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アクアテラリウム  作者: 真島 悠久
4章 『Whether to be Sanity or Not?』
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4章31「想いは死なない」

 「――どうしたアリシア!?貴様の本気はそんなものじゃあ無いだろう!」


 ロイズの怒号と共に黒騎士ナヴァルクヴィアの強烈な一撃が振り下ろされる。


 それを空中で止める「金」の盾。


 しかし数秒の膠着こうちゃくの後、術者のアリシアごと後方に吹き飛ばされてしまった。


 「…ぐっ!」


 地面に叩きつけられた彼女のくちびるの端から鮮血がこぼれ落ちる。


 その姿を見てロイズは更に挑発を重ねる。


 「半死人をかばいながら戦うのはさぞ大変だろうよ!そんな事だから満足に自分への攻撃の緩衝かんしょうも出来ない…そうだろう?」


 黒騎士ナヴァルクヴィアが大きく前に飛び出し、横薙ぎに長刀を振るってくる。


 アリシアはその軌道をチラリと目で追うと、左手に持ったランスを地面に突き立てる事で刀を受け止めた。


 絶対防御の「金」の盾ですら衝撃を防ぎきれないのだ。


 黒騎士の攻撃をか細いランス如きで防ぐのは無謀だった。


 だが彼女も戦士、防げないと分かり切っている攻撃を正面から受けるほど素人ではない。


 攻撃を受けた瞬間ランスを斜めに傾け…軌道を少しだけ上にずらす。


 勢いを殺しきれずうながされるままに振り切った長刀が空を切った。


 その間にアリシアは黒騎士のふところへ飛び出すと右手を突き出し、即座に異能力を発動。


 体目掛けて「金」の盾を放ち、黒騎士ナヴァルクヴィアを吹き飛ばした。


 「ほう、やるな。強引なのは嫌いではない」


 ロイズがチラリと黒騎士に目をやり、すぐにアリシアの方へと戻す。


 その間に彼女はロイズへと一目散に突進していた。


 ランスを突き立て真っすぐに進みゆく姿はさながら一角獣。


 それを見たロイズが不敵に笑う。


 「私は黒騎士ナヴァルクヴィア無しでも強いぞ!」


 彼はそう言って…右手の機械腕アームの一振りで、ランスを地面へと叩き落とした。


 「なッ…!?」


 驚き後退しようとするアリシア。


 地面に刺さったランスを引き抜こうともがく彼女を妨害すべく、ロイズはランスを右足で踏みつける。


 動けないと悟ったアリシアが即座に右腕を突き出し、盾を生成しようとするが…遅い。


 ロイズは空いていた左手で彼女の右腕を掴んだ。


 そのまま強く引く。


 そして…腹部目掛けて鋭い膝蹴りを放った。


 「がッ…!」


 アリシアはその衝撃に耐え兼ね、地面に勢い良く膝をついてうずくまった。


 全身を鎧をまとっていたところで所詮しょせんはその程度。


 斬撃や人間の体術のダメージをカットするのは可能かもしれないが、機械族オートマタの打撃攻撃は大して緩衝出来ないらしい。


 それもそうだ。ロイズを始めとする機械族オートマタには皆、痛覚というものが存在しない。


 だから全力で殴るなり蹴るなり出来るし、それは人間のものと比べて遥かに頑強。


 対機械族(オートマタ)において鎧など、重り以外の何物でもないのだ。


 「絶対防御の名折れだな。彼女とは違って…貴様はこんなにももろい」


 うずくまるアリシアに更に蹴りを放つ。


 再び腹部ににぶい衝撃を受けた彼女は、仰向けに地面へと叩きつけられてしまった。


 そして差す黒い影。


 いつの間にか戻って来た黒騎士ナヴァルクヴィアが刀を振り上げ、獲物に狙いを定めて待っている。


 ここまでか…そう悟ったアリシアがきゅっと目をつむる。


 だが…そのやいばが振り下ろされる事は無かった。


 それに戸惑ったアリシアが薄く目を開けると、何故か黒騎士の動きが止まっている。


 「…何故殺さないのです」


 ポツリと問いかける。


 ロイズは彼女を見下ろしたまま、ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった。


 「理由…理由…か。それが分かれば苦労はしない」


 「…?」言動が一致してない。


 いぶかしむアリシアはその隙に右手を地面に突き、態勢の立て直しを図る。


 時間を稼ぐため、必死に頭を回転させて何とか言葉をひねり出す。


 「…そういえば貴方あなたには以前から違和感を感じていました。わたくしを見ているようでその実、何処か別の場所を見ているような。目が合っているのに心が通じ合わない、そんな奇妙な感覚を」


