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アクアテラリウム  作者: 真島 悠久
1章 『Welcome to the Extraordinary』
18/113

1章12「希望の二字の名の下に」

 食糧保管庫。


 それは地下都市の一角を牛耳(ぎゅうじ)り、主に畑や牧場からの原料調達と、食品加工・出荷、そして食品の保管を一手に担う大型施設。


 その特性から、都市内でも特に緑を残したのどかな光景に水を差すように、現在――化け物が暴れていた。


 逃げ回る人々の悲鳴と爆発音。


 それはもはや、(ねずみ)の形をしていなかった。


 背からは、不自然なほど大きな木の幹が突き出しており、肥大したそれらはやがて、建物をぎ倒し始める。


 幹から生えた枝は(むし)ろ触手に近く、ただひたすらに破壊を繰り返すために生まれた悪魔のようだ。


 そんな誰もが絶望する状況の中――誰よりも早く、現場に駆けつけた男がいた。


 180cmはあろうかと思われる身長に、少し青みがかったブロンドの髪。


 なびく前髪を払ったその下に(のぞ)くのは、鋭い青色の眼光。


 その男――汪我おうが國晴くにはるは、軍服のえりをいじりながら。


 「デカい音がするから、何かと思えば」


 そう言って、腰に()げた刀を抜き放つ。


 「――ただのドブネズミか」







 「くそっ…俺のせいだ」


 初任務、あのとき侵入した敵に、唯一凛月だけが気づいていた。


 だからこそ、自分の行動を悔やんで止まない。


 「凛、落ち着いて」


 千里の静止、しかし今の彼には届かない。


 「千里は楓を頼む!」


 「ちょっと!待ちなさい、凛!」


 その声を振り切って駆けだした凛月。


 建物の外に出ると、すぐに食糧保管庫の位置が分かった。


 なぜなら、そこだけ既に、火の手が上がっているからだ。


 事態は一刻を争う。


 慌てて現地へ向かう彼に…。


 「待って、才波くん!」


 この声は。


 「興津風(おきつかぜ)少将!」


 彼の視線の先には、同じく集合命令を受けて飛び出してきたと思しき、(れん)の姿。


 「きみが目指しているのは食糧保管庫だね?」


 「はい、少将も?」


 「そうだね。だが、走って向かうには少し遠い。…送ろう」


 「送る?」


 「ちょっと待ってねー…そうらっ!」


 彼がおもむろに地面に手をつくと、右腕からは【山吹(やまぶき)】色の閃光(せんこう)


 地面に(ほとばし)る電流、その後に、地面が円形にせりあがる。


 「こちらの方が(はや)い…ほら、乗った乗った!」


 指示通りに移動すると、せりあがった円盤はそのまま地面から離れ、フリスビーのように宙へ。


 これは彼の個人色(カラー)による応用の1つ。


 磁場を操作することにより足場を浮かせ、一時的に空を飛ぶことができる。


 「さて、しっかり掴まってー」


 言われるがままにしゃがみ込み、円盤の端をしっかりと掴む凛月。


 それを確認した蓮が軽く手を前に出すと、呼応して円盤が動き始める。


 徐々に加速していくそれは、やがて急速に食糧保管庫の方角に消えていった。






 「うおおおおおお!!!ちょ、少将!これはヤバい!マジで落ちる!落ちる落ちる落ちる落ちる!」


 ここは飛翔(ひしょう)する円盤の上。


 何も問題ないと思われたが、勿論(もちろん)そんなはずはなく、どうやら円盤のスピードが速すぎたようで、凛月は振り落とされそうになりながらも必死でしがみついている状態だった。


