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アクアテラリウム  作者: 真島 悠久
1章 『Welcome to the Extraordinary』
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1章3「絶望の象徴」

 植物との戦闘に勝利した後、彼らを乗せた車は川沿いを走っていた。


 高速道路を降り、市街地に入ってから、凛月は雰囲気の変化に気づく。


 ここは…生物の気配がない。


 いや正確には、少なからず生物は存在している。


 しかし、今まで感じていたような、全方位から自分を値踏みするような不快な気配がない。


 「なぁ、ここだけ静かすぎないか…?」


 「多分、それはアレだね」


 返事をしたのは涼燕。


 「場所のせいじゃないよ。あ…いや、ここは比較的安全な場所ではあるんだけどね、安全さは関係なくて…」


 そう言って彼は、あごで窓の外を示す。


 「見てよ、ほら。もうすぐ――夜が明ける」


 「夜が明ける…?それがなんだよ?」


 「住めないのよ」


 涼燕の言葉の続きを引き取る千里。


 「住めない?」


 「えぇ。私たちは…いえ、全ての生き物は――陽を浴びると死んでしまうの」


 「…は?」


 凛月の顔には『戸惑い』。


 訳がわからない、だって…。


 「地上の人間は、昼に生活するんだろ?」


 「それは昔の話。でも今は違う」


 千里は静かに、首を横に振る。


 嘘を言っているようには見えなかった。


 「じゃあ、なんで…」


 「…昔話をしましょうか。人が地上で生活していた頃、地球の成層圏にはオゾンが満ちていた。オゾンによって太陽が放つ紫外線は軽減され、人に害を成すほどではなかった」


 彼女が見つめるのは、窓越しの夜空。


 いや恐らく、夜空よりも遠いところ。


 「でも…およそ100年前に起きたとされる『纏空てんくう封壊ほうかい』と呼ばれる現象。それによって、全てが変わった。成層圏は裂け、人々は地上を追われた。そして、代わりに跋扈ばっこするのが、ああいう、人ならざる化け物たち」