 「気のせいだろう」


 「私も初めはそう思いましたが、その違和感は1度や2度ではなかった。そこで確信に変わったのです。…貴方は私、いえ、私に重ねた誰かに対し、少なからずの情をいだいているのだと」


 言葉をつむぎながら身体の向きを変え、ロイズの方をうかがう。


 すると彼は、何か過去に失ってしまったものをうれうような、そんな痛ましい表情をにじませていた。


 やはりだ…アリシアの予感が確信に変わる。


 元々賭けに近い綱渡りの言葉だったがどうやらそれは彼の懸念けねんに見事的中しているようだ。


 これを上手く続ければ…まだ希望はある。


 とそこまで考えたところで…彼女の脳裏に、不意に1つの仮説が生まれた。


 完全なる当てずっぽう。しかし何故か、それが現実的な仮説だと直感が告げている。


 アリシアは自分の勘に従い、迷わず口を開いた。


 「もしかして貴方あなたは…わたくしの親類に会った事がある…?」


 ロイズの実年齢は100をゆうに越えている。


 100年前と言えば戦争が激化していた辺りの筈だ。


 王族にしか閲覧する事を許されていない歴史書を読んだアリシアには分かる。


 それにその頃と言えば、アリシアを始めとする海中人マーピープルが海へと拠点を移す前、まだ地上に居た頃の話だ。


 つまり彼女の、少なくとも4、5世代前のカウエル家は地上に居て、ロイズに会っていた可能性はわずかながらにある。


 何故そんな突拍子も無い仮説を思いついたのかは彼女自身にも分からない。


 だが…ロイズの表情を見て、彼女の仮説は確信に変わった。


 「貴様、何故それを…いや、その顔を見るにただの勘だな?思えば彼女もやたらに勘が冴え渡っていた。その勘と洞察力、そしてやたらと無鉄砲な喋りぐせは遺伝か?」


 「やはり貴方あなたが言う「彼女」とは…」


 「名はフローレンス・フォン・カウエルと言う。恐らく貴様の曾祖母辺りに当たるんだろうな」


 その名前にアリシアは聞き覚えがあった。


 「…その通りです。こんな偶然があるとは驚きです」


 「それは此方こちら台詞せりふだ。いつも通り海岸をフラふいていたら貴様が波打ち際に倒れているんだからな。まさに青天の霹靂へきれきだった。生憎あいにく夜だったがな」


 ロイズがクツクツと笑う。


 しかしアリシアにはそれだけでは解決しない疑問が残っていた。


 「それが何故私を殺さない事につながるのですか?」


 「殺さない?そんな事は無い。すぐにでも殺すつもりだ」


 「同じです。貴方は私を殺す事を躊躇ためらった。そうでしょう?」


 「随分と私をあおるものだな。死にたいのか?」


 「答えなさい」アリシアが凄む。


 それにロイズはやれやれと首を横に振った。


 「身の程を知らぬ高慢さも良く似ている。…なに、「情」という奴か?貴様を殺す事を躊躇う自分が居る。まぁほんの少しだが」


 「「彼女」を…愛していたから、ですか?」


 その問いにピクリとロイズの眉間が動く。


 「…だったらどうした?」


 刹那せつな――ロイズの機械腕アームが一直線に、アリシアに向かって放たれた。


 「くっ…!」


 全力で地面を押し、転がるようにして攻撃を避ける。


 その勢いのまま身体を起こして立ち上がった彼女は、すぐに自分の失言を悟った。


 右腕を突き出して金の盾を生成し、背後の黒騎士ナヴァルクヴィアの動きを無理やり封じる。


 左手に持ったランスを構えると、ロイズは既にアリシアへと接近を開始していた。


 勢いに任せてランスを振り下ろす。


 それを彼は、いつの間にか回収していた機械腕アームで受ける。


 圧倒的な力の差を前に、すぐに押し返されてしまった。


 態勢が崩れたその間にロイズは左手の拳を握り、殴りかかってきていた。


 その寸前で間に合った右腕で金の盾を生成すると、拳がぶつかり激しい音が響く。


 だがその絶対防壁もロイズの前では意味をさなかった。


 彼は左手を開いて盾に手を当てると…一瞬で盾をよじ登ったからだ。


 千里と戦った時と同じだ。


