第二章 68 守りたかったものは
ひとまず俺は城門近くの病院まで行き、医師に事情を説明する。
大雨の中移動するのは大変だろうと思った俺は、医師を抱え家々の屋根を跳んでエルちゃんの下へ急いだ。
その間、医師は悲鳴ひとつ上げることはなかった。
さすが肝が据わっているなと感心しながら店の前に下ろすとまるで小鹿のように足を震わせながら放心していた。
どうやら声も出ないほど怖かっただけのようだ…申し訳ない。
しかし今は緊急事態だ、何とか医師には正気に戻ってもらい急いで店の中に案内する。
医師は縛られているレーヴを見て非常に驚いていたが、血だまりに横たわるエルちゃんに気が付きそれどころではないと治療に集中してくれた。
エルちゃんはひとまずこれで大丈夫だろう。
後の事は医師に任せ、俺はもう一度表に出ると騎士団本部へと向かった。
騎士団本部の受付には面識のない騎士がおり、俺は軽く名乗ると事の詳細を説明した。
しかし俺の説明が悪かったのか、それとも俺が怪しく見えたのか、その騎士は俺の話をなかなか信じてくれなかった。
仕舞には質の悪いイタズラ扱いされ、騎士に組み付かれてしまう。
必死に弁明し話を聞いてもらおうと試みるも、取りつく島もなく抑え込まれる。
抵抗するだけ無駄だと悟り一応は大人しくしていると、見覚えのある男が声を掛けてきた。
俺を取り押さえていた騎士が急いで体勢を整え背筋を伸ばす。
あぁ、さすが騎士団長を名乗るだけあってちゃんと威厳は保っているんだなとぼんやり思っていると、目があった男がニヤリと笑って口を開いた。
「なんだお前、とうとう下着でも盗んだのか?」
「んなわきゃねぇだろ。つかなんだよ、とうとうって!いずれはやりそうだとか思ってたのかよ!」
「き、貴様!騎士団長に向かってなんて口を…!」
「あー、いいって。こいつは俺の客だから。で?泥棒じゃないんなら、お前ここで何してんだ?」
「おう、実はな…」
そこで俺は受付の騎士に話したことをジークにも伝える。
するとジークの顔からからかうような雰囲気が無くなり、すぐに騎士を連れて向かうと約束してくれた。
受付の騎士はあり得ない物でも見ているような顔をしていたが、今は説明している時間も惜しいのでそのまま放置させてもらう。
ジークは数分もしない内に数名の騎士を集め俺に道案内するよう促した。
俺は頷き身体強化は使わずレーヴの下へと走った。
というか、この街に来てジークと会うのは実はこれが始めてだ。
こんな状況でなきゃ積もる話もしたいところだが、いまはそんな悠長な事は言っていられないので次の機会を楽しみにするとしよう。
俺とジーク、それに数人の騎士をレーヴの店に案内すると、ちょうど医師がエルちゃんの手当てを終えたところだった。
医師の話では彼女はこのまま入院する必要があるそうだ。
俺は医師に礼を言い、くれぐれもよろしく頼むと頭を下げる。
彼女を死なせたら今度こそレーヴに殺されかねないからな。
「んで、コイツが例の粛清者だって?…ずいぶん大人しいな。」
「あぁ、まぁ色々あったからな。…なぁジーク、レーヴはこの後どうなるんだ?」
「さてな、それを決めるのは俺じゃねぇよ。…だがまぁ、希望は持たねぇ方がいいと思うぜ?坊主も…お前も、な。」
柱から解放されたレーヴにジークは冷たく言い放った。
レーヴはそれをどう受け取ったのか分からない無表情のまま、少しこちらに顔を向いただけですぐに視線を逸らした。
諦めてる…という感じではないが、逃げようという感じにも見えない。
ただ何か別の事を考えているような気がする。
「…ちっ、テレス。」
「はい。」
ジークに呼ばれて出てきたのはどこかで見た覚えのある女騎士だった。
彼女はレーヴの腕に宝石の付いた手錠をはめると手をかざし魔力を送る。
ほどなくしてその宝石は光はじめ、全体的にうっすら光を帯びているように見える。
イメージとしては蓄光やサイリウムのようだ。
なにしたんだろ?
