第一章 9 姫巫女の感性
切りどころが難しい…
「話は終わりだな。んじゃ俺は失礼するぜ。」
ジーク殿はちらりと俯くリュカ殿に視線を送り少し考えるように目を伏せてから、仕切り直しと言わんばかりにそう口にした。
一瞬だがその表情に陰りが見えた気がしたのだが、気のせいだったのだろうか?
ともあれここでジーク殿に抜けられてしまうのは痛い。
どうにか留まって頂きたいのだが…さて、どうしたものか。
「それはちょっと待ってください、ジークさん。」
「ん?なんだ、まだなんかあるのか姫さん。王都まで送ってけってんなら俺は構わねぇぜ?」
「いいえ、違います。ジークさんは王都に帰ったらこの事を父に報告しますよね?」
「あぁ、そりゃな。それが俺の仕事だ、当然だろ?」
「それ、少し待ってもらえませんか?具体的には3日くらい。ここに残って一緒に彼の動向を観察して欲しいんです。」
そう言うとノエル様は指を三本立ててにこりと笑った。
ノエル様はお小さい頃から騎士団に出入りなさっていたらしく、まだ新米騎士であったジーク殿とは旧知の仲だという話だ。
それ故ノエル様もジーク殿もお互いに少し気安い話し方をなさるのだが…聞いていてあまり心臓によくない。
もちろん陛下がそれを咎めていない以上、私が指摘するようなことではないのは重々承知している。
重々承知してはいるが、二人の会話はどうも聞き慣れず幾分か戸惑うのも事実だ。
「ああ!?おいおい…姫さんまで俺に残れっつーのかよ!さっきも言ったが、俺は死人の世話なんて真っ平ごめんだ。なぁ、悪いこと言わねェから大人しく一緒に帰っちまおうぜ…?」
「確かに、私も幽霊嫌いの貴方に残れというのは忍びないのです。ですが…」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ姫さん。俺は別に幽霊が怖くて仕方ないから、さっさと王都に帰りたいって言ってるわけじゃないんだぜ?そこは勘違いしてもらっちゃー困る!第一、あいつが霊って決まったわけじゃねーだろ!?」
「私は、彼が邪竜の罠によるまやかしの人格であるとは思えないのです。」
「うっ…た、例えそうだったとしてもだ。だったら残るはただの歩く屍なんだろ?そんなら俺や姫さんが居る意味なんかねぇじゃねぇかよ。」
「いいえ、それも違うと思うのです。今日、改めて彼を見た時、そしてノアヴィス様のお話を聞いた時、私は思いました。彼はきっと3つ目の人だ、と。」
3つ目の人。
つまり無数に存在するという別世界の同一存在。
シャルル殿と魂の形を同じくする、言うなれば異世界のシャルル様。
しかしそれは…
「何言ってんだよ姫さん。そりゃ無理だってさっき長老が言ってただろ?いくら馬鹿みたいに天才なシャルルでも、人の枠からは出てなかったと記憶してるぜ?」
「儂もジーク殿と同意見ですな。何故姫様はそのようにお考えに?」
「おう、そうだぞ姫さん。そう言うからには俺らを納得させるだけの根拠を出してもらわねぇとな。」
自然と全員の視線がノエル様に集まる。
ノエル様は目を閉じ重ねた手を胸において深く息を吸うと一言呟くように、しかしはっきりとこう言った。
「勘です。」
自信に満ちたそのお顔は、見る者を不思議と納得させてしまう力があるように思う。
視線は真っ直ぐ、その目に一つの迷いも存在しないかのように、ただ真っ直ぐと我々を見つめている。
これは困った…。
「ぶはっ!マジかよ姫さん、そりゃ女の勘ってやつか?はっはっは!こりゃぁいい、最高だ。それを俺らに信じろってんだな?!」
「はい、その通りです。」
「くっくっく…良いぜ。わかった、残ってやるよ。姫さんがそう言うならきっとマジでそうなんだろ?」
ジーク殿は一通り笑った後、イスを引いてどかりと豪快に座った。
ノエル様に信を置くものとして、さも当然といった様にそれ以上何も追及するつもりはないようだ。
しかし少なくとも私は違う。
いくら姫巫女様の言とはいえ、その勘を鵜呑みにできるほどできた人間ではないのだ。
その意を汲んでくださったのか、ノアヴィス様は私の胸に生まれた疑問をノエル様に問うた。
「ふむ。姫様、この老いぼれにはもう少しお話しして頂けますかな?」
「はい、ノアヴィス様。…私は最初に神殿であの方のレトワルを見た時、どうしても混乱していてただシャルル様と違うとだけしか認識しませんでした。しかし今朝、もう一度彼のレトワルを見た時に思ったのです。なんて澄んでいてきれいなのだろう、と。彼のレトワルはとても単純な形でどこまでも透明でした。無垢な赤子のそれとも違い、きちんと生きてきた結果ああなったものだったのです。そんな人があの邪竜の欠片であるとは到底思えません。そして何より、彼はどこかシャルル様を思わせる雰囲気があります。全然違うのにどこか同じものを感じる。だからノアヴィス様から異世界の同一存在のお話を聞いた時、私はとても納得したんです。あぁ、きっと彼はそれなのだと思いました。」
ノエル様にしか見えない形と色。
それを見た時のノエル様の感覚を私たちが正しく理解することはおそらく生涯できないのだろう。
しかし、ノエル様がそう感じ、そう結論づけたのであればそれはもう立派な理由になり得る。
我らが姫巫女がそう見てそう思った。
それは、なぜかひどく納得できるように思えた。
「…それでは異論はございませんか?」
この屋敷の主として全員の意志を確認する。
一人ひとりと目を合わせ、我々の出した答えを明確にする。
「では、クジョウ・ナユタはこの屋敷にて監視対象とし、彼の者の真意を推し量る事といたします。」
――――――
――――
――
…
あの後すんなり滞在許可を貰った俺は、いくつかの注意事項を伝えられてた。
・行動範囲はこの屋敷内と中庭のみ
・出来る限り一人での行動は避け、常に誰かと共にいる事(風呂とかトイレは除くと言われたんでちょっと安心した)
・こちらに来る前と後の事で何か気が付くことがあれば報告すること
・もし不審な行動をした場合、命の保証はしない
以上の事を踏まえて生活してほしいという事だった。
最後の一文を除けば箱入り息子のような待遇を受けているようで、そこまで悪い気分ではない。
いや、確かにある意味箱入りムスコなんですけどね…ってやかましいわ!
未使用で何が悪い!
心も体も清らかなままなんだから、下手したら賢者にだってなれるかもしれない存在なんだぞ俺は!
あれ、ちょっと待てよ?
そういえばこの体ってどうなんだろ…
ま、まさか経験ないまま使用済みの可能性ありなのか!?
「どうかなさいましたか、ナユタ様?」
「あ、いや、なんでもないです!」
そうだ現実逃避してる場合じゃねぇ。
俺は今、お姫様と中庭を散歩中なんだった。
要観察を言い渡されて、解散!!ってなった時にお姫様からお誘いを受けた。
「天気もいいですし、よろしければ中庭でお話ししませんか?」って。
そう言われた時の俺の頭の中が草木は歌い花弁は舞って天使がラッパを吹いてるような状況だったのは、まぁ言うまでもないだろう。
二つ返事で承諾すると、彼女は天使のような微笑みを浮かべて中庭に案内してくれた。
はいはい天使。




