそのまま叩き落とすと、間髪入れずに体勢を変え追撃を行う。
力任せの一撃と言われればそれまでだが、俺が今できる身体強化との合わせ技なんてこの程度しかないのだから仕方ないだろう。
「これで一本いただ…うぇ!?」
追撃を加えようとしたその先に居るはずのノエルがたった一瞬にして消えてしまった。
驚いた俺がとっさに振り返ろうと身を翻した時、その首にピッタリとノエルの剣が当てられる。
いつの間に…。
「す、すごいな。どうやったんだ?」
「ふふ、私も身体強化を使ったのよ。一瞬しか使えない付け焼刃の即席ものだけれど、こうして使う分には問題なさそうね。」
「身体強化…?ノエルも使えるようになったのか!?」
「一瞬だけよ?それに思っていたより負荷が大きいみたい…足が鉛みたいに重いわ。」
「それでもすげーって!さすがノエルだなぁ…向上心が俺とは違う!」
「ありがとう、でもこれは要改良ね。これじゃ一撃で決めないと次で終わってしまうもの。…ごめんねナユタ、少し早いのだけれど休憩してもいいかしら?」
「おう、もちろんだぜ!」
「……手を貸してもらえる?」
「お、おう!」
ノエルの足に掛かった負担は本当に大きかったようで、わずかに震える足を懸命に隠しているようだった。
俺はそれに気が付かないふりをしてノエルの腕を肩に掛けると、支えるようにしてゆっくりと歩く。
心配したリアが駆け寄ってくるが、俺に任せろと凛々しい顔で断わり最後まで責任もってノエルをイスに運ぶ。
決してやましい気持ちなど無かった、微塵もだ。
「ふぅ、ありがとうナユタ。この足は少し休ませないとダメね。」
「いいじゃねーか、たまにはこういうのも。最近忙しかったんだろ?なら今くらいはのんびりしようぜ。」
「それもそうね。…リア、お茶を淹れてきてくれるかしら?リアの淹れてくれたお茶を飲めばすぐに元気になれる気がするわ。」
「はいなのです!すぐに淹れてまいりますのです!」
オロオロと心配そうにノエルの側に居たリアが、ノエルのその一言で息を吹き返したように走っていった。
流石ノエル、リアの扱い方を心得てるなぁ。
「あのね、ナユタ。リアから聞いたのだけれど、私の為に頑張ってくれたんですってね。震えながらも覚悟を決めて私を守ろうとしてくれたって聞いたわ。だから…ありがとう、ナユタ。」
「えっ!な、なんだよリアの奴、そんなこと言ったのか?なんか改めてそう言われると照れるな…。でもまぁ、当然のことをしたまでって言うか…ノエルが死ぬなんて絶対に嫌だったから。それに、結局なんもできなかったしなー!!まったく、結果的にノエルが無事だったから良かったものの何やっても中途半端なんだよなぁ俺って。」
「いいえ、そんなことないわ。ナユタの優しさがとても伝わって来たもの。…リアも、それが分かったからナユタを名前で呼ぶようになったのだと思うわ。」
「あ、そうなんだよ!一回だけだったけど、アイツ俺の名前呼んでくれてさ!嬉しかったなぁ…。」
「ナユタがそう思ってくれていることが私は嬉しいわ。リアの為にいろいろ考えてくれていたみたいだけれど、ナユタはナユタらしくリアの側に居てくれるだけできっと十分なのだと思うわ。ナユタはそのままでとても魅力的だもの。」
「み、み、魅力的!?そんな、急に言われたら、なんか……ぐへへ。」
言うな、俺も分かってる。
あまりにテンパりすぎて気持ち悪い笑い方になってしまったんだ。
しかし何の心構えもしていない状況で急に美少女(内面女神)に褒められたら誰だってこうなっちまうって。
しかしそんな言い訳をしたところで出てしまった気持ち悪さは戻せない。
いくらシャルルの顔がイケメンでも、中身がキモオタじゃノエルもドン引きしたことだろう。
そう思い恐る恐るノエルの表情を窺ってみると、そこには慈愛に満ちた聖母のような笑みを湛える天使が降臨していた。
「うふふ、ナユタったら照れているのね。耳まで真っ赤よ?ナユタのそういう可愛い所も私は好きだわ。」
「す!?す、すす…」
「ふふふ。」
余裕の笑みを浮かべるノエルと、自分でも分かるくらい赤面してしまっている俺。
くそ、結構いい歳のおっさんが顔を赤らめたって誰も得しねぇってのに!
なんでノエルじゃなくて俺が赤面しなくちゃなんねぇんだ!
