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確かに俺は最強だった。  作者: 空野 如雨露
第二章 王都編
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第二章 67 決着と決意


俺は冷たいドアノブを握り、普段より何倍も重たく感じる扉を開く。

店内はいやに薄暗く冷気が足元から上ってくるような錯覚に襲われる。


「…やぁ、いらっしゃい。こんな雨の中よく来たね、ナユタさん。」


「あぁ、来たぞレーヴ。」


店に入ると窓際にもたれるようにして立つ大男が一人。

小さなランプが薄暗い店内をオレンジ色に染め、うっすら窺えるレーヴの顔は雨音でも聞いていたのかやけに穏やかに見える。

できればそのまま穏やかに話しが出来ればいいんだが…。

しかし俺に残った微かな希望はいとも容易く打ち崩され、レーヴの気配は重く鋭いものに一変する。


「もう少し早く来ると思っていたんだけど、僕の思惑は外れたみたいだね。」


「最速で来たつもりだったんだけど、それでも待たせちまったんならすまんな。」


「いいや、構わないさ。あわよくば来なければ良いと思っていたくらいだし、謝るのならむしろそっちに謝罪が欲しいかな?」


「いいや…それは出来ない相談だな。俺がここに来ないなんて選択肢は最初から存在しなかった。だから諦めろよレーヴ・ヒュプノス…いや、粛清者。」


俺の言葉にレーヴは一層笑みを深めゆっくりと俺たちから距離をとった。

否定しない、そして俺たちに向けるこの殺気…

そうか、やっぱり間違いないのか。


「…どうしてだ?どうしてこんな事…なぁレーヴ、教えてくれよ。お前はどうして人を殺すんだ?」


「どうして?そうか、ナユタさんにはそれすらも分からないのか。やっぱり恵まれた人間は違うよね、そんな事すら分からないだなんて。生まれながらにして穢れを内包した人間が居る事も知らず、理解しようとすらしない。」


「俺はちゃんとお前を理解したいと思ってる、だから今ここに居るんだ。」


「笑わせないでくれよ、そんな上辺だけの言葉に何の意味があるんだい?所詮君も本音を隠して体裁を取り繕いながら生きているだけだろ。」


「違う!」


「違わないさ。だってそうだろう?君は僕を理解したいと言ったけれど、本当に理解したいのならなりふり構うべきじゃない。僕と同じところまで落ちてきて初めて、僕という人間を理解できるってものだ。それなのに君ときたら…まだそんな所で、暖かな場所で、お綺麗なまま僕の前立っている。まったく…ふざけた話だ。君はただ、綺麗事を並べて偽善を押しつけて、そしてそんな自分に満足しているだけなんだよ。そういうのを独りよがり…というのだけれど、知っているかな?」


「なんで…どうしてそんな事言うんだ。俺はただ、お前を止めたくて…これ以上罪を重ねてほしくなくて…」


「やれやれ、僕の話はナユタさんには少し難しかったのかな?さっきから言っているのに、ちっとも理解できていないみたいだね。あのね、ナユタさん。君の尺度で測ったものを僕に押し付けるのはやめてくれるかい?もしかしたら君には僕がまともな人間に見えているのかもしれないけど…残念だったね、僕は君の生きている場所から程遠い、闇の住人なのさ。君にとっての最善は、僕にとっての最悪なんだよ。わかるかい?………そう、どうやら価値観の違いは絶望的なまでにあるようだね。ならば教えてあげるよ。君が僕に向けた言葉にいつも反吐が出た事を、君のその偽善に心底寒気がした事を。君はもっと知るべきだ、この世界には君の想像もできないような、君とは真逆の闇に生きる人間が居るって事を。」


「…なんだよ、それ。全然分かんねぇよ。だってあの時、俺とヴィーを助けてくれたじゃねぇか。俺が愚痴をこぼした時、親身に聞いてくれたのはなんだったんだよ。あれも全部嘘だったっていうのか?……違う、それこそ嘘だ。お前はいい奴だったじゃねぇか。なぁ、そうだろレーヴ。お前に…何があったんだよ」


