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アクアテラリウム  作者: 真島 悠久
5章 『Blooming like Tatarian Aster』
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5章1「記憶は泡沫、決意は海へ」

 想いは、悠久ゆうきゅう


 ――しかし、記憶は。


 れは、誰もがる真実。


 だからこそ人は、歴史に記憶をしたためる。


 そこに想いは…無い。


 ならば想いは、誰が語り継ぐのだろうか。


 誰も語り継がないのなら。


 「――想いをつづる本になる。それが私の、たった1つの使命」


 宵闇よいやみ、波打ち際。


 月光をその身に浴びながら、立ち尽くす少女が1人。


 その身体は、腰まで海にひたっている。


 水を吸い、素肌に張りつく銀色のワンピースは、まるできらめく海月くらげのよう。


 もしくは溶け出す悲哀ひあいの情。

 

 少女は笑わない。


 其れはもう、うの昔に失ってしまったから。


 「私が護りたいものは、翆黛すいたいに萌ゆる追憶ついおくの花園。貴方あなたの望むものが、其れをけが徒花あだばなだったなら」


 そう言って、少女は振り返る。


 瞳に咲くほむらは、決意。


 「…追ってくるがいい、『悠久を冠する者』」


 ――少女は溶けるように、水面みなもへ消えた。






 機械族オートマタとの戦闘から、1週間。


 世界は驚くほどに平穏だ。


 彼女を独り、置き去りにして。


 「やー、感度良好良好!」


 にごりのない純白の渡り廊下。


 窓から差す光の中、右手をグーパーグーパーと動かしながら歩いているのは、アガレス。


 その隣では國晴が仏頂ぶっちょう面をしている。


 「チッ、無茶すんじゃねぇよ。後遺症が残ったらどうする」


 「ナニー、心配してくれてんのー?くぅーっ、うっれしー!」


 「違ぇよ。考えなしに行動すんの、止めろって言ってんだよ」


 「ダイジョブダイジョブ。アタシには國ちゃんがいるんだからさー」


 「手前てめぇなぁ…いつもそれじゃねぇか」


 「はいはい、お説教はキラーイ」


 機械族オートマタとの戦いの最中さなか、ガティス・フェデラーの白騎士リ・ヴァルーメルクを右手で弾き、その代償として骨折してしまっていた彼女。


 戦場では簡易治療をほどこし、何事もないように振る舞っていたが、地下都市に帰宅した今、正式に治療を行っていた。


 今日は完治した、その帰り。


 わざわざ彼女に会いに来たということは、國晴は彼なりに心配をしていたということだろう。


 勿論もちろんそれは、彼女にはお見通し。


 「でもザンネンだなー。手をケガしてたら、國ちゃんが毎回ご飯食べさせてくれてたからな〜。それが無くなるのは、ちょっと悲しい〜」


 「妄想もうそうを事実のように語るんじゃねぇ」


 「イイじゃんべっつにー…ん?」


 不意に、アガレスの足が止まる。


 彼女の視線の先には。


 「おっ、凛月じゃなーい!おひさー」


 そう言って彼女が大手を振ると、それに気づいた凛月が近づいてくる。


 「アガレス少将、それに、汪我大佐も。お疲れっす。そんなに久しぶりでもないっすよ」


 「細かいことはイイのよ」


 「おい…まだ治ってないのか?」


 話に割り込んだのは國晴。


 病院に1人で訪れた彼を見て、怪我が完治していないのではないかと考えたのだろう。


 しかしその問いに、凛月は首を横に振る。


 「いや、俺もう退院しました。帰る途中、空海くうかい中将がずっと治療しててくれたんで」


 「そういやそうだったわね。あんなお行儀ぎょうぎのイイ空海、久しぶりに見たわ」


 地下都市に帰る車の中、空海が【萌葱もえぎ】色の能力を垂れ流していたため、同乗者は既に傷が完治しているものばかりだった。


 普段、人の言うことを聞かない彼女が、なぜ気前よく治療をしてくれていたのか。


 それは…同乗者に、千里がいたからだろう。


 「じゃあなんで、わざわざこんなトコに…」


 そう言いかけたアガレスの言葉が止まる。


 隣の國晴に小突かれたからだ。


 そう、ここにいる誰もが分かっている。


 「千里の見舞いっすよ。急に記憶、戻るかもしんねぇし」