だが仕返ししようにも俺の口から出る言葉はどもるばかりで形になってはくれず、結局顔を隠すように俯くことしかできなかった。
これがモテと非モテの格差か…一生掛かっても埋められそうにねぇわ。
「お待たせいたしましたのです!…どうかしたのですか?」
「うふふ…いいえ、何でもないのよ。さ、ナユタ。せっかくリアがお茶を用意してくれたのだもの、冷める前に頂きましょう?」
「……うん。」
それが俺に出せる精一杯の言葉だった。
不思議そうに見てくるリアから隠れるようにお茶を煽り、案の定口の中を火傷したけど気づかない振りをしておかわりを要求する。
まったくもって情けない。
いつか俺もノエルを赤面させられるようないい男になろう、俺は心の中で固く誓いを立てるのであった。
「ふぅ…さて、休憩はこのくらいにしてそろそろ再会しましょうか!」
「どんと来いや!次こそ一本取ってやるぜぇ?」
「うふふ、私だって負けないわ!」
お互いお茶を飲みほしたところで訓練を再開する。
ノエルは確かめるように何度か跳んでから俺に向き直り剣を構えた。
十全って事ですか、面白い!
俺だってまだまだ体力が有り余っているんだ、今回こそ俺が一本取らせてもらうぜ!
「では用意…はじめ、なのです!!」
もう慣れ始めたリアの気の抜ける掛け声とともにノエルと剣を合わせる。
最初は互いの動きを確かめるように、体が温まってきたら実践方式で。
ノエルの容赦ない攻撃に耐えながら反撃の機会をうかがい、フェイントや即興の新技を織り交ぜつつ俺たちは夢中で汗を流した。
それから二時間ほど、リアが止めに入るまで俺たちの攻防は続いたのだった。
――――
「くっそ!結局一本も取れないなんて…」
「私だって日頃から訓練しているもの、そうそう負けはしないわ!でもナユタ、あなたとても強くなっているわよ!シュヴァリエ辺境伯の御屋敷で手合せした時より何倍もいい動きをするようになっているもの!こんなに楽しい手合せは本当に久しぶり!」
「お褒めに預かり光栄の至り…でもなぁ!せめて一本くらいはなぁ!」
「うふふ、私はいつでも迎え撃つわよ?」
「マジで!?じゃあ次も時間がある時に頼むよ。ノエルとの手合せは勉強になるしいい経験を積めるから、手の空いてる時に相手してもらえるとすげぇ助かる!」
「えぇ…えぇ!もちろんよ!私もナユタとの手合せは良い経験になっているわ、何よりとても楽しいの!だからナユタがそう言ってくれて私はとても嬉しい!」
そう言ってノエルは俺の手を強く握り目を輝かせた。
んぐ…かわ…
しかし勘違いしてはダメだぞ俺!
ノエルはただ楽しく体を動かせる機会が出来て嬉しいだけなのだから。
決して俺だけがそうさせているわけではないのだ、自惚れるなよ…?
「姫様、そろそろ…」
「えぇ、分かったわ。それじゃナユタ、私たちはもう行かなくちゃいけないから…。でもまた手合せしましょうね?絶対よ?約束だからね?」
「わ、分かってるって、約束だ!今後も不定期にはなるだろうけど、こうしてお互い時間がある時は手合せする、な!」
「うん、ありがとう!それじゃまたね、ナユタ。」
「おう、またな。ノエル、リアも!」
「…ごきげんようなのです、…ナユタ。」
ノエルのエンジェルスマイルとリアに再度名前を呼ばれた事で俺のテンションは急激に上昇し、年甲斐もなく両手をぶんぶんと振って二人を見送った。
きっとまた俺の顔は赤くなっていた事だろう。
さて、二人のいなくなった訓練場はいやに静かで急激に寂しさが襲いかかってくるが、ノエルとの約束を思いだしこうしてはいられないと剣を振るう。
次に手合せする時にノエルを驚かせるためにも、俺一人の時も特訓する必要があるだろう。
この訓練場は城に居るものなら誰でも使用していいようなので、出来るだけ毎日通うようにしよう。
部屋に戻りシャワーで汗を流した俺は遅めの夕食を取っていた。
つい自主練に熱が入ってしまい気が付いた頃にはすっかり夜になっていたので、先ほど厨房に行って作ってもらったのだ。
不在時に夕食を持ってきてくれたメイドには申し訳ない事をしたと思う。
俺はその事への謝罪とそして夕食を貰うため厨房へ向かったのだが…、なぜかその時にプチパニックが起こってしまったのだ。
その際使用人たちが口々に漏らす言葉を聞くに、「なぜ導使節様がこのようなところに!?」ということらしい。
いつの間にそんなに有名になったんだろうか…?
確かに通達はされていただろうけど、ここまで敬うような反応をされたのは初めてだ。
なんか芸能人にでもなった気分…
しかしそんな呑気な事は言ってられん。
俺は何としてでもこの悲鳴を上げる腹を鎮めなければならないのだ!