 「ですが…遅いッ!」


 同じてつは踏まない、そう言わんばかりにもう一枚盾を張るアリシアに…。


 「遅いのはどちらだ!」


 ロイズはそう叫ぶと機械腕アームで盾の端を掴み…上空へと勢い良く身を投げた。


 機械腕アームを射出する勢いを利用し、自分の体を押し上げたのだ。


 「なッ…!?」


 2枚目の金の盾が何も無いところへ作られる。


 その隙にロイズは機械腕アームを巻き終えアリシアの上へ。


 振り下ろした機械腕アームとランスが激突する…。


 そして今度こそ、アリシアの身体は跳ね飛ばされた。


 「ぐうっ…!」


 再び地面へ叩きつけられ悲鳴を上げるアリシア。


 態勢の崩れた彼女目掛け、ロイズが容赦ようしゃ無く機械腕アームを発射。


 彼女の細い首をしっかりと掴んだ。


 「かはッ!!」


 息が出来ずもがく彼女をしっかりとつるし上げ、ロイズは勝ち誇った顔で言う。


 「もう不毛な戦いは終わりにしなければな。無駄な時間を使い過ぎた。貴様にも…彼女にも」


 「む…無駄じゃ…ない!貴方あなたの…その想いは…無駄…なんかじゃ…!」


 「無駄だよ。そもそもの世の中は無駄な事の方が多い」


 懸命にもがき何かを伝えようとするアリシアをロイズは一蹴いっしゅうした。


 彼女の首を掴む腕に徐々に力がこもる。


 「後世に残るものだけが、年月という何ものにも代えがたい価値を持つ。形に残らなければ意味など無いんだ。人の身体も、人の想いも」


 「…ッ!それは…違ッ…!」


 「違わない。全てがそうだ。現に貴様も、死ねば土にかえるだけの、虫の如きはかない命。何も残せない、何の意味も無いただのゴミなのさ」


 「…ぁ…うぁ…!」


 何かを言い返そうとなおももがくが、アリシアの言葉は言葉にならず消えていく。


 いよいよ命の危険が迫っている証拠だ。


 ロイズの機械腕アームを掴む腕も徐々に力を無くし、だらんと垂れ下がっていく。


 「ここまで長かった。やっと、今までの未練たらしい私に終止符が打てる。貴様には礼を言うべきだろうな」


 ロイズの顔が狂気にゆがむ。


 アリシアの抵抗も完全に無くなり、命のともしびが消えるその瞬間…。








 ――突如として、ロイズの機械腕アーム彼の体を離れ(・・・・・・)、宙を舞った。








 動け。


 動け動け動け動け。


 動けよ!


 こんなところで転がってる暇なんかねぇだろ!?


 何のために此処ここに来た?


 何のために戦った!?


 敵をたおすためだろ?


 仲間を守るためだろ!?


 それがどうして、こんなところで無様に転がってるんだ!?


 動け動け動け動け。


 立ち上がって戦えよ!


 俺はまだやれるはずだろう!?


 握りしめた拳に力がこもる。


 何とか立ち上がろうともがく足がずるりと空を切る。


 血で目が上手く開かない。


 呼吸が上手く出来ない。


 それでも心臓は、うなりを上げるほど激しく高鳴っていて。


 身体が、心が。前へ進めと叫び続ける。


 たたかうべきだ。


 敵ではない、己の「生」と。


 生きている限り。鼓動が闘えと叫ぶ限り。


 諦めていい理由なんてどこにもないんだ。


 生きろ!生きて闘え!闘って守れ!


 腕に大きな力が籠る。


 上半身を起こす。立ち上がる。


 目に入った血をぬぐう。


 剣を持って、たおすべき敵を見据える。


 金髪の悪魔がわらっていた。


 その手の中で、大切な仲間が足掻あがいていた。


 痛みも無視して走り出す。


 左手に着けた腕輪から「群青」の光がまばゆいばかりにあふれ出す。


 それはもう、自分の知っている個人色カラーでは無かった。


 脳裏に誰かの声がよぎる。


 ――あなたの「ちから」は、そんな不出来なものじゃない。


 ――もっと恐ろしく強力な、おぞましい「ちから」だ、と。


 今まで気づいていなかった。


 だが今やっと思い出した。


 俺の…本当の異能力チカラは……!