「…驚いた、君は救いようもない馬鹿なんだね。しかもそのせいで自分が死ぬ事になるんだから、本当に救いようがない。全く残念だ、変に自信を持たずにそこで僕を殺そうと思えるくらい恨んでくれれば、まだ僕も楽しめたのに。…本当に残念だよ、君にはもっと、絶望してほしかったなぁ。」


「っ、レーヴ!!」


俺が駆け寄るよりも先にレーヴはランプの火を消した。

外は大雨、そしてこの店にあった唯一の光源を消されたことによって辺りは闇に(・・)包まれた(・・・・)


「まずい!リア、急いで外に出るんだ!」


「残念だけど、すべてが遅い。」


レーヴの声とその音はほぼ同時に聞こえてきた。

なにかしなり(・・・)のあるものが空気を裂く音、そして何かが折れ砕ける音。

後者はおそらく店の棚と薬の入った瓶だろう。

しかしそれにしては、やけに大きな音だったような…


「リ、ア…?」


「稀代の天才が作った物は侮れないからね、何か行動を起こされる前に処理させてもらったよ。”不意打ちで狙うのは一番厄介なものから”、これは掃き溜めで生きるのに必要な知識なんだよ。もっとも、君のような人間には関係のない知識だろうけど。」


「っ、レーヴ!お前まさかリアを…」


「やれやれ、今は自分の心配をするべきじゃないのかな?どうだい、何も見えないだろう?…あぁ、そういえば、ナユタさんは僕を理解したいんだったね。おめでとう、これでひとつ僕を知れただろう?これが僕の世界、僕が生まれてから今まで見てきた景色さ。僕はずっとこの中で生きてきたんだよ、光のない何もない世界に。…君みたいな幸せを当たり前のように与えられてきた男にはちょっとキツイかい?ごめんね、でも安心してくれ…すぐに済ませるから。」


「ぐっ!」


耳の近くで空を裂く音が聞こえたかと思ったら俺の体の右側に激しい痛みが襲いそのまま吹き飛ばされる。

俺はとっさに身体強化を行いダメージの軽減を図ったが、いかんせん急ごしらえであったため大した効果は得られなかった。

吹き飛ばれた先の棚は崩れ、商品と共に俺の上に落ちてきた。

俺は落ちてきたものを払いのけチリチリと痛む頬に手をやる。

どうやらそこは裂けているようで、ぬるりとした感触が手のひらに残った。

いつの間にか仮面も外れてしまっているようだ。


とにかく今は体勢を整えよう、そう思って体を動かすがそこで激しい痛みが込み上げてくる。

感覚としてはゴム製の大きなバットで右腕から背中にかけてを殴られたような感じだ。

アレは一体なんだったんだ?

暗闇の中で目を凝らしてみても、そこにあるのはただひたすらに真っ黒な世界だ。


「おや、起き上がれるのかい?思っていたより頑丈なんだね、君は。…きっと恵まれた才能を持っているんだろうなぁ、羨ましいよ。」


「っ!なんだよ、お前はさっきから。恵まれてるだとか当たり前に幸せな人間だとか…お前に何が分かるんだよ!お前こそ俺を理解してないくせに勝手な事言うんじゃねぇよ!」


「…人間って生き物は本当に強欲だよね。どんなに幸せを持っていてもそれ以上を、と望んでしまう。持っていない人間からしたらこんなに羨ましい事はないって言うのに、ね。」


「お前だって幸せを持ってたはずだろ!この店だってそうだし、解呪の仕事もうまくいってるって言ってたじゃねぇか!」


「あぁ、僕も幸せを持っていたよ?他人から奪った幸せだったけどね。言っただろう?他人の不幸を飯の種にしているって。…僕はね、生まれながらにして周りに不幸を与える人間だったんだ。他人(ひと)から奪い、他人(ひと)を殺し、そうやってどうにか人並みになれるよう生きてきた。僕みたいな人間はね、他人を不幸にしなければ幸せを感じられないんだよ。」