 明るい声と裏腹に、凛月の表情は暗い。


 彼がグランガイル戦にのぞむ直前、彼を鼓舞こぶしてから戦線離脱した千里。


 再び見つかった時、彼女は記憶を失っていた。


 そしてそれは、空海の治療をってしても治すことができなかった。


 「そっか…ゴメンね、引き止めちゃったわね」


 「別にいいっすよ。じゃあ…失礼します」


 凛月はぺこりと一礼すると、足早に消えていく。


 それを見送る2人の表情も浮かない。


 「國ちゃん」


 「…なんだ」


 「なんで、こんなコトになっちゃったんだろ」


 「…」


 「アタシ…今の凛月、見てらんないや」


 「…俺もだよ」


 國晴は小さくそう漏らし、アガレスから離れる。


 「國ちゃん?」


 「早速で悪いが、俺も別のやつに用がある」


 「あ…オンナでしょ」


 その言葉に、國晴の肩が大きく跳ねる。


 「ズボシー。察するに、金髪のコでしょ。ナニ、アタシ()てて、ポッと出の若いコに(なび)くんだ。…はあもうマジムリ、リスカしよ」


 「怖えよ。それに、茶化すんじゃねぇ。分かってんだろ…あいつは海棲人マーピープルだ」


 「あァ、そういうコト」


 アガレスは納得したように頷くと。


 「じゃ、また後でねー。アタシ、リハビリがてら空海でも捕まえてこようかしら」


 「あぁ、また後でな」


 曲がり角が彼らをわかつ。


 一人きりになった國晴の双眸そうぼう


 瞳に咲く(ほむら)は、決意。






 「千里。今大丈夫かー?」


 快活に響くノックの音。


 少しして、間伸びした声が帰ってくる。


 「どうぞー」


 「失礼しまーす」


 とびらを開けると、一面は清廉せいれんの白。


 端にポツリと1つ、ベッドが置かれている。


 その上には、星を映す夜空の如き黒髪。


 「おっす、元気か…千里」


 凛月がそう声をかけると、長い髪がはらりと揺れ、千里の瞳が真っ直ぐに彼を捉える。


 一瞬の静寂せいじゃく


 「また来てくれたのね…ん…凛月」


 「凛でいいよ」


 その言葉に、彼女は少しバツの悪い表情を浮かべ。


 「あ…ごめんなさい、凛」


 「いいよ別に、謝んなくて」


 彼は何でもないことのように言うと、来客用の椅子に腰掛ける。


 そこで、ふと机に置かれた2つのマグカップに気づいた。


 「ん?これ…」


 「ああ、それ。楓が来てたのよ」


 「え、こんな時間にか?」


 彼は毎日、開院直後レベルの早さで来ていた。


 いつも遅れがちな楓が、自分より早く来るなんて、にわかには信じがたい。


 「なんだかあの子、ここのところずっと忙しくしてるみたい。今日も、数分お喋りしたら、すぐ仕事に行っちゃった」


 「そうか…それにしても、何作ってんだろうな?」


 「うーん、なんか聞いた気がするのよね…何だったかしら…」


 あごに手を当て、必死に思い出そうと頭を捻る千里。


 しかし少しして、諦めたようにパッと手を離す。


 「ま、そのうち分かるわよ。なんか最近、物忘れが激しくって…老化かしらね」


 「俺のことも忘れてるしな」


 「ちょっと!気にしてるんだから、それは言わない約束でしょう!」


 彼女は小さくほおを膨らませると、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。


 「でも、楓や涼が教えてくれて、少しずつ思い出してるところ。もうちょっとだけ、待っててね」


 彼女は凛月のことを完全に忘れてしまっていた。


 いや、正確には、彼との記憶だけではなく、彼と出会った日からの全ての出来事が頭から抜け落ちている。


 そのため、空海のことを『空海中将』ではなく『伊賀崎中将』と、親密になる前の呼び名で呼んでいた。


 また、ライラやキルスティ、アリシア、合成獣キメラ機械族オートマタのことも全て忘れてしまっている。


 「ああ、気長に待つさ。…ていうか、涼と楓に何か変なこと吹き込まれてないか心配だ。あいつら、あることないこと言うからな。鵜呑うのみにはすんなよ」


 「え、別に普通だったわよ?」


 彼女はそう言って、1本ずつ指を立てる。


 「えっとまず、マヨラーでしょ。毎日ファンタグレープ2L飲んでるでしょ。あと、子供がニガテで、見たら尻尾巻いて逃げるでしょ。伊賀崎…空海中将にボコボコにされたでしょ。それと…」


