花の記憶2
翌日の帰りのことだった。
「あれ。三浦さん?」
私と友恵が帰り道を歩いているときだった。声の聞こえた後ろを振り向くと、谷村先輩が立っていた。
「わっ、先輩!」
友恵はあまりにびっくりしたのか、今まで歩いていた場所から思い切り飛び退いた。それを見て、谷村先輩はくすくすと笑った。
「そこまでびっくりしなくても」
「あ、あの先輩も帰りですか?」
友恵はあまりの緊張のためか、当たり前のことを訊いた。
「ああ。自転車がパンクして今日はバスなんだ」
そういえば、友恵と一緒に谷村先輩が自転車に乗っているところを見て、きゃーきゃー言っていたことがある。
「えーと、きみは……」
「あ、私、伊藤皐月といいます」
「ああ、伊藤さん。ごめん。女子の新入部員の名前あまり覚えてなくて」
「いいですよ。気にしないでください」
でも友恵のことはさすがに覚えていてくれていたらしい。やはりあの絆創膏が効いたみたいだ。
谷村先輩も同じバスに乗っていくらしく、私たちは三人で歩くことになった。
「昨日は絆創膏ありがとう」
「あ、いえ。たまたま持っていたので」
「そのたまたま持ってるってのが、女の子ってすごいなと思うところだね。男同士で絆創膏なんて出てこないからな」
「そういうものですか?」
「そういうもんなの。精々唾つけとけって言われるくらいだ」
友恵はきゃははと笑った。なんだかいい感じじゃないか。谷村先輩も、話してみるとこんなに気さくな人だったのかというくらいフレンドリーだった。
「伊藤さんってもしかして五月生まれ?」
唐突にそんなことを言われ、少し驚いてしまった。
「あ、はい。どうしてわかったんですか?」
「ほら、名前が皐月ちゃんって言ってたから」
下の名前をちゃん付けで呼ばれて、どきりとした。
「いとこにも皐月って名前の子がいて、その子も五月生まれなんだ」
「そうなんですか」
「先輩。皐月、明日誕生日なんですよ」
友恵がそんなことまで谷村先輩にばらす。
「ちょっと友恵っ」
「へえ。そうなんだ。おめでとう」
谷村先輩はそう言うと、にこりと歯を見せて笑った。
「あ、ありがとうございます」
私は思わず顔を俯けた。急に顔が火照りだし、心臓がばくばくと高鳴った。
どうしてしまったんだろう。先輩の顔がまともに見られない。恥ずかしさで顔を上げられなくなってしまった。
友恵はそんなことには気づいていないようで、谷村先輩と楽しそうに話し続けていた。