「それは違う!お前が助けた人間もいたはずだ、お前が幸せを与えた人間もいたはずだ!どうしてお前はそれを無かったみたいに言うんだ?!」


「…僕の母親はね、僕の目の前で自殺したんだよ。僕を生まなければ良かったと言って、自ら喉を裂いて…。あぁ、あの時の血の匂いは今でも鮮明に思い出せる。」


「そ、れは…お前のせいじゃ…」


「僕を育てた祖父は事故で、僕と仲の良かった子供たちは流行病で、親切にしてくれた近所の人たちは強盗に押し入られて殺された。僕に関わった人間は、遅かれ早かれ例外なく死んでいるんだ。僕の周りにはね、死で満ちているんだよ。僕は周りに不幸を振りまく災厄で、そしてそうすることでやっと幸福を手にすることが出来ている。きっと君は思うんだろうね?『どうしてそんなに平気そうな顔をしているのか』って。答えは至極簡単さ、そろそろ君も分かって来たんじゃないのかい?」


「………。」


「…それらは僕にとって、全てどうでもいい事だったからさ。家族が死のうが友人が死のうが、どうでもいい。僕は僕さえ生きていければそれで良かったんだ。」


「それは…お前の本心なのかよ…」


「そうだよ。僕は僕が幸せになるために幸福な人間を殺すんだ。そうすることでしか、僕は僕を幸せにしてあげられないからね。」


「…わかった、もういい。」


もうたくさんだ。

コイツがどんな風に生きてきたのかも、何を思いどう考え行動してきたのかも全部どうだっていい。

例え今までのレーヴが偽りの姿であったのだとしても、コイツがどうしようもないクズ野郎だったとしても、俺はコイツを諦めない。

そこにどんな裏があったとしても、俺がコイツに助けられた事実は揺らがないから。

これは、いつだったか俺自身も言われた事だ。


「いいか、よく聞けレーヴ・ヒュプノス!お前が何と言おうと、どれだけ否定しようと、俺はお前に恩を感じてる!それは例え何があったとしても揺るがない…譲れない!!だからレーヴ、お前のその歪んだ根性…俺が叩き直してやるぜ!!」


「はぁ…君はつくづく傲慢だね。…まぁいいさ、一度死ねばその甘い性格も治るかもしれないしね?」


俺は壊れた戸棚の破片を手に持ち火魔法を使うと声のした方へ思い切り投げる。

レーヴは仕掛ける前にランプの火を消していた。

という事はこの化け物はあの程度の明かりでも弱体化するという事だ。

ならばこの(あかり)で多少なりとも力を削げる!