 「案の定、余計なことばっかり知ってやがる!」


 たまらず立ち上がる凛月。


 それを千里は、笑い声を上げながら楽しげに見つめている。


 「もっとこう…カッコつく話とかされてねぇの?」


 「そんなタイプの印象はなかったわね…」


 「おい」


 「そうね…あ」


 何かに気づいたように、5本目の指がピンと張った。


 そして、彼女の頬と耳にしゅが差す。


 「…?」


 怪訝けげんな顔で見つめる彼を、直視できない彼女はそっぽを向きながら。


 「まあ…そのうち言うと思うわ。記憶が戻った後の私が、きっとね」


 その言葉に、凛月は1つだけ心当たりがある。


 「あ…」


 気づいた彼の顔も真っ赤だ。


 そうだ…楓と涼燕は、千里が自分に告白したという事実を知らない。


 彼女の好意を既に伝えられている自分からすれば、彼女が何を聞かされたのかも想像がつくし、それをまだ知らないていでいなければならない。


 答えはもう…決まっているのに。


 「なーんか、すごい損した気分。だって、忘れちゃった私の記憶って、面白い話ばっかりなんだもん。ねぇ、凛からも聞かせて。私とのこと」


 「うーん、色々あったしなぁ…何から話せばいいやら」


 「えー、気になる」


 腕を組み、思案にふける凛月。


 脳裏を巡るのは美しい記憶ばかり。


 しかし…プツリと糸が切れる。


 「…いや、やっぱやめとく」


 「え?」


 「俺、上手く話せる自信ないからさ。俺がここで話しちまうより、千里が自分で思い出した時の方が、ずっと面白いと思うぜ」


 「そう…かしら」


 「そうに決まってる。だからさ…」


 彼はそう言って立ち上がる。


 それを不思議そうに見つめる千里。


 彼は彼女の目の前で、大きく深呼吸をすると。


 「俺が絶対、お前の記憶を取り戻してみせる。だからそれまで、待っててくれ」


 瞳は真っ直ぐに千里を捉えている。


 「うん、ありがと」


 「じゃあ…また来るよ」


 それきり彼はきびすを返し、振り返らずに病室を後にする。


 瞳に咲くほむらは、決意。


 それを静かに見送る千里の口から。


 「うん…待ってる…ずっと…」


 その呟きは、きっと音にもならない。






 千里の病室を後にした彼が、次に訪れたのは…アリシアの部屋。


 彼女は既に完治しているものの、外の世界からの来訪者であるが故に、その扱い方を決めかねている部分があり、こうして今も病室で生活している。


 ドアの前に立ち、ノックしようと腕を上げる。


 しかし、手が触れるより先に、ドアの奥から声が聞こえ、反射的にその手を止めた。


 声の主はアリシア…ではなかった。


 ――先客か?


 海中都市から来た彼女の知り合いは自分だけ、そう思っていた凛月が、ドアに耳を近づけると。


 「…手前てめぇはどこまで知っている?知らねぇじゃ済ませねぇ」


 「この声…汪我おうが大佐?」


 國晴とアリシア、2人の接点が思い浮かばない。


 確か帰りの車も別々で、喋る機会すらなかったはず。


 いぶかしむ彼、それを知らない國晴は、更に語気を強め。


 次の瞬間――耳を疑うような言葉を吐いた。


 「記憶を失った千宮寺、俺はそれに心当たりがある。…手前てめぇもそうだろ?」


 「え…」


 ――今…なんて?


 気づけば彼は無意識に、ドアの取っ手を引いていた。


 「…凛月」


 ベッドに腰を下ろし、驚きの表情を比べるのはアリシア。


 そしてそれはどこか、一抹いちまつうれいを帯びていた。


 その向かいで壁に寄りかかっていた國晴も、静かに視線を凛月へと向ける。


 「来たか、才波」


 「それより汪我大佐…今、なんて?」


 國晴は彼の問いに答えず、目線をアリシアの方へ。


 「丁度(ちょうど)いい。俺のことをどう思ってるのか知らねぇが、才波の前なら正直に話せるよな…姫」


 「…やめてください、そういう言い方は。貴方(あなた)は変わらないのですね」


 「変わるってのは弱者の特権だ。変わらないのは強者、(ある)いは愚者(ぐしゃ)。俺は前者だが、手前(てめぇ)手前(てめぇ)の親父はどれだ?」


 「2人とも、何の話してんだよ…なあ…アリシア!」


 (さえぎ)る凛月の声音は、いつしか怒気(どき)(はら)んでいる。


 それを見たアリシアの表情に、(さら)なる影がポツリ。


 「…確かに私は貴方がたに、話していないことが(いく)つもあります。ですがそれは、私なりに…凛月、貴方を(まも)りたいと思ってこそ。誰かを(だま)したり、ましてや傷つけたりだなんて、そんなつもりは全くありませんでした」


