序章P「プロローグ」
――早く大人になりたかった。
漫然と、全てを棄てて自由になれると信じていたからだ。
呼吸も憚られるような、雁字搦めのこの世界から抜け出せば、輝かしい何かが待ち受けているはずだった。
けれどそれはいつだって、例えば水面に映る月のように、指の隙間をするりと零れ落ち、掴むことは叶わない。
残ったものは虚無と徒労、そして何者にもなれない自分。
だからいつしか、望むこと、それ自体を深く胸の奥底に封じ込め、惰性を貪るようになった。
不意に訪れる食傷の折、乾いた傷跡をなぞるように。
叶わぬ夢を散りばめた、煌びやかな絵本をふと読み返してしまうように。
想いを馳せることで満たされる自分が、そこには確かに存在したのだ。
『地球は銀河のアクアテラリウム』
開いた絵本の1ページ目にはただ一言、そんな言葉が綴られていた。
そうだ、地球には全てが在る。
果てない大地と海原。
そこに生きる数多の命の灯火と、それを燦然と映す夜空。
その全てが、ときに創りものかと見間違うほどに、醜くも儚く美しい。
だが、同時にこうも思うのだ。
それは一体、誰の賞玩水槽なのだろう。
中で一体、何を育てているのだろう。
俺たちはまだ何も知らない。
鳥籠に囚われ、翼を捥がれた野鳥のように。
海底から陸を想う、憐れな深海魚のように。
――今はまだ、外の世界へ羽ばたけずにいる。