 蓮はそれを見て、笑う。


 「あはは、大丈夫大丈夫。落ちても拾ってあげるから」


 「落ちるの前提かよぉぉぉぉぉぉ!!!」


 騒ぎ続ける彼を問答無用で無視した蓮は、前方へと向き直ると。


 「おや?…才波くん、あれを見てごらん」


 「無理ですけど!!」


 「そうか、じゃあいいや」


 「え!?口頭で補足するとかじゃねぇの!?」


 「めんどくさいなぁ」


 蓮はやれやれと首を横に振ると、律儀(りちぎ)にも。


 「既に戦闘が始まっているようだね。しかも、あの水は…」


 そう言って目を細める彼の視界の先には。


 ――化け物と渡り合う、一人の男の姿があった。




 化け物が彼――國晴くにはるからめとろうと枝を伸ばす。


 しかしそれが、彼の下まで届くことはない。


 彼は素早く地面に刀を突き刺すと、能力を展開。


 ――汪我おうが國晴くにはる個人色カラーは【青】。


 有する能力は、水の操作。


 それは凛月や蓮などが持つ、特異な個人色カラーではなく、誰もが持ちうる普通の色。


 しかし、彼が他の水系能力者と一線を画すのは、その物量だった。


 都市の更に下、地下水脈から吸い上げられた大量の水が、地面を(くだ)き、噴水のように()く。


 それらはやがて、重力に従い、雨のように辺り一帯に降り注いだ。


 その一滴一滴が彼の武器。


 まるで銃撃のように化け物へと降り注ぎ、その体を穿(うが)つ。


 迫りくる無数の枝。


 それらを軽くあしらうように刀を振ると、それに呼応して飛び出した水が動き、彼を守るように巨大な水壁を形成する。


 枝の侵入を一切許さない水壁の後ろで、彼は――刀を振り上げた。


 一陣の(きら)めき。


 天高く突き出された刃に収束する大量の水は、次第に大きな波となり、巨大な水の刀を形作る。


 そして。


 「…失せろ」


 振り下ろされた刀と同時、水の刀が化け物を襲う。


 超高密度に圧縮されたそれは、高圧水流となり、その体を問答無用で真っ二つにした。


 その瞬間、渦巻く水の奔流ほんりゅう


 それは地面までも割き、その一切をことごとく吹き飛ばす。


 残されたのは、滝のように()々しく流れ落ちる水の柱のみ。


 それらは徐々に膂力りょりょくを失い、やがて地下へと戻っていく。


 やがて、化け物の完全消滅を確認した國晴は、刀をさやに収めた。


 パチンとつばが鞘にぶつかる音。


 それは戦いの勝敗が決した合図でもある。


 「うおおおおお!!汪我おうが大佐がやってくれたぞおおおおお!!」


 響き渡る戦士たちの歓声。


 彼らの心に芽生えていたのは、畏怖いふの念。


 しかしそれ以上の…『希望』。


 彼は普通の個人色カラーしか持たない。


 だがそれでも、特異な個人色カラーを持つ人々と互角の力を有している。


 平凡な彼らにとっては、それが大きな希望。


 汪我おうが國晴くにはるは、そんな彼らの希望の象徴だった。


 「後は手前(てめぇ)らで何とかしろ」


 彼はぶっきらぼうに命令すると、何事もなかったかのように立ち去ろうとする。


 しかし、すぐに足を止めた。


 「…遅ぇよ、蓮」


 視線の先には、今しがた到着した蓮と凛月。


 睨みつけるような彼の目を見て、蓮はおくすことなく、それどころか笑顔で拍手を送る。


 「いやはや、ブラボーブラボー。さっすが汪我大佐、()せるね」


