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アクアテラリウム  作者: 真島 悠久
4章 『Whether to be Sanity or Not?』
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4章37「追憶之箱庭」


 響き渡る崩壊の音。


 それは同時に、勝者の決した証でもある。


 それは当然、黒の巨塔(ファランクス)内部にいる千里にも聴こえていた。


 「…やったのね、凛」


 彼女はそう言って、心の中でガッツポーズ。


 身体で示す力はもう残っていない。


 一刻も早く此処から離れなければ倒壊の巻き添えを食らってしまう、それを頭では理解していたが、力を使い果たして動けないのだ。


 ましてパニックに陥る体力も無い。


 彼女は静かに、天から差す月光を眺めていた。


 ーーこんな綺麗な夜空はいつ以来かしら。


 空は幾度と見れど、ここまで晴れやかな気分で見たのは久しぶりだ。


 ゆっくりと思い返すと、脳裏に浮かんだのは…。


 ーー凛と出会ったあの日みたい。


 確かあの日は新月だった。


 だからこそ星空が輝いた。


 けれど最も輝いていたのは、出逢い。


 そう、あの日から全てが変わった。


 ーーだったら尚更、走馬灯なんて見てる場合じゃないんだけど。でもホントにもう限界なのよね…。誰か助けに…なんてことはないか。


 いや、本当は期待している。


 地下都市で、合成獣キメラと戦ったあの日。


 死に瀕した自分を助けてくれた凛月。


 いつも自分は助けられてばかりだ。


 それがたまらなくむず痒い時もあった、けれど今は違う。


 こんな自分でも、少しは彼を助けることができていた。


 それは確信。


 彼女の中には、まだ死にたくないという思いと、役目を終えて安らかな思いが同居していた。


 ーー決められないなら、もうどっちでもいいわ。


 なるようになれ、そう諦めた千里は再び月光に視線を戻す。


 するとーーいつの間にか、彼女の前には、1人の少女が立っていた。


 可愛らしくも、どこか人形のように無感情な顔立ち。


 髪は透き通るような銀色。


 膝の辺りまで伸びたそれが、月光を映すカーテンのように揺れる。


 瞳は碧。


 蜃気楼、はたまた儚い夢のように現れた少女は、ジッと空を見上げていた。


 いや、正確には。


 「…封印が解かれてしまった」


 封印。千里は確かにその言葉を聞いた。


 「悠久を関する者。かの者はこの箱庭を終わらせる。箱庭は宝物のように。深く深く、仕舞われなければならない」


 「…アンタ、一体何の話をしてるの?」


 その問いに漸く、少女が千里の方を向いた。


 瞳に宿るのは…慈愛と悲哀。


 少女はゆっくりと千里へ歩を進める。


 カツ、カツと。


 規則的な足音は、まるで時を刻む音色。


 「思いは悠久。けれど人はそうではない。人はいずれきたる死の来訪を識りながらも、歩みを止めることはしない。ならば私も、いずれ来る崩壊を識りながらも、調停者としての役割を投げ出すことなどできない」


 少女は静かに瞳を閉じる。


 ーーそして。


 「『彼方、炎天を待つ白馬の群れ。うだ七宝しっぽう、金色の縫針ほうしん、風になびかれ古塔を穿つ。わたしが姫ならあなたは皇子。桎梏しっこく蔓延る楽園の淵で、とこしえに、とこしえに。あなたのその手に焦がれている』」


