きみとともに2
学校につくと急いで部室に行き、ジャージに着替えてラケットやピン球を持って体育館に行った。まだ時間も早いので、他の部員たちは来ていない。用具室から卓球台を引き出していると、静香もやってきた。
「体育館の中超寒いじゃん。息も白い」
「そうだな。これからもっと朝寒くなるけど、静香朝練続けられるか?」
僕がそう訊くと、静香はたたまれた卓球台の向こう側から顔を見せて、憮然とした表情を見せた。
「続ける。孝介に負けてらんないから」
卓球台を二人で広げ、真ん中にネットをつけてお互いにラケットを用意する。僕のラケットはシェークで、両面にラバーが貼ってあり、両面を使って打つことができるものだ。対して静香はペンホルダー。ラバーは片面で、持ち方もその名のとおりボールペンを持つような握り方で持つ。たまにお互いのラケットを交換して試したりするが、持ち方に違和感があり、うまくいかない。やはり僕は使い慣れたシェークハンドでないと駄目だ。静香もやはりペンホルダーのがしっくりくるらしい。
静香との練習試合はいつも十一点先取の三ゲーム制でやっている。二ゲーム取ったほうが勝ちだ。
ピン球を卓球台の上で軽くコンコンと手で確かめるようにし、左手の上に乗せると、ぽーんと高く上に投げる。それをラケットで叩くと、僕と静香の戦いが始まった。
カコンカコンとしばらくラリーが続く。最初に仕掛けてきたのは静香だった。少し後ろに下がったかと思うと、ラケットで球をスライスするようにしてカットした。カットをすることで回転のついた球は、そのまま普通に受けると、下に落ちてしまう。球はネットに近いところにやってきたので、僕はそれをツッツキで返した。返した球を、再び静香はカットしてきた。卓球台の端のほうにやってきたそれを、僕は逆回転をかけるつもりでドライブして返す。静香は取りにくそうな場所に入った球を走って返したが、少し浮いた球を僕は見逃さずにスマッシュして決めた。
「っしゃあ!」
「ぐわーっ。悔しいー!」
静香は地団駄踏んで悔しがった。僕はスマッシュが決まった爽快感で気分は高揚していた。自ら得点板をめくり、自分の点数を入れる。
「さあ、まだまだここからだぞ」
そう言いながら、僕は再びサーブの体制に入った。
それから熱い攻防は続き、僕が離すと静香が追いつくという感じで、なかなかの好試合になった。一ゲームずつ取り、三ゲーム目に入っていた。今日の静香は調子がいいようだ。
「絶対負けないからね」
静香は闘志を燃やした目でこちらを睨む。
「こっちは連勝記録を五まで伸ばすつもりだから」
僕もまったく負けるつもりはない。ここのところ静香は負けが続いている。負けが続くと負け根性がつくと聞いたことがあるが、静香の今の状況はそれなのかもしれない。ならばやはり僕が負けるわけがない。
左手のピン球をじっと見つめてから、静香はそれを上に放った。カットサーブだ。しっかり回転のかかった球は気をつけないとすぐにネットにかかってしまう。そう思ってラケットを突き出したのに、球はネットのこちら側に落ちた。
「ラッキー!」
静香は拳を握って小さくガッツポーズを作った。今日は静香の本領発揮といったところのようだ。いい球をよこしてくる。
そのうち他の部員たちも次々と現れ、僕たちに挨拶をしながら試合の様子に見入っていた。
「みんなも台出して、乱打とかやってってー」
試合中も静香は後輩にそんな指示を出す。女子の部長ということもあって、後輩や他の部員にも配慮しなければいけない。いろいろと気を遣っているのだろう。
僕も男子の部長だが、僕は結構適当にやっている。他の部員も勝手に卓球台を出して準備していってくれるので、おまかせしている。正直僕は部長には向いていないと思っているが、顧問の先生に勝手に決められてしまったので、仕方がない。
卓球部内で、一番実力があるのは僕と静香の二人だ。静香は他の女子とやるより、男子とやるほうが練習になるとたまにこっそりと僕に言ってくる。普段はそういうわけにもいかないので、こうして朝早く来て一緒に朝練をしているのだ。
結局試合は今日も僕の勝利で終わった。静香もここ最近では一番粘りを見せていたが、最後は僕に抜き去られた形となった。
「あーもー。悔しいなぁ」
「はっはっは。また出直しだな」
そう言う僕を、静香はキッと睨むように見た。
「まあ、問題は弱点のバックだな。その辺を今日は重点的に練習したら?」
「言われなくてもわかってるよ」
静香はラケットを手に取り、表面のラバーを眺めるように見ていた。
「バックのスマッシュはやっぱペンじゃ無理かな?」
「またそれか」
静香は最近そのことばかりを言うようになった。ペンは元々シェークと較べてバックを打つのが難しいとされている。どちらのラケットでも一般的にバックが苦手な人のが多いのは確かだ。しかしシェークの場合裏面で打てるぶんまだいいかもしれない。それに較べると、ペンは握り方からしてバックがやりにくい気がする。
「不可能ではないはずだよね。実際プロで使いこなしてる人もいるんだから」
「そりゃあプロだから、レベルが違うだろ。まあ、試してみるのは自由だけど、そればっかりに固執するのはどうかと僕は思うけど」
「それかあたしもシェークに転向するか」
「今から?」
「まあ、それは冗談だけど」
静香はそんなふうに受け流して、女子部員たちのいるほうへと歩いていった。冗談と言ったが、まさか本当にそう考えているのだろうか。静香は今のスタイルで今まで勝ってきている。わざわざそれを変える必要はないと僕は思う。静香があんなふうに言うのは、しばらく僕に勝っていないせいだろうか。
僕と静香は県内でも上位にいける選手だった。一年で卓球部に入ったとき、他の初心者の一年生と同じメニューをやってはいたが、物足りなくて仕方なかった。早く球を打ちまくりたいと思っていた。台につけるようになると、僕と静香はすぐに実力を認められた。二年生になってからの夏の大会で、部では初となる県大会入賞を個人でだが男女ともにおさめた。もちろんそれも僕と静香だった。
静香は十分に強い。強いのにそこで良しとしないのは、昔からの癖でもある。とにかく負けず嫌いで、女子部員では相手にならぬとみると、男子部員を片っ端から倒していく。結局僕以外の男子部員は全員静香に負かされてしまった。なさけない。
というわけで、静香の目下の標的となってしまった僕だが、僕だって静香に負けたくはない。手加減などしない。いつも真剣勝負だ。
しかし先程の静香の台詞がなぜか気になった。僕に勝てないことに、なにか焦りを感じている。そんな印象を受けた。