「ん、何か燃やして投げたのかな?気持ちは分かるけど無意味だよ、この程度なら…潰して消せる。」


床に落ちた火種は鞭のようにしなる深い闇に叩き潰されるといとも簡単にその姿を消した。

辺りは再び深い闇に閉ざされる。

耳を澄ませなければ何かが居る事にも気が付けないほどただ黒い。

でもそれで十分だ。

あの一瞬でも視認できれば、俺と周囲に何があるのかさえ分かれば後は突っ込むだけだ。

俺は魔力を最大限に通し一気にレーヴとの距離を詰める。

化け物にでも出口にでもなく、術者であるレーヴの懐にだ。


「なっ!?」


「とりあえず一発喰らえや、レーヴ!!」


俺の左ストレートがレーヴの腹部に食い込む。

痛む体に再度力を込めると、その拳をそのまま振り切った。

短く息を吐いたレーヴはそのまま後方へ吹き飛んだようで、何かにぶつかる音が部屋の中に響く。


「ぐっ…驚いたよ。まさかこの闇よりも早く動けるなんて…。それも魔法なのかな?本当に…妬ましい。」


「元は俺の才能じゃないけどな。どうだ、もう降参しないか?しないならまた同じことを繰り返すだけだぞ?」


「あぁ、あの一瞬で僕の位置を見たのか…。その機転、僕の感知を凌ぐ速さ、やれやれ…君には驚かされてばかりだな。…でも甘い。」


「うわっ!」


気が付くと俺の足元から蛇のように這い上ってくる何か(・・)に巻きつかれていた。

これは…レーヴの召喚した闇魔法の化け物か。

気が付いたところでそれはあっという間に俺の全身に巻きつき、徐々にその力を強めて締め付けてくる。

ミシミシと骨が軋みだし上手く息が吸えなくなる。


「がっ、はっ!」


「うーん、やっぱり僕にこの戦い方は合わないな。柄にもなく真っ向勝負なんてせずに、始めからこうしておけばよかった。…さて、ナユタさん、気分はどうだい?」


「ぐっ、レー…ヴ。」


「苦しいんだね?君の闇が深まっていくのが分かるよ。僕が憎いかい?それとも死ぬのが怖いのかな?あぁ、きっと両方なんだね。いいよ、その闇はとても心地いい。ありがとう、君が死んでくれるおかげで僕は幸せだ。お礼に選ばせてあげるよ、このまま絞め殺されるか、それとも他のみんなのように生きたまま心臓を喰われるか…どっちがいいかな?」


「…く、ぞ…。」


「ん、なんだい?最後の言葉くらいは拾ってあげるよ。」


「……エルちゃんが…泣く、ぞ?」


「………、君って男は、本当に僕を苛立たせるのが上手だね。この時を見計らってあの子の名前を出すなんて、もしかして命乞いのつもりなのかな?まったく、君って男は本当にどうしようもないな。何度もいっていただろう?あの子は僕にとって何でもない、ただの他人だよ。それなのに最後まで邪推するなんて、愚かだね、君は。」


「…っは!その割に、よく、しゃべるじゃ、ねーか。そんなにムキになって否定してると、むしろ逆の意味に聞こえちまう、ぜ…?」


「…さようなら、ナユタさん。君はそのままの状態で心臓を喰われて死ぬんだ。少しずつ体が壊されていく感覚をせいぜい楽しんで。」


急激に締め付けが強くなると同時に俺の中に冷たい何かが入り込んでくる。

これが死?それとも化け物が俺の心臓を喰おうとしているのか?

