恋の始まり、そして苦しみの始まり
「兄貴への恋」の4年前、香奈が中1の時の物語。
シリーズ全部を読んだ後に読む、もしくはこれを読んだ後、「兄貴への恋」を読むとわかりやすいと思います。
なお、インモラルゆえR15指定しています。
アンリさま主催「キスで結ぶ冬の恋」参加作品です。
「たすけて! だれか! おかあさん! おとうさん!」
男の子3人に囲まれて、どっちを向いても顔の前にカエルが突きつけられる。
半べそをかいて声にならない悲鳴を上げてるあたしに追い打ちを掛けるように、誰かが首の後ろから服の中にカエルを突っ込んだ。
もう1人は、頭の上に載せて。
背中で動くカエルが気持ち悪くて、もう動くこともできなくてただ泣いていた時。
お兄ちゃんが助けに来てくれた。
そんな、懐かしい夢を見た。幼稚園の頃の夢。
駆け付けたお兄ちゃんは、頭の上のカエルでいじめっ子の頭を叩き、服の中のカエルを引っ張り出していじめっ子のパンツの中に突っ込んでやっつけてくれた。
カエルで頭を叩かれた子は、その拍子にちぎれた足で顔を撫でられることになって、大泣きしてた。
あの時、あたしには、お兄ちゃんが王子様に見えた。
お姫様がピンチの時に助けてくれる、王子様に。
それからずっと、あたしが将来なりたいものは「お兄ちゃんのお嫁さん」だった。
幸い…なのか、お兄ちゃんは、あたしのお友達が見ても格好良かったらしくて、小学校低学年くらいまでは、あたしが「お兄ちゃんのお嫁さんになるの」と言っても、「いいなあ」って言われてた。
「お兄ちゃんのお嫁さん」は、お母さんが困った顔をするからなんとなく言わなくなったけど、お兄ちゃんを大好きな気持ちは変わらなかった。
家族で出掛ける時はお兄ちゃんの腕にしがみついて歩いて、家では背中にくっついて。
そういう日々が続くと、当たり前のように思ってた。
なのに。
「ほら、香奈ももう大人になるんだから、あんまりお兄ちゃんにくっついてちゃ駄目よ」
生理が始まった時、お母さんからそんなことを言われた。
大人になるのと、お兄ちゃんにくっついてちゃ駄目なのとがどう繋がるのかわからなかったけど、お兄ちゃんにくっつくと「女の子なんだから」ってお母さんに怒られるようになって。
「なんで女の子だとお兄ちゃんにくっついちゃ駄目なの?」って聞いても、お母さんは答えてくれなかった。
すごく悲しかった。
なんで悲しいのかわからなくて、でも悲しくて。
どうして悲しいのか、どんなに考えてもわからなかった。
中学に入ってすぐ、お兄ちゃんが風邪をひいて学校を休んだ。
あたしは、お母さんに言われて教務室でお兄ちゃんの担任の先生に休むことを伝えたけど、お兄ちゃんが心配で、授業中、何度も先生に怒られちゃった。
うちに帰っても、お兄ちゃんは寝てるみたい。
着替えて、おやつを食べてたら、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はい?」
ドアを開けると、立ってたのは、うちの中学の制服を着た女の人。
リボンの色が緑で3年だから、お兄ちゃんの知ってる人かな。まさか、彼女とかじゃないよね。
「えっと、桜井君の妹さん? 私、桜井君と同じクラスの佐久間っていいます。
今日、桜井君が休んだからプリント届けに来たんだけど…」
同級生? なんでうちの場所知ってんの?
じっと見てたら、階段下りる音がして、お兄ちゃんが出てきた。パジャマのままで。
「あ、佐久間さん、ごめん、プリント持ってきてくれたんだ? ありがとう。
こら、香奈。わざわざプリント持ってきてくれた佐久間さんに、ちゃんと挨拶しなきゃ駄目じゃないか」
お兄ちゃんに頭をコツンと叩かれた。
あたしより、この人の方が大事なの?
なんだか悲しくなって、涙が出た。
「お兄ちゃんのバカ~!」
部屋に戻って泣いてたら、お兄ちゃんが来て、頭を撫でてくれた。
あたしよりあの人の方が好きなくせに、誤魔化さないでよ。
「触らないで」
手を振り払ったら、背中からぎゅってしてくれた。
「お兄ちゃんのバカ~」
「あのな、香奈。佐久間さんは、前の席だからって、わざわざプリント届けに来てくれたんだ。
ちゃんとお礼くらい言えなきゃ駄目だぞ。もう小学生じゃないんだから」
前の席? それだけ? 彼女とかじゃないの?