「なぁジーク、あれってなんだ?」
「あ?ありゃ魔力を封じる魔道具だ。あぁして魔法を使えなくしてんだよ。」
「ほへ―…そんなものもあるんか。」
「………お前、なんか雰囲気変わったか?」
「あ?そりゃどういう…、はっ!もしかして俺から溢れる男気がっ!?」
「いや、すまん勘違いだった。お前はなんも変わってねぇ。」
「それは悪い意味の方だな?そうなんだな!?……ん?」
ジークと話しをしていると、ふと刺さるような視線を向けられていることに気が付く。
その視線を遡ってみると、そこには先ほどの女騎士が俺の頭からつま先までを食い入るように見ていた。
な、なんだろ、この値踏みするような熱い視線は。
「ん?どうしたテレス、坊主がそんなに気になるか?」
「………。」
「無視かよ!ちっ、いつもは五月蠅いくらいにしゃべるくせに。…あぁ、もしかしてあれか?コイツの顔がシャルルに似てるっつー面倒なやつ。これはあれだ…あー…なんだったけ?」
「双子の弟!お前それくらいの設定は覚えておいてくれよ。…でもあれ?おかしいな、俺普段は仮面を…」
そこで顔に触れて仮面を着けていないことに気が付いた。
あ、そうだった。
さっきレーヴに吹き飛ばされた時に外れちゃったんだったな。
俺は先ほど倒れた辺りを探し始める…が不思議な事に一向に見つからない。
あっれー…こっちだったかな?
崩れた棚を退かしながら探してみるが、それでも仮面は見つからなかった。
「…これ、なのですか?」
「うお!?なんだリアか、座敷童かと思った。お、何だリアが持っててくれたのか!偉い偉い、ありがとな。」
「…はい、です。」
「ん?」
リアは俯きながらも俺の後ろにピッタリつくとそのままどこまでもついて来る。
何これ、可愛い。
今までも知らない人がいるとこんな感じだったけど、今日はいつにも増してべったりな気がする。
しばらく距離を置かれてたからその反動かな?
何にしても可愛いので何も言わずに好きにさせておく。
可愛いは正義!
俺はリアから受け取った仮面を着け後ろにリアを連れたままジークの元に戻る。
「とりあえずレーヴの事は頼むな、ジーク。俺は…気が進まないけど王様に報告しなきゃなんねぇから………なに?」
「………お前。」
「うん?」
「あん時のアイツお前かー!!」
「ですよね!やっぱりそうですよね!体格といい匂いといい覚えがあると思ってたんですよ!」
「な、な、なに!?あん時の…アイツ?いったい何の話しだよ。」
「お前いつの間にあんな魔法を…いやそれよりなんであん時逃げて…だぁもういい!今日の所は見逃してやる、忙しいからな!いいか、明日、朝一番で騎士団本部に来い。でないと騎士団長の名前を無駄遣いしてお前の顔を指名手配するからな!いいな、絶対だぞ!」
「だから何の話だって言ってんだろーがっ!お前は理不尽の権化か!」
「じゃあな、坊主!明日ぜってー忘れんなよ!」
「…聞けよ。」
理不尽な事を言ったジークは理不尽にも俺を無視して理不尽に部下を連れて帰っていった。
一体何の話だったんだよ…。
結局何も分からないまま明日の予定を決められてしまう。
至極面倒な気配しかしないが、これを無視すると指名手配するという職権乱用も辞さない構えをとられてしまっているので大人しく従おう…本当に不本意ながら。
「はぁ…騎士団メンバーと話してる方が戦闘よりよっぽど疲れた。…じゃあ俺たちも帰るとしますか!な、リア。」
「はいなのです…ナユタ。」
「………。………!?お前いま名前呼んだか!?」
「さぁ、気のせいなのではないのですか?ほら、帰るのですよ!さっさとしないと置いて行きますのです!」
「ちょ、待ってリア!…もう一回呼ばない?」
「しーつーこーいーのーでーす!!」
耳を塞ぎながら外へ出て行くリアを追いかける。
何とかもう一度呼んでくれないものかと頼み込んでみるも、『うるさい』『しつこい』と言うばかりで全然取り合ってくれない。
それでも俺がきちんと後ろに着いて来ているか確認しながら歩いてくれている辺り前と同じように…いや、もしかすると前よりもリアとの距離が近づいたような気がする。
それから俺は城に着くまで始終ニヤニヤしながら歩いていた。
――――
俺はいま最初にこの城に着いた時のノエルの言葉を思いだしていた。
あの時は何も知らなかったからただハラハラしただけだったけど、今となってはあの時のノエルの気持ちが痛いほどわかる。
「…はぁ~。」
何度目かもわからない深いため息を零した俺は、いま王様に粛清者事件の報告をするべく玉座の扉の前に立っていた。
嫌な事は先に済ませた方がいいとあの時ノエルは言ってた。
…確かにそれはそうなんだけど。
じゃあさっさと済ませたいかと言えば答えはノーだ。
そもそも済ませたくない、というか出来れば書面で済ませたい。
なんで直接会って話さなきゃダメなのぉ?