俺が少しでも抵抗しようと体に力を込めるたびに化け物の締め付ける力が増していく。

はは、手も足も出ないとはまさにこの事だ。

…笑いごとじゃないな。

このままじゃ本当に死んじまう。

何とか、しなくちゃ。

一瞬で良い…隙さえできればきっと…


「その人を離しなさいなのです。」


体を締め付けられる音だけが聞こえる店内に凛とした声が響く。

次いで凄まじい轟音とレーヴのうめき声が聞こえ、気が付いた時には俺の体に巻きついている闇が少し緩んでいた。

俺は悲鳴を上げる体を無理やり動かしそこから抜け出そうともがく。


「っこの、離せぇ!!」


激しく身をよじった時、首から下げていた水晶のネックレスがするりと懐から出てくる。

シルドからもらった祈りを込めたというネックレスだ。

それはうっすらと光を放ちながら揺れ、ふと俺を締め付けている闇に触れた瞬間眩いほどの閃光を放った。

俺は思わず目を細めるが、放たれた光はその強さとは裏腹に不思議と見つめることができ、俺の中に柔らかい心地良さを与えてくれる。

ふと気が付くと今まで俺を締め付けていた闇が霧のように散っていき、俺の中からも黒い靄のようなものが抜け出ていった。


「な、なんだ…これ。」


その水晶の光が弱まるのと比例するように、周りの闇たちも力を失い霧散していく。

これがシルドの祈りの力…穢れを払い闇を浄化する祈りの光。


「これは簡単には返せない恩が出来たな…」


「何をぼさっとしているのです!早くランプに火を着けるのです!!」


「お、おぉ!!」


リアに叱責され慌ててランプに火を灯す。

相変わらずの雨で外は暗いが、店の中は小さなランプによってぼんやりと照らされる。

この小ささでは少々心許無いが…今は明かりがあるだけありがたく思おう。

俺はそのランプを落ち揚げ店内を見回すと、半壊したカウンター横に倒れているレーヴを見つけた。


「…どうやら気絶しているみたいだな。…リア、お前、なにしたんだよ。」


「リ、リアは別に!ただ体当たりしただけで、特別な事は何もしていないのです」


「にしたってこれは…、子供の体当たりで大の大人が気絶なんてするかなぁ…?」


「…リアはお母さんに特別頑丈に作ってもらってあるので、思い切りぶつかればそれなりに衝撃を与えられるのです。」


「頑丈って…、あ!!そうだよ、お前傷は!?最初に思いっきりやられただろ!ちょ、見せてみろ!!」


「さ、触るんじゃないのです!人の話を聞いていなかったのですか!?リアは特別頑丈だから無傷なのです!!」


「馬鹿言え!特別頑丈でも怪我くらいするときゃするんだよ!痛いとこは?違和感があったりとか、動かないところはないか!?」


「あーあーうるさいのです!大丈夫と言ったら大丈夫なのです!それともリアの体をまさぐろうとしたって姫様に報告されたいのですか!」


「ぐ…それだけはご勘弁をっ!…本当に大丈夫なんだな?」


「くどいのです!それよりも、この人縛ったりしなくていいのですか?」


「え、あぁ、そうだな。一応後ろ手に縛って柱にでも括っておこう。」


ついでに壊れた瓶と木片で即席のランプをいくつか作る。

これでもしレーヴが目を覚ましても容易に闇魔法は使えないだろう。

俺たちは一応レーヴから少し距離をとり、改めて被害状況を確認することにした。

ざっと見る限り店内はボロボロで、あちこちに割れたびんや砕けた棚が散乱している。

見るも無残とはまさにこのことだな。

リアはというと、本当に無傷なようでテキパキと俺の怪我を様子を診てくれている。

と言っても俺の体はあんな締め付けを受けていた割に痛むところもなく、ほぼ無傷の状態だった。

頬の傷もいつの間にか塞がっているし…これもシルドのお守りのおかげなんだろうか?


「それで、これからどうするつもりなのですか?この人…このままにするわけにはいかないのですよ。」


「そう…だな。本当なら騎士団に引き渡して王様に報告すれば終わりなんだろうけど…。」


でも、それだとレーヴはどうなるんだ?

このまま騎士団に引き渡して、裁判…があるかは分からないがもしあっても無くても結果は変わらないような気がする。

被害者は貴族や豪族が多いからそれだけでも刑は重くなるだろうし、何よりも殺しすぎた。

これでは情状酌量の余地もなく重い刑罰が科せられるはずだ。

最悪の場合レーヴは…


「な、なんとか出来ないかな?もう少し時間を掛けて説得すれば、きっとレーヴは改心してくれるはずなんだ。そうすれば…無罪は難しくてもちゃんと罪を償う時間はもらえるだろ?」


