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第二話 契約者

視界が白から徐々に色を取り戻していく。色を取り戻した神殿は何かが通り抜けたように巨大な横穴が開いている。槍を象った雷は確かに神殿を穿っていた。そしてその横穴の傍らには気を失った青年の姿が。外傷は無い、ちゃんと狙いは外しておいた。私の魔法を見た衝撃が強すぎたのだろう、溜まっていた疲れと相まって意識が飛んだようだ。




「凄い魔術ですね。まるでおとぎ話の魔法みたい」




澄んだ女性の声がその部屋に響いた。その不意な声に私は驚いた。目が合ったら飛び出ていたかもしれない。私が待ち望んだ女性の声だ。


『ほう…女か?』


私がそう言うと、祭壇の間に続く道から一人の人物が現れる。ローブに身を包み、その顔はフードを深々と被っている。口元だけが見える人物は口角を上げ笑みを作っているようだ。


「女ですけど何か?」


そう言いながら現れた人物はフードに手をかける。そしてゆっくりと捲った。

フードの中から現れたのは金髪の長い髪、陶磁器の様な白い肌、サファイヤの様に蒼い瞳。そのまま下に意識を向ける。たわわに実った胸は凶悪なまでに魅力を発している。そして、その素晴らしい肢体は全くの無傷だった。

今の私に目は無い。だが意識という目は確実に奪われていた。


『いやなに、女性の客人は珍しい…というより初めてなものでね』


この神殿は踏破するにはそれなりの実力が必要である。それ故これまで女性が来たことは無かった。目の前の女性はその美貌もさることながら、実力も随一のようだ。この神殿を無傷で踏破できた者など皆無だ。


「私が女性史上初なのですか?」


薄らとどこか嬉しそうに笑みを浮かべながら尋ねてくる。ゆったりとした佇まいを崩さない彼女は、あの魔法を目にして緊張も恐怖も無いようだ。肝が座っている。


『あぁ、初めて見る女性が君の様な麗しい者で嬉しいよ』


言葉通りだ。この世界に来て...いや転生する前の世界と合わせてもこれ程の美人を見たことがない。顔は無いが、今きっと私の鼻の下は伸びているに違いない。


「フフッ、口が上手いですね」


さて普通に会話していて気が付かなかったが、この状況は傍から見ていたら相当変な事になっている。女性が本と会話しているのだ。彼女の歳を考えるに痛々しいかもしれない。気になってしまったので私は尋ねてみる。


『ところで…君は私に突っ込まないのか?』


本がしゃべっているのだ。誰もが最初この事を疑問に思うだろう。もはやテンプレートとなった会話をしないのはどうも調子狂う。やられたらやられたで、またかとなってしまうのだが。


「この子と貴方の会話を聞いていましたから」


そう言いながら彼女は気を失っている青年に振り返りその目の前でしゃがみこんだ。そして彼の頭に右手をかざす。


「我が魔力(オド)よ。彼の者に癒しを───《聖人の施し(セージ・クラーレ)》」


彼女が呪文を唱えたと同時に、右手から溢れた淡い光が青年を包み込んだ。見たところ高度な回復魔術のようだ。青年が神殿を踏破するにあたって負った傷が徐々に塞がっている。どうやら彼女は見ず知らずの者に施しを与えるほど慈悲深い性格らしい。それは立派だが…


『…盗み聞きとは感心しないな』


彼女は回復に努めながら、顔を少しだけこちらに向け苦笑した。別のアングルから見るその顔もやはり美しい。


「私はこの子と貴方との会話の妨げにならないように待っていただけですよ」


などと言いながら回復魔術を終えたようで、立ち上がり再び私の方へと向かってくる。青年の傷は綺麗さっぱり消え去り、顔色も先程より穏やかだ。そして寝息を立てるまでに回復した。



『まぁいい。こちらも女性の相手は初めてなものでね、少々話が過ぎてしまった。ここからは真面目にいこう。…汝は我との契約を望む者か?』


麗しい女性の前とはいえ、私は魔導書。契約の際くらいは真面目にも厳格的にもなるものだ。これは転生前の私ではありえない事だが。私の中の魔導書としての部分がそうさせる。


「えぇ、私には貴方の力が、貴方の知識が必要です」


今までの柔和な笑顔とは一転、決意に溢れた顔となり彼女はそう答えた。私の中ではもう彼女と契約したいのだが、私は自分の意識とは別に言葉を紡ぐ。


『何故我との契約を欲す?』


「国を…危機に瀕した国を救う為に……私は条件は満たしているでしょうか?」


先ほどの青年との会話を聞いていて、私が人を選ぶことを知っている彼女は不安そうに尋ねてくる。決まっている、文句なしの合格だ。こんな機会逃しはしない。


『あぁ、当然だとも。君以上の女性を待とうものなら、あと何千年も待つ必要があるだろう』


「本当にお口が上手いお方、でも良かった」


彼女は安堵したように大きく息をつく。先ほどの決意に満ちた顔から柔らかい表情へと戻る。うん、やはりこちらの方が彼女には似合っている。

安心して私に任せるがいい。国の一つや二つ、容易く救ってみせよう。


『…では我が契約者よ、汝が名を示せ』


契約最後の儀。私は浮いたまま彼女に近づく。彼女が手を伸ばせば届く範囲まで。そして彼女はその名を示した。


「私の名はフィーナ。フィーナ=サロモニスです」


そして今度は私がその真名を明かす番。先程名乗ったレメトゲンとはこの本の名。複合人格となった今はこう名乗っている。


『我が名はレメトゲン。ロイ=レメトゲン。此処に契約は成った。契約者フィーナよ、君に我が身を預けよう。私の事は気軽にロイと呼んでくれ』


「では、私の事もフィーナとお呼びください。これからよろしくお願いしますね、ロイ」


『あぁよろしく頼む、フィーナ』


私の契約者フィーナ。この彼女と契約が、私という本の物語の始まりである。

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