 震える彼女の声は、いつしか涙に()れている。


 あるのは後悔、それと懺悔(ざんげ)


 「アリシア…」


 「ですがそれも、(いや)しい自己弁護に過ぎないのでしょう。私はただ、気持ちを整理する時間が欲しかった」


 「だが…もうそんなことを言ってる場合じゃねぇ」


 「まったくもってその通り。だから今ここで、どんな醜態(しゅうたい)(さら)そうとも、全てを話すことを(ちか)います」


 「誰にだ」


 「海神――ダリス・ウルド様の名に()けて」


 彼女の(まぶた)がゆっくりと開く。


 その先に灯る(ほむら)は、決意。


 「まずは凛月…私に聞きたいことがありますよね?」


 「…ああ」


 彼は、地下都市に帰投してからずっと、彼女に聞きたくて聞けなかったことがある。


 そしてその問いをすることが、千里の記憶を取り戻す最も有効な手段であることを、本能的に確信していた。


 こんなときだからこそ、重く閉ざされた(くちびる)を、(ようや)く開くことができる。


 「お前はあのとき、こう言った。俺の個人色(カラー)、その本当の能力は『忘却(ぼうきゃく)させられていた』んだと。あれは一体、どういう意味だ?」


 ロイズ・フェデラーとの一戦。


 その最中(さなか)、凛月の能力は突如として覚醒(かくせい)し、そこで彼女が放った言葉。


 能力の忘却、それは()しくも、千里を襲った現象と酷似(こくじ)していた。


 「それを話すためには、過去へと(さかのぼ)らねばなりません。貴方は覚えていますか?…ご両親が亡くなった時のことを」


 「え…」


 (きょ)を突かれた彼が、咄嗟(とっさ)に声を失う。


 色々な感情がとめどなく交錯(こうさく)するが、今はありのままを口に出すより他にない。


 「確か…4年以上前。海音(みおん)がまだ小学生のときだ。俺たちはあの日、任務で出かける父さんと母さんを、いつものように見送って…それきり、2人は帰ってこなかった」


 「ええ。あのときアトランティカは、未曽有(みぞう)の事態に直面し、混乱していた。それが何によるものか、覚えていますか?」


 「未曾有の事態…なんだそれ?いや、おかしいだろ。俺はあの時、中坊(ちゅうぼう)だったんだぞ…そんなの、(おぼ)えてないわけが…」


 そこで彼は、やっと(おのれ)の状態を自覚した。


 両親を失った日、その記憶が全て、(もや)がかかったように胸の奥底につっかえていることに。


 そして――今、靄が晴れる。


 「その日、アトランティカに訪れたのは、水面(みなも)を覆うほどの大船。…そう、貴方がアトランティカから姿を消し、地上の世界へ足を踏み入れることになった始まりの日、市街に現われたものと、同じ」