「…それは。でも、説得するにしてもどうやるのです?場所は?操作を続けている騎士団には何というのですか?」


「そ、それは…。」


重い沈黙が続く。

俺だって分かってるつもりだ。

人ひとり匿うっていうのはそんな簡単な事じゃないし、何より騎士団やこの国の人々を裏切る行為でもある。

でも、俺はコイツをこのままにしておけない。

こんな寂しい奴とこのまま分かり合えずに別れるなんて事はしたくない。

レーヴはいい奴だった。

それが例え嘘であっても、まだ余地は残されていると思うんだ。


「…匿う。貧民街ならまだ見つかりにくいと思うし、しばらくはそこで身を隠してそれから…」


「本当に馬鹿だね、君は。まだそんな甘い事を言っているのかい?」


「っ!…レーヴ。」


後ろ手に縛られた状態で俯いていたレーヴは、どこか痛むのか顔を歪ませながらゆっくりと顔を上げ深く息を吐く。

レーヴは何度か縛られた腕を動かしていたが、解くことは不可能だと悟るとあっさりと諦め胡坐をかく。


「この期に及んでまだ僕が改心すると思ってるなんて、あまりにも滑稽で憐みさえ芽生えるよ。君の偽善には果てがないのかい?それとも本当に頭がおかしい人だったのかな?」


「…なんとでも言え。俺はお前をこのままにはしない、お前の中に闇しかないなんて、そんな事俺は思わない。時間さえあればきっとお前にも分かるはずだ。」


「そうだね、何百年と時間があれば、あるいはその可能性もあったかもしれないけど。でもそれも無意味だよ、僕はもう決めているからね。僕は死ぬまでこの穢れと共に生きていくって。どうしたって奪ってしまうのなら、それに抗わずに身を委ねようって。だから僕は奪い続けるよ。もしそれでも僕を止めたいと言うのなら、君は僕を殺すしかない。」


「いいや、やってやるね!俺がお前に説法説いて、誰かを殺したくなくなるようにしてやるよ。奪われることがどんなに悲しいか、愛することがどんなに尊いか、お前にたっぷり時間をかけて教えてやる!」


「やれやれ、時間の無駄だと思うけどね。…そうだ、じゃあこうしよう。僕ばかりそんなにして貰ってちゃ申し訳ないから、僕からも君にお返しをあげよう。君が時間をかけて僕を説得すると言うのなら、僕はその間に君の大切な人を順番に殺してあげるよ。」


「なっ、そんな事させるわけ…」


「まずは…ノエルさんだっけ?」


「っ!!」


「手始めに彼女から殺してあげるよ。確かお姫様だったよね?安心していいよ、僕の闇はまだちゃんと残ってるから。今は弱っているけれど、それも時間があれば回復出来る。幸い時間はたっぷり貰えるみたいだから、動けるようになり次第ノエルさんを殺しに行こう。」


「ふざ、けるなっ!そんな事させねぇ、絶対にお前を止めてやる!」


「どうやって?」


「っ!そ、れは…。」


「どんなに妨害されようと、例え僕の手足が切り落とされようと、僕は彼女を殺しに行くよ。君がどれだけ僕を諭そうとも、僕は必ず彼女を殺してみせる。」


「どうして…そんなことしてお前に何の得がある!このまま騎士団に連れていかれたらお前はきっと…!」


「処刑されるだろうね。それがなんだい?君には関係のない話だろう?」


「関係はあるだろ!俺はお前に死んでほしくなくて…」


「ふざけるな。」


「っ!!」


「ナユタさん、君の守りたいものって何なんだい?僕かい?ノエルさんかい?そんなに八方美人で、あれもこれもと欲張っていると、いずれすべてを無くすことになるよ。」


「…それでも、俺は…。」


「…そうだ、良い事を教えてあげよう。僕の召喚した闇の怪物、実はまだ動けるんだよ。」


「え…?」


「あぁ、安心していいよ。ここは明るすぎて大した力も出せないから。…だから外へ向かわせた。今日はいいね、この雨で闇が深まってる。弱っていても問題なく動けるよ。」


「ど、こに…向かってる…?」


声が震え背中に嫌な汗が流れる。

傍目からでも分かるほど動揺している俺に、レーヴは笑みを深め何でもないかのように俺の恩人の名前を口にした。

それはまるで鈍器で殴られたような衝撃で、一瞬で俺の頭の中を白紙にする。

どうすればいい、どうしたらいい。

俺は…俺がすべきことは。

ここで何もしなければノエルが…!


