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第一話 我が名は…

この世界にはこんな言い伝え、伝説がある。


曰く、

『この世に一対の魔導書(グリモワール)あり。


片や神々の神秘、片や悪魔の災厄。


世界の繁栄を願う祈りと、世界の崩壊を望む呪い。


拮抗せし二つの書物は、それぞれ神殿と遺跡に在り。ただひたすらに自らの担い手を待ち続けている』




-------------------------




私はひたすら待っている。この暗い神殿の深奥で、我が身を預ける契約者をただ待っている。これまでいくらかの挑戦者が来たが誰も私と契約するには至らなかった。誰一人として私と契約する条件を満たしていなかったのだ。


そろそろ陽の光を浴びたい。外の世界を知りたい。もうこれ以上は退屈だ。この(からだ)に生まれ変わってからもう何年がっ経っただろう。自らの力では私は満足にここから動けない。誰かにこの私を手に持ってもらわなければならない。本とはそういう存在なのだ。

…生まれ変わる前の世界で、本屋や図書館に並んでいた本たちに気持ちがあれば、こんな気持ちで人を待っていたのかもしれない。そう思っていた矢先、ふと音が聞こえた。



コツ…コツ…コツ…



規則的に乾いた音が深奥に繋がる道より響いてきた。それは徐々に大きくなる。人の足音だ。どうやらまた新たな者が来たらしい。今度の挑戦者は条件を満たしているといいが。…さて、どうだ?

そう期待に胸をふくらましていると、その者の声が神殿内に響いた。


「ハァ…ハァ……やっとたどり着いたぜ」


その声を聞いた瞬間私は落胆した。またハズレかと。...何故、男しか来ないんだ?女性は?実力のある美少女というのが異世界では当然ではないのか?


暗き道から姿を見せたのは青年。かなり消耗しており、肩で息をする様は泥臭い。血と土埃で軽装の鎧は汚れている。その者は私を見た瞬間、疲れを忘れた様に急ぎ足で私が座す祭壇に近づいてくる。


「これが…俺が探し求めた物。神が魔法を書き記したとされる魔導書(グリモワール)。これで…これで俺は最強に!」


誰も聞いていないと思っているのだろうか。彼は喜びをその身で、その顔で、その声で精一杯表現する。これ以上喜ばれても後々可哀想なので私はついに声を発した。


『帰るがいい、資格無き者よ』


神殿の最奥、祭壇の間にその重厚な声は響いた。それを聞いたであろう青年は背中に背負っている剣に手を伸ばす。細身の剣はこれまでの道のりを示すかのように刃こぼれしており、血が付着している。

どうやら彼は魔術を使う剣士、魔剣士だったようだ。剣の柄を握り周囲を警戒するように視線を巡らす。二、三度黒目が横に往復した後、呟くように言葉を漏らした。


「…誰だ!どこにいる?!」


青年は声の正体である私を認識できないようだ。私は姿を隠してなどいない。まったくこの青年は私が目的で来たんじゃないのか。


『わからんか?君の目の前だ』


その声と共に青年は驚愕の光景を目にする。本が独りでに捲られているのだ。ここは神殿内部。風など一切感じない中、強風に煽られるように目の前の本は開いていく。


「まさか…魔導書(グリモワール)なのか?!」


青年は声の主を推測し尋ねる。すると本はページを捲るのをピタッとを止め、ゆっくりと浮かび上がった。その後、魔導書から魔力(オド)がオーラとして溢れ出した。再び先ほどの声が祭壇の間に響く。


『正しくはこの本に宿る意識体だと思ってくれたまえ』


そう私は元々この本という存在では無い。転生したという自覚はある。ただ転生の際に何があったのか、私の魂は本来入るべき器ではなく、この本に取り憑き一体となってしまった。この魔導書(グリモワール)を憑代に生きているようなものだ。

それだけならまだよかったのだが、この本には私より先に別の意識体が入っていた。この本の本当の意思だろう。そこに私の魂が押し入ってぐちゃぐちゃに混ざってしまった。その結果、複合人格として今の私がある。