 「あ?なに茶化(ちゃか)してやがる」


 それに対し國晴は、不機嫌そうに低い声でうなる。


 「興津風、少将・・ともあろうお方が、ただ指をくわえて見てたのか?」


 「いやいや、今来たところさ。それと、僕らの仲に身分の上下はなしでしょー」


 「チッ、そうかよ」


 國晴は興味なさげに視線を反らすと、その視線を隣の凛月へ。


 「…」


 目線がかち合うこと数秒。


 「手前てめぇが…才波か?」


 「はい、才波凛月です。どうして俺の名前を?」


 「蓮から聞いた。…なあ?」


 話を振られた蓮は大きく頷くと。


 「海から来た期待の新人くん。いやー、みんなに喋って回っちゃった」


 「なにしてんすか…」


 呆れる凛月に目もくれず、國晴は。


 「チッ、精々頑張るこった」


 それだけ言って、彼らの横を通り去ってしまう。


 「行っちゃった…あ、才波くん。彼は、汪我國晴大佐だよ。見ての通り、極度の恥ずかしがり屋でね」


 「(うと)まれてるだけなのでは?」


 「そんなことはないさ。その証拠にほら…國晴、待ってよー!」


 彼はそう言って國晴の後を追う。


 残された凛月は何も言わず、前方の惨状さんじょうを見つめていた。


 何も残っていない地面から、水蒸気を含んだ空気が流れ、肌に張りつく。


 彼が思い出していたのは、円盤の上で(かす)かに見えた、彼の戦闘の様子。


 「…」


 しかし結局、彼は何も言わず背を向け、2人に向かって走り出した。






 その後、総帥室。


 呼び出された凛月、蓮、國晴の3人は、イグニスに結果報告しがてら。


 「…お前らの『守る』には、『破壊』も含まれているのか?」


 ――お叱りを受けていた。


 問題なく遂行されたように見えた今回のゲリラ任務には1つ、致命的なミスがあった。


 それは。


 「…侵入者に対して、想定しうる限り最小の被害で済んだ手腕は評価しよう。…汪我が引き起こした、それ以上の2次被害を除けば、だが」


 國晴が化け物を倒すために、食糧保管庫周辺を全て消し飛ばしたことだ。


 それにより、周辺のそこそこ重要な施設が崩壊。


 畑や牧場には被害が及ばなかったのは、不幸中の幸いといったところだろう。


 「はい…申し訳ありません。僕がついていながら…」

 

 殊勝しゅしょうに頭を下げる蓮に続き、とばっちりで謝っている凛月。


 しかし、最も頭を下げなければならないはずの國晴は、なぜか頑なに頭を下げようとしない。


 蓮はそんな彼の様子を見かね。


 「おい國晴」


 「痛っ、何すんだ手前(てめぇ)


 「いいから黙って謝れ」


 普段の蓮からは想像もできない威圧感によって、(ようや)く國晴も。


 「チッ…すいませんでした」


 その様子を見て、イグニスは小さく溜め息をついた。


 「…汪我おうが。その(くせ)は早く治せ」


 彼は、手にした報告書を机に投げ捨てると。


 「…今回は大目に見よう。だが、責任はとってもらう」


 そうして、彼らに与えられた次の任務は。


 「…興津風、汪我、そして千宮司隊に()ぐ。明日から食糧保管庫と、その周辺の復旧作業に当たれ」






 「くそッ、なんで俺がこんなことを…」


 「それ、國晴が言える台詞(せりふ)じゃなくない?」


 作業着を身に(まと)い、地面に突き刺したスコップに体重を預ける國晴と蓮。


 と、とばっちりを受ける凛月と涼燕(りょうえん)


