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アクアテラリウム  作者: 真島 悠久
4章 『Whether to be Sanity or Not?』
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4章33「劣等」

 目覚めの悪い夢を視た。


 覚悟がどうだ、愛がどうだと語る有象無象の人の群れ。


 変に虚飾をほどこした御託ごたくを並べ立て、同調を促すだけの御目出度おめでたい愚集団。


 その中にポツリと独り、自分が居る。


 奴らは群れの秩序ちつじょを守るため幾つものルールを作った。


 そして自分勝手に作った自分勝手なルールを自分勝手に他人に押し付け、それにそぐわない人間を自分勝手に悪だと断じ、自分勝手に排斥した。


 一体なぜ、俺よりも劣った人間が俺よりも劣った知能で作ったルールを押しつけるのか。


 その都合のいいルールは、俺よりも劣った人間が俺の事を自分より劣った人間だと見下すためだけにあるのではないか。


 世の中とは常にそうだ。


 俺よりも劣った人間がまるで俺よりも優れているかのように振舞い、大きな顔をし、のうのうと生きている。


 それが俺にはどうしても我慢ならなかった。


 だからこそ証明してみせるのだ。


 俺よりも劣った人間が俺よりも劣っているという事実を再認識し、そして俺よりも劣った人間は俺にへつらう事でしか生きる術がないのだと。


 引きずり下ろして分からせてやる。


 俺の方が優れている。


 お前らはただの下位互換に過ぎないんだ。


 俺に比べると星屑ほしくずのようにもろく、無意味な存在でしかないんだ。


 優れているはずなんだ。


 絶対に。


 なのに…どうして。





 「…なンッッでなンだよッッッッ!!!!」


 怒号が響き渡る。


 それは遮蔽物の無い地上を舐めるように伝播でんぱし、どこか遠いところで尻切れて消えた。


 「ふざけンな、クソがクソがクソがッ!」


 叫んだだけでは飽き足らないという風に今度は地団駄じだんだを踏む。


 それでもやはり怒りは収まる事を知らないらしかった。


 次第にその怒りのベクトルは束ねられ、ただ一点に突き刺さる。


 そこには…今やピクリとも動かない人のかたちをした金属塵スクラップと、その横でゆっくりと立ち上がる青色の髪の女の姿。


 ――ライラ・グレイリア。


 殺す気で刺客しかくを差し向けたはずなのに、気づけば彼女は前よりも一層決意に燃えた瞳で…。


 「フリッツ・ヘンデリック。貴方あなたの敗けです」


 「そンなわけあるかッ!調子こいてンじゃねぇぞ、こンのクソアマがぁ!」


 激情のままに吐き捨てるも、もはや彼女はピクリとも反応しない。


 その事実が彼の怒りのボルテージを加速度的に引き上げていく。


 「なんだァ、その目は?」


 あの目は同じだ。


 俺を蔑むあいつら(・・・・)が、俺を見る目と寸分も違わずに。


 それがどうしても我慢ならない。


 「ちょっと上手くいったからってもう勝った気でいやがんのかァ?…ハッ、おめでてぇ女だ」


 そう言ってフリッツは背中に提げていた剣を抜く。


 使うのは随分久しぶりだった…が、そんなことは関係無かった。


 たった小娘1人叩き潰すぐらいなら造作も無いはずだ。


 「回りくどいのはもう終いだ。俺が直々に殺してやるよ。死にたくねぇなら今のうちに、ケツまくって逃げたらどうだァ?」


 フリッツが軽く剣を振り回し威嚇してみせる。


 しかしライラに、その場を移動する様子は見られない。


 丸腰のクセになに強がってやがる…彼は心の中で吐き捨てると、ゆっくりと彼女の下へ歩いていった。


 チリチリと剣先が地面と擦れ合う音。


 数秒の後にそれが止む。


 「…ハァ?なンで逃げねぇンだオメェ?」


 あと一歩進めばぶつかってしまうような距離まで近づいたところでフリッツはいぶかし気に首を傾げた。


 原因は勿論もちろん、目の前で一歩も後退する様子の無いライラに対してだ。


 丸腰で、しかも特に策があるようにも見えない。


 しかし生きるのを諦めたと判断するには早計なほど、瞳は真っすぐにフリッツを捉えていて。


 「なンとか言えよオイ。頭でもイカれたか?」


 不気味な静寂を保つ彼女に少しだけ怯えを抱きつつ、フリッツは彼女の目と鼻の先に剣を突きつける。


 「チッ…死にてぇのか、なァ?」


 流石に我慢の限界が来たフリッツが、剣を振り上げる。


 すると、やっとライラが小さく口を開いた。


 「…今まで私は怯えていたんです」


 「ハァ?」


 「ずっと誰かに頼っていて、誰かの後ろにくっついて隠れていて。自分に何が出来るかなんてちっとも考えてなくて、ただ誰かに助けてほしくて、わけも分からず泣いているだけだったんです」


 「なンの話だ?アスペか?話の筋が読めね…」


 「だけど今、やっと自分の気持ちに正直になって、自分の力で立ち上がって。そしたら今まで自分が見ていた世界が、全く違うものだったことに気づけたんです」


 そしてライラは、もう一度真っすぐにフリッツを見据えると、


 「…私はもう、あなたが恐ろしくはない」


 ハッキリとそう言い切った。


 その瞬間、フリッツの煮えたぎるばかりの怒りの感情が、ピタリと止まった。


 こいつは今なんと言った?


 自分が恐ろしくはないだって?


 それはフリッツが一番聞きたくない言葉だった。


 ――そして、絶対に許す事が出来ない言葉でもあった。


 「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!クソがクソがクソが!劣等種風情がどこまでもナメやがって!殺す殺す殺す殺す殺す!」


 怒りのままに右腕を振り切ると、それがライラの顔面に直撃した。


 「ぐッ…!」


 勢いそのまま吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた彼女の口から血と悲鳴が漏れる。


 痛みにうずくまる彼女に、更にフリッツは近づき何度も踏みつけを繰り返した。


 「死ね死ね死ね死ね死ね!劣等種が何様のつもりだ!気に食わねぇンだよ!その、何も怖くありません、って目がよォ!馬鹿にすんじゃねぇ、1人じゃ何もできねぇ雑魚が!死ね、死ね、死ねッ、死ねえッ!」


