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アクアテラリウム  作者: 真島 悠久
4章 『Whether to be Sanity or Not?』
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4章35「シニゾコナイ」

 「チイッ…やっと着いたか」


 フリッツ・ヘンデリックを撃破した國晴、アガレス、涼燕りょうえん、ライラは黒の巨塔(ファランクス)入口へと到着していた。


 1日目に國晴が遠くから視認した時と比べて搭自体が明らかに歪んでおり、既に内部で戦いが熾烈しれつ化していることを物語っている。


 同時にそれは、彼らがその戦いに乗り遅れている事も意味していた。


 そのため國晴の機嫌は先程からあまりかんばしくない。


 「はえー、随分ご立派なお城だこと。近づいたから分かったけど、メチャメチャなデカさよねー」


 彼の背後からひょっこりと顔を覗かせるアガレスは呑気にそんな事を言う。


 「おいアガレス。てめぇ状況分かって無ぇのか?」


 「えー?アタシたちがドンケツって言いたいんでしょ?そりゃモチロン分かってるけどぉ。…はいはい。無駄口叩いてないでさっさと入りまーす」


 國晴の非難の視線を浴びて首をすぼめるアガレス。


 だが先頭を歩いて行こうとした彼女を、何故か彼はスッと手で制した。


 「待て。その前に1つだけハッキリさせておく事がある」


 そしてくるりと振り返る。


 「…キルスティ。てめぇの狙いは何だ?そろそろ話せ」


 そう静かに聞く彼の視線の先には、何か物憂げな表情を浮かべるライラの姿があった。


 その表情には先程明確に死別した兄に対する感傷もあるのだろう。


 しかし國晴はそれだけでは無い事を知っている。


 不本意ながら、それを知らせてくれたのは敵の男だが。


 「國ちゃん、説明」


 「俺は初日にデューラーとかいう機械族ガラクタと戦った。そいつの能力は「不平等を正す」こと。奴はこう言った。「自分だけが神の存在をっているのは不公平だ。だから今すぐにでも識るべきだ」とな」


 「話のスジが見えないんだけど?」


 「その後、俺は奴の能力に掛けられ、ただ白いだけの意味不明な空間に放り込まれた。奴の言う通りなら、俺は神の存在を知るまでそこから出られない」


 そして國晴は真っすぐにライラ、いや、彼女の中に居るキルスティ・スクルドを見つめた。


 「そこに居たのは、キルスティ――お前だ。その訳を説明しろ」


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 國晴の剣幕を遮ったのは涼燕だ。


 彼はいつの間にか一触即発な空気になりつつある事を敏感に察知し、いち早く声を上げる。


 「話は何となく分かりましたけど、おかしいっすよ!ライラちゃんはずっと僕らと一緒に居たんですよ!?」


 「それに、そんな裏切り者みたいな言い方するのは感心しないわねー」


 アガレスも割って入る。


 だが國晴は頑として譲ろうとしない。


 「おかしいとは思ってたんだ。一応役に立つ能力とは言え、全く戦闘経験のないこいつを引き入れる暮人の野郎にもな。兄のかたきがどうとか言ってたが、俺はそれを信じて無ぇ。せっかく見つけたキルスティの「器」を失うリスクを抱える意味が無ぇからな。それでも戦わせる理由があるとすれば…それはキルスティ、てめぇの方に理由がある場合だけだ」