 「おおおおおおおおお!!!」


 全力で剣を振り下ろす。


 その一撃は寸分違わず目標へと到達し――悪魔の右腕を真っすぐに斬り落とした。









 「なにッ…!?」


 ロイズが驚愕きょうがくに目を見開く。


 そのまま自分の切断された機械腕アームを見つめた後、すぐにバックステップを踏んで距離を取る。


 「貴様…」


 忌々(いまいま)しげに見つめる瞳の先には…。


 ――瞳に炎を取り戻した、才波凛月の姿があった。


 身体中に傷がついていたはずだったがその全ては氷によって止血されている。


 足取りがふらつき、戦えるようなコンディションでは無い事は明白だが…。


 「悪い、遅くなった」


 凛月はそう言って、アリシアをかばうようにロイズの前に立ち塞がった。


 その後ろでアリシアは地面にいつくばり、激しくき込んでいる。


 どうやら息の根を止めるまでには至らなかったらしい。


 ロイズは何故かほっとする自分に怒りを感じつつ、静かに口を開く。


 「思っていたより随分とタフだな。だが…」


 その言葉を言い終えるより早く…凛月の背後に居た黒騎士ナヴァルクヴィアが長刀を振り下ろした。


 それをチラリと目で確認した凛月が振り返りざまに剣を振るう。


 群青の輝きと共に氷を纏った剣が長刀と交錯する。


 そこで…ロイズはある違和感に気づいた。


 「黒騎士ナヴァルクヴィア!!!」


 ロイズが叫ぶと同時、黒騎士が刀を引いて俊敏に距離を取る。


 しかし…黒騎士は刀を持つ左手ごと氷漬けにされてしまっていた。


 違和感が的中する。


 ――この男は先程と何かが違う。


 黒騎士がこんな一方的な形で遅れを取るなどあり得ない。


 「黒騎士ナヴァルクヴィア、戻って来い」


 ロイズが小さく呟くと、凛月の後ろに居た黒騎士の姿が掻き消え、ロイズの後ろへと移動した。


 氷漬けにされた左腕をチラリと見る。


 すると…黒騎士ナヴァルクヴィアとの接続に、奇妙な違和感がある事に気がついた。


 「左腕の反応が無い…たかが氷でこんな事になるか?いや…」


 ロイズと黒騎士ナヴァルクヴィアの体は本来密接にリンクしている。


 術者なので当たり前だが、普通とは少しだけ仕様が異なっている。


 黒騎士は言うなれば「ロイズのもう1つの体」なのだ。


 痛覚は失われているためリンクはしないが、ロイズの脳の指令の下黒騎士の体は動いている。


 黒騎士自体には人格は無く、例えるならば、ドローンとその使用者のような関係にある。


 なのでロイズは自由に黒騎士に指示を出せるし、黒騎士の体の状況などについての情報も持ち合わせている。


 それで分かった事なのだが…黒騎士の左腕、丁度凛月に氷漬けにされた部分のみが全く脳の信号を受け取らないのだ。


 これは明らかに、凍らされた以上の何かがある。


 「…これは一体どういう事だ、才波凛月?」


 睨みつけて問うロイズに、凛月は静かに首をひねった。


 「俺も何がなんだか分かんなかった。だけど…今やっと気づいた。俺の異能力は「触れたものを凍らせること」じゃない(・・・・)


