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希望の翼  作者: 美汐
第五話 きみとともに
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きみとともに8

 真冬の公園は、白く凍てついていた。年が明けてから、朝の部活に行くのが遅くなっていたが、久しぶりに早めに出てきた。マフラーをしてきたが、耳が寒い。口から吐く息は真っ白だった。

 早めに出てきたのは、結局あまり寝られなかったせいだった。早朝の冷たい空気で頭を冷やしたいと思った。


 昨日の静香の電話の声が耳に張りついたように、ずっと離れずに残っていた。もやもやと胸の中でなにかが渦を巻いている。


 しばらく歩いていると、前方に見覚えのある人物がいることに気がついた。ベンチに近づいていくと、帽子の男は以前会ったときと同じように僕に笑いかけた。

 暖かな日差しのようなその笑顔に、なんだかとてもほっとして、僕はその隣に腰かけた。


「また会いましたね」


「ええ。またお会いできましたね」


 男の肩にはやはりまたあの白い小鳥が止まっていた。男の肩の上が余程居心地がいいのか、毛繕いまでしている。


「やっぱりすごい。僕が近づいてもまったく逃げない」


 小鳥は僕が顔を近づけても、まるで気にしていないようだった。

 可愛いものだなと思う。ずっとこうしてそばにいてくれる存在がいるということは、どんなに心強いものだろうか。僕は男のことがとても羨ましく思えた。


「僕の友達が、遠くに離れていってしまったんです」


 自分でも、なぜそんなことを言い出したのかわからなかった。見ず知らずの他人に打ち明けるようなことではない。話しても仕方のないことだ。けれど、なぜか僕はこの人に聞いて欲しかった。ただ話を聞いてもらいたかった。


「遠くといっても、本当に遠くにいってしまったわけじゃなくて、お互いの心の置き所が遠くなってしまったというか、そういう精神的な意味でなんですけど」


 そうだ。心の置き所が変わってしまった。以前は同じものを目指していたはずなのに、急にそれはまったく違う方向を向いてしまった。

 以前にこの男が言っていた、友達についての話を思い出した。あのときはよくわからなかった。今でもよくはわかっていないが、確か離れていても友達であることには変わりないというようなことを話していたような気がする。


 けれど、僕はこの人のようにはなれないように思う。会わなければ、顔が見えなければ、それはどんどん離れていってしまう。同じ思いを抱いていたはずなのに、それはもういつの間にか変わってしまった。


「あなたはそのお友達と、ともにいたいとそう思っているのですね」


 男はそう静かに言った。そう、なのだろうか。きっとそうなのだろう。静香という存在が、どんなに大きなものだったか、離れてみて気づいた。


 昔から一緒にいることが当たり前で、いつだってすぐそばに静香がいた。静香と軽口を言い合うことが、呼吸するみたいに当たり前だった。でも、それは当たり前のことなんかじゃなかったんだ。ふっと息を吹きかければ崩れてしまうくらいの、それほど脆いものだったことに、今気がついた。


 そして、胸の奥底に眠っていたある感情が、目覚めていくのを感じていた。それは熱く燃えていて、自分自身を内側から焦がしてしまいそうだった。押さえ込もうとしても、それは勢いを増すばかりで、もう僕自身どうしようもできなかった。


「っ……苦しいんです。どうしていいのか、わからないんです」


 僕は心の支えを失ってしまったのだと思った。この感情がなんなのか、まだ僕自身わかっていない。ただ、どうしようもなく哀しくて苦しかった。


「人が人を思う気持ちというのは、なぜそう苦しいものなのでしょうね」


 男は頭上の白い空を見上げていた。


「思いは通じ合ったり、すれ違ったり、ときには押し殺されてしまうこともある。人はそんなとき、幸せを感じたり、哀しくなったり、怒りをあらわにすることもあります。こんなに多彩で豊かな感情を持つ人間というのは、本当に不思議です。けれど、それは純粋であるがゆえに苦しい。美しいがゆえに哀しいものです」


 男はふいに空に向かって手を伸ばした。なにかをその手に掴み、握った拳を僕の前で開いて見せた。


「儚く散ってしまうこの葉は、儚いけれど本当に美しい」


 その手のひらにあったのは、あのとき見た赤いもみじの葉っぱだった。もうこの季節に真っ赤なもみじがこの場所にあるはずもない。手品だろうか。男は「どうぞ」と言って、それを僕に手渡した。

 僕は渡されたそのもみじの葉をじっと見つめた。間違いなく本物だった。それは先程まで木に生えていたかのように瑞々しかった。


「大切な誰かとともにいたいと思うその気持ちは、美しいです」


 美しい。僕のこの気持ちは美しいものなのだろうか。そう言ってもらえたことで、僕は少し救われた気持ちになった。


「私にはどうすることもできませんが、あなたがその美しい思いを大切にされることを願っています」


 僕は目を閉じ、もみじの葉を胸に当てた。その葉から染み入るようななにかを僕は感じていた。

 僕ができることはなんだろう。この思いをどうやって形にしよう。静香の気持ちを変えるのはたやすくはなさそうだ。頑固者の静香のことを考え、思わずおかしさが込み上げた。


「ありがとうございます。なんだか勇気がわいてきました」


 僕がそう言って横を見たときには、もう帽子の男の姿は消えていた。


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