 「…その通りです」


 ライラの答えは


 全員の視線を受け、彼女はゆっくりと、しかし臆した様子は無く言葉を重ねる。


 「アレックス・ヴィラ・グランガイルはキキ様のことを、機械オートマタ化する前から知っています。そしてキキ様は彼に神託を残しました」


 「その神託とは何だ?」


 「『希望への際限無き欲望は絶望を生む。絶望を識ったなんじの前に現れるのは【悠久を冠する者】。の者は汝の絶望を裂き払い、未来を拓く希望の証と成るだろう』」


 「【悠久を冠する者】…?それは誰の事だ?」


 「それは…」


 ライラが再び口を開いたその時。


 黒の巨塔(ファランクス)入口付近の地面が突如――大きな亀裂と共に崩壊した。


 「きゃっ!」


 地鳴りに耐え兼ね態勢を崩すライラを慌てて涼燕が支えに入る。


 突如として現れたイレギュラーに、國晴は一旦話を打ち切って刀を引き抜いた。


 「青」色の個人色カラーと共に、周囲に数本の水の柱が立ち上る。


 「國ちゃん!」


 「俺が様子を見る!」


 國晴はそう言ってアガレスを制すと、大きく一歩前に出た。


 意味も無く地面に亀裂が入るなどあり得ない。


 これは…「敵」の接近だ。


 警戒心を露わに眼前の亀裂を睨みつける國晴。


 すると、瓦礫がれきと瓦礫の隙間から…。


 ――何者かの「手」が覗いた。


 人の形を保った右腕だ。


 腕には何故か、凍結した(・・・・)色の無い腕輪。


 その手の主は片手の力だけで己の体を支え、地上へと一気に引き上げると…。


 「くくく…はははははッ!我ながら運がいい!何の因果か、また貴様と会う事になるとはな…水使い!」


 ――ロイズ・フェデラーは、そう言って獰猛どうもうな笑みを浮かべた。


 「てめぇ…何だその姿は?」


 「よく聞いてくれたな!しかし気にする事は無い。己の甘さが故に、子犬に噛みつかれた…それだけの話だ」


 彼はそう言うが、今の彼の状態はとてもではないが「子犬に噛みつかれた」などと呼べるようなものではなかった。


 全身血だらけつ泥だらけで、左腕の機械腕アームは無く、上半身には致命傷とも言うべき袈裟懸けさがけの大きな傷が刻まれている。


 死んでいないのがおかしい、そう形容するのが正しいだろう。


 しかしそれでも彼は、まるで傷など無いと言わんばかりの悠然とした様子でゆらりと立ち上がった。


 「…死にぞこないが」


 「死に底無い(シニゾコナイ)の間違いだろう」


 「その腕…才波さいばにやられたのか」


 「子犬に噛まれた、と言っただろう。犬も歩けば何とやら、今の俺の状況とはまさしくそのような事を指すのだろう」


 「らちが明かねぇな…退け」


 「断る」


 「狙いはこいつか?」


 そう言って國晴がクイッと顎で後方のライラを指す。


 するとロイズは、彼をあざ笑うように鼻で笑った。


 「ハッ、そいつにはもう興味が無いな。何処へなりとも好きに生きるといい」


 「じゃあ何だ?わざわざ死にに来たのか?ご苦労なこったな」


 刀の切っ先を向ける國晴に対し、ロイズはそれを迎え入れるように大きく腕を広げる。


 「俺の死に場所は俺が決める。そして、戦いの渦中に死ぬのが我が本懐。断じて瓦礫がれきの下などではない」


 「…へぇ。結構イイ男じゃない」


 アガレスが感心したような表情で彼を見つめる。


 何が彼女の琴線に触れたのか、とにかく異常な彼女に好まれるという事は、それは途轍とてつも無く異常な事に違いない。


 そんな事を考えながら、國晴が少し不満げに唸った。


 「そうかよ…なら、相手してやる」


 「流石さすが我が盟友。そうこなくては」


 ロイズは満足げに頷くと、高らかに戦いの祝詞のりとをあげる。


 「我が名はロイズ・フェデラー!名は何だ、水使い!」


 「汪我おうが國晴」


 「そうか、ならば汪我國晴!…俺が死ぬことはない!俺の残した全てがこの世界から果てぬまではな!貴様はただ、この俺の名を!そして生き様を忘れるな!」


 そこまで言い切ってから、ロイズは國晴に向けて突進を開始した。


 傷だらけのその体で、頼みの黒騎士ナヴァルクヴィアも失い、しかしそれでも彼の目に迷いはなかった。


 なるほど確かに、彼は死の恐怖を持たぬ欠陥品だったのだろう。


 しかし彼は己の心を、そして己の矜持きょうじを忘れてはいなかった。


 何もかも変わってしまったこの世界でも、彼は何も変わっていなかった。


 それを教えてくれたのは誰だったか。


 その名をロイズは決して口に出しはしない。


 知っているからだ。


 自分が出来る事はただ、変わらずにいる事だと。


 その事実を、誰にも覆らせはしない。


 「…グレイリア」


 國晴はロイズから目を離さぬまま、後ろのライラにそう声を掛けた。


 そして彼女の視線を背後に感じながら、明瞭な声で告げる。


 「やっと分かった。【悠久を冠する者】ってのは…あいつか」


 彼の視線の先にあるのはロイズ…ではなく、彼の腕輪にまとわりつく氷だった。


 ロイズを変えたのは…いや、変わらないまま(・・・・・・・)で居させたのはあの男だ。


 ならばもう大丈夫だ。


 この戦いは――もうじき終わる。


 國晴はその希望を胸に、ロイズに向け大きく刀を振り下ろした。


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