 もはや彼女が生きているのか死んでいるのかなどどうでも良かった。


 ただ、証明しなければならなかったのだ。


 「俺を…憐れむな(・・・・)!!!」


 彼の心の中を支配するのはただ1つ。


 …劣等感だった。


 誰かと比べて自分が優位に立っていると感じる。


 誰かと比べないと自分の価値を証明できない。


 自分より劣っていると決めつけた者が、自分より優位に立っているのが許せない。


 自分の価値ものさしが間違っている現実を突きつけられたくない。


 それらは全て当人の「劣等感」の裏返しの証明でしかない。


 劣等感があるからこそ優越感が生まれる。


 劣等感があるからこそ現実との齟齬そごが受けがたい。


 シャーデンフロイデもそうだ。


 他人の不幸に喜ぶのは、他人の弱みを知り、自分のちっぽけな優越感を満たすためだ。


 自分が何をするでもなく。ただ他人の不幸を欲する事は本質的には何の意味も無い。


 優越感は結局のところ自分を誤魔化すための麻薬でしかなく、それが切れた時に残るのはただ自分の程度の低さ、虚しさ、孤独感だけだ。


 ――分かっている。


 だからこそ証明しなければならない。


 この手を取って、この足を以って。


 己の優位性ただしさを示すためには、己が闘うより他に無いのだから。


 「死ね死ね死ね死ね死ね!!!」


 弱者を踏みにじる強者は世の理に忠実だ。


 にじるこの足は正義だ。


 俺のこの正義は、誰にもくつがえらせはしない。


 だがフリッツのそのちっぽけな世界と正義は…。


 ――背後から現れたにび色の刀に、すぐに踏み躙られる事となる。


 「…ァ?」


 フリッツは己の体に異変を感じ、足を止めた。


 否、体の動きが勝手に止まった事に思い至った。


 そして体へと視線を落とし、やっとの事で今の状況を理解した。


 「――失せろ、弱者ハイエナ


 フリッツの体は――背後に立つ國晴の手によって真っ二つに斬り捨てられていたのだ。


 「なッ…オメェ、いつの間に…!?」


 支えを失い地面へ叩きつけられたフリッツが驚愕きょうがくの声を上げる。


 何故こいつが此処ここに?


