花の記憶7
それから私たちは、それぞれの友人たちと過ごすようになった。親友と呼べるほど仲のいい友達はできなかったが、私もそれなりに高校生活を楽しめるようにはなった。友恵と学校で会っても、会話することこそなくなったが、以前ほどそのことを気にすることもなくなっていった。そんなふうに月日が流れていった。
春が来て夏になり、秋が過ぎ、冬が来た。そしてまた春が来て夏が終わり、秋が来て冬が過ぎ、また春が来た。季節は巡り巡って、その日、私たちは卒業式を迎えていた。
体育館で行われた卒業式では、ところどころで涙する生徒の姿があった。でも、私は泣けなかった。しんみりした空気の中、私はどこか上の空だった。
教室に戻り、担任の先生が私たちへはなむけの言葉をくれた。
「きみたちはこれからそれぞれの道へと旅立ちますが、この高校三年間の思い出は、いつまでも色褪せることなく、きみたちの胸に残り続けるでしょう」
結局、私と友恵は以前のような関係に戻ることなく、高校を卒業することになる。高校卒業後は互いに別々の進路へと別れ、きっとほとんど会うこともなくなっていくのだろう。
悲しいけれど、それは仕方のないことだ。
校庭では卒業生たちが、互いに語り合い、笑いあったり涙を流したりしていた。
私はなんとなく学校の周りを歩いて回ってみることにした。
校舎、体育館、裏庭に焼却炉まで回り、最後にテニスコートのある場所まで行ってみた。
短い間だったけれど、ここでテニスをしていたことを思い出した。そのころは友恵ともとてもいい関係で、一緒に頑張ろうねと誓い合っていた。今となってはそれも懐かしい思い出だ。
ふと空を見ると、なにかがきらめいているような気がして目を細めた。すると、遠くから白い小鳥がこちらへ飛んでくるのが見えた。
なんだろうと思っていると、小鳥は私のすぐ横まで飛んできて、なにかに止まった。そのなにかが人の形をしていることに、私はすぐには気づかなかった。
白い小鳥は短く鳴いて、その人の肩の上で座った。
その人は、レトロな帽子を被り、手にはステッキを持ち、昔の英国紳士のような格好をしていた。変わった人だとは思ったが、不思議と違和感は感じなかった。
私が驚いたまま声を出せずにいると、その人が私になにかを差し出した。
「これを大事な人へ渡してあげてください」
それは、満開に咲いた芍薬の花だった。まだ咲くには時期が早いのに、どこから持ってきたのか不思議に思った。それを訊こうと顔を上げると、もうそこにその人の姿はなくなっていた。
白い小鳥が再び空へと飛び立っていく。
そういえば、ずっと前にあの小鳥を見たことがあったような気がした。
渡された芍薬の花はとても見事で、美しかった。ピンク色の花弁が瑞々しく重なり合っている。私は、友恵と芍薬の花を見たときのことを思い出した。あのころの私たちは、本当に仲が良く、お互いがかけがえのない存在だった。
あのときのように戻りたい。あの日に、帰りたい。
私は急激に、強くそう思った。これを友恵に渡さなければいけないと思った。
そう思ったら、矢も盾もたまらず走り出していた。
友恵。
どこ? 友恵。
校庭を走り回り、校舎の中も捜し回った。
友恵に会いたい。会って話したい。
どこにいるの。友恵。
散々走って、再び校舎の外を捜した。
今友恵に会えなかったら、きっともう間に合わない。
私たちは元には戻れなくなる。
そんな思いが私を走らせていた。どうか、まだいなくなっていませんように。きっと間に合いますように。この想いを、大事なことを伝えなくちゃいけない。
目頭が熱かった。高ぶっていくこの気持ちの正体がなんなのか。言葉では説明ができなかった。
ただわかるのは、それは本当に大切な、かけがえのないものであるという、そのことだけだった。
走り回り、たどり着いた先は校門だった。何人もの卒業生たちがそこから外へと足を踏み出そうとしている。
その中に、見覚えのあるショートヘアを見つけた。私は一直線にそこまで走っていった。
「友恵!」
私はその名前を、とても久しぶりに声に出した。友恵は気づいてこちらを振り向く。
「皐月……」
はあはあと荒く肩で息をつく。友恵はとても驚いた顔をしていた。
間に合った。私はもう少しで、大事なものをなくしてしまうところだった。
「これを……渡したくて」
私はあの不思議な人にもらった芍薬の花を、友恵に差し出した。それを見た友恵は目を見開いた。そして、みるみるうちに顔をくしゃくしゃにした。
「これ、芍薬だよね。皐月に教えてもらった花……」
私から花を受け取ると、友恵は瞳を涙で潤ませた。私もそれを見て、涙が溢れた。
「皐月。ごめんね。ずっと今までのこと謝りたかったんだ……」
友恵は溢れ出る涙を手で拭いながら言った。
「ううん。私のほうこそ……」
熱いものが喉の奥に詰まる。嬉しいような、切ないような想いが胸に広がっていく。
どちらからともなく私たちは抱き合った。
わんわんと声を出して泣いた。言葉にならなかったが、いろんな想いが溢れてきた。凍りついていた時が、再び動き出したのがわかった。
友恵は大切な友達。
私の一番の親友。
きっとこれからも、それは変わらないんだ。
<第二話 花の記憶 了>