 「私を馬鹿にしているのか。異能力が変わったとでも言うつもりか?」


 「…違います」


 アリシアのか細い声が割り込んで来る。


 まだ立てるまでには回復していないようだが、咳き込みながらも何とか喋れるところまでは回復したらしい。


 言葉を引き取った彼女をロイズは静かに見つめる。


 「凛月は…自分の本当の異能力ちからを…忘れてしまっていただけ。変わったわけではなく…それは…最初から…そこにあったんです」


 アリシアの言葉はロイズを納得させるに至らなかったようだ。


 彼は苛立たしげに舌打ちすると、更に言葉を畳み掛ける。


 「もう一度言う。私を馬鹿にしているのか。自分の異能力を忘れていた?そんなはずは無い。それに…何故貴様がそんな事を知っている?」


 「彼の…異能力ちからは…危険すぎる…だから封印、いえ…忘却させられていた(・・・・・・・・・)んです」


 「忘却?…誰に?」


 「それは…かはッ!」


 アリシアが血を吐いて倒れ込む。


 どうやら身体に無理を強いて喋っていたらしい。


 こんな事ならちゃんと喋れるよう、手加減しておいた方が良かったか。


 ロイズは他人事のようにそんな事を思った。


 「アリシア!?大丈夫か!」


 驚いた凛月が慌ててアリシアに駆け寄ろうとする。


 しかしそれを彼女は手で制した。


 なるほど確かに、他人ひとの心配をして敵に背中を向けている場合では無い。


 「それで?その真の能力とは何だ?」


 問い直すロイズに、凛月は剣を構えながらゆっくりと振り返ると…。


 「――凍らせたものの、機能を停止させる(・・・・・・・・)能力だ」


 「…何だと?」


 聞き返すロイズに答えるよりも早く。


 ――振り向きざまに冷気の嵐を撃ち放った。


 「くっ…!」


 冷気を纏った風が空気中の水分と混ざり合い、半円状に氷の花弁を生成する。


 ロイズと黒騎士ナヴァルクヴィアはそれを、後退する事で回避した。


 すると今度は生成された氷の華の上をまたぐように、幾重もの氷柱つららがロイズ目掛けて放たれた。


 だが…。


 「…これは何も恐ろしくない」


 黒騎士ナヴァルクヴィアが残った右腕を大きく振り、氷柱つららを全て払い落とす。


 払い落とした後で黒騎士の右腕を確認するが、接続に何の不具合も無い。


 それでロイズは悟った。


 ――機能を停止させるものの正体は「冷気」だ。つまり…既に凍らされたものは無害。


 なら氷の花弁や氷柱はいくら触っても問題無い、ただの陽動だ。


 冷気にさえ気を付けていれば勝てる。


 「黒騎士ナヴァルクヴィア!」


 ロイズはそう叫ぶと…黒騎士を身に纏った(・・・・・)