 ピンク髪の女とまとめて巨兵機械族が相手をしていたはず…。


 その思考を見透かしたように、國晴は刀を肩に乗せ、ゴキリと首を鳴らしてみせる。


 「巨兵機械族ガラクタじゃせいぜい時間稼ぎが関の山だ」


 そう言ってあごで示す先には、2体の巨兵機械族が無惨に破壊され、本当にただのガラクタのように地面に転がっていた。


 辛うじて元の形を判別できる頭部にはアガレスが座り込み、頬杖を突きながらニヤニヤとこちらを見つめている。


 声を失うフリッツに、更に國晴の罵倒は続く。


 「あとはてめぇ1匹だけだ。…あんまり手間かけさせんじゃねぇよ」


 「クソがッ…!劣等種がイキがンじゃねぇぞ…!」


 「どの口がほざきやがる。大した実力も無ぇのに態度は尊大で、そのくせ他人頼りか?笑わせんな」


 もはや動く事もままならないフリッツの顔へ、スッと刀の切っ先が向けられる。


 生殺与奪など思い通りだと言わんばかりの態度。


 そして何より、自分の事を見下すその瞳が、フリッツにはどうしても許せなかった。


 「…クソが。どいつもこいつも見下しやがって」


 声を怒りに震わせポツリとそう漏らした。


 それが國晴の耳に届いていたかどうかは定かではないが、彼にとってそれはどうでも良い事だった。


 「口数ばかりで何もしねぇ。何も出来ねぇ。そんなだからてめぇは雑魚なんだ」


 國晴が心底侮蔑した瞳でフリッツに最期の言葉を告げる。


 そして、彼の脳髄目掛けてとどめの一撃を振り下ろした――。







 「――りねぇなぁ…そいつは喰らわねぇって言ったろ?」


 黒の巨塔(ファランクス)より数百メートル北西、有象無象の塔がひしめき合う群れの中心よりわずか外側。


 積み重なった瓦礫がれきの傍で、葉崎はざき暮人くれひと欠伸あくびでも漏らすような声音でポツリと言葉を放った。


 それは真っすぐに飛んで行き、前方で膝をつく男の耳へ入っていく。


 その男――イグラム・デューラーは苦悶くもんの表情で声を荒げた。


 「何故だ!何故通じない!?」


 暮人は胸ポケットから煙草たばこの箱を取り出しながら、ゆっくりと口を開く。


 「さぁ、何でだろうな?ちょっとは考えてみた方がいいんじゃねぇのか?」


 「とぼけるな!こんな事は有り得ない!」


 「あり得るもあり得ねぇも、目で見た事が全てだろ?受け入れた方がいいんじゃねぇのか。じゃないと何時いつまで経ってもドン詰まりだぞぉ?」


 遂には煙草を吹かし始めた彼を見て、デューラーの怒りは限界に達したようだ。


  もはや取り繕った様子も無く憎悪の瞳を真っ直ぐに暮人へと向ける。


 「僕が敗ける筈が無い!否、敗ける事は許されない!」


 「へぇ、何か根拠でもあんのか?」


 「決まっている!僕は唯一、神の寵愛を受けし者!世界をあるべき姿へ正す、その使命を持って生まれ、それを成す事を運命付けられた者だ!」


 そう言ってデューラーは荒々しく十字の首飾りを掴み、高らかに頭上へと掲げてみせる。


 「この世の全ての不公平アンフェアは等しく正されるべきだ!そしてその手始めが…貴様だ!」