お兄ちゃんの方を振り向いて聞いてみた。
「お兄、ちゃん、ひっく、香奈の、ひっく、こと、嫌いになった?」
「なんだ、そんなことで泣いてたのか? 大丈夫だよ、これくらいで香奈のこと嫌いになるわけないだろ」
「お兄ちゃ~ん、うええぇ」
お兄ちゃんにすがりついて、泣いた。よかった。嫌われなかった。
自分でも、どうして泣いたのか、よくわからない。
あの佐久間って人がお兄ちゃんのこと好きなのかなって思ったら、すごく嫌な気持ちになっちゃった。
だって、あたしのお兄ちゃんなのに、とられちゃうって思ったら…。
そうだよ、あたしがお兄ちゃんのお嫁さんになりたいのに、他の人がお嫁さんになっちゃう。
そんなの、ダメなんだから。
お兄ちゃんはあたしだけのものなの!
お兄ちゃんとあたしは兄妹だから、結婚はできないけど、でもあたしだけのお兄ちゃんなの! キスしていいのも、あたしだけなの!
キス? キスは、好きな人としかしないんだよ? 結婚したい人としか…
どうしよう。
あたし、お兄ちゃんが好きなんだ。ずっと一緒にいたい。キスしたい。
あたし…お兄ちゃんと結婚したい。
「お兄ちゃん、今日はごめんね」
晩ご飯の後、お兄ちゃんの背中におぶさって謝った。
いつも甘える時はこうしてる。
なのに。
胸がドキドキする。
お兄ちゃんの首筋から目が離せない。
思わず首元に頬ずりして、ハッとした。
だめ、止まらない。このままお兄ちゃんにキスしてほしい。
「怒ってないけど、ああいう態度は駄目だぞ」
お兄ちゃんが頭を撫でてくれた。ぎゅうってしがみついても、今なら大丈夫。
「ごめんなさい」
やっとの思いで体を離して部屋に帰ったけど、次、止まれる自信がない。
あたしは、お兄ちゃんに恋してるんだ。
きっとおかしいよね、そんなの。でも、でも…。仕方ないじゃない。好きなんだもん。
翌日から、あたしはお兄ちゃんにくっつきたくなるのを我慢した。
昨日はごまかせたけど、何もない時にあんなにべったりくっついたら、あたしの気持ちがバレちゃう。
もし、お母さんに知られたら。一緒にいちゃ駄目って言われちゃうかもしれない。
そんなの嫌だ。
くっつくのを我慢してもいいから、お兄ちゃんの側にいたい。
「香奈ったら、最近は亮介におんぶしなくなったわね。やっぱり中学生になると違うわね」
「…そりゃね。いつまでもくっついてらんないもん」
うまい具合に、お母さんはあたしが大人になったからくっつかなくなったって思ってくれた。
ほんとは、大人になって恋しちゃってるから、我慢してくっつかなくなったんだけどね。
このお母さんの勘違いにのっかって、「兄貴」って呼び方にして、少し意地悪するようにしてみた。
そうやってなんとかやってきたけど、バレンタイン、どうしよう。
毎年お父さんとお兄ちゃ…兄貴にチョコあげてたけど、やっぱりやめた方がいいのかな。
でも、やっぱりあげたいし。
いかにも義理チョコですって感じのを買ってくればいいよね。
兄貴にあげないなら、お父さんにもあげないことになるし、それはよくないよ、うん。
「はい、お父さん、愛を込めて。
はい、兄貴にも、ついでに。どうせ部活でいっぱい貰うから、あたしのなんかいらないだろうけどさ」
「そりゃ貰うけど、全部義理だしなぁ。
なんだ、いかにもな義理チョコだな。
本命チョコあげる相手でもできたのか?」
そんな言い方、ひどいよ…。
「そんなの、いないし!
あたしは、どうせデートもしたことないお子様だし?」
「なんだ、友達になんか言われたのか?」
「そんなんじゃないし!」
部屋に戻ったら、涙が出てきた。
ひどいよ兄貴。あたしが本命チョコあげたい相手は、兄貴しかいないのに!
ほんとのこと言えたら、どんなにいいか…。
翌日、お風呂上がってリビングに行ったら、先にお風呂入った兄貴がソファで寝てた。
部活で疲れたのかな。
今なら…お父さんは部屋にいるし、お母さんは洗面所。
1日遅れの、ほんとのバレンタイン。
あたしの、ファーストキス、受け取って。
少しかさついた唇にふにゅんと触れるだけのキス。
この胸のドキドキが、キスのせいなのか、バレたら大変だからなのか、わからないけど。
でも、あたしのファーストキスは兄貴にあげた。多分、兄貴のファーストキスも貰った。
しばらく、これで我慢しよう。
またそのうちチャンスがあるよ、ね?
だって、諦められない。
いけないことだってわかってるけど、でも。
あたしは、もう戻れないんだから。
この気持ちは、きっと変わらないから。
そして、なんとか諦めようと、真理と亮介の仲介をして今に至ります。
香奈の禁断の恋も、いずれまた続きを書きたいと思っています。