夢の檻
形のない真っ白な空間の中。正反対の色彩を纏う魔女の腕の中には、ふっくらとした少年が抱えられていた。
少年は、眠っていた。呼吸に合わせて、微かに胸が上下している。
魔女は辺りを見回した。そして確信した。ここは、この少年の夢だと。
もう一度、魔女は少年に目を落とす。相変わらず、起きる気配はない。
不意に、魔女は思った。夢の中で見る夢は、一体どんなものなのだろうか、と。
「ん……」
不意に、腕の中の少年が身動いだ。そして、眠たげにその目をこすりながら、呟いた。
「……おかあさん……?」
こども特有の、少し高くて甘い声だった。
その声だけで魔女は悟った。少年は忘れてしまったのだ。先程までの、現実の世界のことを。
魔女は、ひとの心に聡かった。そして、冷静だった。魔女の呼び名に恥じない程度には。
だから、自分ができると思ったことを迷い無く行った。
「大丈夫。もう少し眠りなさい」
魔女が少年の髪を梳く手つきは、まるで慈愛に満ちた母そのものだった。それはつくりものに限りなく近かったのだけれど。
「……おやすみ、なさい」
安心しきったような声が聞こえてきた。魔女は、瞑目した。そして、心の深くにそれを仕舞い込んだ。
なんと、穏やかで、満ち足りた言葉であることか。
しかし、救われない。
少年が、ただ逃げるためだけにここへいるのであれば。
けれど、夢の中でなら、きっと幸せになれるだろう。醒めない夢へと追いやったのが誰なのか、ずっと知らないままでいられるだろう。
夢の世界は現実と違って、はるかに綺麗で、優しい。例え、それが幻であろうとも。
それを望むなら、幸せだというのなら、魔女として叶えよう。
それがどれだけ、残された者にとって残酷であっても。
夢という名の檻。どうか、それが少しでも優しく、幸せであるように。
魔女は、心より願う。
腕の中で、少年は、眠る。
それが、まがいもののしあわせだと知らぬまま。
ただ、ゆめのなかで、ゆめではないゆめを、みる。
(初出 2007.4.8)