 彼が吐き捨てると同時、首飾りから「鉛」色の光が溢れ出した。


 ――が。


 「話聞かねぇなぁ…だから喰らわねぇって」


 その個人色カラーは一瞬で霧散し、跡形もなく消失してしまった。


 「…ッ!」今度こそデューラーは絶句する。


 暮人は煙草をくわえたまま、煙のようにゆらりと立ち上がった。


 そしてデューラーを真っすぐに見下ろす。


 「俺の個人色カラーは「蘇芳すおう」。能力は疑似太陽だ。ほら、あれだよあれ」


 そう言って彼はクイッと背後を顎で示す。


 デューラーはそれには目もくれず、暮人の話をただ黙って聞いている。


 「すげぇだろ?本物の太陽なんざ見た事ねぇが大体こんな感じだろう。…いや、別に形は重要じゃねぇってのはそうだが。これなら全てがよぉく見える。敵も味方も…空も大地も…真実も、嘘も」


 「…何だと?」


 「この太陽がある限り、照らす全てが俺の支配下だ。…俺はこの地の、全ての嘘を暴く」


 暮人は肩に乗せた大剣を片手で持ち上げると、その剣先を真っすぐにデューラーへと向けた。


 「…なぁ嘘つき(・・・)。お前の(ウソ)はなんだと思う?」


 「僕が嘘をついている…だと?」


 本気で分からないという表情で首を傾げるデューラーへ、暮人は言葉を投げかける。


 「お前の個人色カラーは何だ?能力はなんだ?いやそもそも何処で生まれた?親は誰だ?さっき使命がどうとか言ってたよな?それは何だ?誰のだ?誰のための使命だ?」


 「戯言ざれごとを。全ては我が神の…」


 「――神ってのは何だ?」


 暮人は言葉を遮って言う。


 まるで初めからその一言を待っていたかのように。


 「そいつは誰だ?生き物か?それとも概念か?」


 「愚かだな。無神論者はいつもそればかりだ。それが誰か、何処に居るのか、どんなかたちをしているか。そんな無意味な事ばかりほざく。重要なのはそこでは無いと、何故理解する事ができないのか理解に苦しむ」


 そう吐き捨てるデューラーの脳裏にチラつくのは、あの忌々しい科学者の姿。


 彼女はこう言った。


 ――ボクらは目に視えないモノは信じないのさぁ。目に視えるというコトが「理解する」というコトだよ。理解したモノは視える(・・・)。それが文献なのかはたまたモデルか、それは定かじゃないけどねぇ。


 実に科学者らしい愚かな考え方だ。


 彼女は確かに天才ではあったが、根本的な人間の素養を持たない不良品だった。


 ――にゃはははっ!キミはボクらとは相容れないだろうねぇ。ボクだって神サマの存在くらい信じてるさぁ。…言ってる意味が分からない?じゃあ分かるように言おう。


 ――ボクは神サマを信じてる。キミたちが信じる神サマ以外(・・)を。居ないといけない神サマと、居る必要の無い神サマの違いがキミたちは分かってないんじゃない?…だから脆い。そして神サマから最も遠い。皮肉だねぇ。


 「少しは自分の頭で考えてみろよ。今のお前じゃ、くじらに吸い付くコバンザメと同じだ」


 ――これ以上はやめよう。ボクは不毛が嫌いだ。死人となんて(・・・・・・)やってられないよぉ。キミはそのままでいい。そこからボクが、神サマに近づくところを見ててよ。