 それによって先程とは逆に、左腕が機能停止になり、機械腕アームを失っていた右腕が新たに生え、自由に扱えるようになった。


 同じ隻腕せきわんならば、利き腕が使えた方がありがたいし、何より図体のデカい黒騎士ナヴァルクヴィアではすぐに足元をすくわれる。


 身体能力も向上するため、選択としてはベストだ。


 「その程度で勝った気になるなよ、才波凛月!」


 ロイズは高笑いしながら駆け出すと、右腕の一振りで氷の華を叩き割った。


 道を強引に切り開いた彼は花弁の隙間をって内部へと侵入し、凛月の下へ近づいていく。


 近づく事で確認できたのは、彼の周りに漂う白い冷気の存在だ。


 なるほど黒騎士ナヴァルクヴィアはこれにやられたのか。


 ロイズの頭の中に次々に情報が入って来る。


 頭に血が上っているようでその実、かなりクリアだ。


 これならいける。


 「…ッ!えぇ!」


 凛月は今頃接近に気づいたようで慌てて剣をロイズへ向けるが、それでは遅すぎる。


 ロイズがもう一度右腕を振るうと、振り下ろされていた剣を上へと弾き飛ばした。


 「くっ!」


 自分の不利を悟った凛月が冷気を放つ。


 それを見たロイズは不敵に笑ったまま、体を無理やりひねり、所謂いわゆる「でんでん太鼓」の要領で左腕を前と突き出した。


 既に凍らされた左腕に冷気が降りかかるが関係無い。


 右半身さえ残っていれば幾らでも巻き返しが効く。


 「そんなものか才波凛月!」


 ロイズが右腕を突き出す。


 それを凛月は首を捻る事で回避する。


 回避した事でロイズは確信した。


 やはり「機能を停止させる」などという恐ろしい能力を持っていようと、万能ではない。


 それに一番は術者の練度がまだ未熟だということ。


 更に言うならそいつは非情になり切れぬ青二才だということ。


 ――勝てる。


 確信したロイズが果敢かかんに攻撃を重ね続ける。


 凛月は少しずつ後退しながら懸命に攻撃をいなしていく。


 そして冷気が溜まったところで反撃。


 それを左半身で受ける。


 「貴様は、戦いというものが何か全く分かっていないな!動きからそれが見て取れる!折角せっかく異能力チカラも、術者がそれでは意味が無い!」


 「チイッ、化けもんがぁッ…!」


 剣と右腕が何度も衝突を繰り返す。


 どちらも連戦続きでいつ倒れてもおかしくないほど疲弊ひへいしているはずなのに、それでも何故か倒れない。


 一旦距離を取ろうと凛月が剣先から氷を生成し、ロイズへと撃ち出した。


 それを彼は、右腕を体の前へと持ってきて防御態勢を取る事で防ぐ。


 続けてもう一撃。質量で押し負けたロイズが数歩後退する。


 しようとして…突然現れた「金」の盾に後退をはばまれた。


 「アリシアかッ!」


 後ろを振り返るまでもなく不利を悟ったロイズが横に飛んだ。


 目標を失った氷が盾にぶつかり、ぐしゃりと音を立てて地面に落ちる。


 「小賢こざかしいぞッ!背後を取ったところで貴様如きに私は止められぬ!」


 「わたくし1人ならそうでしょう!」


 「俺も居るッ!」


 氷柱つららがロイズへと降り注ぐ。


 今度は全てを叩き落しきれず、そのうち1つがロイズの腹部へと刺さる。


 「くッ…!仲間が居れば勝てるとでも言うつもりか!あまりいい気になるなよ!」


 地面に倒れ込んだロイズはすぐに膝をつき、2人に向かってえる。


 だが前からは氷や機能停止の能力を持つ冷気に、後ろには破れぬ絶対防御の防壁。


 逃げる場所を失い防戦一方。


 劣勢なのは誰の目にも明らかだった。


 「貴方あなたの敗けです!1人の力が強大でも、仲間が居なければ結局敗ける!世界はそういう風に出来ている!」


 「20にも満たないガキが世界を語るな!強くなければ何も守れはしない!あの時の俺(・・・・・)のように!他人に依存する貴様では結局は死ぬ!死んだら何の意味も無い!」


 「意味はあります!貴方が気づいていないだけで、意味は確かにある!想いは死なない!我が先祖の覚悟と想いは、無駄なんかじゃなかった!」


 「戯言ざれごとをッ!」


 氷柱つららの嵐の中、ロイズが強引に立ち上がる。


 その拍子に何ヶ所にも氷柱が突き刺さるが関係無い。


 動けさえすれば、傷など取るに足らない。


 まだだ。まだ勝機はある。


 「才波凛月ッ!」


 ロイズがえ、突進を開始する。


 その気迫は手負いのものとは思えない。


 「こいつ…どこまで…!」


 何度傷ついても倒れぬロイズにある種の恐れをいだきながら、凛月も再び剣を振り下ろす。


 剣と右腕が衝突し…一瞬の膠着こうちゃくの後に凛月の方が押し返される。


 そんな力がどこから湧いて来るのか。


 凛月は勢いに押され、地面に倒れ込む。


 「ぐッ…くそッ!」


 「死ね、才波凛月!」


 凛月の首元へ、真っすぐにロイズの右腕が伸びる。


 それは彼の全力を振り絞った一撃だった。


 そして確かに、凛月の命を抉り取るはずだった一撃。


 だが全身全霊のその一撃は…。


 ――彼に届く寸前に氷漬けになって止まった。


 「チィッ!」


 自分の不覚を悟ったロイズが盛大に舌打ちをした。


 最後の最後に冷気を見過ごすとは。


 なんて事の無い、ほんの些細ささいな1つのミス。


 それが彼の命のおびやかす致命的なミスとなる。


 「だが…それがどうしたァッ!!!」


 まだ完全に氷漬けになってはいない。


 手首のほんの一部だ。


 彼も限界近く、一気に全てを凍結させる事は叶わなかったらしい。


 ならまだ間に合う。


 まだ、勝てる。


 「死ねッ!」


 じ込むように右腕を突き出す。


 右腕は空気の抵抗を受けながらも辛うじて前へ。


 もう少しで届く。もう少しで…!


 だが彼はこの時、もう1つ見逃していたのだ。


 氷漬けになったのは右腕の一部、手首の辺りだけ。


 しかしそこで…。


 ――個人色カラーの根源をつかさどる、腕輪が確かに凍結され、その機能を(・・・・・)失っていた(・・・・・)のだ。


 「黒鳶くろとび」色の鎧が崩れ落ちる音が聞こえる。


 気づけば自分は身体がき出しで、右腕は既に斬り離されて存在しない。


 黒騎士ナヴァルクヴィアの力を借りて無理やり生やしていた右腕はちりのようにパラパラを散っていき、ついぞ凛月に届く事は無かった。


 そして――凛月は既に剣を構え、攻撃態勢を整えていた。


 その自信に満ちた瞳から分かる。


 今までの攻撃は全て陽動で、地面に倒れ込んだのも全て、この一撃を当てるためだけの陽動に過ぎないのだと。


 ――次の一撃は避けられない。


 「…終わりだ、ロイズ・フェデラー」





 刹那せつな――激しい「群青」の光と共に、彼の剣がロイズの上半身を袈裟けさけに斬り伏せた。

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