俺は深く息をついて未だに笑っている男を見る。

止めるためには、助けるためには…こうするしかないと言い聞かせる。

重い手をゆっくりとあげ、真っ直ぐ向かい指をさす。

震えて照準が定まらないが、それでもいいと指輪に魔力を込める。


「な、何をする気なのです!?」


「こうするしかない…。レーヴがノエルを殺す前に、俺がコイツを殺さなくちゃ…!」


「で、ですが!」


「それが正解だよ、ナユタさん。君は少し汚れるべきだ。君のような才能にも縁にも恵まれて幸せに愛されているような奴は、一度穢れてこっちの気分を味わえよ。」


「…あぁ、分かったよレーヴ。じゃあな、…お前とは友達でいたかった。」


俺は一度大きく息を吸ってから座るレーヴ胸元に向かって魔力の弾丸を放った。

ヴィヴィとの戦闘で使い方は分かってたし、どのくらいの魔力を込めれば確実に相手を貫けるのかも何となく把握できていた。

だからこれは大丈夫だ、これなら間違いなく命を奪える。

人の肉を貫くには十分な魔力を込めてあるから…。

そしてそれは確かな威力をもって肉を裂き、その子(・・・)の腹を貫いた。


「…え?」


「うっ…く。」


「な、なんで…君が?」


その子はひどく出血している腹部を押さえ痛みに顔を歪ませながら、しかし震える足に精一杯の力を込めて俺とレーヴの間に立っていた。

驚いているのは俺だけではないようで、今まで余裕の笑みを浮かべていたレーヴが何かに気が付いたように顔を上げた。

その顔には血痕が飛んでいて、その赤を鮮明にするかのように表情から血の気が引いている。

そしておそらく俺も、同じような顔をしているのだろう。

こんな展開、予想できるはずもないじゃないか…


しかしそんな俺たちの動揺を余所にその子は震える手を広げると、長い髪を結い上げる緑のリボンを揺らしながら俺を睨みつけた。


「あ…あなた方がどこの誰で、どうして先生を殺そうとしているのか、私は知らない…。」


「っ!?ま、さか…エルさん?どうしてここに…いやそれよりも、血の匂いが…」


「でも、あなたが…先生を殺すというのなら、私はそれを全力で阻止します。」


「…。そいつが、多くの人の命を奪った殺人鬼でもか?」


「え…?……例えそうでも、私にとっては…大切な、先生だから。大切な事に、変わりは…ないからっ!」


「…、そうか、君の決意は分かったよ。でもね、俺はコイツを殺さなくちゃいけないんだ。でないとコイツは俺の大切な人を殺してしまうから。」


「っ!…それでも、ここはどけません。ごめんなさい、でもどけないんです。私にとっても大切な人、なんです。だから、先生を殺したいのなら…まずは私を殺しなさい。」


「なっ、何を言っているんだ!君には関係のない事で…、っ、とにかく今は何でもいい!今すぐそこを退くんだ!」


ふるふる、と彼女は力なく首を振った。

腹から溢れる血は止まる様子もなく流れ続けている。

肩で息をしているのを見るに、かなり消耗しているのだろう。

それでもやっぱり、彼女はそこをどかなかった。


「…いいのか?今の俺はもう覚悟を決めてるから、本当に君を殺してレーヴも殺すよ。」


「出来る事なら、先生は…殺して欲しく、ありません。でも、それがダメなら…仕方ないです。何を言われても、私はここを退く…っ、わけには、いきませんから。…大切な人を守るために、その手を汚そうとしているあなたなら、私の気持ちだって分かるでしょう?」


「………。」


「………。」


「だ、ダメだ…やめろ…」


「なんだよ、レーヴ。お前だってそんな顔出来るんじゃないか。…お前がこの子に向けるその気持ちを、ほんの少しでも殺した人たちにも分けてやれてたら、こんな事にはならなかったかもしれないのにな。」