 それは詠唱。


 少女の身体は『紫苑しおん』色の光を帯びる。


 それは個人色カラーの合図だった。


 少女の細い両手が千里の頰に触れる。


 少女の顔は、まるで子を慈しむ聖母のように。


 ーー次なる崩壊の、始まりを告げる。


 「『追憶之箱庭(ネバーランド)』」


 刹那、千里の意識は海淵より深く、昏い闇へと引き摺られていった。






 やがて意識が戻る。


 「…ここは…?」


 目を覚ましたのはーー凛月。


 「目が覚めましたか。まだ動いてはいけませんよ。酷い傷…」


 「その声は…アリシア?」


 「えぇ。もしかして忘れてしまったんですか?だとしたら悲しい限りです」


 彼女はそう言って、冗談めかしたように笑った。


 「バカ言え」


 凛月はゆっくりと上半身を起こす。


 「ちょっと…もう!動いてはいけないと言いました!」


 「何言ってんだ、お前だってボロボロだろ。人の心配してる場合か」


 アリシアの静止を振り払い、彼は辺りを見回す。


 地下だ。


 恐らく倒壊した黒の巨塔(ファランクス)ではない、どこか。


 というか…。


 「俺また落ちたのかよ。逆に死んでねぇのが不思議…もしかして、また助けてくれたのか?」


 「残念ながら、私はその時、気を失っていました」


 「じゃあ誰が…」


 「ーーふふん。それはアタシよ、ア・タ・シ」


 「その声は…アガレス中将!」


 「よっ、おひさ!暫く見ない間に、随分オトコマエになったわね!」


 振り返るとそこには、いつもと変わらぬ様子のアガレスの姿。


 彼女は自信満々に胸を張る。


 「アタシの異能力は、触れたものに斥力せきりょくを与える。今回は塔全体に斥力を与えて、重力と相殺したってワケ!」


 「よく分からんけどすげぇ!」


 「それよりアンタ、アレックス・ヴィラ・グランガイル倒したんだってね。やるじゃん」


 「いや、あれは倒したっていうか…てか何で知ってんすか?」


 「そりゃあアンタ、あれだけド派手に崩落すれば、中で何が起きたかなんて丸わかりよ。黒の巨塔(あそこ)機械族オートマタの最後の城、それがああなれば、もう…ね」


 「そっすか…ん、あれ?」


 そこで凛月はあることを思い出す。


 確か塔の内部には、アリシアともう1人…。


 「千里は!?」


 先ほどから彼女の姿が見えないのだ。


 慌てる彼に、アガレスは。


 「まー落ち着きなさいって。…千里は向こうで治療中。まだ目は覚まさないけど…生きてる」


 ーー生きている。


 それの一言を聞いて、ようやく彼は大きな安堵の息をついた。


 「だから安心なさい。凛月はガンバったんだから、もーちょい寝てていいのよ」


 「…」


 「まー、『はいそうですか』とはならないわよね〜…というわけで、こうっ!」


 アガレスはそう言ってーー勢いよく凛月にヘッドロックをかました。


 「ゴッ…待った待ったなになになに!?ちょっ、ギブギブギブ!」


 「何してるんですか貴女あなた!?」


 アリシアの悲鳴が上がる.


 しかし、本人は…。


 「いやぁね、ご褒美よご褒美よ。ガンバった凛月を甘やかすために、このアタシが胸を貸してあげてるんじゃない」


 そう言われると確かに、後頭部には柔らかい感触。


 しかし。


 「じゃあ、ちゃんと味わわせてくれませんかねぇ!痛ててて首もげる!」


 「は、破廉恥はれんちな!こんなこと…許しませんよ、凛月!」


 「え、なんで俺が怒られてんの?誰かこのゴリラ止めて…」


 「こんな淑女しゅくじょにゴリラとは、お世辞も上手ね。…嬉しいわ」


 腕の力が増す。


 「ご…ごべんなさ…」


 意識が飛びかける彼の視界の端で、バタバタとアリシアが駆けてくる姿が見える。


 「ちょっと、やめて下さいと先ほどから…!」


 「イイじゃん、スキンシップよスキンシップ。アタシと凛月の仲だと普通だけどな〜」


 「もーーーー!だから、離してって言ってるじゃないですかーーー!!!」


 頬を膨らませて声を張り上げるアリシア。


 心なしか頬が紅潮している。


 それを見たアガレスの動きが止まる。


 沈黙。


 そして…ニヤリ。


 「はは〜ん。まーたヒロイン増やすんだ、凛月もスミに置けないわね〜」


 「な…何を言ってるんですか!私はただ…!」


 「まー、揶揄からかうのはこれくらいにしときましょうかね」


 アガレスは笑みを絶やさぬまま立ち上がり、パッと凛月を離す。


 「ごぁっ!」


 「凛月!?」


 ーーやっぱこのゴリラ、無茶苦茶だ…!


 地面に這いつくばりながら、涙目でアガレスを睨んでいると…。


 「うおーーーっ!千里ちゃんのお目覚めだぁぁぁぁぁ!もうこれ死者蘇生じゃんシシャソセイ!やっぱあたしスゲー!」


 このやかましい声は…間違いなく、伊賀崎空海だ。


 それより、今なんて?


 「千里!?」


 凛月が飛び上がる!


 身体の痛みも忘れ、空海の声がする方へ。


 そこには仁王立ちの空海と…上半身だけ起こし、未だうつろな表情の千里の姿。


 「千里…良かった…!」


 「あ、リンゲツ!リンゲツももしかして、あたしのこと褒めに来たん?」


 「そうです、はいはいすごいすごい…退け」


 後ろについてきたアガレスに向かって、ポイ捨てされる空海。


 「こナマイキだぞー、リンゲツ!」


 「まあまあいいじゃないの」


 空海をなだめるアガレス。


 いや、そんなことより今は。


 「千里!大丈夫か、千里!?」


 駆け寄り、腰を下ろす凛月。


 千里は目をゴシゴシと擦りながら、緩慢な動きを見せる。


 「ごめんなさい…ちょっとまだ、頭がボーッとしてて…」


 「あ、すまん。ゆっくりでいい。…今の状況わかるか?」


 彼女はそう問われると、目を瞑ったまま腕を組む。


 「えーっと…私は満身創痍で倒れてて、それを伊賀崎中将に助けてもらって…」


 ーー()()()

 

 「ほらー、やっぱあたし、命の恩人じゃーん!」


 「…」


 騒ぐ空海を押さえつけながら、アガレスの目が徐々に鋭くなる。


 それにまだ誰も気づいていない。


 「そうだ…他には?その前のこととかはどうだ?例えば…」


 凛月の声が止まった。


 その前のことって確か…。


 「ーーあ、やっぱり何でもねぇ!思い出さなくていい!」


 そうだった、千里は俺を追っかけてきて、ぶん殴って。


 そして…想いを告げてくれたじゃないか。


 失言だ、思い出すだけで恥ずかしい。


 一人で勝手に慌てる凛月。


 その目の前で、千里がやっと目を開いた。


 沈黙。


 「…ん?どうした、千里?」


 彼女は真っ直ぐに、凛月を見つめていた。


 その瞳は未だ虚ろ。


 いや、微かに覗く感情は『困惑』。


 「…ごめんなさい。不躾ぶしつけだけれど、ちょっといいかしら」


 彼女の柔らかな口が開く。


 「なんだ?」


 少し気恥ずかしげな様子の凛月。


 ーーその表情は、彼女のたった一言で絶望に変わる。





 「ーーアンタ…誰?」

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