 どうして忘れていたんだろう。


 あの日、早朝から任務へ向かった両親は、『暮れには帰る』と言っていた。


 けれどその横顔は、どこか切羽詰まっていて、不安に思った俺は、海音とともに、学校帰りに国門へ向かったのだ。


 「お兄ちゃん…パパとママ、遅いね。もう夜だよ。お腹すいた…」


 「こりゃ今日は外食だな。帰ってきたら、たらふく美味(うま)いもの食べような」


 「やったぁ!そういえばこないだの日曜、ママと内緒(ないしょ)で行ったランチがね…」


 「え、俺それ聞いてねぇんだけど!なんで先に言ってくれなかったんだよ!」


 「お兄ちゃん、休みの日はいっつも友達と遊んでばっかじゃん。もーっ。分かったから…って…あれ…?」


 取るに足らない会話の最中、突如として口を(つぐ)んだ海音に釣られて振り返ったその先に。


 ――居たのは異形(いぎょう)の悪魔。


 「おんやぁ?どしたの、(あわ)れな子らよ。(やみ)を見つめたとて、返ってくるのは沈黙(ちんもく)。…そして彼等は、獲物をひたりと(にら)んでいるのさ」


 それは人の言葉を喋った。


 一見、男の(かたち)をしていた。


 (しか)し、闇に溶ける右腕は(へび)のようにうねり、それがただの人ではないことを如実(にょじつ)に物語っていた。


 「…海音。俺から離れるな」


 咄嗟(とっさ)に海音を背中に隠した俺を見て、悪魔は大げさに手を叩き。


 「兄妹(きょうだい)愛、美しいね。…おんやぁ?その目、何処(どこ)かで見たことあるような」


 「…なんのことだ。俺はお前なんて知らねぇ」


 「そうじゃなくてね。…嗚呼(ああ)、そうだ」


 悪魔はそう言って、口の端を(ゆが)めて(わら)った。


 「先刻(せんこく)喰らった(つがい)双魚(そうぎょ)。女を(かば)った男が放った、最期(さいご)の眼差しに(うり)二つだ」


 「最期…?一体何を…」


 それきり悪魔は沈黙し、こちらへゆっくりと歩いてきた。


 根源的な恐怖を感じた俺は、海音を護りたい一心で、【群青(ぐんじょう)】の能力を無我夢中で解放した。






 「…危機に(ひん)し、覚醒した貴方の能力(ちから)は、彼にとって想定外の事象だったのでしょう。近衛(このえ)兵が現場に駆けつけた時、その男は既に行方(ゆくえ)(くら)まし、辺りには凄惨(せいさん)な現場のみが残った」


 「ああ、思い出した…あいつが、俺の両親を殺した張本人」


 「恐らく。ですが、彼を退(しりぞ)けるために放った貴方の能力ちからは、貴方の制御を越えて暴走してしまった」


 彼の個人色(カラー)が【群青】であることは、生まれた時から判明していた。


 しかし、当時一般人であった彼が、誰かに対し能力を使うのは初めて。


 ましてそれはただの個人色(カラー)ではなく、『凍らせたものの機能を停止させる』という、アトランティカを崩壊に招く可能性のある、危険な能力。


 「お父様を始めとする上層部はこれを受け、貴方の能力を永劫(えいごう)封じる決断を下しました。そこで行われたのが『記憶の忘却』」


 個人色(カラー)とは当人が生まれついて持つものであり、その能力を完全に封じることはできない。


 (ゆえ)に、本当の能力と、それが覚醒したきっかけに関する記憶を全て抹消(まっしょう)することで、事態の収拾を図ったのだ。


 「待てよ…じゃあ、俺の記憶を(うば)ったのも、千里の記憶を奪ったのも…お前の父親、陛下の仕業(しわざ)だってのか…?」


 「それは違います。お父様は決断を下しただけ。それを実行したのは、別の人です」


 「じゃあ…それは、誰だ?」


 静寂(せいじゃく)


 それを破ったアリシアの口から、告げられた真実は。


 「ダリス・ウルド。アトランティカで『海神様』として(あが)められた、お父様を越える全権の支配者です」


 彼にとってそれは、耳を疑うような言葉だった。


 「待てよ…ダリス・ウルド?それはただの、神様だろ?歴史の教科書に載ってただけの…なのに、なんでそんなやつの名前が出てくるんだよ!」


 「あの方は実在します。いえ、正確には…人の身体を依り代とし、(はる)か古来より生き永らえています。もっとも、それを知るのは私たち王族の、極一部ではありますが」


 人の身体を依り代に。


 その言葉に、彼の脳裏にはある人物の顔がよぎる。


 いや正確には、彼女の()れ物である1人の少女の顔が。


 「キルスティ・スクルドと同じだな。つまり、ダリス・ウルドはあいつの関係者か」


 そう呟いたのは、これまで静かに話を聞いていた國晴。


 「こちらにもいらっしゃるのですか、同じ境遇の方が」


 「ああ。それに…俺は宗教家を名乗る機械族(ガラクタ)から、神の正体とやらを教えられた。どこまで正しいか知らねぇが、神は三位(さんみ)一体(いったい)。キルスティ・スクルドに、ダリス・ウルド、それに…」


 「もう一人、神を(かん)する者がいる」


 「そうだ。…これ以上は、直接本人に確かめるしかねぇな。俺は今聞いた話を全て話す。文句はねぇよな、姫?」


 彼はそう言って、壁から背を離すと、彼女からの答えを聞かないまま病室の出口へ。


 そこには、立ち尽くす凛月がいる。


 國晴は見下ろすような角度で彼を真っすぐに見つめると。


 「ボサッとすんな。護りたいんだろ、全てを。なら…立ち止まってる暇はねぇ」


 そう言い残し、彼の横をすり抜けて消える國晴に。


 「1つ教えてください」


 「…なんだ」


 「大佐は、いくらなんでも知りすぎてる。アリシアのことも、ダリス・ウルドのことも。あんた一体、何者なんだ?」


 単刀直入な凛月の問い。


 それに國晴は小さく笑って振り返る。


 そして明かされる、彼の正体。


 「俺は――海棲人(マーピープル)だ。手前(てめぇ)が記憶を失ったあの日、俺は才波さんたちとともに大船の捜索(そうさく)へ向かい、そこで悪魔に襲われ、地上へと打ち上げられた」

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