 「お前は何を理解した気になってる?何が視えてる?まずは自分に嘘つくのを止めたらどうだ?…嘘にまみれたその手で一体何を守る?」


 暮人のダメ押しで、遂にデューラーの怒りが頂点に達した。


 「黙れ!!!」


 これは暮人に対してだけではなく、脳裏にちらつく銀蠅ぎんばえに向けた言葉でもあった。


 手に握った剣を振り切ったその瞳は憎悪に燃えていた。


 瞳が告げる言葉は1つ。


 ――否定するな。


 僕を。神を。そして、神を信じた僕を。


 「貴様など神の力が無くとも十分!その大罪を、死を以ってつぐなうがいい!」


 もはや問答は不要だとばかりに突っ込んで来るデューラーを見下ろし、暮人が小さく溜息をつく。


 ――俺はまた、人を変える事が出来なかった。


 「…いや、俺如きが人様を変えようだなんて思い上がりか」


 言葉に意味は無いだなんて、そんな事を思ってはいない。


 ただ、重みはある。


 俺の言葉は雲のように軽く、すぐにでも霧散する。


 彼にとってはその程度のものでしかない。


 …それだけ。


 「――終わらせるか」


 暮人が大剣を大きく横薙ぎに振るう。


 その瞬間、地面を舐めるように炎が燃え広がった。


 「…がッ!?」


 対抗しようと剣を掲げたデューラーが紙切れのように吹き飛んだ。


 その炎は彼だけに留まらず、彼が神と崇めるはかりや辺りの衛兵機械族の残骸をもまとめて覆い尽くし、一帯を火の海へと変える。


 先程までもがき苦しみ、意味のあった何かは急速にその形を失い、残るのはきっと灰の山だけだろう。


 そんな光景をいつも見てきた。


 見る度いつも思う、それ(・・)に何の意味があったのだろうと。


 いつ散るとも知れぬ花が散った。


 ならば散るは花の本懐か?


 少なくともそうではないと思いたい。


 そう思うのが人間である何よりの証拠だろう。


 「眠れよ死人。俺はお前を踏み越えて、お前が成し得なかったことわりの先へ行く」


 ――暮人はポツリと呟くと、煙の消えた煙草たばこを火の海へと投げ込んで、くるりと背を向けて歩き出した。







 賢明に生きた。


 懸命に信じた。


 生きて。


 生きて。


 生きて。


 ――そして死んだ。







 初めてそれ(・・)に触れた時、これこそ自分が欲していたものだと思った。


 自分に足りないものを埋める事が出来るとも思った。


 信じる事は簡単だった。


 疑う事は辛く厳しい事だから。


 だがその選択は本当に正しかったのかと、今更ながらに思った。


 疑う事の本質は「目を背けない」事だ。


 信じる事の本質は「逃げ」だ。


 信じる事と理解する事は似ているように見えてその実、最も相反するところにある。


 彼女はそう言って不敵な笑みを浮かべた。


 その真意が今になって少しだけ理解できたように思う。


 自分には「個」があると思っていた。


 だがその「個」とやらは、どうやら自分のものでは無かったようだ。


 神はどこまでいっても神だった。


 神はいつも正しい。


 斜鏡の秤(ミラー・スケールス)はその正しさを余すことなく正確に映した。


 けれどその鏡に自分が映った事は無かった。


 絶対の指針を初めから有していたが故に、自分で考えるという事を放棄していたからだ。


 皮肉なものだ。


 正義を行う者が一番、正義に対する理解が足りなかっただなんて。


 神にすがり、全ての責任を放棄した挙句あげくに自らをかえりみない事は他ならぬ神の冒涜ぼうとくであったのかもしれない。


 虎の威を借る狐のように、自らを虚飾し神と同一化する事は己に対する最大の冒涜であったのかもしれない。


 それが僕の首を絞めた。


 それが僕を地獄の底へと突き落とした。






 ――「劣等」が僕を殺した。

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