王様も忙しいんだから紙にまとめたの読む方が絶対いいと思うんだけどぉ?
「はぁ~~~…。」
ダメだ、これじゃあいつまで経ってもここでため息を吐くだけになってしまう。
いい加減使用人達の目も気になってきたし、男ナユタ…意を決して参ります!
なぁに、死ぬわけじゃないんだ、気楽に行こうぜ!
「失礼いたします陛下、ナユタ・クジョウ・ユエルご報告に参りました。」
扉を開けて一度頭を下げてから王様に向かって挨拶をする。
当の王様は相変わらず玉座に腰かけ忙しそうに大臣らと話をしていた。
しかし俺の存在には気が付いているようで、大臣との話が終わると俺に視線を向けその若々しい整った顔で微笑みかけてくる。
くっ、さすがノエルの父、顔だけはすごくいい!
「ほう、やっと来たか。余を待たせるとは其方もなかなかに肝が据わっておる。」
「も、申し訳ございません。なにぶん異世界の魔法が絡んでいたため捜査が思うように進まず…」
「…何の話しをしておる?」
「え?ですから、粛清者事件の報告を…。」
「それならば疾うに本人から聞いておる。其方は見事、余の前に粛清者を導いた。褒めて遣わすぞ。」
「え、粛清者を…導いた?陛下の前へって…どういう事ですか?」
「其方に導かれ粛清者として動いていたクフィミヤン男爵が、今朝がた余の元を訪れたのだ。其方と話をし、己の愚かさを知ったと言っておったぞ。よくぞあの強情な男爵を説得した、其方ならばうまくやるだろうとは思っていたが…これは予想以上であったぞ?」
「え、クフィミヤン男爵が!?待ってください、話がよく…」
「詳細は追って知らせる、其方はもう下がってよい。」
「ま、待ってください!レーヴは…殺人を行っていた召喚者はどうなりますか?」
「それはこれから余が決めることだ。其方の知るところではない。」
「っ、ですが!!」
「くどい。下がれ。」
「…はい。」
これ以上は話さないという王様の圧に負け、俺は玉座の間から退出した。
予想していたより言葉を交わさなかったのでいつものような疲れはないが、それでも俺の頭の中はひどく混乱していた。
クフィミヤン男爵が粛清者?
しかしレーヴが殺人を行っていたのは間違いないはずだ。
あの闇を宿した化け物も、間違いなく殺人を行っていたそれに間違いない。
ではどういう事だ?
レーヴとクフィミヤン男爵は繋がっていた?
いや、そうだったとしたらなぜレーヴは男爵を襲ったんだ?
まさか偽装工作…か?
しかしそれにしては男爵の行動がおかしい。
「うーん…」
「ナユタ、そんな所に立ってどうしたの?」
「うん、ちょっと考え事を…、ってノエル!?」
「うん!なんだか久しぶりだね、リアから報告されてたから頑張ってることは知っていたけれど。…元気だった?」
そう言って柔らかい笑顔を浮かべるノエルを目にして、俺は途端に目頭が熱くなった。
あぁ、ノエルだ。
たった数日ぶりだというのに、まるで何年も会っていなかったかのような錯覚を起こす。
そうだった、ノエルはこんな風に笑うんだよなぁ…。
もしかしたらもう見れなくなっていたかもしれない笑顔に、俺の心が熱くなる。
よかった、本当に。
ノエルが無事で良かった。
誰も殺さなくて…良かった。
「ちょ、どうしたのナユタ!?」
「んー、なんか、ノエルに会えてよかったなぁって。」
「…私も、ナユタに出会えてよかったって思うわ。ありがとう、ナユタ。…そうだ!リアが焼いてくれたお菓子があるの、これから一緒にどうかしら?夕食前だから少しだけだけど…どう?」
俺は乱暴に目元を拭き、ノエルの可愛らしいお誘いに喜んで返事をする。
久しぶりにゆっくり話す時間がこんなにも掛け替えのないものだと実感できるのも、今日の一件があってこそだろう。
初めて入ったノエルの部屋だとか関係なく俺は今まであった事を夢中になって話し続け、気が付いた時には自分の部屋で朝を迎えていたのだった。




