花の記憶1
友恵は、小学校からの親友で、中学も高校も同じだった。部活も同じテニス部に入り、いつでも一緒に行動した。
お揃いのハンカチを使い、お揃いのバッグも買った。他にも違う友達はいるけれど、友恵は特別だった。こんなに気が合って、一緒にいて楽しい友達は他にはいない。
ある日、友恵がこんなことを相談してきた。
「谷村先輩って素敵だよね。つきあってる人とかいるのかな?」
「きゃあ、友恵。谷村先輩のこと好きなの?」
友恵は恥ずかしそうにして慌てた。
「違うよっ。ちょっといいなって思うだけで」
「それが好きってことなんじゃん。きゃー。友恵ってば恋しちゃってるんだ」
「もうっ。ちゃかすんじゃない!」
友恵は少しふくれてしまったが、怒っているわけではないことは長年のつきあいからわかっている。
「そうそう。谷村先輩と言えば、聞いた話によると最近彼女と別れたらしいよ」
私がそう話すと、友恵は驚きと喜びを顔いっぱいに表した。
「嘘! 超チャンスじゃん。うわー、どうしよう」
「思い切って告白したら?」
「ええー。いきなり言って、引かれたりとかしないかな?」
「大丈夫だって。友恵可愛いもん」
そう言うと、友恵は照れたように笑った。
友恵は快活で、スポーツが得意だ。ショートヘアで、笑うとえくぼができちゃうところなんて、めちゃ可愛いと思う。自慢の友達。人懐っこくて、テニス部の先輩からも可愛がられている。
対して私はちょっと人見知りなところがあって、すぐには人と打ち解けられない。テニス部でも、友恵の人柄の恩恵にあずかることで、輪に入れるようになったようなものだ。だから友恵にはいつも感謝している。
谷村先輩は男子テニス部の二年の先輩で、テニスがとてもうまい。精悍な顔立ちで、結構かっこいい。あまり話したことはないが、コートにいるところを見ると、つい目で追ってしまう。
友恵が好きになってしまうのもうなずける。私は友恵の恋を、親友として応援したい気持ちでいっぱいになっていた。
しかし、やはりいきなりの告白よりは、少しずつ距離を縮めていく方法のが良いように思われ、私はその手伝いができないかとその機会を待つことにした。
そして、その機会は意外とすぐに訪れた。
それは、放課後の部活動の後片付けをしているときだった。
「谷村先輩、さっき足擦りむいてたみたいだよ。今、水で流しにいってる。友恵、絆創膏持ってたでしょ。持っていきなよ」
女子の先輩は先に部室に戻っていて、周りの目もそんなにない。行くなら今だ。
「え、でも……」
友恵は恥ずかしそうに目を泳がせた。いつもはこんなふうではないのに、谷村先輩のことになると、急に臆病になってしまう。そんなところが可愛いとは思うが、今は勇気を振り絞るときだ。
「早く早く。今がチャンスなんだって」
「わ、わかった」
友恵はいきなりのことに驚いていたが、ポケットに入れていた絆創膏を手にすると、谷村先輩の元へと走っていった。
私は少し離れたところから、二人の様子を眺めた。友恵は顔を赤らめて、緊張しているみたいだった。それでも絆創膏を差し出して、谷村先輩には受け取ってもらえたようだった。友恵は礼をすると、こちらのほうへ走って戻ってきた。
「受け取ってもらえたみたいだね。先輩なにか言ってた?」
「うん。ありがとうって」
友恵はとても嬉しそうだった。顔が緩んでしまっている。私はそんな友恵を見て、やはり嬉しかった。
その日の帰り、私と友恵はいつものように、バス停へと向かって歩いていた。友恵と私は家も近く、乗るバスも同じだった。必然的に登下校はほとんど一緒になる。
「あ、芍薬」
バス停へ向かう途中にある道沿いの家の庭に、芍薬の花が咲いているのに気づいた私がそう言った。ピンク色の大輪の花が見事に咲き誇っている。
「へー。皐月よく知ってるね」
「おばあちゃんちに咲いてる花だから。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って聞いたことない?」
「あー。あるある。なんだっけ。素敵な女性の形容詞みたいなのだよね」
「そうそう。まあ、なれるかって言われると難しいかもだけど」
「あはは。でもすごい綺麗だね」
そんな話をしていると、頭上を白い小鳥が通り過ぎていった。




