花の記憶3
翌日、私は十六歳の誕生日を迎えた。その日は朝から雨だった。自分の部屋のカーテンを開け、窓を叩く雨粒の流れ落ちていくのを見つめる。
昨日家に帰ってから、私は何度も同じことを考えていた。浮かんでくるのは谷村先輩の笑顔。すぐに頭を振り、友恵のことを思い出す。そんなことを何度も頭の中で繰り返していた。
駄目。それだけは絶対に駄目。
そう自分に言い聞かすのに、すぐに谷村先輩の顔が頭に浮かんでくる。
お陰で、なかなか眠れなかった。せっかくの誕生日だというのに、心は晴れず、今朝の天気のようだった。
私は友恵の恋を応援するって、心に誓ったんだ。大好きな親友が、私に相談してくれたんだ。それなのに。
泣きたくなった。胸が締めつけられるように苦しくて、切なかった。
私はその日、仮病を使って学校を休んだ。
「せっかくの誕生日なのに、大丈夫?」
お母さんがそう言って部屋まで来て心配してくれていたが、私は嘘をついてしまったことが心苦しくて、早く一人にして欲しいと思った。
「寝たいから静かにしておいて」
私がそう言うと、お母さんは黙って一階へと下りていった。私は布団を頭まで被り、目を閉じた。
どうしよう。どうしたらいい?
恋と友情どっちを選ぶ?
そんなの、テレビや雑誌で話題に上がっても、自分には関係のないことだと思ってた。そんなのどっちかなんてどうやって選べばいいの?
閉じた目蓋にぎゅっと力をこめる。
でも、それでも。選べなくても選ばなくちゃいけないのなら。
やっぱり一番は友恵だ。
友恵を傷つけることだけはしたくない。
だったら答えはひとつしかない。
「私がこの気持ちに蓋をしておけばいい」
声に出して言ってみると、一層苦しさが増して、嗚咽が漏れそうになった。唇を噛みしめて、感情の波が落ち着くのを待つ。
今まで通り。なにも変わらない。私がなにも言わなければ、それで済むんだ。
その日の夕方、友恵が家までやってきた。
「友恵ちゃん来てるけど、どうする?」
「ごめん……。ちょっとまだ調子悪いから……」
部屋まで訊ねに来たお母さんにそう言って、友恵には帰ってもらった。
せっかく来てくれたのに、ごめん。明日からはいつも通りの私に戻るから。
窓から小さく外を覗いた。外はまだ小雨が降っている。そんな中、傘を差した友恵が帰って行くのが見えた。その後ろ姿を見て、また胸がきゅっと締めつけられる。
お母さんが再び私の部屋のドアをノックして入ってきた。
「友恵ちゃん。皐月に渡してくださいってこれを持ってきてくれたわよ」
お母さんの手には、可愛らしくラッピングされた包みが乗っていた。
「友恵ちゃん。本当にいい子ね。毎年皐月の誕生日にはかかさずこうしてプレゼントしてくれて。いいお友達を持ったわね」
お母さんは私にそのプレゼントを手渡すと、下へと戻っていった。
包みを開け、中を見ると、可愛い花柄のポーチが入っていた。そこにはメッセージカードも一緒につけられていた。
『誕生日おめでとう皐月。
いつもありがとう。
これからの一年が皐月にとってハッピーでありますように。
友恵』
その友恵特有の丸みを帯びた文字を見て、視界が滲んだ。涙が溢れる。プレゼントを胸に抱きしめ、私はむせび泣いた。
ありがとう。大好きだよ友恵。




