カンパニュラ
「これを」
そう言って差し出された花束は、色とりどりのカンパニュラだった。
花束をもらうのは男女構わずうれしいもので、カンパニュラは、私が一番好きな花だった。
遠くで帰りの時間を知らせる音楽が鳴り響いていた。彼は、花束を渡して、それじゃと言って帰って行った。私は、花束を後ろの席において、運転席の扉を開ける。座席を精一杯下げて、座席を倒した。少し、目を瞑ると、彼のまっすぐな目を思い出した。
彼からのプロポーズを保留してどれくらいの日数が経ったのだろうか。少し考えさせてほしいと言ってから彼はその話題を出さなくなり、仕事の帰りに少し会うだけの日が続いている。彼との付き合いも五年ほどになった今、そうなるのは当然のことなのかもしれない。私自身、考えていなかったわけでもない。相談をする友人もおらず、一人で考えることしかできない。
座席を戻し、エンジンをかけ、ハンドルを握る。流れ出す音楽も流れる風景も頭に入ってくることはなかった。
「ただいま」
誰からの返事が来ない事もわかっているのに、呟いてしまう一言に嫌気がさす。
こんな生活に慣れてしまったのはいつからだろうか。スマートフォンを手に布団になだれ込み、まぶしい画面に目をやる。そして、履歴をさかのぼり、母の名を探す。
「もしもし」
呼び出し音もすぐ消え、母の声がした。
「久しぶり」
そういうと、母は心配そうにどうしたのか聞いてくる。
「明後日、帰るね」
「わかった。時間わかったら連絡して」
返事だけをして電話を切る。そして、履歴から彼の名前を探す。彼は、すぐに出た。
「明後日、実家に一緒に行ってくれる?」
そういうと、彼は、少し涙まじりにうんと言う声が聞こえる。ありがとうとだけ言って電話を切った。
うれしそうな彼の声を聞いたとき、こんなにも悩む必要はなかったのかと、こんなにも簡単なことなのかと改めて感じた。
一人暮らしに慣れているふりをしているだけで、誰かを求めてたのかもしれない。彼が私にとってただいまという存在になり、おかえりという存在になる。ふりかけご飯で済ます晩御飯も、面倒だからとコンビニに弁当を買いに行くこともなくなるのだろう。一人から二人になる生活が想像できず、不安でしかない。
しかし、その不安は、彼と二人で抱える悩みになり、また新たな悩みもでてくることになる。
新しい生活は、まだ来ぬ生活は不安しかない。
けれど、新たな安心も生まれてくるものなのかと改めて思えるものだった。
リクエストありがとうございました。
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