その為にもまずメイド達にいきなり訪れたことを丁寧に謝罪し、そしてコックに再度夕食を作って頂けないかというお願いをする。
その姿は胸に手を当て45度の角度で頭を下げた俺なりの精一杯紳士的なお願いの仕方だ、これでドン引きされたらもう泣くしかあるまい。
だが俺の不安とは別ベクトルでまたしても厨房にプチパニックが巻き起こる。
あわあわと赤面するメイドに慌てるコック、そしてそれらをまとめようとするも噛み噛みになるメイド長。
俺の良かれと思って取った行動は、そのことごとくが裏目に出る結果に終わったようだった。
謝りに来たのにこの体たらくとか…。
しかし流石は城に勤める使用人たち、なんだかんだで慌てつつもほんの数分で素晴らしいディナーを用意してくれたのだった。
俺はそれを受け取り再度礼と軽く謝罪をすると、踵を返し垂れそうになる涎をぐっと我慢しながら部屋に戻った。
急ごしらえでこれだけのものが作れるんだからコックって本当にすげぇよなぁ…。
――俺が離れた厨房から悲鳴のようなものがこだましたのは、一瞬の間を置いてからだった。
そんな事があった為、俺はしばらく厨房に近づかないようした方がいいのかななんて思っている。
理由はともかく俺が姿を現すことで仕事の邪魔になるなら控えるべきだろう…幸い特別用事もないし。
「ごちそう様でした。」
食べ終わった食器を重ね、返しに行くべきか明日の掃除の時に持って行ってもらうべきか悩んでいると部屋のドアを控えめにノックされる。
まさか気を利かせたメイドが食器を下げに来てくれたのかと思いドアを開けると、そこには柔和な雰囲気を惜しげもなく漂わせている執事のセバスツァンが立っていた。
予想外の訪問者に呆然としていると、セバスは申し訳なさそうに口を開いた。
「夜分遅くに申し訳ございません、もうお休みになられておいででしたでしょうか?」
「え、いやいや全然!たった今夕食を済ませたところで…えっと、何かあったの?」
「左様でございましたか。いえ、実は陛下より書状を預かっておりました故、ナユタ様にお届けに参った次第でございます。」
「王様から…?なんだか嫌な予感がするけど…、あー、入る?」
「いいえ、私はこちらで失礼させて頂きます。では、ナユタ様…こちらが陛下より賜りました書状でございます。」
「…はい、確かに受け取りました。……うわー、読むの怖いなぁ。」
「ほっほっほ、そう力まずとも大丈夫ですよ。きっとそこには素晴らしい事が書いてございますから。」
「ほんとにぃ?また無茶振りされるオチなんじゃないのぉ?…んまぁ、セバスちゃんが言うなら信じるけど。」
「ナユタ様は嬉しい事を言ってくださいますなぁ。あぁ、そうそう。いま城内はナユタ様のお噂で持ち切りでございますよ?陛下に忠を尽くす有能な導使節のナユタ様として。」
「ふぁ!?何故にござりまするか!?」
「粛清者を見つけだし智と義を持って改心させた英雄でございますので。私めもナユタ様について聞かれることが多く、鼻が高くなる思いでございました。陛下もとてもお喜びでしたよ。」
「智と義って…。それに俺は、ただ話をしただけだったんだけどな。男爵のこと粛清者だって気が付いてたわけじゃないし、それにレーヴの事だって…。」
「それだけで十分だったのでございましょう、ナユタ様には不思議な魅力がございますので。」
「…ありがとな、セバスちゃん。」
「いえいえ、私のような者が出過ぎたことを申しあげまして…どうかご容赦を。それではナユタ様、おやすみなさいませ。」
「あぁ、おやすみ。これ、持ってきてくれてありがとうな。」
ニコリと笑ったセバスツァンは深く頭を下げると帰っていった。
俺はドアが閉まったことを確認してから手元の書状を見てため息を零す。
セバスはああ言っていたけど、正直不安は拭いきれない。
なんていったってあの王様からの手紙だ、直に話さず手紙にするあたりもう恐怖しかない。
それこそ俺にやらせる事リストである可能性だってあるはずなんだ。
俺は震える手で書状を開き、戦々恐々の思いで内容を確認する。
「………は?何考えてんの、この人。」
思わず誰も居ないのに言葉が零れる。
書状の内容はやっぱりと言うか、俺の予想の斜め上をいく話だった。
ひとつ、ナユタ・クジョウ・ユエルは今後も導使節として城に仕える事。
ひとつ、ナユタ・クジョウ・ユエルに褒美としてこの街に住まいを与える事。
ひとつ、ナユタ・クジョウ・ユエルは新任の王宮魔術師を監視・管理する事。
以上。
いやいやいやいや!!
なに勝手に俺の就職先決めちゃってんの!?って家も!?
今後も導使節としてって言うけど、正直やってる俺もどういう仕事内容なのか分かってないんだけど。
王様専属の万屋って事!?全然やりたくはないんだけど!
まぁ百歩譲って、百歩譲って上の二つはいいとしても…三つ目のそれは何なの?
新任王宮魔術師の監視と管理って…僕チンとっても嫌な予感がするんだけど。
「………よし、寝よう。」
限界だ。
体の疲れはもちろん、精神疲労が半端じゃない。
俺はいま見た事を忘れて今日の所は現実逃避する事にした。
うん、明日の事は明日考えよう。
明日になればきっと素敵な閃きが生まれるはずだ。