 先刻の、いびつに成長した肉食植物もそのうちの1つ。


 「そんなことが…」


 凛月の絶句。


 それが事実ならば、人は陽の目を浴びる日は永久に訪れないのではないか。


 「ん…ちょっと待て。俺は、海の中でずっと住んできた。でも、陽を浴びて死ぬなんて聞いたことねぇぞ!?」


 それに答えるのは涼燕。


 「それは海だからだろうねー。海は紫外線を吸収するし、海面反射もする。地上ほどの悪影響はないだろうね」


 「なるほど…」


 水面みなも、それはアトランティカでは『禁足地』に該当し、何人たりとも近づくことは許されなかった。


 その理由は『海棲人マーピープルは陸で呼吸できないから』と説明され、今まで彼は一部の疑いもなくそれを信じてきた。


 しかし、実際はどうだ。


 彼は現に呼吸ができているし、その事実をアトランティカ王を始めとする上層部が完全に知らないとは考えにくい。


 即ち彼らは知っていたはずだ。


 水面に禁足地を設ける理由は『海棲人マーピープルが住めないから』ではなく、『太陽光が地上に悪影響を及ぼしているから』だということに。


 アトランティカでは、太陽は希望の象徴だと言われていた。


 民はそれを信じて疑わなかったし、凛月もそうだ。


 太陽の光がないと、海の中は照らせないから。


 だが地上ここでは――まるで、絶望の象徴じゃないか。






 それから、しばらく。


 車はとある立体駐車場に辿り着いた。


 車から降り、車庫の外に出ると、シャッターが自動で閉まる。


 そして、エレベーターのような音を立て、下へ。


 「さってと…凛ちゃん、ボクらはこっちだよ」


 車庫の隣には、地下へと続く隠し階段。


 …とそれはさておき、今聞き捨てならないセリフが聞こえたような気がする。


 「誰だよ凛ちゃんって」


 「君のことだよー。凛月だから凛ちゃん。かわいいっしょ?」


 「かわいかねぇよ、ケンカ売ってんのか」


 凛月は涼燕に掴みかかるも、彼は笑ったままだ。


 「えーいいじゃんいいじゃん。そんな怒んないでって」


 「断固拒否」


 「えー」


 なおもダラダラと喋り続ける2人。


 「…はぁ」


 そんな2人に痺れを切らした千里が、問答無用で腹パンをかます。


 「ぐほっ!」「ぐえっ!」


 「いいから入んなさいって。…そろそろホントに洒落しゃれになんないんだから」


 どうやら、日が昇る前に入れということらしい。


 「へいへーい…千里ちゃんはおっかないなぁ」


 「痛ッ…これが女のパワーかよ…」


 顔を合わせて呟く2人に、更に蹴り上げられた砂がかけられた。






 千里たちは旧地下鉄跡を利用し、地下に広大な都市を形成して住んでいる。


 そこで、昼間は地下で睡眠をとり、夜間には外に出て外敵の駆除などを行う、いわゆる昼夜逆転の生活を送っていた。


 もともと人は夜型であり、その生活スタイルは原点回帰した姿とも言える。


 だが――凛月の知ったことではない。


 「ふわぁ…」


 大きな欠伸あくび


 現在、午前3時過ぎ。


 夜更かしの習慣がない彼には辛い時間帯だ。


 ここは地下都市の本部。


 彼は今、シャワールーム前のソファーに座って待っている。


 …千里の帰りを。


 なぜこんなことになっているかと言うと、さかのぼること30分前…。


 「――まずはお風呂よ!絶対お風呂!まさかアンタたち、そんなドロッドロの格好で歩き回るつもり!?」


 この千里の一言が原因だ。


 それに強く反対したのは涼燕。


 「えぇー!別にいいじゃんこれくらい!どうせ後で入るんだし二度手間じゃん!…凛ちゃんはそう思うよね?ね?」


 「ていうか…そもそも風呂って何だ?」


 「あ…そういえば海にそんなものないわよね。ならちょうどいいわ、何事も経験あるのみ!」


 その後、何だかんだ言いくるめられ、彼は初風呂に至る。


 とはいえ、地下都市の風呂は簡易シャワーだった。


 風呂内には個室のように仕切りが設けられており、隣の人の身体は見えないようになっている。


 初めてということもあり、凛月は色々と手間取っていたが、涼燕は風呂が嫌いなのか何なのか、すぐに出て行ってしまった。


 そんなこんなで十数分。


 慌てて出てきたものの、千里の姿はまだ見えない。


 それから更に十数分。


 風呂でぶっ倒れているんじゃないか、と心配する程度には時間が経った。


 「…アイツ遅ぇ」


 「女子はみんなそんなもんだよー」


 そう答えるのは、同じく暇を持て余す涼燕。


 「ん?何持ってんだ?」


 「何ってジュースだけど。あ、もしかしてこれも知らないか。じゃあ、自販機の使い方を教えてあげよう」


 凛月にとっては、水分を意識的に摂取することすら初めての経験。


 「…は?金入れてボタン押せばすぐ出てくるのか?すげぇな、どういう仕組みだ?」


 「ちょっと、殴って壊したら怒られるよ。あ、あと缶の開け方間違ってるよー。これはね、ここをこうやって…」


 カポシュッと、缶が開くいい音がする。


 「おぉ…これが文明の音…!」


 その後、しばらくジュースを飲んだり、その他地下都市で生きる上で重要なことを涼燕から学んだりしていると、千里が戻ってきた。


 「あーサッパリしたサッパリした。…よし!じゃあそろそろ行きましょうか!」


 千里の身体から湯気が立ち上る。


 女性特有の、何とも形容しがたい芳香。