「よせ、やめろ…頼む、やめてくれ!!」


「なぁレーヴ、俺は穢れた方がいいんだろ?」


「やめろ!!!」


「せんせ……………ごめんね?」


俺は再度指輪に魔力を送ると、圧縮した魔力の弾丸を放つ。

空を裂いたそれは一瞬で着弾し、小さな粉じんを巻き起こした。

残るのはただ静寂のみ。

苦悩に顔を歪めていたエルは一瞬驚いた後、俺に優しく微笑みかけると、そのまま崩れるようにして倒れていった。

彼女から流れる血はどんどん広がっていき、ついには座るレーヴの元へと届く。


「…し、たのか…殺したのか?エルを、無関係なあの子を!」


「お前だって無関係なノエルを巻き込もうとしてるじゃねぇか。」


「あれは…嘘だ、僕にもあの怪物にももうそんな力は…。なのに、どうしてエルを…。」


レーヴは力なく項垂れどうしてと繰り返し口にした。

その姿は先ほどまでの不気味な化け物を操る殺人鬼ではなく、一人の女性を想い憂うただの男そのものだった。

男は胸が張り裂けそうな悲痛に満ちた声でひたすらに彼女の名前を呼ぶ。


「っ、エル…」


「せんせ…」


「エル?…エル!!」


横たわっていたエルはゆっくりとレーヴの方を向くと震える手を真っ直ぐに伸ばす。

その手はレーヴの膝にそっと添えられると、エルはそのまま絞り出すようにして言葉を紡いだ。

それはまるで小さな子に言い聞かせるような、慈愛に満ちた優しい声音だった。


「せんせ…悪い事、しちゃったんだね。ダメ、でしょう?ちゃんと謝らないと…ね?大丈夫、私も一緒に、謝るから。傍にいる、から…ね?」


「…分かった、分かったから!だから、頼む…」


「約束…だよ?」


「あぁ……、エル?…う、そだ…」


安心したように微笑んだエルの手がレーヴの膝から滑り落ちる。

ピチャリ…と音を立てたその手を握ろうとして、レーヴは自分が縛られていることを思いだしたようだった。

絶望に歪めていた顔が一転して、睨むように眉をつり上げる。

そうして顔をあげると、食いしばっていた口を開いた。


「満足かい?これで君も殺人鬼だ。…さぁ、もういいだろう?さっさと殺せ、この子を殺した君ならもう痛む心もないだろう!」


「…いや、やめておくよ。やっぱり俺には殺せない。」


「っ、ふざ、けるな!エルを殺しておいてよくもそんな…!」


「リア、この傷治せるか?」


激怒するレーヴを無視して俺は後ろに控えていたリアに声を掛ける。

リアは一瞬呆けていたが、すぐに反応してエルの傷を診始める。

最初の一発が当たった腹部からは今も出血が続いていて、彼女の周りにできた血の池はどんどん広がっていく。

この出血量はまずいかもしれないな、早いところ医者に連れて行かないと。


「…リアではこの傷を完全に治すことは出来ないのです。出来るだけの事はしますが、止血するのが限界なのです。」


「わかった、頼む。俺は医者と…あと騎士団を呼びに行ってくる。身体強化を使えばそんなに時間は掛からないと思うけど、その間エルちゃんの事頼むな。」


「はいなのです。」


「まて、どういう事だ?…エルは、生きてる?無事、なのか?」


「…腹部からの出血がひどいから安心はできないけど、リアが止血してくれてるから大丈夫だろ。」


「なぜ…だって君は彼女を…」


「撃ってねぇよ。つか撃てれるわけねぇだろ、あんなに一生懸命守ろうとしてる女の子を。だから正直、お前がノエルを殺しに行ったのは嘘だって言ってくれてホッとしたぜ。でなきゃ俺は、一生俺を許せなかっただろうからな。」


「……、礼は言わないよ。」


「っとに素直じゃねぇなぁ!まぁいい、とりあえず俺は医者に行く。騎士団も連れてくるから、お前はそれまでに反省しとけよ!……忘れんなよ、エルちゃんと約束したこと。」


「…あぁ。」


レーヴは俯いていて表情は窺えなかったが、その声からしてもう大丈夫だろうと思う。

女の子ってのはいざという時本当に強いな。

俺のどんな言葉をもってしても、あの子の一言にはかなう気がしない。

俺は一つ苦笑してから医者を連れてくるため店を飛び出した。




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