「さすが伝説の魔導書(グリモワール)ってことか、意識をもっているとは…それで、帰れとはどういうことだ?」


青年は剣の柄から手を離し、訝しそうな表情を浮かべる。もうこの反応にも飽きてきた。だからこそ私は淡々と業務的にとも取れる声で返答する。


『君には私に触れる資格が無い。生まれた時からね』


「なんだと?!」


青年は表情を一転する。驚きを露わにしたその顔で私の置かれている祭壇に急に迫ってきた。


『私と契約する条件を君は満たしていない。さぁ、帰った帰った』


厚かましそうに帰るように催促する。


「待っ待ってくれ!!どういうことだ?俺は自分で言うのもあれだがそれなりの実力を持っている。俺のどこが気に入らない?!」


確かに彼は人より魔力(オド)の量が多い。この神殿の最奥まで来たのだ、実戦力もあるのだろう。ただ彼は資格無く生まれてきた。ただそれだけの事だ。


『君には力もある、才能もある。そう悲観することは無い…ただ、君は男だ』


祭壇の間に一瞬の静寂が訪れる。


「…は?」


しばらくの間を空けて青年は酷く間抜けな声を発する。表情も目が点になるというのを体現したかのようだ。


『そうだな…若い女性でナイスバディで美しい者が好ましい』


私の頭の中で理想の女性像が構築されていく。…髪色は黒か茶色か…ふむ、金髪美人というのも捨て難いな。…身長は雰囲気や顔に合っていれば良い。私は博愛主義なのだ。


「なんだよそれ…それが条件だってか?」


私の想像を邪魔するように青年の声が割り込んできた。青年の拳は強く握られ、小刻みに震えている。どうも不満があるらしい。仕方ない、理由を丁寧に教え諦めてもらおう。


『あぁ、そうだとも。考えてくれたまえ、仮に君が私だった場合、誰に触られたい?誰に読まれたい?……今までここまで来れたのはおっさんや君のようなむさ苦しい男だけだ。なかなか女性が来てくれない。女性と言ってもおばさんや婆さんの様な者はごめんだが…』


「俺のここまでの苦労はどうなる?!!」


青年の怒号が神殿内に響いた。まぁ、彼の憤りも理解はできる。

この神殿は魔物やトラップがわんさか設置されており並の者では踏破できない。現に青年も傷だらけで血の跡も体の随所に見られる。ただそれは私のせいじゃないし、言い方を変えればこの青年の実力が足りなかっただけだ。


『そう怒鳴ることもないだろう。人間にしてみれば上出来だ。その経験は価値がある。全てが無駄になる訳ではあるまい』


できる限りオブラートに話したはずだが、それでも青年の表情は怒りに染まっていく。そして一定の線を越えた怒りは突如収まる。怒りを通り越して冷静になったのだろう。


「…契約するのは無理だとしても、読む事はできるはずだ。それに魔導書とはそもそも読むだけの物だ。お前の気持ちなど知ったことか。…持ち帰る!」


怒りを抑えた声音で私に手を伸ばしてくる。触れられたくない私は、自身に刻まれている魔法を行使する。


『───世界を遮断せよ《最果ての壁ウォール・オブ・エデン》』


私と青年を隔てるように結界の魔法が展開される。それは淡い緑色。神殿という大きなバックアップを受けた私はこの程度の防護魔法ならばいくらでも行使可能だ。ただ、それらは全て神の魔法。只人には届かぬ領域にある魔法だ。触れた瞬間彼は天へ召されるだろう。


青年は青い顔をして伸ばした手を引っ込める。触ればただでは済まないと判断したのだろう。よほどのことに驚いたのか一、二歩後ずさる。


「…そんな…これは……魔術…なのか?」


彼は目を疑う。そこにはシンプルな造りの結界。言葉では魔術と表した彼だが、見ただけでわかるこれはそんな枠に囚われるようなものでは断じてないと。


『これが君たち只人では届かない神秘だよ』


私に顔は無いがあればドヤ顔とやらになっているのだろう。才ありし者が様々な理論を組み立て、構築したものが魔術だ。人の手による神秘の再現。私が行使できるのはそんなヤワなものではない。


神による正真正銘の神秘の行使──魔法である。


『さて……私の気持ちなど知ったことではない、だったか?まぁこんな身だ、今更人権などは求めんよ。ただ、こんな私でも自らの担い手は選ぶ』


私の魔法を見て放心状態だった彼に諭すように語りかける。すると青年は私を睨みながらこう言い放った。


「たかが本の癖にっ!」


『ほう、今度は本の癖にときたか。では、私はこう応えよう。これでも魔導の神域が刻まれた身だ……ただの人間風情が思い上がるなよ!』


私はこの本の意識との複合人格。そしてこの本の元の意識は誇りの様なものがあるらしい。つまり貶されれば怒るのだ。そしてその怒りはこの本に記載された魔法によって現れる。つまり神の魔法となって、愚か者の身に降り注ぐのだ。


『───神罰を此処に!我が名はレメトゲン。神の知を刻まれし者なり。大地を照らせ。《大神の怒雷(ラース・ケラノウス)》!』


眩い閃光が祭壇の間に現れた。それは一本の槍を象っていた。

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