 「んで、これからどこに行くんだ?」


 「そうね、まずは――ボスに会ってもらおうかしら」






 地下都市には様々な施設がある。


 それらの多くは、人間が生活するために必要なもの。


 人間が生きる上で最低限必要とするものは、空気、水、食糧そして…電気。


 太陽光を浴びられない以上、地下は締め切らなければならない。


 そうなると、必然的に照明が必要になる。


 更には日中に熱を持った地面の冷却、作物の管理。


 この地下都市において、電気というエネルギーは最も重要な資源と言ってよい。


 凛月たちが訪れたのは、都市の要である発電所。


 ここは現総帥によって守られている。


 「この建物よ」


 千里がとある扉の前で立ち止まる。


 辺りには金属の臭いと、それらが擦れ合う音。


 「彼の名はイグニス=フォード・ハンニバル。地下都市ここの最高決定権を持つ男よ」


 彼女はそう言って、扉をノックする。


 「千宮寺千里、以下2名です。出撃結果の報告にあがりました」


 返事はない。


 しかし、彼女は構わず扉を開ける。


 中は――殺風景な部屋だった。


 部屋の奥のデスクの上には、乱雑に積まれた書類の山と、小さなポット、空の湯飲み。


 それ以外に、生活感を感じさせるものがない。


 奥には1人の男。


 薄暗い灰色の髪をだらしなく垂らすその姿は、一見浮浪者のようにも見える。


 しかし、その双眸そうぼうは異様に鋭く、まるで老獪ろうかいな狼だ。


 よわいは見た目に似合わず、30代半ば。


 彼はその辣腕らつわんにより、若くして現総帥まで昇り詰めた。


 「…出撃ご苦労だった」


 第一声は、唸るような低い音。


 それは憤怒ふんどでも無関心でもなく、生まれついての本能であり、それを知る千里に面食らった様子はない。


 「損害は極微小。出撃の結果、海棲人マーピープルを1人、保護しました」


 彼女の人差し指は凛月へ。


 「彼です。名前は才波凛月」


 「…成程」


 イグニスの視線が静かに彼を捉える。


 実力を推し量ろうとするかのような眼光に、彼は思わず後ずさった。


 そのまま、しばしの沈黙。


 「…どうも」


 「彼は海中都市・アトランティカから来たようです。彼とお話されますか?」


 「…いや、それより」


 彼は凛月を真っ直ぐに見据えると。


 「…これからどうするつもりだ?」


 その言葉に彼はハッとした。


 ――そうだ、俺は。


 「…アトランティカに戻りたいです」


 「…残念だが、それは難しいだろう。少なくとも、現在いまは」


 「どういうことだ…っ…ですか?」


 彼の問いに答えたのは千里。


 「まず、その海中都市の所在が分からないわ。それに、海までの陸路も確立されているわけではないの。それは此処ここまでの道中でも実感したでしょう?」


 確かに彼女の言う通りだ。


 彼は今、行くアテもなく彷徨さまよっているだけの状態。


 助けてもらった分際で、自分のエゴで彼女たちを何度も危険に晒すわけにはいかない。


 「なら、俺はどうすればいい?」


 「…自分のことは自分で決めろ」


 イグニスの態度はそっけない。


 「…だが、1つ忠告するとしたら、今自分にできる最善を尽くすことだ」


 「今できる最善…」


 「…そうだ。まず必要なのは、海までの陸路。活動域を広げたいのは我々も同じ」


 「つまり、あんたらに協力しろと?」


 「…己の価値は己によってのみ証明される。望みを叶えたければまず、価値を示せ。それが今できる最善だ…違うか?」


 沈黙、それは肯定に等しかった。


 イグニスはそんな彼を静かに見つめると。


 「…千宮寺」


 「はい」


 「才波の扱いは、お前の隊に一任する…さて」


 そして彼は、再び凛月へ向き直る。


 「…もう1度聞く。お前はこれからどうする?」


 あえて少し、挑発的に問われたその言葉。


 彼は暗に告げているのだ。


 『当然、協力するよな?』と。


 なんてことのない、安い挑発。


 その挑発に、凛月は。


 「…その話、乗った」


 そう言って、イグニスの瞳を見つめ返す。


 「…決まりだ」


 彼は表情を変えない。


 しかし、その瞳はほんの少しだけ…愉しげにも見えた。






 扉が閉まる音。


 イグニスの部屋に、再び静寂が訪れる。


 此処ここには、彼の他に誰もいない。


 そのはずだが――。


 「――いやぁ、あれが『神託しんたくの子』かぁ。なんじゃなんじゃ、まだまだガキじゃのぅ」


 突如として響き渡る、舌足らずな少女の声。


 奇妙なその光景、しかし、イグニスは何の不思議もないように、虚空に向かって口を開く。


 「…これで役者は揃った」


 「そうじゃのぅ。じゃが、油断は禁物じゃ。人生万事、塞翁(さいおう)が馬。ヤツが希望となりえるならば、同時に絶望にもなりえるということ。なればこそ、人生は面白いとも言えるがの」


 快活な笑い声。


 その言葉を聞き流し、彼は1人、思いを馳せていた。


 ――さて、後はどこから詰めるか…だが。


 彼が静かに腕を組むと、右腕の腕輪が小さな音を立てる。


 それは――彼の個人色カラーを一瞬だけ映し、しかし、すぐに暗闇に溶けて消えた。

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