 今日も暑い。


 そんな中での土木作業は、正直言ってかなり身体にこたえる。


 全身汗と泥に(まみ)れながら、彼らは黙々と埋め立て作業に徹していた。


 「うぅ…ボクもあっち側がよかったなぁ…」


 涼燕が溜め息をついた視線の先には、木材の搬入指示をする千里と楓の姿。


 役割分担は、女子は指示作業、男が力仕事。


 その原因のほとんどは『女子に力作業させて、恥ずかしくないのか?』という女子側の意見だ。


 「あいつら、都合のいい時だけ、女って肩書きを利用しやがる…」


 「ははは、仕方ないさ。それを許すのも男の仕事だ」


 「それが大人の余裕、ってやつですか、少将」


 「いや?僕がきみらくらいの時には既にそうだったけど」


 「ぐぬぬ」


 押し黙る凛月。


 「でも、ま…」


 涼燕は、そんな彼らのやり取りも上の空、彼女らの働きへとずっと視線を向けたままでいる。


 特に、元気に働く楓へ。


 彼女は昨日の衰弱すいじゃくぶりが嘘のように、(つと)めて明るく振舞っていた。


 それは虚勢(きょせい)だろうか。


 しかしそれでも、張れないよりはずっといい。


 「良かったよ。楓ちゃんが、立ち止まったままでいなくて」


 「…そうだな」


 そんな噂をしていると。


 「2人とも、何こっち見てるんですかー?もしかして、サボり?」


 本当に楓がやってきた。


 「げぇ…ち、違うよ。僕らはただ…」


 「お前が元気そうでよかった、って話だよ。なぁ?」


 「あー、そんなことですか」


 楓はポンと手を叩くと、右手に力こぶしを作る。


 「その節はご迷惑をおかけしました。今は、元気モリモリモリなので」


 「そうかよ」


 「何ですかその、小バカにした感じの笑い」


 「うっせぇな、別にしてねぇって」


 「はい、絶対ウソ。…と、ときに先輩」


 突然モジモジし始める楓。


 「え、なに?」


 「あの…う、上着…ありがとうございました。今度返しますね」


 「ああ、そんなの、テキトーに部屋の前にでも置いといてくれよ」


 「いやそれはさすがに…あ、あー!私、仕事あるんでもう行きますねー!」


 そう言って彼女は、慌ててその場を後にする。


 「なんだあいつ」


 ぼやきつつも、特に気にするでもなく作業に戻ろうとする凛月に。


 「ちょっと、今の。どういうことか、説明してもらえる?」


 ――それを許さない、涼燕の声。


 がっちりと掴まれた肩は、彼の膂力(りょりょく)に似合わず強い。


 「はあ?なんだよ急に」


 「まだとぼけるの?上着がどうとかの下りだよ!」


 「ああ、あれ…昨日ちょっと貸しただけだよ。寒そうだったし」


 「かぁーっ!『ちょっと』…ねぇ?聞きました、少将。『ちょっと』ですって」


 「意味分かんねぇ…あ」


 涼燕の、少しオーバー気味とも取れる態度に、(ようや)く凛月も何か気づいたようだ。


 「分かった!もしかしてお前…!」


 「え?…ち、違う違う違う!」


 両手を大きく振って否定する彼の(ほお)(あか)い。


 それを見て、凛月の疑惑は確信に変わる。


 「おいおい、とぼけんなよ」


 「と、とぼけてなんかいませんけど!」


 「お前、テンパると特に語彙(ごい)力しょっぱいもんな。オウム返しの否定しかしなくなるじゃん」


 「鋭ッ!凛ちゃんの語彙が豊富なだけな気もするけどね。普通、あんなにベラベラ喋る?」


 「うっせ、生まれつきだよ。というかまず、喋らないと土俵にすら上がれないんじゃねぇの?無口な男がモテるとか、あれ幻想だぞ」


 「え、マジ?」


 「っすよね、興津風少将?」


 いきなり話題を振られた蓮は、数秒の溜めの後、したり顔で腕を組む。


 「うーむ、青春(アオハル)だねぇ、ご馳走様。ちなみに才波くんは、口ぶりからして、さぞやおモテになる?」


 「…」


 沈黙。


 それは完全論破を意味していた。


 突如として黙り込んだ凛月を見て、たまらず吹き出す涼燕。


 「あっはははは!うっそでしょ!まさか凛ちゃん、生まれついての弁舌(べんぜつ)屋!?」


 「うっせぇ、『あ』と『うん』しか言えない木偶(でく)に笑われる筋合いねぇわ!」


 掴み合いの喧嘩(けんか)を始める2人。


 それを生暖かい目で眺める蓮。


 「おい、ガキども。それと蓮」


 そんな3人の(なご)やかな雰囲気に水を差す、冷たい男の声。


 振り返るとそこには、不機嫌そうな顔をした國晴が立っていた。


 「何ベラベラ喋ってる。黙って働け」


 「だからそれ、國晴が言える台詞(せりふ)じゃなくない?」






 その後、しばらく黙々と作業を続けること数十分。


 「かー!やっと休憩時間だー!」


 涼燕がスコップを放り投げ、両手を高らかに(かか)げた。


 「おい、危ないだろ。そんなもん投げんなよ」


 隣では凛月が、そうたしなめながらスコップをその辺に投げ捨てる。


 2人とも、汗と泥まみれだ。


 そんな2人に苦笑しながら、楓が近づいてきた。


 「というわけでご飯食べましょうか!」


 そう言って、胸元まで掲げたその手には、大きな(かばん)


 ピクニック用の、やや大きめの直方体。


 先程植えた木の陰へ移動し、昼食を広げる彼女の下に、全員が群がる。


 「おー!めっちゃ美味しそうじゃん!」


 「そうでしょう?腕によりをかけて作ったんですから!食堂のおばちゃんが!」


 「なんでお前がそんな偉そうなんだよ…ぐぇっ!」


 食らった肘打ちが鳩尾(みぞおち)に直撃し、地面に倒れこむ凛月。


 そのまま転がっていると、あることに気づいた。


 ――あれ、千里は?


 いつもなら、ご飯と聞いたら飛んでくるのに。


 ――失礼なこと言うな!


 脳内千里に勝手にシバかれながら、ゆっくりと辺りを見渡すと。


 ――多分あそこだな。


 彼の視線の先にあったのは、ここらでは少しだけ小高い、丘のような場所だった。

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